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「エイルちゃん、ユミルちゃんとフレイアちゃんが遊びに来てくれたわよ」

ヘルベティアはエイルの部屋の前で、読書と研究に勤しんでいるであろう息子に声をかける。だが、当然のように部屋の中からは返事がなかった。


「はぁ。エイルちゃん、入りますからね」

ドアノブに手をかけ、扉を開ける。

ゆっくりとそのドアが開かれると彼女たちの目の前に現れたのは、本と本と本の山。

そして何に使うのかよくわからない、水晶やドクロや、大きな窯。ガラクタの数々。

一人が使うにしては広めの部屋はしかし、有象無象に埋もれ床は見えず、また外の世界へ通ずる窓はカーテンが閉められ、そこからわずかに漏れる灯りと部屋の隅に置かれた燭台の火が部屋を仄かに照らす程度であった。


その燭台の麓、何かをめくる音と丸っこい影が見えた。

「また暗い所で本を読んで。ごめんね、散らかってて悪いけど勝手に入ってちょうだい」

ヘルベティアは諦めたように、暗い部屋の隅で丸まっている息子を一瞥し、姉妹に声をかける。

「はい、ヘルベティア様。お邪魔させていただきます」

しかしユミルは部屋の惨状を見てもまったく意にも介さず、むしろ嬉しそうにヘルベティアへ返事を返し部屋の中へと入っていく。

「ホントいつ来ても汚いわね。最後に床を見たのはいつだったかしら」

ユミルとは対照的にフレイアは悪態をつきながら、だがさほど口ほどには嫌がるそぶりを見せずユミルに続いていく。


「後でお菓子を持っていくわね。二人とも紅茶でいいかしら」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「ありがとうございます」


ヘルベティアは彼女たちが部屋の中へ入っていくのを見届け、去っていた。

心の中ではこんなにも甲斐性のない息子に、しょっちゅう会いに来てくれる世話好きの優しい娘たちに感謝しながら。

「美味しいケーキはあったかしら。とびきりのを用意しましょう」




彼女たちは部屋の中へ入ると、器用に床の本やガラクタを避けながら、エイルがいるであろうと思われる

場所まで進んでいく。この部屋へ来るのは1回や2回ではないので、躓いたり転ぶことなくエイルの近くまでたどり着く。


「エイル様。こんにちは。お忙しいところお邪魔致します」

ユミルは丁寧に、顔には満面の笑みを浮かべて、エイルへ声をかける。

「……」

しかしエイルはユミルが声をかけたことに、むしろ今部屋の中まで入ってきていることにすら気付いていないのか手元の本へ目線を向けたまま反応しない。

「ふふ」

ユミルは返事がないことを気にすることなく、優しい微笑みを浮かべながらエイルを見つめ続ける。その目には愛しい人に注ぐ慈愛の心に満ちていた。

「こらエイル。無視するんじゃない」

一方フレイアは返事のないエイルにじれたのか、さらにはエイルが読んでいる本に手をかける。

「たまにはお出迎えくらいしなさい。本の虫!」

そう言うとエイルから本を取り上げる。

「あっ……」

手元から本がなくなったことでようやくエイルは顔を上げた。


「や、やあ」

エイルは顔上げたことでようやく自分の部屋へ訪問者が来たことに気付いたのか、こちらへ視線を向けている二人に

小さな声で挨拶をした。

顔を上げたエイルは顔の半分はまん丸眼鏡で隠れ、長い銀髪は背中で一つにまとめられ、ところどころがほつれてぼさぼさ頭になっていた。


「はい、こんにちは。エイル様。お会いできて誠に光栄ですわ」

ユミルは嬉しそうにエイルの挨拶に答える。

「う、うん。久しぶりだね」

エイルは困ったような顔を浮かべながら返事をする。


「はい、久しぶり。一昨日も来たけどね」

フレイヤは少し睨みを聞かせながらエイルの返事に答えた。


「そ、そっか」

ますます困惑した表情になり「はは……」と半笑いを浮かべ、エイルはどうしたらいいものかわからず取りあえず近くにあった本を手に取り読み始めた。


「って、ちょっと待ちなさい。何でそこでまた読み始める。あんたはホントいつもそんな感じね。毎日本ばかり読んでて楽しいの?」

フレイヤは懲りずにまた読書を始めたエイルから本を取り上げ、ため息をついた。


「フレイヤ。エイル様が本を読みたがっているんだから邪魔をしないの」

ユミルはそんな妹を窘め、フレイアが取り上げた本を取り返しエイルに渡す。

「はい、エイル様。どうぞお読みになってください。私たちは邪魔にならないところで座っています」

そう言うとユミルはエイルの隣に腰を下ろし、またニコニコとエイルを見つめ始めた。

「う、うん。ありがとう」

本を手渡されたエイルは、表紙を見つめながらまた読書を再開してよいものか悩んだ。


「もう、お姉様がそうやって甘やかすから、エイルはこんな風になってしまうのよ。それに……」

そう言いながら横目でちらりとエイルを一瞥し、姉へ話しかける。

「今日はただ遊びに来ただけじゃないでしょ。明日の誕生日会の打ち合わせをするんだから」


誕生日会。その単語を聞いたユミルは思い出したように声をあげる。

「そうでした、そうでした。エイル様明日は待ちに待ったお誕生日会ですね!」

ユミルはかわいらしい笑みを浮かべながらエイルへ微笑みかける。


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