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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 - 引き裂かれる日常
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伝わる想い - Ⅱ

 ――安藤達が来ていた海水浴場に、一人の男が訪れていた。

 眼鏡をかけ、灰色のスーツに、柄の入った薄桃色のネクタイを着用し、カメラを手に、海岸へと向かっている。カメラをしまうための大きな黒い鞄を肩から下げている。

 その男は、柵のもとまで辿り着くと、そこに掲示された工事中を示す看板を見て「どうしたものか……」と溜め息を漏らしながら呟いた。

 強引に突破しようかと考えたようだが、その男にはそんな力などない。それは本人も自覚していることである。


「ちょっと、すみません」


 男は、警備員に話しかけた。警備員は、返事はせずに声のした方を向く。


「私、フリーの記者をしています、佐伯と申します。この先の取材を許可していただきたいのですが、責任者さんはおりますか?」

「……申し訳ないが、この先は工事中です。お引き取りください」

「それは、ここに書いてあるんで知ってますよ」


 顎で、柵の掲示を指して男は言った。警備員の眉間には少し皺が寄ったようだった。


「……でも、工事ねえ。何も音がしませんね? 休憩中かな? 迷惑はかけないのでいれてもらえませんか?」

「……お引き取りください」


 警備員は、それだけしか言わなかった。男は用意し得る、最後の手段を使うことにした。


「そうですね。あれを見てください」


 男はそう言って、海岸の東側、遠方を指すように言った。

 しかし、そこにはいつもと変わらぬ風景しかない。それが男の狙いである。


「……? 何もないじゃないか」


 警備員はそう言うが、そこには誰もいない。既に男は、柵に設置された扉をくぐり、海に向かって走っていた。


「おい! 待て! ……なんて大人気ない真似をぉ……!」


 一呼吸遅れて、警備員はそれを追いかける。記者の男は、ある程度走ったところで立ち尽くしていた。

 警備員は追いつき、記者の男の肩を掴もうとする。しかしその時、男が見ているものを視界に捉え、その手を止めた。


「……なんだ、こりゃあ」


 波打ち際は赤く染まっていた。サチュリが殺した武装集団の遺体が、波に流され打ち上げられていた。


「これは酷いな……」


 記者の男は虚空に呟く。その時、どこからか唸り声が聞こえた。声のする方向を見ると、警備員の姿をした男が、腹部を抑えてうずくまっていた。


「た、隊長!?」


 記者の男を追いかけた警備員は、素っ頓狂な声をあげて、駆け寄った。記者も駆け足でそれについて行く。


「生きてますね。今救急車呼びます!」


 記者の男は、スマートフォンを取り出し、救急車を呼ぶ。その後警備員にバレないように、海岸の様子を撮影した。警備員が救急車に搬送されていった後、記者の男は追い返されることになるが、彼はおとなしくそれに従った。情報の収穫量としては満足だったようだ。

 海岸は再び静寂を取り戻した。



***



 安藤が睡眠のために意識を落としたことを確認し、未だに安藤の中にいたサチュリは自身の身体を起こすために立ち上がる。

 彼女はミヤを信用していないわけではない。

 敵意は感じ取れないし、怪我を治してくれた事に感謝さえしていた。


 しかし天界(ヘンヘイル)の民と、魔界(ネビュレスト)の民はかつて世界規模の戦争をした事があった。

 それはサチュリ本人が生まれるずっと昔のことであり、関わりがあったことすら伝承として語り継がれているに過ぎないが、戦争の行方がどうなったかは何処にも記されておらず、誰も知らない。

 ゆえに、彼らは未だに事実上の敵対関係にあった。

 

 人を治療する魔術は、天界(ヘンヘイル)にしか存在しない。サチュリにとって、その事がどうしても不安の因子になっていた。


「もしかしてここは、天界(ヘンヘイル)なのだろうか……。その割には、魔術に頼っている面が無さ過ぎる」


 サチュリはこれまで起きた事を整理していた。

 武装集団の持っていた黒い銃器、人々を運ぶ列車――どれも、魔力の流れを感じ取る事は無かった。

 安藤も、ミヤが魔術を使っていた事が異質のような物言いをしていたことを思い出し、考えすぎだと自身に言い聞かせる。


 安藤(サチュリ)がミヤの部屋の扉を開ける。

 ミヤは布団を被ってもぞもぞと動いていた。

 扉を開く音でも気づかないほど、忙しいのだろうか――サチュリはそう考え、少し強めに扉を閉めた。

 するとミヤは安藤サチュリの存在に気付き、ものすごい勢いで飛び起きた。真っ赤な顔で口をパクパクしている。


「あ、ああああ安藤くん!? は、入る時はノックくらいしてよ!」


 言っている言葉の意味がわからないため、サチュリは彼女の言葉には応じない。

 安藤サチュリは、サチュリ本体にまたがり、閉じた目蓋を持ち上げた。

 意識を落として白目を向いている自分と向かい合う。

 あまり人には見せたくないな――そう思いながら、元の身体に乗り移った。


「ん……?」


 サチュリは本来の身体で目を開く。

 安藤はサチュリの上でそのまま眠っていた。

 横目でミヤをみると、彼女は未だに口をあんぐりとさせながら二人の状態を見てわなわなと震えているのがわかった。

 今にも泡を吹いて倒れそうである。

 そして彼女の目を見て、サチュリは一つ気づいたことがあった。


 少しからかってやろうと、安藤を抱き寄せミヤに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。

 ミヤはそれを見て、余りのショックに口を手で押さえて硬直してしまった。

 サチュリはそのまま昼寝をすることにしたのだった。



* ミヤ 視点 *


 心臓が止まりそうな思いをした。

 安藤君がいきなり私の部屋に入って来たのだ。

 しかし問題はそのあと。彼はあろうことか、布団で寝かせている女の子の上にいきなりまたがり、顔を近づけたのだ。


 頭は真っ白になって何も考えられなかった。ただ、目の前の状況を茫然と見守るだけだった。

 女の子の顔に触れて何かをしてると思ったら、彼は突然、力を失ったかのように眠りだした。

 今日の安藤君は頭のネジが百本くらい抜けてるんじゃないか、とすら思う。


 もちろん、この白い髪をした女の子が何かをしたことは、予想が出来たけど。


 女の子は目を覚まし、私と安藤君を交互に見る。

 そして状況を察してか、私に向かって渾身のドヤ顔をかましてきた。


 ――彼から離れろ。


 その言葉は声にならず、彼女に伝えられないまま……。

 気が付けば私の頬に涙が伝う。


 見ず知らずの女の子に安藤君を連れて行かれてしまいそうで、不安になったからだと思う。

 彼は女の子に操られていたに違いない――自身にそう言い聞かせていたのに、涙は私の意思に背いて流れていく。



 ***



 僕は目を覚ました。あまりにも寝心地が悪すぎたからだ。

 そして僕の胸の下では、真っ白な髪の幼い少女――サチュリが静かに寝息を立てている。

 状況の把握に時間がかかった。ずっと昔の回線でネットに接続するくらいの時間だ。


「なんじゃこりゃぁー……!」


 あくまで少女は眠っていたので、起こさないように配慮し、静かに叫んだ。

 鼻をすする音が聞こえる。見ると、隣の布団で、ミヤちゃんがうつ伏せで泣いていた。どうなっているんだ。


「ミヤちゃん……?」

「さわらないでっ!」


 布団に手をかけようとしたが、弾かれてしまった。

 僕は眠っている間に何をしでかしたんだ。いや、僕じゃない、サチュリがなんかやったのだ。

 僕は寝相がいいとは言えないが、さすがに眠りながら隣の部屋に奇襲をかけることはしない。起きててもしない。

 しかしミヤちゃんは泣いたままだ。こういうときにどうすればいいかわからなかった僕は、落ち着くまで静かに待つことにした。


 すすり泣く声は、もう聞こえない。再びミヤちゃんに声をかけた。


「ミヤちゃん、落ち着いた? ……こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、俺がここにいる経緯がわからないんだよね。何があったか教えてくれない?」

「うん……」


 彼女はことの顛末を話してくれた。どうやら僕は、ノックもせずにこの部屋に入り、サチュリに襲いかかっていたらしい。そしてサチュリは勝ち誇った笑みを浮かべてたらしい。今はいびきをかいて寝ているが。

 僕はとんでもないことをしてしまったようだった。全く実感はない。


「なんていうか……ごめん……マジで記憶にないんだ。つーか、今の今まで寝てたんだよ……少なくとも俺は……」

「うん……」


 この件で、僕は彼女からの信頼を完全に失ってしまったかもしれない。最悪である。


「一つ確かめたいんだけど……」


 ようやく彼女から話しかけてきてくれた。


「うん。何?」

「その……サチュリちゃん? とは、その、そういう……恋人みたいな関係じゃないんだよね?」

「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまった。鼻水が垂れるところだった。どんどん彼女からの信頼が失われていく……。


「な、当たり前だろ! 会ったの今日だぞ!」

「だ、だよね……。じゃあさ……聞いて欲しいことがあるの。……本当は、こんなはずじゃないけど……、不安で不安で、待てないから……」

「ん、な、何?」


 布団の中にいたからか少しはねた髪と、皺のついたワンピースを着た姿のまま、ずいっと僕に近づいてきた。顔を赤らめて上目遣いをする仕草に、胸の動悸は高鳴る。


「好きなの……」

「えっ?」

「好き! 愛してるのほうの好きなの! 安藤君のことが!」

「…………」

「よ、よろしければ、わたしと、付き合ってください……」


 突然の事に、言葉が出なかった。

 ――その時僕は、生まれて初めて、愛の告白を受けた。


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