表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第三章 - 魔法の世界
57/75

比類なき国王

 ナロウの大声によって護衛の者が慌ただしく駆け込んできたし、退屈のあまり顔を揺らしながら眠りこけていたククリも背筋をまっすぐにして飛び跳ねた。

 僕は両耳を手で塞ぎながら、茫然としているしかなかった。


 護衛の男は声が掛かれば即座に殺すと言わんばかりの殺意を武器に込めてこちらに向けているのだから、冗談でもなく生きた心地がしない。

 ナロウは身振り手振りで護衛の男を追い払った。


「……あ、あの、ヴェルガが誰か知っているんですか?」


 恐る恐る尋ねてみる。


「…………」


 ナロウはまだ事実を受け入れがたいようで、頭を抱えながら唸っている。

 独り言を呟いたり呟かなかったり、頭を掻いたりして、ひとしきり何かを考え込んでいた。


「……長生きは、してみるものです」

「はぁ……」


 ようやく聞けた第一声がそれなのだから、尚のこと僕は困惑した。


「今からおおよそ三百年前、《三魔帝(トレイズ)》の一角として君臨していたのがヴェルガ=レクシリアです」

「レクシリア? ……サチュリの先祖ってことですか?」


 僕の問いに、ナロウはまだ納得ができない様子で頷いた。


「正直なところ、あまり信じられません。彼は当時の戦争中に戦死したと伝わっています。それに度重なる偶然の果てに契約して発現した能力が過去の英雄と空間を共有するものだなんて……話がうまく出来すぎている。まるで誰かに誘導されているようにも思えてしまいます……」

「誘導……」


 この時僕はふと、サチュリと契約する直前のことを思い出した。


「そういえば、誰かに〝助けて〟って言われました。頭の中に響くその声に従って、僕はサチュリを見つけたんです」

 

 その透き通った声の主には、未だに心当たりが無い。あれは誰だったんだ。


「本人に直接訊いてみるのが早いでしょう。私をその中に入れてください」

「ええっ……。でも時間が止まってるので会えるかどうか……」

「では、ヴェルガを召喚出来ませんか? 彼も異空間の一部ならば、可能のはずです」


 そんなこと、試したこともなかったが。

 たしかにヴェルガと交流する機会が僕が気絶している時と限られると、それは不便である。


「……やってみます」


 僕は《白窓》を展開し、ヴェルガを召喚するイメージをした。

 すると右腕が今までにない感覚に襲われて、僕は小さな悲鳴をあげる。


「どうですか?」

「……抵抗されてます」


 確かに、ヴェルガを出すことは可能なように思えた。

 しかし当の本人が、僕を上回る魔力を用いて、追い出されないように踏ん張っているのが分かる。何かむず痒くなるような、つっかえている感覚が右腕に広がっている。

 思い切って僕も最大出力で放出を試みるが、やはりヴェルガには敵わないようだった。悔しい……。


「うーむ……」

「こんのっ、ヴェルガ! 出てこいよっ……」

「何か出たくない理由があるのかもしれませんね……。意思の疎通が出来ればいいのですが……」


 ナロウがそう呟くと、僕の《白窓》からポンッと丸まった紙屑が出てきて転がった。

 今のは僕の意思じゃない。ヴェルガが何かやったのだ。


 ナロウがその紙屑を広げてみると、何かしらの文が綴られているのが分かった。


「なんて書いてあるんです?」

「……〝邪魔をするな〟だそうです。ああそれと……どうやら本物のようですね。これ以上はやめておきましょう」


 ヴェルガという男、相手は一国の王様だというのに、とんだ無礼者である。

 やはりサチュリの先祖なだけあって、彼も強情なのだろうか。


「なんか、ごめんなさい……」

「とんでもありませんよ。逆鱗に触れて暴れられでもしたら、なす術がありませんから」

「ヴェルガってそんなにすごいんですね。確かに、それっぽい風格はありますけど……」

「色々と信じられないような伝説を残していますから……。当時の《三魔帝》として名を連ねていたのが《魔導司書(マギ・ウルラス)》たるサリエル様、そして今やこの世界の神であるアルカ様だったと言えば、その実力も分かるでしょう」


 三百年も昔から一度たりとも王座を譲っていないサリエルの方が怪物じみている気がするが。

 そういえば『アリュート』で彼女を血だらけにしたのはヴェルガだったのか。道理で見知った様子を見せていたわけだ。


「……やるべきことが増えたな」


 サチュリと出会ったあの日、僕の脳内に声を届けた女性の正体を探る。

 そしてもう一つ。どうして今まで気が付かなかったのか。


 サリエルの力をもってすれば――〝アリュート〟で眠るミヤちゃんを助けられるかもしれない。


「本題に戻りましょう。トードルの処遇に関しては、きみの仮説を検証してから決定しようと思います。もちろんその間、彼にも話を聞かせてもらいます。よろしいですか?」

「……わかりました」


 それで再び処刑が決まれば、僕はそれをまた助けてしまうだろうけど。

 そのことを見抜かれているのか、僕の嘘が下手なのか、ナロウは微かな笑みを浮かべる。


「……このように国を襲撃されるのは今に始まったことではないのです。そのたびに私たちは殺し合い、捕らえた者を駆除してきました。結果によっては、きみは多くの人の未来を変えることになるかもしれませんね」

「未来……」


 ヴェルガにも言いたいことだが、僕は未来を委ねられるほど価値のある人間ではない。

 ずっと昔からそんな自覚が芽生えていたから、誰かに影響を与えないように、目立たないように生きてきたのだ。

 可もなく不可もない。要らない。それが僕の生き方だ。


 その理想を奪われたとして、僕は自分が何者かに変わることに果たして耐えられるのだろうか。


「きみの不安な気持ちは大いにわかります。ですから、これだけは肝に銘じてください。どれだけ過酷な世界でも、そこに人の心があるならば、善意もまた必ず存在します」

「どういうことですか?」

「信頼のできる仲間を見つけ、そして頼ってください。一人で全てを背負う必要はないのです。我々も、王である私の名にかけてきみを支援します」


 不意に、これまで出会った人々が脳裏をよぎる。

 僕はこれまで、誰かに助けられてばかりだ。危険な目に遭いながらも、誰かが助けてくれたおかげでこうして今生きている。

 それを自覚し、忘れることなかれとナロウは言いたいのだろう。


「どうして……そこまでしてくれるんでしょうか」


 素朴な疑問が溢れる。

 僕はこの国においては罪人だ。衛兵たちから向けられる視線をみれば、嫌でも分かる。

 そしてこの世界に属する者ですらない。目の色こそ片方が蒼く変色しているものの、無造作に伸びつつある黒い髪はニコンのピンク髪に並ぶくらい目立っているだろう。


「ははは、気になるならば答えますよ」

「後から都合の良いように利用されたくはないので……」


 国王に対して無礼かも、という考えは言葉を発してから湧き出た。

 しかしナロウは気に留める様子もない。


「将来を見込んでいる、というのが半分ですね。ですが、きみの能力がどんなものであれ、支援して送り出すことは初めから決めていたことですよ」

「……もう半分は?」

「境遇が私と似ていたものでね……。少しばかり懐かしい気持ちになりましたよ」


 過去を振り返るような遠い目をしながら、ナロウは答えた。

 彼はそこそこ流暢な日本語を話す。白い髪に赤い瞳――その見た目は見るからに魔界人のものだが、何らかの繋がりがあることは間違いなかった。


「日本に住んでいたことが?」

「ええ。ずぅーっと昔、私がナロウとして産まれる前の話ですがね」

「それって……転生?」


 ナロウは頷いた。


「私が生きていた時代は戦時中でした。警報が町中に鳴り響いて……もう助からないと思いながらも、山の中に逃げ込んで。絶え間ない熱風から逃れるように崖下に飛び込んだことまでは覚えています。しかし気が付けばただ真っ暗な空間をひたすらに落ちていました。肉体の感覚が徐々に薄れて死を悟った直後に、この世界に生まれたのです。誰かに話すこともなかったので……かつての名はもはや忘れましたがね」

「そんなことが……」

地界(イールス)からの転移者が現れたともなれば、迎えの人が来たのかと思ってしまうものです。実際は、そうではありませんでしたが」

「……なら! 一緒に帰る方法を探しませんか?」


 ナロウは微かに笑みながら、達観した様子で首を横に振る。

 僕はすぐに察した。彼はもう、調べ尽くしていた。そして結論に至ったのだ。帰る方法など、無い、と。


「私は別に元いた世界に帰りたいわけじゃありません。戦禍の中を生きていた人たちに向ける顔もありませんし……。今やこの世界に属する者として、そして一国の王として民を導く立場です。生まれ変わったのには何か意味があるのかもしれない。幻想的な力を得たのには何か意味があるのかもしれない。それを探りながら生きています。そして今日、新しい意味を一つ見出した。それがきみです」

「僕が……」

「あらゆる手を尽くし、この世界の惨状をどうにかする方法を模索してきました。しかし私にはこの大森林の老朽化を遅らせることしか出来なかった。そんな矢先に、聖堂で騒ぎを起こしたきみのことを知りました。厳重に保護されながら眠るきみと、それを意地でも護ろうとするククリちゃんの眼差しを見て、私は一つの気付きを得たのです。まるで神の啓示のようでした。私たちは培ってきた叡智を、後代に伝えることができる」


 天蓋の闇は、人々から意志の継承という選択肢を覆い隠していた。

 皆が、子供たちの未来が明るくなるようにと願い、自力で多くの問題に立ち向かっている。そんな中、王が下した決断は、あまりにも無謀といえるものだろう。

 言い方を悪くすれば、世界の命運という大きすぎる責任の一部を後代に押し付けようとしているのだ。

 それも空から舞い降りた――否、落っこちて死にかけた、僕という可能性に賭けて。


「意地悪ですね。そんな顔で力説されたら……もはや断れない」


 ナロウの形相は、必死そのものという感じだ。

 しかしこの決断に反対する者も、愚策だと笑う者も、誰一人として居ないだろうという確信はある。

 僕の目の前にいるこの老人は、見かけによらず〝比類なき国王〟の一人に間違いないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ