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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 - 僕達が生きる世界
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【間話】空の見えない街 - Ⅲ

 ――この街に、名前は無い。かつて栄えた国家はとうに滅び、残された人々が助け合い生きている。

 北には極寒の海、南には広大な白い砂漠(ごみばこ)が広がり、孤立した状態となったその地域を、住人達は『第十一地区エリア・イレブン』と呼んでいる。

 決して、同じ境遇の地域が他に十個あるわけではない。四つの地域とは通信が取れているものの、残りの存在については、地区を管理する組織の希望的観測に過ぎなかった。

 天上には晴れることのない灰色をした雲が覆い、さらにその上部には人工大陸が浮遊しているため日の光は殆ど届かず、暗闇に閉ざされている。

 空から降る塵の汚染によって多くの動植物は死に絶え、街の住人の平均寿命も四十年にまで落ち込んでいた。これは天上に比べて二十年も低い数値である。


 灰色にそまった街中をシェミル達はホバリングスクーターで進んでいた。道幅はそこまで広くなく、アルベルトが一人乗ったスクーターは並走するのではなく先陣を切ってゆっくりと走っている。

 彼らは頭部から目元までをすっぽりと覆い隠すゴーグルを掛けていた。

 空気中を漂う視認出来ないほどの細かい粒子が、目を傷め、髪を汚すからだ。出発前にシェミルの分はエミリが掛けていた。シェミルの髪は長すぎて覆いきれていないのだが。


「……閑散としていますわね」


 黒いスクーターを操縦していたシェミルが呟いた。

 人がいない訳ではない。道行く人々の心は温かく、シェミル達の存在に気が付いた者は皆優しさに満ちた声で歓迎していた。

 しかし一面が錆びた色に染まり、所々黒煙を吐き出す煙突が並ぶ街は、どこか物寂しささえ感じさせる。

 並ぶ家々の扉は閉ざされ、空から降る塵の雪に備えているようだった。


「まぁ、外は危ないからね。定期的に有害物質が降って来るし、それはこの街の医療じゃどうこう出来るモノじゃないの。でも、地下道に並ぶ商店街は楽しいよ!

 みんなが支え合って、生きてる。この辺、気候も寒いしすごい冷たいイメージがあると思うけど、皆の心はすごいあったかいんだから」


 シェミルに抱き付くように後部に乗っていたエミリが言った。

 それはシェミルも同感だった。

 彼女はここに来てどんな扱いを受けるのか、当初は全く考えていなかった。

 冷静になって考えれば、天上の民が来たと知れれば迫害され、暴虐を受けると警戒するのが普通である。ただ、生きようという一心でのみ歩みを進めていたシェミルには、そこまで考えが及ばなかったのだ。


 だが、結果は違った。エミリ達は貧困な生活を送りながらもシェミルを助け、人々は温かく接している。

 それがシェミルにとってどれだけの救いになったかは、言うまでもない。


「ねえ、シェミルちゃん」

「なんでしょうか?」

「雲の向こう側――天上の世界の空が青いって、本当? 本に書いてあったんだけど」

「……ええ、本当ですよ。上は青くて、下は雲海が広がり真っ白。夜になれば、たくさんの星が見えますわ」

「すごいなぁ……」


 シェミルにとってその問いは衝撃的だった。彼らの世界では、この淀んだ雲が当たり前の景色になっていたのだ。

 エミリはシェミルの話を、目を瞑りながらじっくりと聞いていた。目蓋の奥で、晴れ渡る景色を想像しながら。



 ***



 しばらく進むと、彼女達の目の前に研究所のような形をした建造物が見えた。

 屋上には天文台のような丸みを帯びた建造物や巨大なアンテナが設置されていて、他の建物と異なり錆びて汚れた部分は見当たらない。

 全体に白い塗装の施された建物は、さながら最近建てたかのような目新しさを感じさせる。

 その敷地は広く、周囲に住宅や商店と言った建物は無い。


「あそこだ!」


 アルベルトが大きな声で言った。敷地内の駐輪場にスクーターを止め、シェミルは尋ねた。


「なんですか? ここは……」

第十一地区エリア・イレブンの中枢施設――『エール生物学研究所』だ。病院としての役割も兼ねてるけどな。これから会ってもらうのは研究所の所長さ」


 東部のゴーグルキャップを外しながら、アルベルトは言った。


『エール、か……』

「ルシフェル様、ご存じなのですか?」と、シェミルは尋ねた。

『んー、過去の大罪人のリストの中に居るわよ。エールフォン=グリンガードという学者が』

「ああ。その人で間違いない」

『……まさか。そいつが地上に送られたのは五十年以上も前の話よ? かつての技術で生きているとでも言うの?』

「会えばわかるだろ、行こう。……ただ、驚かないでくれよ」


 シェミル達は屋内に向けて歩き出した。


 入口の自動扉を潜ると、目の前には受付口があった。アルベルトが「病院も兼ねている」と言った通り、多くの患者がこの施設に集まっている。

 人々の着る服は皆、薄汚れている。継ぎ接ぎの目立つ服を着る者もいた。


「こんにちは、エールさんに会わせてほしいのですが」


 アルベルトは受付をしていた女性に声を掛ける。

 清潔な制服を着た栗色の髪の女性――看護師のようだった。


「……申し訳ありません。所長は現在多忙のため面会は――」

「これを」


 にこやかに対応する看護師に、アルベルトは一枚のカードを取り出し見せる。

 すると、看護師から優しさに包まれた微笑みが失せた。


「……そちらの方は?」


 看護師は冷たい色をした目でシェミル達を一瞥し、アルベルトに尋ねた。


「――天使だ。僕達の協力者になってくれるかもしれない」

「何ですって……?」


 冷酷な雰囲気を纏った看護師も、天使という言葉を聞いた途端に目を丸くした。


「少々お待ち下さい」

「ああ」


 看護師は目の前にあるコンピューターに、何かを打ち込む。何者かとコンタクトを取っているようだ。

 その様子をシェミル達は静かに眺めていた。


 その時である。

 僅かな殺気が、シェミルの方へと流れた。同時に響く轟音、そして飛来する銃弾。

 シェミルは咄嗟にエミリを抱え、側方の柱の陰へと飛び込んだ。


「……大丈夫ですか! エミリ!」

「へ……? う、うん」


 当たっていれば確実にシェミルの頭部を撃ち抜いていたであろう弾丸は、白く冷たい壁に穴を開けていた。

 エミリに外傷は無く、何事もなかったかのように立ち上がる。


「ちょっ、危ないですよ!」

「……何が?」


 シェミルは平然と受付に戻ろうとしたエミリを引き戻す。

 エミリのその様子に違和感を覚えながらも、柱の陰から銃撃のあった場所を覗き込むと、一人の男が立っていた。


「なっ……!」


 驚きのあまり、シェミルは言葉を発せられなかった。

 軍人のような服装をした男の右腕は、長身のライフルと融合(・・)していたのだ。


「チッ……」


 男は舌打ちをし、シェミルの居る柱への方へと近づく。


「やめてくれ、ラノフさん。彼女は仲間だ!」

「証明したのか?」

「それは……」


 ラノフと呼ばれる男はアルベルトの知人のようだったが、彼の言葉に耳を傾けずシェミルに近づいていく。


「計画の失敗は許されねえんだ、もっと慎重に行動しろ! 簡単に得体の知れない人間に気を許すな」

『ふぅん。計画、ね……』


 ラノフの前に立ちはだかったのは、ルシフェルだった。彼女は子猫の姿をしていたが、それから放たれる異質な雰囲気は相手を容易く警戒させる。

 ラノフは右腕の長銃をルシフェルに向けていた。


「なんだ、こいつ……。猫……? どけっ、しっしっ」

『バカにしてんの? ま、いいけど。あなた、計画って言ったわね。詳しく聞かせてくれないかしら』

「お前に話す事はない! 退かねえなら撃つぞ!」

『やれるもんなら、やってみればいいじゃないの』


 ルシフェルの余裕のある煽りに、ラノフは静かに笑みを浮かべた。

 そして彼女に右手を向け、銃撃を放つ。それは真っ直ぐに、正確な弾道を描きながらルシフェルを襲う。


 彼女は避けなかった。銃弾はルシフェルの小さな身体に直撃した。


「……バカな」


 ラノフは戦慄していた。いや、それを見ればどんなに屈強な精神を持つ者でも驚きを隠せないだろう。

 ルシフェルの金属で出来た身体は、銃弾を受けると同時に液状化していた。僅かな液体は周囲に飛散したが、意思を持ったかのように瞬く間に元の身体に還っていく。


『これで証明にはなったわね。じゃ、時間稼ぎはおしまい、と』

「てめぇ! 一体何――」


 ラノフの言葉は、ガラスの破片が散らばる音に掻き消される。

 猛獣が唸るようなエンジン音を立てながら、建物の入口を突き破って現れたのは、シェミルが乗っていたホバリングスクーターだった。

 ルシフェルの創り出した黒い模造品は、意思を持ったかのように自走し、ラノフを弾き飛ばして止まる。彼は壁に打ち付けられ、気を失ったようだった。


「ラノフさんっ!」


 アルベルトが声を上げる。


『大丈夫よ、ここは病院も兼ねてるんでしょう? そんな簡単に死にはしないわ』


 ルシフェルの言葉通り、医師と見られる男や看護師はすぐさま駆けつけ、シェミル達を一瞥した上でラノフを運んでいった。

 その医師達の表情は、どこか間抜けな雰囲気がある。それは、来院した患者達を見ても同じ事だった。

 他者は皆、いつも通り平穏に過ごしていた。騒動など、起こっていないと言わんばかりの様子である。


『随分と肝が据わってるわね、みんな。鍛えているようにも見えないし。そろそろ隠さないで教えてくれても良いんじゃないかしら?』

「な、何がだ……?」

『言わなきゃ分からないの? この街の住人みんな、クスリ盛られてるんでしょ、頭ん中(いじ)るようなヤツ』

「…………」


 アルベルトは何も答えず、ただ申し訳なさそうに顔を逸らした。


『この地域の大した文化、人々の協調性――当初はかなり驚いたけど、やっぱそういう事だったか。あんたらの目的は何? 答えないなら、ここ一帯が焦土になるわよ』

「それは、私から話すよ」


 建物の奥から柔らかな声を響かせながら、白衣の男が現れた。眼鏡を掛け、白いマスクで顔の下半分を覆っており表情は伺えない。


「エール博士……!」

『あなたが? ……やけに若いのね』


 その男は年齢を大きく見積もっても四十は過ぎていないであろう見た目をしていた。

 彼が過去の大罪人であるとするなら、当たり前のように計算は狂う。


「初めまして、天からの使者様。いかにも、私はエールフォン=グリンガード。ここの責任者で、あなた達と同じ天界人だ」


 男は、静かに自身の名を告げた。



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