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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 - 引き裂かれる日常
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邂逅 - Ⅱ

 新幹線では、一年生の四人で並んで座ることが出来た。

 左側から自分、ダニエル、通路を挟んで黎、ミヤ、そしてその隣に女性陣の荷物が突っ込まれている。

 トランプで遊びながら、他愛ない会話をしていた。

 無論、指定席ではなく他の乗客もいたため、騒ぐのは自粛していた。


「旅館に荷物置いたらどこ行こうかー。今日は一日自由行動だからねえ」


 そう口にしたのはミヤだった。


「そうだねー……東京といえばやっぱ渋谷じゃない? マルキューよマルキュー! そうだ、ダニエル達も一緒に行動しない?」

「僕はどちらでもいい。特に何も考えていないからな。ただ、秋葉原には行ってみたいかな」


 ダニエルはそう答えながら、黎の手札からカードを引く。


「お、あがった」

「はええよ……。

 アキバかー、あんま興味ないなー。どうしよ。安藤はなんかないの?」


 その時僕は、小笠原諸島の地震のこと、SNSでの不可解な出来事を思い返していた。

 写真に映った一筋の光の柱が、どうも気に掛かったのだ。

 ミヤが僕の手札からカードを引く。互いに通路まで手を伸ばさなければ届かない。前後に座ればよかった。


「……んー、海とか……?」


 車内からの景色を眺めながら、僕は答えた。

 我ながら漠然とした答えだったが、それを聞いた三人は静かになってしまう。


「……あれ? 俺なんか変なこと言った?」


 半ば思考を停止して返答したため、不安になる。

 最初に口を開いたのは黎だった。


「……いや、いいじゃん海! ただ、まさか安藤の口からそんな言葉が出るとは思わなかった……」

「わたしも海に賛成だよ! このために水着も持ってきたからねー!」


 女性陣は、(あらかじ)め水着を用意していたらしい。まぁ、この季節に合宿ならばそういうものなのだろう。

 ちなみに僕は必要になったら買えばいい、と思っていたので持ってきていない。


「……まぁ、いいだろう。どんな破廉恥な水着で誘惑されようが、僕の鉄の信仰は揺るがないがな」


 決してダニエルは、怪しい宗教を信仰しているわけではない。

 ただ、二次元の美少女と恋愛をしているだけである。

 それだけだというのに、それはダニエルの魅力全てを打ち消す程に重篤なものであった。



 こうして、僕たちは海水浴へ行くことになった。

 泳げるかどうか半ば不安だったが、なるようになるだろう。



 ***



 東京駅へ到着し下車したところで、あることに気づいた。

 この後の集合場所を聞いていない。

 ――いや、決まっていない。


 合宿は毎年の恒例行事として企画されているらしい。

 そのためか、計画性がなかった。

 とりあえずやっとけ、みたいな感じで、行き当たりばったりである。


「……どうしたものか」

「あ、先輩からメッセージ入ってる!」


 ミヤちゃんはそう言って自身の携帯を僕に見せた。

 先輩がミヤちゃんとのコネクトを持っていることに、少しショックを受けた。

 僕が持っていないというわけではない。

 ミヤちゃんに対してどこか独占欲のようなものが芽生えている気がして僕はその邪念を振り払った。


 僕たちは指定された集合場所へ向かった。

 さすが東京と言うべきか、休暇期間というのもあるが、人が多い。

 地元と比べて、人々の歩く速度は格段に速く感じる。

 今も、通行人同士で肩がぶつかっているのが見えた。

 荷物に足を引っ掛け、転びそうになっている人もいれば、辺りを執拗に見渡しながら、誰かと電話をしている者もいる。

 一体、何をそこまで急いでるのだろう。

 親から聞いていたように、東京の駅は複雑な構造をしている。案内板がなければ確実に迷うだろう。

 そしてこの時ミヤちゃんは、はぐれないように僕の袖を掴んでいたのだ。

 それを見ると、ミヤちゃんは顔を赤らめて上目遣いでこちらを見た。というより、背が低いからどうしても上目遣いをしているように見える。

 ――いや、僕が勝手に脳内補完をしているだけなのかもしれない。


「神か何か?」

「……へ? 神?」

「あっ? ごめん、なんでもない!」


 思わず本音が出てしまった。

 この時の僕は、それまでの人生で一番幸せだったかもしれない。

 都会って、素晴らしい。


 集合場所へ着くと、出発前の駅と同じように、名簿を持って点呼をしていた。

 四人分の点呼を済ませる。どうやらまだ来ていないメンバーがいるようだった。

 しかしそれも些細な時間で、すぐに全員が揃った。


「えー、これから電車に乗って旅館に向かいますー! チェックインしたら今日は一日中自由だけど、問題起こさないように行動してねー!」


 相変わらず先輩の声量は大きかった。

 近くにいると耳を塞ぎたくなってしまうだろう。しかし、それだけ辺りも騒がしいのだ。

 時間の関係もあるが、地元の浜松駅とは全然違う。

 計画性こそ無いものの、ここまで大きな問題なく予定通りに行動出来ているのは、先輩の統率力の賜物でもあった。

 僕たちに出来るのは、正しい行動をし、先輩達に極力迷惑をかけないようにすることだろう。


 旅館は、首都圏から外れた場所に位置する、和風で洒落た外観をした建物だった。

 さすがにここでもアポなしということはなく、入室まではかなりスムーズだった。

 二、三年生は四人で一部屋の割り振りだったが、僕達は男女相部屋になるということはなく、ダニエルと二人で過ごすことになった。

 ミヤ様の寝顔を拝む事が出来ないのは非常に残念である。

 部屋の大きさは変わらず、二人で使う分広くなるのでそれはいいのだが……。

 部屋は和室で、隅には小さなテレビと高価そうな壺が置いてある。


 窓の外、ベランダからは東京の町並みが望める。遠方に(そび)えるビル群が、ここが国の首都である事を実感させた。


「安藤達ー、準備できたー?」


 そう言いながら、部屋のノックもせずに扉を開けたのは黎だ。

 こいつには、モラルという概念は無いのだろうか。まぁ、荷物を整理してただけだからいいのだが。


「ああ。もう行けるよ」

「よしじゃあ行くか海! いやー楽しみだ!」

「どこの海水浴場に行くんだよ。そこらへん調べないと……」


 ダニエルは疑問を口にしたが、黎の後ろにいたミヤがそれに答えた。


「もう調べてあるよー! ここから一番近いところでいいよね?」

「……あ、だけど俺たち海パン持ってきてないや」

「それも大丈夫! 近くに売ってるお店があるからね」

「……さすがミヤ様だ。その先見性には感服するよ」

「……えへへ!」


 照れながら、眩しい笑顔をこちらに向ける。

 実際、ミヤの計画力には頭が上がらない。頭が良くなければここまでのことは出来ないだろう。


 僕達は電車に乗って海水浴場へ向かった。



 ***



「ここをまっすぐ行けば海だよ!」


 必要なものを買い揃え、僕たちは海水浴場のそばまで来た。

 潮風に乗せられた磯の香りが鼻をくすぐる。

 昼過ぎだというのに、すれ違う人――つまり、帰っていく人が多いことが少し気になったが、それは高揚する気持ちと比べれば些細なことだった。


 しかし、ある程度進んだところで、僕たちは歩みを止めた。周囲の人々もそれぞれ悲嘆の声をあげている。


「ちょっと……これどういうことよ……」


 遠くから見てもわかるほどの高さのある金属の柵が、海の景色を隠すように海岸線に沿って立てられていた。

 陽の光を反射して眩しい柵の下へ行くと、一枚の紙が掲示されていた。


『緊急工事中のため、海水浴場を封鎖しております。再開日時は未定です。

 ご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。』


 そして、大きく『立入禁止』と書かれていた。

 付近には警備員のような恰好をした男達が数名、半ば退屈そうに立っている。


「異様だな……」


 ダニエルが言った。

 封鎖網は、見える限りどこまでも続いている。

 そこまで大きな工事をしているのか、と耳を澄ませど、柵の向こう側からは工事をしているような物音はしない。

 少し強気な海風が、颯爽と吹いているだけである。


「……あの、みんなごめんね……。もう少し、よく調べるべきだった……」


 ミヤちゃんは弱々しい声でそう言った。

 この場所を提案したのは彼女だし、責任を感じているようだ。


 こういう時は、すかさずフォローを入れる。

 これは僕がパソコンの恋愛ゲームで得た知識である。

 まさか、大学に入って役に立つ日が来ようとは、かつての僕は考えもしなかっただろう。


「まぁ、こんなこと滅多にないし、気にすることないよ。……でも何の工事してんだろうな」

「……違うの。……こうなるはずじゃないの……」


 この時、ミヤちゃんの様子がおかしいことに気が付いた。

 柵――いや、その向こう側を、手を握りしめながら見つめていた。


「まぁ元気出しなよ! ……おーい、ミヤちゃん?」

「……あっ? ご、ごめん! そうだね……ありがと安藤君……」


 

 ミヤちゃんの背は小さく、麦わら帽子を被っているので表情はよく伺えないが、元気を取り戻したようだ。

 名指しで礼を言われただけで大喜びで跳ねている自分が、心の何処かに居た気がした。


「でもさー、これからどうする? とりあえず駅戻るけ?」


 黎もさして気にしていないようで、そう言いながら次の行動を考えている。

 ここでぐだぐだしていても状況は変わらない。僕達は黎の意見に沿って、駅まで戻ることにした。


 ――その時だった。


(たす、て……)


 何処からか、電波の悪いラジオを聴いているような、ノイズの混じった声が僕の頭に響いた――。


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