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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 - 僕達が生きる世界
34/75

剛雷の騎士 - Ⅰ

 富士の樹海、虚魔の鉄塔に人知れず衝撃が鳴り響く。

 リュードの周囲に小さな灰色の魔法陣がいくつも展開され、その瞬間に虚空から鋼の杭が伸びてくる。

 それをかろうじて交わしつつ、ラヴィルに距離を詰めようとするが、彼は自らを護るように棘の壁を形成する。


「チッ……埒があかん」


 愚痴をこぼす間もラヴィルの魔術は展開され、同時に弾丸のように鉄の杭がリュードのもとに飛来する。

 それを黒耀剣(ハウフスウィード)で弾くも、状況は進展しない。完全に消耗戦だった。

 リュードの周囲には銃弾すらも灰にする焦熱の領域が広がっている。

 だがラヴィルの鉄杭はそれをものともしないほど、冷たく鋭い物だった。


 長距離の相手を攻撃する手段に乏しいリュードにとって、ラヴィルは相性の悪い相手である。


「なぜ貴様も《ノア》とやらに加担する! そこまで一時の保身が大切か!」


 坂下には『恩人だから殺さないで』と言われていたが、それは無理な相談だった。

 はじめはそのつもりで臨んだ戦いだったが、ラヴィルはリュードが思っている以上の手練(てだ)れであり、手を抜いたら殺されると思わせる程の覇気を纏っていた。


「別に加担しているわけでは無い。――これはこの世界の安寧秩序を乱さぬためだ」

「何だと!」


 リュードに一瞬の隙が生まれてしまう。

 その隙を見逃す程にラヴィルも甘くなく、リュードは一瞬にして串刺しになる。両肩や脚、脇腹に杭が容赦なく刺さった。


「かはッ!」

「いいか。魔術を使うというのは、こういう事だ。残念だが我々は彼らの目には殺戮(さつりく)の兵器にしか映らん。

 それともお前、鉄塔を壊して虐殺でも始めるつもりかい。人間は強いぞ、我々が思う以上にな」


 坂下は、ニコンの金で買ってあった救急箱を担ぎながら大慌てでリュードのもとに駆け寄った。


「お前も、魔界(ネビュレスト)に帰ろうと……しないんだな……」

「俺にはこの世界に妻と子がいる。この世界では(あずま) 秋人(あきひと)という仮面を被って、生活しているんだ。

 その安寧を壊そうと言うのなら、俺はお前を今殺すよ」

「お、俺らが悪かった東さん! すぐに出てく! だから見逃してくれ!」


 坂下が言った。彼はリュードを守るため、白旗を振る選択をした。


「――急所は外しておいた。さっさと治療してどこにでも行け」


 ラヴィルは静かに森へと消えていく。リュード達はその背中を情けなく見送るしかなかった。



 ***



 ニヴェルヘイムは停留基地に着陸すると、姿を隠すために地下に格納されてしまう。

 僕とサチュリは艦体を出て地上へと繋がるエレベーターを待っていた。


「ミヤちゃんが狙われてるってどういうことだよ!」

「私もよく分からん。天界(ヘンヘイル)でミヤが指名手配されてるらしい。ルーナの情報だから間違いないは無いだろう」


 どういう事だ。ミヤちゃんは天界の魔術を少しだけ使う事が出来る。

 海岸での出来事を思い返していた。あれが本当はタブーとされている事だったのだろうか。

 ならば何故、それが天界にバレたのだろう。


「……ちなみに、いつの情報?」

「今朝ルーナが帰ってきたんだ。その時に教えてくれた。おそらく既に騎士団は地球で捜索を開始してるだろうな」


 地上に出ると、ヘリコプターが一機止まっているのが見えた。

 操縦席には飯田さんが座っている。まさか彼がこんな高度な資格を持っているとは思いもしなかった。


 ヘリコプターは僕達を乗せ、静岡県へと向かった。


「そうだ! ミヤちゃんに連絡しなきゃ」


 幸い今日の午前中は机に向かっての授業だったので、ポケットに携帯が入っていた。

 僕はすぐに電話を掛ける。


『もしもし?』

「よかった! ミヤちゃん、今どこ?」

『珍しいね、安藤くんから掛けてくれるなんて。それでどうしたの?』


 中々話がかみ合わない。


「だから、今どこにいる? 緊急!」

『今? お風呂から出て扇風機の前にいるよー』

「わかった! すぐに行くから住所教えて!」

『ええっ! そんな……。いくら安藤くんだからって……いきなりそれは……』


 ミヤちゃんは何を勘違いしているんだろう。

 この大事な時に夫婦(めおと)漫才をしている場合じゃないというのに。


「と、とにかく住所! ミヤちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど――」


 その時、電話の向こうから窓ガラスの割れる音が聞こえた。


「え……。ミヤちゃん? ミヤちゃん!」

『ごめん、ちょっと待ってて!』


 ――待て、行くな。


 その言葉は、彼女には届かない。


東稜(とうりょう)高校のグラウンドに隣接した場所だな」


 飯田さんがそう言った。


「な、何で分かったんですか」

「いや、彼女が投稿してる写真に位置情報付いてただけだよ。全く無防備なものだ」


 確かに、不特定多数の人間が見るSNSに、ミヤちゃんは写真をアップしまくっている。

 彼女は一人暮らしだと言うし、ストーカーの被害に遭わないか心配だ。

 ……それよりも心配なのが、飯田さんが自動操縦にヘリを任せ、携帯片手に機体を操作していた事なのだが。


 ミヤちゃんの家に着くのに、四十分近く掛かった。

 ヘリコプターは学校のグラウンドに半ば強引に止め、部活中だった高校生や教員は、僕とサチュリを降ろした機体が飛び去っていくのを、砂が舞う中茫然と見送った。


「ここだ! 舞島って書いてある!」


 ミヤちゃんの家のインターホンを鳴らす。

 僕は焦っていた。『ちょっと待ってて』と言ってから、彼女が電話に出なかったからだ。


「……突き破るか?」


 サチュリがそう提案する。

 状況は緊迫している。やむを得んと、僕は彼女に頷いた。


「少しどいてろ」


 彼女はそう言って、僕は扉から離れた。


「うおりゃー!」


 サチュリは気合を入れながら、扉に突進しようと駆け出した。

 それと同時だ。ミヤちゃんが家の扉を開けたのは。


「ごめんなさーい、遅くなっちゃっ――て?」

「あ?」


 サチュリはヤバイという表情をしながらも勢いを殺せず、ミヤちゃんと共に家の中へと消えていった。

 中々スタイリッシュな訪問を決めたが、僕は安心していた。


 ――ミヤちゃんは、無事だった。



 ***



「いやーびっくりしたよ、まさか安藤くん達が来るなんて。……しかも、その安藤くんの目……」

「あー、大丈夫だよ。契約の影響らしいから。

 ちょっと魔術が使えるようになったけど、俺は俺のままだよ」


 僕がそう言うと、ミヤちゃんは少し曇りかけていた表情を晴らして、ニコリと笑った。


「すごーい。どんな魔術なの?」


 ミヤちゃんとサチュリが興味津々にこちらを見るので、見せてあげる事にした。

 黒い窓と白い窓、両方を。


「……何か微妙だな」


 サチュリからの第一声である。

 さすがにティッシュ箱だとインパクトが薄かっただろうか。


「そう? わたしはいいと思うけどなー」


 やはりミヤちゃんは優しかった。


「便利そうで」


 ……たとえそれが、道具のような扱いだとしてもだ。

 ミヤちゃんになら道具扱いされても、存在を無碍(むげ)に扱われ放置されても、許せる。


「そういえば電話してた時、ガラスが割れる音したんだけど、何があった?」

「あー、あれね。野球のボールだよ。柵を越えてうちの二階の窓に当たっちゃったの。それからずっと顧問の先生がぺこぺこしててさぁ、逆に困っちゃうよね」


 彼女はその後、付け焼き刃ではあるが窓の補修や片付けをしていたらしい。

 ひとまずは、怪我がなくて良かった。


「でもさ、二人して突然どうしたの?」

「…………」


 僕はどう本題を切り出せばいいか分からず、黙ってしまう。

 とにかくしばらくは彼女の側にいなければならない。


「ミヤちゃんさ、これから数日って何か予定ある?」

「うーん、別にないかなぁ。でもどうして?」

「あのー……アレ。よかったら、俺とデートでもしないかなーって……」


 ――よし、言った。

 ミヤちゃんは両手で口元を押さえ、驚いている。

 そして、目に涙を浮かべた。なぜなのか。

 もしかして僕とミヤちゃんとの関係は、少し有耶無耶になって無かった事にされてしまったのではないか――そんな不安が脳裏をよぎる。


「み、ミヤちゃん……?」

「ううん、ごめんね……嬉しくて。

 わたし、あの時――キスした時に安藤くんに嫌われちゃったのかなって思ってて……」

「……そんな事、あるわけないだろ」


 合宿二日目の遊園地デートの時は、心に傷が残る程の大惨事になってしまった。

 だから僕はまだ、恋人として彼女を幸せにしていない。

 ミヤちゃんの側にいるための口実も兼ねているのでは、という罪悪感もあった。

 だけど、命が狙われているという事は、どうしても伝える事が出来なかった。


「……まだ、ミヤちゃんの事、何も知らないし」


 そう言うと、ミヤちゃんは頬を林檎のように赤らめた。


「うん……わたしも、安藤くんの事知りたいな……」

「お、おう……」


 上目遣いでそう言われて、嬉しくない男は居ないだろう。

 互いに赤面し、場には少しばかりの静寂が訪れた。

 サチュリが机に出されたスナック菓子を、静かに頬張る音だけが部屋に響く。彼女は頬杖をつきながら、じっとりとした目でこちらを凝視していた。

 本当の目的を忘れるな、という事だろう。


「そ、それで……いつ、どこに行きますんですか?」


 彼女は僕にそう尋ねた。緊張のあまり言い間違えた事にはすぐに気付き、顔を真っ赤にして俯いている。


「そ、そうだなぁ……」


 地元には東京と違って遊ぶところは全然無い。

 それに僕は高校時代、女子との接点はほぼ皆無だった。ようするに、思いつかない。


「ミヤちゃんは、どこ行きたい? 俺あまりどこが楽しいかとか分かんないんだよね……」

「えー、安藤くんとならどこ行っても楽しいと思うけどなぁ……」


 と、そんな感じで持ちつ持たれつと相談をし、明日の十時に駅で待ち合わせをする事になった。

 そしてぶらぶらと歩きながら、映画を観る。

 それからの事はその時考えよう、という事に決まった。


 計画性が無いのは、昔からの事だ。

 楽しみだ。もちろん、本来の目的は絶対に忘れない。


「じゃあ、また明日」

「うん!」


 既に日が暮れ始めていたので、ミヤちゃんの両親が帰ってくる前に撤収する事にした。いつまでも家にいては迷惑というものだろう。


「……ちょっと待て」

「え?」


 今の殺気に満ちた声はミヤちゃんだろうか。背筋が凍り付いた。

 振り返ると、ミヤちゃんはとても眩しい笑顔で尋ねた。


「サチュリちゃん! 今日はどこに泊まるのかな?」

「はぁ? そりゃ……アンドーの――」

「そっか! 今日はうちに泊まるといいよ! ね、遠慮せずに!」

「うわっ、何をする! アンドーたすけ――」


 玄関の扉はサチュリの言葉を切って、力強く閉じられる。

 彼女はそのまま連れ去られ、僕はそれを茫然と見送った。

 その場は静寂に包まれ、まだ夏だというのに少し寒気のする風が路地に吹いていた。


「少し、見回りをするか……」


 僕は学校のグラウンドに沿って歩き出す。高校生は未だに部活動をしている。大変だな。

 僕はいわゆる帰宅部所属だったが、今思えば彼らの青春は本当に輝かしいと思う。

 そんな大切な時期を今は見向きもしないネットゲームに費やしてしまった自分を、酷く悔やんでいる。


 それでも大学に入ってから、ほんの一歩進んでみようと思っただけで、人は変われるという事も知った。

 今、高校時代の同級生と会えば彼らは驚くかもしれないな。契約を含めた、僕の変化に。


 不意に、背後からクラクションが鳴る。

 飯田さんだった。ヘリコプターを航空基地に止めて車でここまで来たらしい。

 この高校は、航空基地からそこまで遠くない場所にある。それが幸いしたようだ。


「サチュリちゃんは?」

「ミヤちゃんに連れ去られましたよ」

「なるほど、なら安心だな」


 僕は車内で、ここまでの経緯を飯田さんに話した。

 飯田さんは戦闘能力が無いが、ミヤちゃんの護衛には付き添ってくれるらしい。もちろん、見知らぬ人の素振りをして、である。


「安藤君も疲れてるだろうし、今日は家に帰って休みなよ。僕は車で寝泊まりするから」

「申し訳ない……」


 飯田さんは僕を車で送った後、東稜高校まで戻っていった。

 まさか本当に、ミヤちゃんに指一本触れさせないがための親衛隊が出来るとは、思わなかった。


 そして明日のデート、必ず成功させてみせる。

 決意を固め、布団に倒れこむ。夕食もまだだったが、疲労した身体はすぐに意識を落としていった。



 そしてまた、あの夢を見る。


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