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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 - 僕達が生きる世界
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理解の魔術師 - Ⅱ

 艦内全体にウォーロックからの放送が入る。


『緊急連絡! 艦内にて大規模な転移震動が発生した。発生地点は商業区三階、洋服店『テレーゼ』店内。

 全搭乗員は、周囲の安全・怪我人の有無を確認した後、安全なルートを判断し格納庫内シェルターへと避難せよ!』


 彼の焦燥感に溢れた声を聞くのは初めてだ。

 不幸にも転移震動の発生ポイントは艦体のど真ん中である。多くの怪我人が居る事は間違いない。

 僕は医務室のベッドの脇に居たことで、幸いにもそれがクッションになった。


『追加で艦体制御用人工知能『シード』よりお知らせ!

 当艦体の制御機構の損壊は修復を完了! 並びに侵入者を検知したため、自動航行にて臨時で日本に戻ります! あと、操舵室に怪我人が一名! 誰かヘルプ!』


 今喋っていた若い女の声は誰だろう。

 人工知能とか言っていたが、喋り方があまりにも軽い。

 気になるが、今はそれどころではない。


「……ぐ! 安藤隊員、清水医務長、無事か!」

「俺は大丈夫です!」


 立ち上がり部屋を見渡すと、かなりの惨事である事が分かった。

 電灯は床に落ちガラス片が散り、植木鉢が吹き飛び土が溢れている。

 壁は強固な作りになっているのか、無傷だったが内装が酷く散らかっていた。


「う、ううーん……」


 そんな中、一人の白衣の男が倒れ伏して呻き声を上げた。清水さんだ。

 僕とウィリアムは急いで駆け寄る。頭を打ったのか、清水さんは頭部から出血していた。


「マズいな……」


 ウィリアムは即時に止血を試みるが、流血は止まらない。

 このままだと、彼は死ぬ。


「他の医療班の方は?」

「おそらく、緊急避難用のシェルターに向かっている。ここからでは……間に合わない」

「……置いてって、下さい」


 混濁した意識の中、清水さんが声を振り絞った。

 既に彼の眼差しは何処へ向いているのか、分からない。


「これは……神が私に下した、天罰なのです……。あの日……友の……話に、従っていれば……」

「もういい……! それ以上喋るな、今は生きる事だけ考えろ!」

「いえ……。二人とも、もしも坂下 賢治という医者……いえ、今は何をしてるのかわかりませんが……彼に会ったら……お伝え下さい。……お前が、正しかったと……」


 彼の声はもはや空気が喉をかする程度の弱々しいものとなっている。

 僕はここに来てまだ間もないが、それでも何度も清水さんに助けられた。

 突然訳の分からない空に浮かぶ監獄のような場所に囚われて、彼は初めて僕の戸惑いに共感してくれた。

 そんな恩人を黙って見過ごしたくない。


 僕はかつて無かった程までに思考を巡らせた。

 医療の技術こそ無いが、この魔術で何か出来るのではないかと、考える。


 そして、一つの事に気が付いた。


 浴場のお湯を放出した時、なぜ湯が熱いままだったのか。

 目覚ましをセットして、一晩手の中に入れて朝に放出した時、ちょうど設定した時間を過ぎた頃だった。

 なのになぜ、アラームが鳴っていなかったのか。



 ――もしかして。


 僕は、一つの賭けに出る。


「……ウィリアム隊長、しっかりとした設備があれば、清水さんを助けられるんですね」

「ああ……だがさっき言ったようにな――」

「分かってます」


 神が運命とかいうシナリオに沿って清水さんを殺そうと言うのならば。


 そんな神は、糞食らえだ。


 時間は無い。

 対象は清水さん。出力は、全開。

 僕は魔力を最大限に流し込み、巨大な黒い窓を作る。


「おい、何だそれは!」

「俺の魔術です」


 それだけを答え、僕の右手は清水さんを一瞬にして飲み込んだ。


「……俺の考えが正しければ、この右腕から通じる異空間では、時間が流れていません」

「それって、つまり……」

「怪我人を全員、俺の右手に収容すれば……犠牲者は最小限で済みます」


 問題は、自身の魔力が足りるかどうかだが……そんな事で不安になっている場合では無い。

 僕達は、艦内を駆け出した。



 ***



 問題は、怪我人が何処に居るかだ。清水さんのように重症ではその場から動く事も出来ない。

 ひとまず、人工知能とやらが助けを求めていた操舵室へ向かう事にした。

 一階から四階まで階段を駆け上がる事になったが、さほど疲れなかったのは訓練の賜物だろうか。


 その道中でも、恐怖に満ちた声色で避難する多くの搭乗員とすれ違った。

 虚ろな目で、背負われるように運ばれる怪我をした女性。

 頭から血を流しつつ、おぼつかない足取りではあるものの自力で移動する男性。

 ただ、転移しただけなのに――艦体は惨劇と言えるほどの被害を受けていた。


 機械操舵室は厳重なセキュリティに守られた、いわば神楽(かぐら)の自室だ。

 どうなる事かと思ったが、僕達が近付くと扉が勝手に開いた。


『こっちこっちー!』


 部屋に入ると、再び電子的な声が響く。

 だが、声は部屋全体に響く感じで、どこからの音なのかが分からない。


「居たぞ! って、司令官じゃないか、なぜここに!」


 ウィリアムが言った方を見ると、神楽が気を失って倒れていた。


「……この程度の怪我なら、右手に入れる必要はないですね」

「ああ……」


 時間をロスしてしまった。この人工知能、信用出来ない。

 そう考えながら、神楽を介抱し部屋を出ようとした時。


『重篤な被害者は三人いるよ! 研究区画四階『気象研究室』、商業区画四階ゲームセンター、あと……商業区画三階・洋服店『テレーゼ』。被害者の容態、そして距離から計算すると、この順番で行くのが最善です!』


 人工知能がそう言った。

 どうやら艦内全域に設置されたカメラに接続しているらしい。

 部屋に備えられた巨大な画面には、各室の惨状が映し出されている。


「安藤隊員、これはお前にしか出来んことだ。頼んでもいいか?」


 ウィリアムがそう尋ねた。


「当たり前じゃないですか。元々、そのつもりで来たんですよ」

「頼んだぞ!」


 僕は、重症な者を助けるべく、そしてウィリアムはシェルターでの混乱をケアすべく、別行動を開始した。


 はじめに言われた気象研究室でも、普段オートロックされている扉が自動で開いた。


「どこだ……。誰かいますか!」


 返事は無い。部屋を見渡すと、足元で水溜りを踏んだような音がした。

 だけど、それは雨の路地でよく見るそれではなく、赤い色をしていた。


 それでも僕は、驚く程に冷静だった。

 どうやら被害者は重い棚と床に散るガラス片に挟まれていたようだ。

 棚を吸い込むと、床に血を流す一人の研究員がいた。

 彼も相当に流血が多く、ガラス片によって肌の露出した部分は真っ赤だった。

 だが、脈はまだあったし呼吸もしていた。おそらく脚は折れている。


「……絶対に助けます」


 そう言って彼を吸い込む。

 次だ。僕は無心で駆け出す。



 ゲームセンターには泣き叫ぶ女性がいた。

 しかし、彼女は泣き崩れはしているものの致命的な傷は負っていない。


「おい、大丈夫か?」

「助けて……」


 女性は泣きながらそう言うだけだ。

 だが、近付くと彼女の前に一人の男が倒れていることに気付く。

 やはり彼も重症を負っている。だが清水さんや気象研究室の男程ではない。

 口から血を流していたのは壁際に思いきり叩きつけられたからのようだ。


「わた、私を……庇ってくれたの……」


 彼女はパニック状態に陥りながら、そう説明した。

 この男は戦闘部隊の者では無かったようだが、その行動には感服する。


「これなら、大丈夫だ。君はシェルターに向かって。

 彼は、必ず助ける」


 正直なところ、見ず知らずの者に親しい者を吸い込まれたら、余計に混乱すると思う。

 だから僕は先に彼女をシェルターに向かうよう促したのだが、信用出来ないのだろう。彼女は一向に動こうとしない。


 仕方ないから彼女が見てる中、彼を吸い込んだ。

 やはり彼女からは断末魔のような、恐怖に満ちた声が上がる。だがそれからの事は予想できなかった。

 彼女が失神してしまったのである。


「シード……っつったっけ? 見てるか! 先にこの子をシェルターへ運ぶ時間はあるか?」

『艦体制御用人工知能『シード』より連絡! 戦闘部隊の安藤さん! それは厳しいかも……。侵入者が残りの被害者の存在に気付いたら、何が起きるか分からない……』


 館内放送でシードからの応答があった。


「クソ……どうするかな」

『あれ? 安藤隊員、誰かがそちらへ高速で向かっています。カメラ映像の処理を開始……。これは、第一部隊の隊長――ロディアス隊長?』

「ロディが……?」

「おうヒロポン、手伝おうか」


 ロディは既に、僕の背後まで来ていた。


「ロディ……いつの間に……」

「ウィリアムさんからおめェの事を聞いたんでなァ! ヒロポン頑張ってるらしいし、少し助けてやんよ」


 思わぬ助力だ。しかし彼も頭から血を流している。


「ハッ! これは階段で躓いて転んだだけだよ! ……けど、気ぃ付けろ。ヤベー奴が転移したみてェだ」


 彼はそう言って、失神した女性を運んでいった。

 転移に関しては……僕も分かる。

 今までの魔界人(ネビュレステル)には感じ取れなかった力が渦巻いている。

 おそらく、あの黄金眼を備えた少女だ。


 僕は最後の一人を助けるべく、洋服店へ向かった。

 ゲームセンターからは見える距離にあった。


 怪我人はすぐに見つける事が出来た。店員の女性のようだ。

 だが、気になった事がある。


 気象研究室の男は迂闊に動かせないからともかく、なぜゲームセンターの男性や、ここにいる女性は誰にも介抱されずに置き去りにされているのだ。

 特にこの女性は、重症ではあるものの生存を諦めらほどの流血は無い。


 色々と考えたが、今はそれどころではない。

 彼女を吸い込んで、僕はシェルターへ向かおうと踵を返す。

 するといつの間にか、誰かがそこに立っていた。


「ようやく会えたのう」


 恐怖で、言葉が出ない。

 あの時見た姿と同じ姿だ。

 銀鼠の髪に黄金の眼を備えた少女が、僕の目の前にいた。


「だ……誰、だ……」

「何じゃ、さっき会ったじゃろう。あ、でも紹介はまだだったかのう?」


 なぜ彼女は、日本語を喋っているのだ。

 それに彼女は魔界人(ネビュレステル)のはずだ。なのになぜ、両眼が眩いばかりの金に輝いているんだ。


 聖女のような純白の衣服に身を纏っているが、彼女の瞳の奥から溢れるのは――底知れぬ、憎悪だ。


(わらわ)の名はサリエル=ルーグリース。三魔帝(トレイズ)の一人を担う、ただの年老いた魔法使いじゃ」


 三魔帝(トレイズ)――確かサチュリも同じ事を言っていた気がする。

 魔界(ネビュレスト)の圧倒的な力を持つ三人。

 しかし彼女が年老いているようには見えない。


「さーてと、妾も貴様の事を教えてもらうぞ」


 彼女がゆっくりと近づく。戦闘は避けられないようだ。

 足がすくんで動かない。

 だけど、震えながらも右腕を持ち上げる事はできた。


 一発だ。一発で決める。

 彼女に手加減は要らない。手を抜いたら僕が殺される。

 先程吸い込んだ、大きな棚を意識する。

 巨大な白い窓が現れるのを確認し、残った魔力を全力で出力してそれを発射した。

 しかし、それは彼女に命中する事なく、向かい側にあった店の壁を貫いて止まる。


 ――終わった。


「……全く、乱暴じゃのう」


 耳元で、静かにサリエルが囁いた。

 僕が認識出来ない速度で、彼女は瞬間移動したようだ。


「見せてもらうぞ、お主の記憶――」


 彼女はそう言いながらゆっくりと手を伸ばす。

 その小さな白い手は淡く青白い光を纏い、痛みを与える事なく僕の脳にまで達していた。

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