ニコンとノウム - Ⅱ
* リュード 視点 *
ニコン達との衝突の後、私達は道中で見つけたネットカフェの個室を二部屋確保し、そこで休んでいた。
恐らく、今日はここで寝泊まりすることになるだろう。
私は自室に漫画を数冊運び込み、それを読む。稀に見つかる意味の分からない言葉はインターネットで調べていた。
「……あの子達、大丈夫かね」
同室で壁に寄りかかって座っていた坂下が、天井を見上げながら呟いた。
「やけに心配そうだな。相手が子供だったからか? ああ見えても奴らは地界では自立が出来る年齢だから大丈夫だ。……それより少しくらい私の心配をして欲しいものだ……」
私とて、あの攻撃を無傷で受けたわけではない。
掌の傷は、既に大きな瘡蓋になり止血されているとはいえ、痛みがある。
この店に並ぶ書物の数々を汚してしまわないか、半ば神経質になってしまったくらいだ。
「そうだけどお前なぁ。あれは、少しやり過ぎだったと思うぞ」
住居の放火の件もそうだったが、私の契約者は他者に対し甘すぎるのではないかと思う。
それは個としての性格なのだろうし、文句を言うつもりは全くないのだが。
「……私はただ、自身に向けられた攻撃を防いで少し脅しただけだ。この国では、正当防衛と言ったか?」
「そう言われると何も言えないんだけどなぁ……。リュード君、キミには少々他者に対する優しさが欠けているように思えるよ。気を悪くしたらすまんがね」
そう言われて、私も「お前が厳しくしないだけだ」とだけ返しておいた。
これ以上は、場の空気が悪くなるだけなので、やめておく。
「……まぁ、それは置いといて、今後ああいう人達が毎回襲ってくるとなると面倒だよなぁ」
坂下が言った。
「坂下は、ニコン達に手を貸そうとは思わないのか?」
私がそう尋ねると、坂下は何かを思い出しているのか、険しい顔をした。
「……俺は、反対だ。昔、似たような組織に勧誘されたことがある。『地球人を破滅から救ってみないか』……ってね」
「ほう。それは、断ったのか?」
「そりゃね。新手の詐欺だろうなって思ったよ。だが、それは失敗だった。彼らは、俺から財産、仕事、家族、何もかもを奪って消えた。別に家族が殺されたわけじゃないけどな。俺は社会的に死んだけど」
「……家族がいるのか」
「ああ。たぶん今も神奈川県に住んでるよ。だけど、会いに行っても、何故か避けられちまう。きっと、何か圧力をかけられてんだろうな……。いや、そう信じたいだけなのかもしれんけどね。……さっきの子達がそいつらと同じ組織とは限らないけど、似たようなものを感じたんだ。そんな奴らに味方するなんて――真っ平ごめんだ」
坂下に、そのような過去があるとは知らなかった。彼の口から出る話は、手元にある漫画よりも面白い。
契約者として、もっと互いのことを知っておく必要があるのかもしれない。
「ところでよ、明日になったらどこへ向かうんだ?」
坂下が私に訊いた。
「西だ」と、私は答えた。それしか、答えようがないからだ。
しかし坂下は溜息を吐いてしまった。
「あのな……、ちょっとパソ貸して」
席を譲ると、坂下は画面上にこの国の地図を表示させた。
この世界――地界と私の住んでいた魔界は、世界地図がほぼ一致している。
私のいた世界の日本に位置する国は、とっくに滅びてしまっていたが、これは偶然ではないだろう。
「指のやつやって」と、坂下が言った。
私は指先から、極小に圧縮をかけた魔力を出した。それは光の糸のように伸びるが、やはり何かに吸い込まれていくかのように西の方へ霧散していく。
坂下のしようとしていたことがようやくわかった。
「この方角だな」
私はマウスのカーソルで地図上のある点を示す。
「……マジかよ」
「この方向に何かあるんだな?」
「ああ……うん。あるよ、ある。霊峰と呼ばれてる山。自殺の名所とか言われてる樹海。この方角だと直撃だ」
こうして私達は、『富士の樹海』と呼ばれる場所を目指すことになった。
坂下は非常に嫌そうな顔をしていたが、理由は教えてくれなかった。
その後、私は樹海について調べたが、自然が豊かで美しい。ここまで緑の多い森は魔界には無い。
だが、その森には『自殺スポット』という呼び名があるらしい。
***
翌朝、私は魔界人の気配で目を覚ました。その気配はまだ遠くにあったが、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
「坂下、起きているか?」
私は坂下の寝ている個室の扉をノックしながら尋ねた。
「おう、早いんだな」
坂下は既に起きていたようで、眠そうな様子もなく扉を開いた。
「また、昨日の奴らが来たようだ。そこまで近くはないが、間違いなくこちらへ向かっている」
「……また戦うの?」
「あちらがその気なら……な。それにしても驚きだ、彼らにまだそれだけの気力が残っているとはな……」
「とりあえず、人のいないところまで移動しよう。適当に山とかあるだろ、この辺なら」
私達はネットカフェを後にし、道を進み始めた。
東京と比べて私が今居た場所の付近には公園や山が多い。人目に付かない場所はすぐに見つけることが出来たのは幸いだった。
そこで私達は待ち伏せをしていた。
彼らも真っ直ぐにこちらに向かって来ている。
「……それにしても、よく来てるってわかるよな」
見通しの良い場所で彼らを待っている時に、坂下が呟いた。
「私達魔界人には互いの気配を大まかに把握出来る能力がある。個人までを認識することは出来ないが、これは生物的な特性なのだろう。
この世界の人々を感知することは出来ないし、契約を果たしたことでその力も衰えつつあるがな……」
「ずいぶんと便利なもんだなー。完全に『ヒト』の上位互換だ。一体どうしてそんなバケモンがいきなり地球に――」
「昔からではないはずだ。少なくとも五〇年より前には転移してる者がいる」
そして、その者はどうにかして魔界に帰還した。早くその方法を探さなければならない。
「故意で飛んできたわけじゃないんだろ? 一体何が目的で……もしかして侵略か!」
「ありえるな」
私は自らの故郷のことを想いながらも、冗談交じりにそう言ってみた。坂下は驚いた様子で二、三歩後ずさる。契約者を攻撃するなどありえないということは何度も説明しているのだが……。
年齢が年齢なのか、なかなか理解してくれないのが少し困る。
そうこうしているうちに、遠方から昨日の子供達がゆっくりと歩いてきた。
彼らと目が合うと、ニコンは怯えた様子でノウムの背に隠れる。
「あー……こりゃ相当なショックを受けてるな」
「あちらが悪い」
それでも尚、彼らは歩みを止めることなくこちらに近づき――五メートルほど離れたところで立ち止まった。ニコンはやはり怯えた様子で目を逸らしているが、ノウムは少し見違えた気がする。
彼の瞳には、昨日見て取れた恐怖心は映っておらず、逆に何か決意のようなものを感じたほどだ。
不思議と、敵意は感じ取れなかった。
「――今度は、何の用だ」
半ば脅すつもりで、声を低くしてノウム達に尋ねた。
その後彼の発した言葉に、私達は目を丸くしてしまう。
「ぼ、僕達を……。 僕達を、鍛えてくれませんか?」
予想外のその言葉に、私達は思わず「はぁ?」と変な声を上げてしまった。
***
その後、私達はノウムから経緯を聞いていた。
彼らは私達を捕獲する任務が完了した後に結婚する予定だった。しかしその任務は、圧倒的ともいえる力の差を前に失敗に終わってしまう。つまり、彼らは任務を完了できず、結婚が出来ないらしい。
ゆえに、必要になったのは力だった。しかし私ほどの力を持つ者はいないらしく、頼れるのは捕獲対象である私本人であったというわけだ。
「帰れ」
「そこをどうか、お願いします! 三日後までに貴方を捕えねばならないんです!」
「断る」
私は即答していた。他者の事情のためにわざわざ危険な場所へ行く者がどこにいようか。
「そ、そこをなんとかっ! このままでは僕達は半永久的に恋人以上家族未満なんですよ!」
「意味のわからんことを言うな! 結婚なんて勝手にすればいいだろう、そんなに任務とやらは大事なのか?」
彼らのしつこいほどの頼みに、私は鬱陶しく感じていた。ニコンは「やっぱりやめときましょうよ」と言っていたが、ノウムは聞く耳も持たず私に縋り付いてきた。
「そもそもだ。魔術も使えないというのにどうやって鍛えろと――」
そこまで言った時、ノウムの目が光ったような気がしたのは気のせいではないはずだ。
「……つまり、魔術が使えればいいのですね!」
「――可能なのか?」
出来るのならば、その情報だけ得てさっさと退散すればいいだろう、という考えが咄嗟に思い浮かんだ。
「ええ、出来ます」
ノウムはそう言って、指に嵌めた銀色の指輪を私に見せた。
指輪には宝石のようなきらびやかな装飾は一切なく、どこか冷たく機械的な外見をしている。
ニコンの指にも同じものが嵌められていた。
「それはなんだ」
「その前に、訓練の承諾を」
そう簡単に口にするほど、相手も愚かではないようだった。どうしたものか、考えていると坂下が口を開いた。
「確か、昨日阻害電波がどうとか言ってたよな。もしかしたらその指輪を嵌めてるとその影響を受けないとかそんなことじゃないか? ちょっと短絡的かもしれんけど」
「…………」
ニコンもノウムも、反論することはなかった。場には静寂が訪れる。風が樹の葉を揺らす音だけが辺りに響いている。
「……訓練の承諾をお願いします」
「図星かよ!」
つまり私達の向かっている先――富士の樹海とやらに、その電波を流す根源があることは容易に想像がつく。
「行こう、坂下。こいつらの言っていることに信憑性があるとも限らない。相手にするだけ無駄だ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいってば! 僕は強くなりたいんですよ! 決してあなたを捕えるためだけに力を必要としているわけじゃない! これからニコンと……この世界で生きていく上で、僕達部外者はいつ迫害に遭うかわからない! そうなった時に生きていく力が必要なんですよ……!」
ノウムはそう言いながら必死にすがり続けていた。坂下はそれを半ば気の毒そうな目で、ニコンは心配そうな目で見ている。
言っていることは真っ当だが、一つ気に食わないことがあった。
「この世界で生きていくだと? ふざけるな……。いつこちらの世界に来たのかは知らんが魔界人としての誇りまで失ったか!」
「だ、だって司令官は現代の日本の科学技術じゃ次元の転移は無理だって……」
その言い訳は余計に私を苛立たせるだけだ。ノウムの胸ぐらを掴み、傍にあった樹に打ち付ける。
ノウムは痛そうに声をあげたが、そんなこと、今となってはどうでもいい。
「貴様は腐っているぞ……! 帰りたくないのか、故郷に! 不可能だと思うのか、帰るのが! 得体の知れない者の情報が全てか? 他者を信じる前に自身を信じろ。どれだけ甘い世界で生きてきたのだ貴様は……」
ノウムは苦しむ声を抑え、力強い目で私を睨み返す。
私はこいつの瞳の奥から感じ取れるモノが不快だった。こいつは敵であるくせに、その眼差しが妹のサチュリと似ていたからだ。
「か……帰りたいに決まってるだろっ! けど路頭に迷ってた僕達を保護してくれたのは司令官だぞ! 得体が知れないのは確かにそうだけど……それでも恩義だって無いわけじゃない! 任務を遂行することが今の僕達に出来る唯一の恩返しなんですよ……」
ノウムはそう言いながら歯を食いしばった。彼の深く蒼い目が空色に輝き出す。
――何か、来る。
この距離ではまずいと判断し、咄嗟に後方へ退避した。
『――〈リヴァーライズ……コルナリアス〉!』
ノウムが自身の魔術を発動させると、彼の手足は陽炎のように揺らめく蒼い炎に包まれた。
やはり、戦うことは避けられないようだった。正直なところ周囲の目に留まるような大事は起こしたくはない。
「考えが変わりました……。貴方に頼むのはどうやら愚行だったようです。力尽くでも――」
そう言いかけたところで、ニコンがノウムに駆け寄り、彼の起こそうとする行動を抑止しようとした。
「ストップ! 戦うのは駄目だってば! 約束したじゃない!」
その声は必死そのもので、こちらの戦意すら削がれてしまう。
「…………ニコン、ごめんね。……でも、駄目だ。頼みを聞いてもらえないのなら、このまま背を向けて、はいそうですか、と立ち去るわけにはいかないよ」
ニコンは一度私の方を振り向いた。だがそこに映るのは恐怖に怯え、今にも泣きそうな表情だけだった。
「ダメダメダメダメダメ! まずは『ニヴェル』に戻って態勢を整えるのよ! 応援も呼ばないと無理よ!」
「……ごめんね」
「――ッ!」
ノウムが呟くと同時に、ニコンは力無くその場に崩れた。ノウムは彼女の身体を抱き上げて、こちらに届く声で言った。
「一つ、頼みがあります。今から僕は全力で貴方に挑みます。――ですが、万が一僕が……僕が死んでも、ニコンだけは見逃してあげてくれませんか」
こいつは、戦う前から負けのビジョンを見据えているのか。ほとほと呆れてしまうばかりだ。
「……良いだろう」
私はそう答えたが、実際にどうするか決めたわけではない。
ノウムは安堵したのか表情を和らげ、ニコンを安全な場所に寝かせた。
そもそもノウムを殺す気はなかった。坂下やサチュリが後々うるさいし、何かと情報を持っている。捕虜に出来るほどの、価値もあるかもしれない。
だが、それを悟られるわけにはいかない。彼の本気がどれ程のものか、見てみたいという気持ちが芽生えていた。
「ありがとうございます。では――」
ノウムは深呼吸をし、豪速でこちらに駆けた。そして、勢いをそのままに、蒼炎に包まれた拳を振るう。
決して油断していたわけではない。
彼の速度が目に追えないわけでもない。
しかしその攻撃を、私は受け流すのが精一杯だった。
契約の影響で身体が鈍っているからだ。
以前までの私ならこのような攻撃いとも容易く無力化し、そのまま腕の骨を圧し折るくらいは出来たはずだ。
そして一つわかったのは、彼の手足に纏う炎には、熱がなく触れても火傷はしない。
おそらく身体能力を強化する魔術が炎のようなものを形成しているだけのようだ。彼がそれしか使えないのならば、胴体が小さく俊敏な猛獣を相手にするようなものだろう。
「まだです……よ!」
ノウムの二撃目が飛んでくる。一撃目にも劣らぬ勢いだったが、今度は目も慣れ拳の軌道を予測し、回避が出来た。
「……あの少女の攻撃の方が重かったぞ?」
「くっ……」
見事に私の煽りに乗り、三発目が飛んでくる。
想像通り、その拳には芯が入っていない。威力は申し分ないが中途半端である。
その僅かな過ちを見逃さず、彼の腹部に反撃を喰らわす――のでもよかったのだが。
坂下に余計な恐怖心を与えるのも厄介だと思い、とりあえず腕を掴み、背負い投げをした。
日本ではこういうスポーツがあるようだし、大丈夫だろう。
「終わりか?」
私はノウムを見下しながらそう問う。
「……いえ。ですが今、手を抜きましたね?」
どうやらバレてしまったようだ。
「そう思うのならそうなのだろうな」
「舐められたものですねッ!」
脛に向かって脚払い。体勢が悪くやはり芯が入っていない。その足を動けない程度に踏みつける。
「痛ッ!」
「諦めろ。どんなに足掻いても貴様では私には勝てん。例え私が、か弱き者と契約を果たしても、だ」
ノウムは全ての魔力を脚に注ぎ、抜け出そうとする。蒼炎はその分火力を上げて燃え盛るが、彼の全力では私の踏み込みから脱することは叶わなかった。
「そこまでにしておけよ。別に私は無駄な殺生をするつもりはない。大人しく――」
そこまで言いかけた時、銃声と共に一つの弾丸が飛来した。それは私の頬を掠める程度で、大したダメージにならなかったが、ノウムの態勢を立て直す猶予を与えてしまった。
しかし、彼もその思わぬ攻撃に驚いているようだ。
「誰なんだ今度は……」
それは、街中に日頃から居るとは思えない、黒を基調とした武装をした集団だった。長身の銃を持ち構え、整ったとは言えない隊列を組んでこちらに走っていた。
「ニコン隊長を発見したぞ! ノウムさんもいる! 標的も発見! 隊長の救助が最優先だ!」
「おおおォォォ!」
ニコンの部隊の隊員達が、私達の前に現れた。
***
彼らはあっという間にニコンを介抱し、残った数人が銃を構えてこちらを囲む。
「坂下、危険かもしれない。私の背後にいろ」
「ひぃーおっかねぇ……」
この人数を坂下を護りながら相手にするのは、例え相手が地球人だとしても少々部が悪い。
「動くな! 動いたら蜂の巣だぜ!」
隊員の一人がこちらに向けて言った。最も困惑しているのはノウムだ。
「み、みんなどうしてここに? そ、それより来ちゃダメだ! こいつは今までの魔界人とはワケが違う!」
「俺達ァな、隊長達の子供を拝むまでは死んでも死なねェよ! ここは俺達に任せてくだせぇ!」
「なんでそれを……」
「普段の様子を見てりゃわかるってモンだよ! おい、そこの魔界人! 怪我をしたくなければ大人しく投降しろ!」
隊員達は銃を構え、いつでも私達を撃てる態勢を整えていた。
「ちょ、ちょっとリュード君どうすんのコレ……」
「案ずるな坂下。奴らの目的は私達の生け捕りだろう。ならば、撃たれることはあれどそれは致命傷にはならんはずだ。奴らに背を向けないで、後ろに下がれ」
坂下は言われた通りに、一歩後退する。
同時に、響く銃声。それは坂下に向けられた物だ。
私はその弾道を読み、受け止めた――つもりだったが、威力を殺せず手に穴が開いた。
「……ふふ」
何時振りだろうか。
ここまでの痛みを感じたのは。
既に右手の感覚は曖昧で、動かすことすらままならない。
しかし何故だろうか。
堪え切れない笑いが込み上げてくるのは。
「くははは……!」
私の様子を見て彼らは警戒を強めている。
隊員達は、この世界の住民なのだろうが、よく訓練を受けているのか、空気が不穏になっているのを感じ取っているようだ。
私は高笑いをした。
そうだ、これは喜びだ。
「もう……ッ、いいだろ……」
これまでは魔力が得体の知れないものに吸い込まれていくことを気にして、魔術を控えていたが、向かう先は既に決まっているのだ。
全力を出しても、何も問題はないだろう。
それは、正当防衛になるのだから。
戦う事に喜びを感じてしまうのは、仕方がない。
楽しいのだ。
それが例え勝てない戦いだとしても。
それが例え命を失う戦いだとしても。
喜んで戦火に身を投じてしまう。そういう一族なのだ、レクシリア家は。
私は悦楽に浸りながら呟いた。
自分だけが知る、自分のためだけの魔法の詠唱――。
「……〈ハウフスウィード〉――」
手元に現れたのは、黒く耀く長身の剣。やはりと言うべきか、形成した部分から何かに吸い込まれていくかのように崩壊していく。
それでもなお、私は魔力の放出をやめなかった。崩壊していくよりも多量の魔力を流し込み、強引に剣を形成する。
「……さすがに、長時間の戦闘は厳しいか」
私は一歩ずつ、ゆっくりと彼らに近づいていく。
「う、動くな! 止まれェ!」
隊員達は、銃を乱射していた。しかし銃弾が私に傷を付けることはなく、それは一定の位置で黒い灰になり、風に流されどこかへと飛んでいく。
「駄目だよ皆! 逃げてくれ……! 頼むから……」
ノウムの掠れた声は虚空に溶けていくだけで、誰にも届かない。
あと数歩進めば、隊員の一人の首に私の刃は届くだろう。
しかし圧倒的な力の差を前にしてもなお、隊員達は引き下がることはなかった。彼らにも恐怖心はあるだろう。その証拠に脚は震え、今にも腰を抜かしそうだ。
だが、動けないわけではなさそうだった。動かなかった。
一番先頭にいた隊員の前に私は立ち、首筋に剣を向ける。
「不思議なものだな。一つ答えろ。そこまで恐怖を感じておきながら、なぜ逃げないのだ。まさか……貴様らにも私達の家系のような血生臭く、狂った呪いでも掛かっているのか?」
「……ハッ、なんだよそれ。……まぁ、天下無敵のバケモノ様にはわかんねェだろうよ……。オレ達人間にはな……命に代えてでも護るべき大切なものがいくつもあるんだよ……。それは、一緒に戦闘訓練をした同僚かもしれねェし、何時かもわからねえ帰りを待つ家族かもしれねえ……」
「それこそ、わけがわからんな。そちらから手を出さなければ何も危害など加えないというのに……なぜ我々を狙う?」
「お前らがどう考えていようがな……魔界人は民間人に危害を及ぼす可能性の高い、言わば害獣なんだよ!地球破滅の因子となり得る可能性が僅かでもある生物を、呑気に放し飼いできるわけねえだろうが!」
――私達が、破滅の因子になる?
彼の言っていることには少々興味があったが、時間を食っている場合ではない。
「……なるほど、その勇気――いや、蛮勇と言うべきか? 見事なものだ。その意志と共に散れ」
剣を向けられてもなお、その隊員は銃を下ろすことはなかった。
乱射された銃はとうとう弾を切らしたようだ。彼は潔く諦め、目を閉ざす。
私は剣を真っ直ぐに振り下ろした。
「だぁぁぁぁやめろォォォ!」
背後から声が聞こえ、視界に誰かが躍り出て、目の前の隊員を突進してすっ飛ばした。
「なッ――!」
驚いた事に、そうしたのは坂下だった。彼は自身を守る術を持っていないというのに、危険を顧みずに敵を庇った。
――私を裏切ったのか?
だがそんな邪な意思は感じ取れなかった。ますます訳が分からない。
そんな事を考えている合間にも、契約者を護るべしという戒律と、今まで発していた殺意とが衝突し――。
生じた矛盾は“破約反射”として、剣撃の威力もろとも自身に全て跳ね返ってきた。
――なぜだ、坂下……。
全身に雷を撃たれるような感覚と共に、深く暗い闇の底に意識は遠のいていった。
魔力は枯渇し、敵の一人も止めることが出来なかった。
愚の骨頂だ。
この時初めて、我々魔界人の“契約”という行為に対して疑問が生まれたのだった。




