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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 - 引き裂かれる日常
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それぞれの進む道 - Ⅲ

 神楽のマシンガンのように繰り出される質問に、僕は完全に撃墜された。その後、彼女と『ウォーロック』を除いた三人からも生活に関することなどの質問をされたが、それらは比較するとまだ優しい方で、記憶には殆ど残っていなかった。

 ちなみに『ウォーロック』は「質問なんてないよ」と顔をスマホの画面に向けながら言い、もはや仕方ないけれどそこにいるような状況だった。僕にとっては精神的負担が減るのでそれは逆に良いことだったと言える。


「……じゃ、以上で面接を終わるわ。この結果は後日追って連絡するからそのつもりでよろしく」と神楽が告げた。

「……あ、ありがとう……ございました……」


 ステレコスはスーツを整え、そして『ウォーロック』は欠伸(あくび)をしながらそそくさと退室して行った。

 医療班の清水さんは、立ち上がりはしたが何かを言おうとしているのかその場から動かなかった。


「どうしたの?」と神楽が尋ねる。

「いえ、次は健康診断の筈なのでね。艦内を案内するのも兼ねて、少し雑談しようかと」


 気のせいだろうか。その時、神楽が彼に対して僅かな間、何かを探るような視線を飛ばした気がした。


「……そうね、いいわよ。じゃあ後はよろしく。スケジュール通りに動きなさいね。行くわよウィリアム。オセロでもしましょ」


 そう言い残し、神楽とウィリアムも部屋から出て行った。

 会議室は再び元の静けさを取り戻した。耳元では彼女の質問責めがエコーのように響いていた。


「さてと、じゃあ時間も押してるので行きますか」と清水さんが言った。

「あ、はい」


 口から漏れかかったメンタルと言う名の魂を飲み込みながら、僕は部屋を出た。



 部屋から出て、次の場所へ向かいながら清水さんが僕に尋ねた。


「大変でしたね。疲れたでしょう?」

「……はい。正直もう帰りたいですよ……」


 この人と話していると、不思議と安心する。さすが医者と言うべきか、色々な動作や発言から僕のことを気にかけているのだということがわかった。


「……正直、ウィリアムさんが貴方を撃って医療班をコールした時は驚きましたよ。彼らの任務は生け捕りですからね。よほど貴方を危険だと判断したようだ」


 そ浮いた言った清水さんに「まさか」と僕は返答した。


「こんな弱っちい人間のどこが――」

「違いますよ。あなたは、混在種だ」


 僕の自虐ともとれる言葉を遮り、清水さんは言った。


「混在種……」

「そうです。自覚こそないかもしれませんが貴方はもう人間ではありませんよ。でも、そこまで悲嘆することでもない。身体能力は劇的に向上しているでしょうし、おそらく脳の働きも活性化されています。思い当たる節はないですか?」


 僕は何も言い返せずに、黙ってしまっていた。どちらかというと、思い当たる節はあるかと訊かれたら答えはノーだ。

 ただ、今朝秋夢を布団に運ぶ時に軽く感じたのはそれなのかもしれないが、根拠も無い。


「……おかしいとは思わないんですか」


 僕は思わず、清水さんの問いを無視し尋ねた。


「何が」と彼は言った。

「……何もかも、ですよ。例えばその、混在種だとか、この空飛ぶ輸送艦とか。普通すぎる商業区とか……! あり得ないでしょ」

「ふむ……。……確かに、おかしいですね。ですが事実を知っている以上、彼らには従うしかないんですよ」


 この時初めて艦内の搭乗員、しかも上位の役職の者から「おかしい」という言葉を聞けて、僕は安堵した。


「しかも、司令塔はあの女の子ですしね。おかしいことだらけだ」

「ですよね! しかもやたら設備が近未来的だと思ったら、部屋の扉は全部木製でドアノブ付き。体重計はボロ過ぎるし」


 それから僕達二人は、目的の場所に着くまでという短い時間だが、この機体のおかしいところを交互に言い合った。ここに来てから、これまで安心出来たことはなかった。


「……さて、着きましたね。じゃあ早速始めますかね」


 それから僕は血液検査や、色盲検査、視力、聴力などあらゆる検査を行った。

 それらの結果が全て向上していた事に、僕は驚きを隠せなかった。

 昨晩出血した箇所も、既に傷口は癒えている。


「特に異常な点も見られませんね。これで終わりですよ、お疲れ様」

「はぁ……。ありがとうございました」


 検査は思っていたよりもあっけなく終わりを迎えた。清水さんは、少しばかり大きな紙袋を渡し、僕を出口に促す。


「これは……?」

「数日分の着替えが入ってますよ。見た目がほとんど同じなのは申し訳ない。その傷口ならば風呂に入っても大丈夫でしょう」

「おぉ! ありがたい!」

「……安藤くん。先程は『混在種』などと言って申し訳ない。君は、立派な人間でしたよ」


 僕はいつも通りに接していただけのつもりだったが、清水さんは静かにそう告げた。


「だが、君の中には恐らく化け物が潜んでいるだろう。決して自分を見失わないように、気をつけてくださいね」

「……友達にも言われました」


 ミヤちゃんも同じことを言ったのを僕は思い出していた。

 だけど、たぶん大丈夫だろう、と僕は思った。

 この時まだ、自分の中に潜む物の何たるかを、理解していなかったからである――。



 ***



 ネットワーク班の職場で、秋夢(あゆみ)はいつものように、与えられた仕事を淡々とこなしていた。

 『ウォーロック』が取得した、世界各国のウェブサービスの書き込みログを、一字一句確認していくという単純作業。

 膨大なデータ量を誇る書き込みを、ひたすらに調べていく、これがネットワーク班の日常である。

 もちろん、関連ワードで絞って検索を行うのだが、それでも一日の書き込み量は果てしない。

 だが、この世界に異変もなければそれを示す書き込みもない。ゆえに秋夢は、欠伸をしながらその仕事に励んでいた。

 他の班員もその例には漏れず、責任者たる『ウォーロック』はずっとゲームをしている。


「……そもそも、そこまで隠すようなことでもなくね……。いいじゃん、宇宙人(・・・)くらい居てもさ……」


 誰にも聞こえない声量で、秋夢は愚痴を零した。

 その時、一つの書き込みが秋夢の手を止めた。


『銀髪のイケメンがおっさんと歩いてる笑

 シュールすぎる!』


 このような書き込みは稀にあるが、大抵は魔界人には無関係の話題である。今回もその例に漏れない結果だろうと、秋夢はだるそうに添付された画像を開いた。

 そこに映っていたのは、紛れも無い、魔界人だった。だが秋夢は、魔界人と人間を見分ける術を知らない。

 銀髪・白髪の人々なんて、この世の中にはごまんといるからだ。


「リーダー……。一応銀髪がヒットしたんですけどー……。見てくれますかー」

「ん」


 ウォーロックは、いつものように軽い返事をして、秋夢のパソコンに表示された写真を見た。

 その後、手に持ったタブレットとパソコンのディスプレイを交互に見ながら、ウォーロックは呟いた。


「んー、若干怪しいけど転移震動の日付と魔界人リストとのデータの整合性も取れないし、白でいいよ。念のため、その付近で送信されたカメラ映像を探索してみるねー」

「ほい……」


 秋夢は、先程までしていた作業に戻った。

 しかし、ウォーロックの驚きに満ちた声と手に持った携帯端末を机上に落とす音が部屋に響き、そこにいる従業員全員の手を止めてしまう。


「おい……、嘘だろ?」


 秋夢には、何が起きたかわからなかった。恐らく、その場にいた他の者たちも。

 リーダーのこのような焦った様子の声を聞いたのは秋夢にとっても初めてのことだった。


「ど、どうかしました?」


 一人の従業員が、ウォーロックに問う。

 しかしウォーロックにはその言葉が届いていないのか、画面を見ながらキーボードをガタガタと打ち続けている。


「……すぐに艦長を呼んで。大変なことがわかった」

「大変なこと?」

「うん……。リストデータにない魔界人がいる」


 ウォーロックがそう告げた瞬間、部屋にざわめきが広がった。

 秋夢は何のことだかわからず、一人溜息を吐きながら、黙々と作業を続けていた。

 早く仕事を終わらせて、自室に帰りたいという一心で、である。



 しばらくすると、秋夢の職場――ネットワーク管理室に神楽とウィリアムが入ってきた。


「神楽ちゃん……」


 小さな声で、秋夢は呟く。もちろんそれが、本人の耳に届くことはなかった。

 神楽はウォーロックからの報告を聞き、大きなディスプレイに映された二人組の写真を、静かに見つめていた。

 秋夢だけが、神楽の眉間に皺が寄っていることに気付いた。


「厄介ねー。大半の戦闘部隊は地上で音信不通だし……。(エース)は“ドヴェルグヘイム”に派遣中。……ウィリアム、今残ってるナンバーズは?」

「戦えるのはニコンとノウムのペアだけだ。この時間だと、商業区でメシでも食ってるんじゃないか?」

「あの悪ガキどもだけか……。仕方ないわね。艦内放送ですぐに召集して。戦闘員は少ないけど、捕獲作戦に入るわ。

 ……ネットワーク班は、過去の転移震動の映像解析をやり直してちょうだい。もしかしたら見落とした魔界人がいるかもしれないから」

「……わかったよ」


 『ウォーロック』は責任を感じているのか、声のトーンを落としながら返答した。

 これまでは、一つの転移震動で現れる魔界人は一人だということが、彼らの中で事実として認められていた。

 今回の発覚は、少なくともその事実を覆す結果になり、ニヴェルヘイム全体に焦燥感を募らせることになった。


「それにしても、何者かしらね。どのタイミングで現れたのかもわからなければ、同性で契約を結んでいると思われる個体も初めてだし……」


 画面に表示された、片目だけ赤い魔界人をその目に見澄ましながら神楽は呟いた。



 ***



 検診を終えた後、僕は部屋に戻ってきていた。

 ソファに座り、清水さんが渡してくれた紙袋の中身を確認すると、ある程度の衣服が揃って入っていた。

 似たような柄のシャツが三枚に、ジーンズからジャージの上下まで。全て清水さんが用意してくれたのだと言うのなら、感謝してもしきれない。

 同時に、《ノア》と名乗る彼らに対する敵対心も薄れつつあった。

 考えてみればそうだ。サチュリのような化け物を野放しにしておく方がおかしいのではないのだろうか、それと契約を交わしてしまった僕も例外にはならず、撃たれるのも仕方のないことなのかもしれない。

 未だに、混在種としての自覚は無いのだが。

 しかし、僕の目的が変わることはなかった。彼らが悪人か、それとも善人であるかに関わらず、僕は帰るつもりだった。

 ――元の日常に、帰るのだ。


「風呂にでも入るか……」


 ひとまず、今日するべきことは終えたようなので、せっかく着替えがあるのだし風呂に入ることにした。潔癖というわけではないが、日課として風呂に入っていたため1日入らないだけで妙にムズ痒い感じがしたからである。


 館内には大浴場があり、搭乗員の多くはそこを利用しているらしい。

 秋夢も例外ではなく、彼女の部屋に配置された浴室は、使用された形跡が全く無かった。

 トイレと別であるというのに、贅沢なものである。

 僕も大浴場に行ってみたかったが、まだ搭乗員であることを示すICカードをもらっていなかったため、渋々自室でシャワーを浴びることにした。

 傷口が不安だったが、特に染みることもなく問題は起きなかった。というより、鏡を見ると、傷跡こそ残っていたものの完全に回復していたのが驚きだ。生命の神秘を感じる瞬間だった。


 頭を流している時、館内にアナウンスを告げる音が鳴った。


『緊急連絡ー。地上にて未捕獲の魔界人を発見。《キャッスル・ナンバーズ》201(トゥー・オー・ワン)202(トゥー・オー・トゥー)並びに、直属の戦闘部隊員は直ちに格納庫に集合しなさい。繰り返す――』


 このようにして、僕達の前にも彼らが現れたのだろう。

 そして僕もそう遠くないうちに、戦闘部隊に配属され、彼らと同じ立場になるのかもしれない。

 逃げるとしたら、その時だ。

 鏡に映る自分自身の目を見つめながら、僕は心に決めたのだった。



 ***



 地上を棄て、上空に機械の大地を造って生まれた天上の世界、天界(ヘンヘイル)――。

 生まれてくる人々は、かつての地上のことを一切知らず、そこには“地獄”が在ると信じている。

 実際、大罪人は『赤銅の塔』と呼ばれる世界で唯一の地獄へと繋がるエレベーターからそこへ落とされ、未だかつて、帰って来た者は一人もいない。


 天界(ヘンヘイル)において、司法の国と呼ばれる『ミナシオン』――そこに建つ巨大監獄の一室に、シェミルは居た。


「――シェミル=オルディーナ=キュピレ。面会希望者がいる。出ろ」

「……?」


 監獄の看守が石造りの牢屋の扉を開け、退室を促した。

 シェミルには親族こそいるが、わざわざ会いに来るほど仲が良くもない。

 そもそも、天界の真反対に住んでいるのだ。自分が親なら行かないだろう、とシェミルは考えた。


 面会室に着くと、そこにいたのはルーナだった。

 天界最強――刃神(はじん)とも云われる剣士であり、シェミルの職場の上司である。

 ルーナは私服を着て、腕を組みながら椅子に座っていた。


「……二日振りですね、シェミル」

「ええ……。ここには何の御用で?」

「あなたの処遇についてわかったことがあるので、教えに来ました」


 淡々と話すルーナだが、その哀しそうな表情は隠しきれていなかった。

 シェミルにとっては、嫌な予感しかしなかった。


「覚悟は出来ていますよ。前科持ち(・・・・)、ですもの」

「……わかった。単刀直入に言います。

 三日後に、黄金の宮殿にて六神裁判が実施されます。

 あなたの処遇はそこで決せられますが……恐らく、明るいものではないでしょうね」


 ルーナの言葉を聞いて、シェミルは顔を伏せた。そして、恐怖で震えていた。

 覚悟は出来ていると言ったし、その言葉に偽りは無い。それでも、震えを抑えることは出来なかった。

 天界(ヘンヘイル)にも大罪を犯す者はいる。そして、六神裁判は彼らを裁く最高位の審判である。

 そこでは地球のように、懲役の制度があるわけでもなく、有罪か無罪か、ただそれだけだ。

 そして、有罪の判決が出た者は、問答無用で“地獄”に送られる。


「後悔をしていますか?」

「……いいえ」


 シェミルはルーナの問いに対し、短く答えるだけだった。


「面会時間はあと一分だ!」


 看守が言うが、もはやそれ以上語ることもなかった。それは、ルーナもわかっていた。


 ただ、心残りがあるとすれば――。


 シェミルは一人の仲良しの少女を脳裏に浮かべる。

 彼女の恋は成就させてあげれたのに、彼女の心までは守る事が出来なかった。そして、騙してしまった。


「……きっと、(わたくし)は正しい事をしましたわ。地獄送りになっても、悔いはありません」

「さすがですね――」

「そこまでだ! 面会を終了させてもらいます、刃神(はじん)殿。申し訳ないが、これは司法の国のルールですゆえ」


 最後にルーナが放った言葉の意図がわからないまま、面会は終わった。


「後悔なんて、するものですか……」


 石の牢屋に戻った後、僅かに開いた窓から外を見ながら、シェミルは呟いた。

 空は青く、澄み渡っている。


第一章 - 引き裂かれる日常

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