異界からの迷い人 - Ⅰ
――『チンチクリン兄妹の正体を暴き隊』(以下、捜索隊とする)の作戦行動が始まっていた。
<<こちら、ブラックフォード。我がサークルの宿泊部屋を手当たり次第捜査したが、発見できなかった。次は食堂へ向かう。>>
<<了解! んじゃうちは屋上でも見に行くよ>>
<<あ、屋上は今みたけどいなかったよ! あと行ってないところはどこだろ?>>
もちろん捜索隊のメンバーは、無線通信機など持っているわけがない。これは全て、スマートフォンの某アプリケーションにおける、チャット機能によるやり取りである。
彼女達は旅館内をくまなく探した。従業員の目など気にせず、他の宿泊者に些細ではあるが迷惑をかけながら、捜索をしたが、とうとう安藤達を発見するには至らなかった。
一度一階のロビーに集まり、作戦会議を始めることになった。
「……くそ、なぜ僕がこんなことを……! 屈辱だ……!」
「……いや、おまえ一番ノリノリだっただろ……」
抜きん出て熱心な捜索隊員である、ダニエルと黎は、半ば息を切らしながらそんなやり取りをしていた。
「探せるところは全て探しましたし、後は屋外でしょうかね……」
「あぁー、外かぁ……少し休んだら行ってみようか?」
捜索隊員の奮闘は、まだ終わらない。
***
僕は、白髪の二人と共に、旅館の裏手にある雑木林の中に来ていた。なるべく人のいない場所で話がしたいということだった。
僕はミヤに告白の返事をしなければならなかった。そのために、部屋を出ようとしたのだ。それが適わなかったため、半ばイラついていた。
夏とはいえ、日は既に沈み幾分かの時が過ぎている。少々蒸し暑くはあるものの、木々の下にいることもあり、中々居心地は良い。
時折吹く風が冷やかで気持ちが良かった。
様々な種の虫が、そこら中で鳴いていたが別段気になるわけでもなく。先に口を開いたのは僕だった。
「……こんなとこまで連れて来て、何の話ですか」
「……まず」
男が口を開き、思わず息を飲む。彼の外見に似つかわしい、若い青年の声ではあったものの、それにはどこか重みというか、凄みというか……人の心を掴んで離さないような力が感じ取れたからだ。
「安藤君、君には謝らなければならない。先ほどは焦っていたとはいえ、衣服を掴んで威圧をするような真似をしてしまった。驚かせてしまったと思う。すまない」
「は、はぁ……」
その口から始めに出た言葉は、謝罪だった。呆気にとられた僕の様子を見て、サチュリはくすくすと笑っていた。
「そして名を名乗ることもせず謝罪から入ったことを許してくれ、これからの問答に恐怖心は不要だ。それを取り払うためだということをどうか理解して欲しい。私の名はリュード=レクシリア。ここにいる、サチュリの実の兄だ。私の妹を手段はどうとはいえ、助けてくれたことには、感謝をしてもしきれない」
手段……人工呼吸とはいえ、彼女に口づけをしてしまったことを怒っているのだろうか。しかしそのことはサチュリには言ってないし、どうやって知ったのだろう。
というか、今気がついた。この人、日本語がペラペラなのである。
さっき会った時はそんな感じはしなかった。この三十分で何があった。
「い、いえ……あの時は割と必死で……なんかすみません……」
「……? なぜ、謝る?」
あんたが怖いからだよ――とは、怖いので言えるわけがない。
そもそもこんな人目の付かないところに、白髪の不良のような二人に連れ込まれているのだ。
しかも二人とも、片目が赤い。
一人は女の子だけど海岸で人を何人か殺している。怖くないと思う方がおかしい。
出来事が現実味を帯びていなさすぎて、いまだ受け入れることが出来ていなかった。
冷静に考えれば、さっさと警察に突き出すべきなのではないだろうか。
ここまで考えた時、サチュリが口を開いた。
「……まぁ、無理もないだろ。いきなり、文化はおろか文明すら異なる生物に遭遇したんだ。冷静に物事を判断できるわけがなかろう」
「それもそうだな……。だがあまり時間はない。手短かに問う。安藤君、君の名はなんだ?」
「はい?」
ますます意味がわからない。
しかし、彼の目は至って本気だった。何かを見定めようとしているのだ。適当なことを言えば間違いなく殺される。妹の恩人だとか、もはや関係のないことだろう。
サチュリは俯いて震えていた。
「……安藤弘樹、です」
「そうか……。では安藤君、君は何だ?」
何だ? と、聞かれても何が何なのかわけがわからない。
返答に詰まり、僅かばかりの沈黙が流れた。
しかしその沈黙はサチュリによって破られる。我慢の限界を迎えたかのように、彼女は空を仰ぎながら、大きな声で笑い出した。
「……サチュリ。今俺は真面目な対話をしているのだ。少し黙っていてくれないか」
「くくっ、すまないなリュード! だが、お前は何だって、……っ、答えろと言うほうが無理だろ!」
サチュリの言葉に、押し黙るリュード。彼女の声にも、笑いを堪えてはいるものの、言葉に言い表すことができないような凄みがあった。
「……確かに、そうかもしれないな。すまない、安藤君。質問を変えさせてもらう」
「……はい」
リュードは、言葉を選んでいるかのような仕草で、しばし考え込む。
その間もサチュリは兄の注意を聞かず、腹を抱えて笑っている。
全く正反対な兄妹である。
そしてリュードが口を開いた。
「……うむ、そうだな。安藤君、仮に君が、全くこれまでの常識が通用しない別の世界に迷い込んだとする。そして、その世界の住人に、貴様は何者だと問われたら、君はなんと答える?」
相変わらず彼の目からは、何かを見定めるような気配が感じられたが、そこに先程までの威圧感は残っていなかった。
「……んー、『人間です』としか答えられない……ですね」
「そうか……」
サチュリは、うんうんと腕を組みながら頷く。どうやら僕が出した答えは間違いではなかったようだ。
しかし、リュードは少し険しい顔をしたように感じた。いや、最初から険しい顔をしているのだが。
彼を取り巻く雰囲気が何か変わったようだった。
「……いいだろう。安藤君、失礼ながら私は君を完全に信用したわけではない。だから君もこれから私が話すことを信用しなくても構わない。それでも聞いてもらわなければならない。今後の君に関わることだ」
「今後に関わる……」
「そうだ。私達魔界人、そして契約に関して、だ……」
契約――金銭が絡む事の多いその言葉は、サチュリからも耳にしていた。
リュードは『信用しなくてもいい』と、そう言ったが、彼を纏う荘厳な雰囲気はいとも簡単に僕を引き込んでしまった。
***
それと同刻のことだった。
黎の率いる捜索隊が安藤を発見した。屋外まで手分けすることはないだろうとの判断で、四人は一緒に行動していた。
林の中にいた安藤を、そう簡単に見つけることは出来ないだろう。
しかし黎は、サチュリの白い髪に反射したわずかな月の光を、視界の隅に捉えたのである。
「……いた!」
「うわ、本当だ。安藤達、あんなところで一体何をしているんだ……」
呆れながらもダニエルはそう呟く。そして安藤達を呼ぶため、手を口の前で丸く合わせ、息を吸い上げた瞬間だった。
「ッゴフ!?」
黎によって腹部に拳を喰らわされていた。
「静かに……! うちらの目的は、チンチクリンの正体を暴くことでしょ! このままバレないように近づくよ! ……音立てんなよ!」
黎が先陣を切り、安藤達に近づいていった。シェミルが無駄だと言わんばかりに、静かに溜息を吐いていた。
***
突如、背筋に走る悪寒。
それはサチュリとは、また違った形で造られた殺気であった。まるで、蛇に今にも捕食されようとしている獲物のような気分になった。気づかない場所から、睨まれている。そして、何が起きたか理解する間も無く、喰われる。
そう。言うなれば、静かな殺気だ。
「……あ、あの。どうかしました?」
「……君の友人達がこちらに近づいてくるな。鈍感なのか勇敢なのか……殺意を放っても無視して近づいてくる。ある意味、気味が悪いな」
気味が悪い。彼らにも恐怖に近い感性があることに半ば安堵する。無敵の存在では、ないのだ。
「まぁ、良いんじゃないか? いずれ彼らにも話さねばなるまい。それなら気づかない振りで聞かせてやっても」
「……まぁ、そうだな。少々気になるところではあるが……特にあの天界人……なぜあそこまで馴れ馴れしいのだ?」
サチュリの案にリュードは渋々賛成した。ヘンヘイレルと呼ばれる者――おそらくシェミルだろう――彼女に対しては幾分か警戒しているようにも感じたが。
そうして僕と、隠れているつもりでいる捜索隊のメンバーは、彼らについての話を聞くことになる。
しかし、僕はミヤちゃんに伝えなければならないことがある。これから聞く話は彼らにとって、そして僕にとっても重要なことらしい。でも、それよりも大事なことが僕の中にはあったのだ。
「……まず、私達がこの世界に至った経緯と、私達の故郷、魔界について話そう。質問は都度受け付ける。知りたいことは極力答えよう」
僕の焦る気持ちをよそに、リュードは口を開いた。
長くなりそうな話である。
***
「既に察しているだろうが、私達兄妹はこの世界の生命ではない。身体の構造こそ似ているものの、全く別の生物だと考えてくれていい。それは、どこかにいる金髪の女にも言えることだがな……」
捜索隊を横目に、リュードは言った。
確かに、そちらのほうがあらゆることに説明がついた。
人間離れしたスピード、跳躍力。――そして、魔術。
それは人間の為せる所業ではない。
「しかし私は今、この世界の言葉を実に巧みに喋っているように聞こえるはずだ」
確かに彼は先程から日本語を喋っている。
首元と耳には白くて小さな光が浮かびながら、周囲を漂っていた。
「だが私は今、まさに自身の故郷の言葉を喋っているだけだ。不思議だろう。これは万物を司る霊……エーテルと呼ばれる魔術元素に依るものであり、君も含めた私達には認識することは出来ない……しかし確かにそこに存在する物質だと考えてくれればいい。万物霊を扱うことが出来るのは、天界人……あの金髪の女の種族だけだ。教えを受ければ誰でも使えるようだが」
黙って聞いてはいたものの、一気に話がややこしくなった。
「そして、この万物霊は、あらゆる物に変化することが出来る。これは、あの女のほうが詳しいだろう。中々の手練れだと見受けられたからな。そんな奴がなぜここにいるのか、皆目見当もつかないが……。ようするに、今私が君に言葉を伝えることが出来るのは、万物霊が音の振動を自動的に別の言語のものに書き換えているためだと私は考えている。わかるだろう?」
わかっていて当然みたいな顔で伺うので、頷くことしか出来なかった。
実際は、彼の次々と出てくる知らない言葉に既に思考は追いついていない。
「この言語翻訳に関する魔術が私達にかかる前から、君はサチュリの言葉を理解しているし、その逆もしかりだ。なぜだと思う?」
確かにそうだ。
サチュリの声は副音声のような形で、耳を通じて頭に入ってきた。それは、日本語だったはずだ。意味を理解出来ていたのだから。
しかし、引っかかる部分もあった。
サチュリとの会話を思い返すと、彼女が本当に日本語を喋っていたのかが曖昧である。
記憶が混濁していて、彼女の放った言葉に確信が持てなかった。
リュードは僕の応えを待たずして続ける。
「それは、君達二人が契約を交わしてしまった所為だ。……情けないことに、私もこの世界に来てある人物と契約を交わした上で、ここにいる。その証拠が、この目だ」
「目……」
目の前にいる二人の兄妹の眼は、片方は黒く、普通の人間と全く同じと言える。
しかしもう片方の左目は、角膜が赤い。血のような濃い赤色をしている。
加えて、瞳孔は黒いがネコの目のように縦向きに尖っている。まるで地割れのように、角膜を分断しているかのように見えた。
「……元より、私達魔界人の目は両方とも赤いのだ。おそらく異界の者と契約を交わしてしまったことで、目の作りが半分複製されてしまったんだろう」
「まぁ生きるためだ、仕方ないことだろう」
歯を食いしばって俯くリュードを適当に慰めるサチュリだったが、やはりその表情は少し暗かった。
「その……契約を解除? 解約? することは?」
「……方法はある」
なんだ、あるならばそこまで落ち込む程のことでもないじゃないか――僕はそう思ったが、リュード達の顔は晴れないままだ。
「リュード――」
「わかっている……契約は、アルカマル――契約者のどちらか片割れが死ぬことで解除されるのだ。だからと言って、君をこの場で殺すことはないから、そんなに怯えないでくれ」
聞かなければよかった。
一歩たじろいだ僕を他所に、リュードは説明を続ける。
「そもそも魔界には、契約者は互いを命をかけて守りあわなければならないという、戒律がある。故に君をこの場で殺せるのは、私だけだし、それをサチュリは全力で止めに入るだろう」
「その戒律を守らないという選択肢はないんでしょうか……」
この世界……というより国にもルールはある。法律だったり、街ごとの条例だったり。しかし、それは誰もが必ず守ることはない。
車の通りが余程無い道に立つ赤信号など、一体誰が立ち止まるというのだ。
その問いに答えたのは今まで静かにリュードの話を聞いていたサチュリだった。
「魔界の戒律は、神の定めた絶対の呪縛だ。それはどんな悪人でも破ることは出来ないだろうな。そもそも、“契約”という行為自体も、戒律に基づいたものだしな」
その戒律を定めた神様は、どうやら相当にロマンチストなようだ。
不慮の事故で唇が触れてしまったらどうするのだろう。――先程の僕のように。
「別に口が互いに触れることが契約条件になるわけではないから、勘違いするなよ。口付けをした際にどちらかが拒否すれば、契約は無効だからな」
「ああ……」
まるで考えてることを見透かされてるかのように、そんなことを言われた。
つまり、僕がサチュリに対して行なったのは、拒否権の無い強引な契約だったことになる。
リュードが怒りに震えるのも納得が出来る。
「……あれ、じゃあリュードさんと契約した方はどちらに?」
「そういえば私も聞いていないな。おいリュード、お前の契約者はどこだ」
脳裏をよぎった疑問を問いかけると、リュードは「聞かれてしまった……」と言わんばかりの顔で俯く。心なしか足が震えてる気もするし、先程までの威勢はどこかへ吹き飛んでいった。
「……私の……、私の契約者は……こ、ここにはいない」
「だからどこの誰だと聞いてる」
声を震わすリュードに対し、サチュリは更なる追撃をかける。少し可哀想になってきた。
「私の契約者は……少し離れた場所に住む……この世界の最低層の身分の……男だ」
男だ。
その言葉だけエコーがかかったかのように、静かな夏の夜空に響いた。気がつけば周囲にいたはずの虫達の声も聞こえない。殺気を感知して逃げていったのかもしれない。
僕は契約に関して詳しくないため、へー、としか思わなかったが、サチュリはこれまで見せなかった勢いで動揺していた。
「お、おお男!? き、お前男と契約したのか! え、えっ、え?」
「仕方ないだろうっ! 私もこの世界に転移し、意識のないまま流されてきたのだ! 善良な者に救われただけでも幸いだろう!」
完全に僕は置いていかれた。早くミヤちゃんのところに行きたかった。
「あ、あのー……」
「おっと、すまないなアンドー。貴様にもわかるように言うとだな……」
サチュリが、「やれやれ」といった素振りで苦笑しながら、一度咳払いをしてこう言った。
「リュードは同性愛者、だったらしい」
「断じて違うわァ!」
***
――リュードが興奮状態から落ち着きを取り戻すまで、数分の時間を要した。
「……そもそも、契約までに至った経緯を説明していないな。
私達はこことは別の世界――ネビュレストと呼ばれている――から来た。いや、正確には、飛ばされたのだ。何者かの空間転移術によってな……」
「飛ばされた……」
「そうだ。サチュリと共にこの地へ飛ばされた。……私達の世界に、異空間を跨ぐ程の転移術を扱える者は、本来はいないはずなのだが……」
「……いいや、一人いるぞ」
リュードの言葉を否定したのは、サチュリだった。
「――私達のルールそのものであり、魔界最強の炎属魔術師と言われた魔神……アルカ=スフィルヘイム。そいつなら出来ないことはないんじゃないか?」
「……可能性としてはある。しかし根拠がないだろう、人々が生まれ、そして死にゆくまで、天から眺めているだけの傍観者に、何ができると言うのだ」
どうやら、彼らの世界には神様がいて、しかもそれは僕達のように宗教的な概念ではないようだった。そしてその神様に対して少し皮肉めいた言葉を向けていた。嫌われているようだ。
「……まぁ、誰の術かはわからんが故意にここに来たわけではないということだ。だが早急に戻らねばならん。レクシリア家の次代当主が姿を消したとなると、下層の者らが権力争いを始めるからな。
……私達が転移した先は、この世界の海底だった。当然呼吸も出来ず、ずっと流されてきたようだな。
元よりこの世界で私達が呼吸出来るのかはわからない。契約を交わしたことで順応できるようになったとも考えられる。それはこれから調べるつもりだ」
「何より気になるのは、あの襲ってきた集団だな。相手にもならなかったが、明らかに私に敵意をむき出していたぞ」
「……何? サチュリは襲われたのか」
「あぁ、全員蹴散らしたがな……って、しまっ――」
「…………」
リュードは無言でサチュリを睨んでいる。サチュリは一歩退き、笑顔を引きつらせている。
「……す、すまない」
「何人やった?」
「……ええっと、覚えてないな、ハ、ハハハ」
完全に怯えているので助け舟を出してやることにした。不思議とこの時、リュードに対してあまり恐怖心を抱かなかったのだ。
「あの……リュードさん。サチュリは俺を助けてくれたんです。あまり責めないでください、確かにやったことはえげつないですけど……」
「これは兄妹の問題なのだが……?」
そう言いながらも、リュードはため息をつきながらこちらへ向き合った。
そしてこの時僕は、彼の口から思いもよらないことを耳にする。
「……仕方ない、サチュリの契約者なのだし教えよう。
レクシリア家には代々、ある呪いが受け継がれているのだ」
「呪い……」
「そう。徐々に薄れつつあるがな。死を受ける呪いだ。何かを殺してしまった時、夢の中で同じ死に様を体験させられるといったものだ。痛みも苦しみも感じるし、その夢から自身の意図で目を覚ますことは出来ない。
私達の曽祖父にあたる者は、その夢が原因で死に、祖母は気が狂った。全く厄介な呪いだよ……。だから私はいつもサチュリに、命を尊ぶように言ってるんだがな……」
サチュリの方を見るとなんとなく縮こまっているように見えた。怒られてしょげているのだろう。
「……し、仕方ないだろう。あちらがその気で襲ってきたんだ。やらなければやられてしまうし、知りもしない場所に転移していたんだぞ、暴れるしかあるまい」
つまり彼女は正当防衛を主張したいのだろう。でも楽しそうに、「皆殺しだ」なんて言ってるのを聞いちゃってる以上全く信用出来ないのだが。
「それに血を見ると興奮してしまうんだ。そういう性格なんだよ私は」
とんでもないことを加えやがった。血を見ると興奮する性格ってなんだよ、怖すぎだろ。
「……そうではない、私は呪いの方が心配でだな……」
「案ずるなよリュード。私は大丈夫だ。そういう夢も楽しめてる節があるからな」
――この人絶対大丈夫じゃないよ。僕は、素直にそう思った。
携帯で時刻を見たら既に夜の十時を過ぎていた。
「……だいぶ時間を取ってしまったな、すまなかった。あとは簡単に契約したことによる弊害を説明させてもらう。これは簡単なことだけなので手短に――」
まだ続くのか……と、そう思った瞬間――。
夜空が一瞬、光った。雷のようだったが、空には雲の一つもない。直後、空から響いた爆発音で、それが何なのかはすぐにわかった。
花火だ。
「……また敵か!」
「サチュリ、もう誰も殺すなよ」
そう言いながら二人は唐突に樹の枝まで跳躍し、それらを伝って旅館の屋上まで飛び去っていった。
一瞬のことで、林には僕一人だけ取り残された。
しかし僕はそれらを気にすることはなく、旅館に向かい走り出した。
その途中で茂みに隠れていたミヤちゃん達を見つけた。
「ちょっ、安藤くん? わっ!」
僕は半ば無意識的に彼女の手を取って、旅館まで走っていた。
そして残された三人は、それを茫然と見ているしかなかった。
***
「……綺麗だな、リュード」
「警戒を解くなよ、罠かもしれん」
「全く、お前はいつもそうだな。これは何かの祭り事だろう。そもそも敵意が感じられん」
旅館の屋根の上に立ちながら、異界かの迷い人は、夜空に咲いた色とりどりの光の華を眺めていた。
街の夜景を背に現れる夜空の芸術に、二人はしばらく見入っていた。




