71話 握手
『ちょ!加減して!』
『ギューンなのー』
本日はドラゴンエアラインご利用頂き、誠に有難う御座います。
当機は間もなく、目的地「根地の森」へと到着致します。
皆様、座席にお座りになり、シートベルトをお確かめ下さい。
とか言ってる場合じゃ無い。
今俺はモードD飛竜で高速飛行中だ。
背中にはラアサとアフマルとリース。腕の中にはリンクス。
チビっ子達は俺のたてがみで、ぐるぐる巻きにしてあるから落ちはしないが。
「お家があんなに小さいよ!人なんか豆粒だよ!」
「キャー速いし!速いし!」
「ジョーズ!ジョーズ!速過ぎる!オレも巻いてくれぇ〜飛ばされちまう!」
後翼の根本に掴まるラアサの体が、風圧で浮いている。
『リンクスに言ってくれ!掴まれ』
未だに全てのたてがみを制御するのは困難だ。相当な集中力を要する。
そして今、こんなムチャなスピードじゃ姿勢制御で一苦労だ。
やってるのはリンクスだが、原因はやはり俺だろう。
王子がやってた風のオノマを使った「バーニア噴射」
あれをリンクスに出来るかと、ちょっと言ってみたのが失敗だった。
俺の腕に抱かれたリンクスは、もぞもぞと姿勢を変えると、文字列を伴うオノマを自分の両手両足に展開した。
凄まじい推進力で飛んでこうとするリンクスに、俺が必死にしがみついている。
そう、まるで大気圏脱出用のブースターにしがみつくガン○ムMK-?の様に。
翼を後方に小さく広げて風の抵抗を減らし、姿勢制御に集中する。
……これ、俺いらなくね?
「ジョーズ……落ちるかと思ったぜぇ。まぁだ手が痺れてやがる」
「ボクも練習しよっと」
「アタイも飛べるかなぁ?」
根地の森の少しだけ開けた場所。
以前オリハルコンの真球を運んだ場所に、俺達は着陸し一息付いた。
『兄上様お帰りなさいウキ。お待ちかねウキ』
『分かってるよ。一日五人までだからな』
俺達が森に降り立つ姿を見て、早速魔獣が集まりだしていた。
「魔王と行く空の旅」は、お陰様で大盛況だ。
リンクスの事もあって、暫くほったらかしにしてたから怒ってないかな?
『リンクス様……お美しくなられて。見違えたウキ』
『ちょっと大人になったの』
リンクスがくるくると回ると、周りに集まった阿修羅猿が拍手し、魔獣が遠吠えを上げた。ヒューヒュー!みたいな感じ。
『あーこいつらは俺の家族だから、手出したら喰うからな。皆に伝えといてくれ』
『了解ウキ』
俺の家族と紹介されたアフマルとリースそしてラアサを、取り囲んで観察する魔獣達。その数、百を越えて尚増加中。
見渡す限りの魔獣に囲まれて、消え入りそうな声で「ボク……アフマル」と自己紹介出来たアフマルと。
ぽて
気絶したリース。
ラアサは常のニヤけた口を窄めて、何故か両手を上げている。
『兄上様、お待ちかねウキ』
『おう!今日は何番からだ!』
『森の外でニンゲンが待ってるウキ。何日も通ってるウキ』
ニンゲン?誰だ?赤マントのオニュクスか?ゼナリオ隊長さんか?
◇
「なぁ、絶対趣味だよな」
「留守でもお構いなし、既に日課だよな」
軽装備の部分鎧を身に付けた兵士二人は、ここ数日の既に見慣れた光景にため息を付いた。
最初は二人だって警戒もしたし心配もした。だが日を追う事に、警戒している自分達がバカバカしくなってきた。
目の前の警護対象は、草むらに転がり、満面の笑みで魔獣の子供達とモフモフを楽しんでいる。
昨日も、一昨日も、その前の日も。
警護対象の人物は、午前中の職務を終えると、馬に飛び乗って根地の森へと駆け出す。既に汚れの目立つ一通の書状と携行食を持って。
馬上で食事を取ったその人物は、魔王が居るか問い、応対した六手猿を相手に一時間程モフモフし「また明日」と告げて、午後の職務へと帰る。
日を重ねるにつれ、好奇心旺盛な六手猿の子供がモフモフに参加し、徐々に数も種も増え、今日は犬系や猫系だけで無く、鳥すらも一緒になって遊んでいる。
「ニザームさん、ニザームさん」
「何です?まだ時間じゃないでしょう?」
「魔王か居るか聞かなくて良いんですか?」
ピクリと尻尾を撫でる手を止めたのは、黒縁眼鏡を掛けた青年。
共和領ネビーズの元市長秘書、現市長代理のニザームだった。
「これだけ毎日決まった時間に来てるんです。居たら教えてくれるでしょう」
ニザームは眼鏡の中央を人差し指でクイッと上げ、護衛の兵にそう告げるとモフモフの世界に再び没頭した。
「絶対息抜きで来てるよな」
「しかし子供とは言え、怖く無いのかね魔獣」
呆れる二人の兵士は、急に身を固くした。
「ん〜?どうした急にお腹だして、撫でて欲しいのかな〜?」
遊んでいた魔獣の子供達が、次々に仰向けに転がり、お腹を晒す。
チャンスとばかりに、モフモフでぷにぷにのお腹を堪能するニザーム。
「……知ってる匂い……」
その声に視線をあげるニザーム。
半ばずり落ちた黒縁眼鏡の奥の瞳は、大きく見開かれた。
「垂れたケモミミの亜人だと!?モ……モフモフさせてーー!」
ズビシ
なにリースに飛び掛かってやがる。
誰だこの男。
しかしどっかで見たリアクションだな。
暫くして、黒縁眼鏡の男が気絶から目覚めてから、会談は始まった。
「し、失礼した、魔王殿。私はネビーズの市長代理ニザームと申します。遅くなりましたが、ネビーズも帝国のエラポスの街同様、根地の森と不可侵の約を結びたく書状を持参して来ました」
市長代理……若いな。
だがモフモフの素晴らしさを理解しているとは、中々見どころがある。
俺はたてがみの銀糸を一本だけ摘んでニザームに見せ、怖がらせない様にゆっくりと額に当てた。
右手を当てて、銀糸を抑えるニザーム。
『聞こえるよな、俺がまぁ、あれだ、お前達の言う所の魔王だ』
自分で言ってて恥ずかしい。
今度名刺作ろう。
代表取締役魔王で。
「あ、頭に……声?すごいぞ!お前達も……」
振り返ったニザームは、めっちゃ遠くに居る護衛の兵を見た。
ビビリ過ぎだし、遠過ぎだろ。護衛じゃないのか?
不可侵の約。正直忘れていたが、これで帝国領エラポスと共和領ネビーズの両街からの侵攻は条約上は防げた。
帝国に関してはもっともっと上から、不可侵の約のお達しが届くだろう。
肛門皇帝から、くくく。
「肛門皇帝?」
おっとケツから漏れてたみたいだ、いかんいかん。
「ニザームさ〜ん、時間ですよ〜」
ん?風呂の時間か?昼だが?
ニザームは午後の執務の為に、ネビーズの街に引き上げていった。帰りしな俺ではなくリースと握手して。
何が「明日また来ます」だ。もう条約の紙届けたんだから、用は無いだろうが。
「お兄さん、明日ってまだこっち居るの?」
「兄ちゃん、ラアサどこ?」
『空飛びたいってヤツひと通り飛ばしてからだな。その為に森に帰ってきたんだし。ラアサはエラポス行ったぞ』
「エラポスって帝国の街だよね!ボク知ってるよ!」
「アタイも行ってみたかったし」
キャゥゥウウゥゥン!
お、帰ってきたか。何処まで行ってたんだか。
頭上を高速で過ぎる犬系の魔獣の悲鳴。
救急車が通り過ぎる時みたく、通り過ぎたら音程下がったな。ドップラー効果だったか。
『お兄ちゃん、飛びたい子いっぱい待ってるの』
リンクスは俺がニザームと会談している間、代わりに空を飛んでいた。
魔獣を担ぎあげて。
『おっし!俺も行くか』
チビっ子達がボクもアタイもと、空のおかわりをして来る。
まぁ、代わり番こなら良いか。
「「やった〜〜」」
◇
その部屋には二人の男が向かい合わせで、座っていた。
壁に掛かる黄金獅子の旗、何本もの業物の弓、質素だが堅牢な机。
窓からは城下町が見下ろせるその部屋は、エラポス領主オニュクスの執務室であった。
「そうでしたか、幼竜は無事オリハルコンの真球から救い出せましたか」
「お陰様で、プトーコス殿には向こうで大変世話になりました」
赤いマントを揺らし、青い瞳を細めてエラポス領主オニュクスは、リンクス生還を喜んだ。
答える男はニヤけたを口元ながら、真摯な態度で頭を下げた。
ラアサである。
オニュクスは竜殺しの余興が開催された経緯を、面白がりながら聞き、皇帝のオノマにも屈しなかった魔王に感心し、そして次の話題で……絶句した。
申し訳無さそうに後頭部に手をやるラアサを見る目が、険しい。
「帝城が崩れた……と申したのか」
「ちょっと皇帝陛下のおちゃめが過ぎたって言うかその……物の弾みで、でも五階に穴が開いて崩れただけで、城が崩壊したってんじゃ……」
赤いマントが小刻みに揺れている。
眉間の皺も深く、額には見事な青筋が浮き立っていた。
「皇帝陛下はご無事なのだな?プトーコス卿も」
「皇帝陛下は城外に居たんで無傷です。プトーコス殿も大丈夫でしょう」
妙に自信たっぷりのラアサ。
「その根拠を伺っても?」
「ゲン担ぎがパーフェクト」
ラアサがオニュクスに向かって、親指を立てて見せる。
暫しの沈黙……。
「ふ、ははは!それなら無事ですな!」
オニュクスはその巨体を揺すって愉快そうに笑った。
一分程笑った後、オニュクスは一気に素に戻って厳格な声を出した。
「だが、もしプトーコス卿に何かあったら覚悟して頂こう。根地の森とは不可侵の約を結んだが、クアッダ王国はそう遠くない」
「そいつぁ無理だな」
応じるラアサの声も低く鋭い。
「二三日中にも帝国本島から、クアッダ王国及び非戦連合各国との不可侵の約が通達される。勿論、根地の森もだ。コレが皇帝陛下直筆の書状だ」
「な、んだと?」
ラアサの懐から出された一枚の書状を、食い入る様に見つめるオニュクス。
確かに国璽が押され、文字も皇帝の物だ。間違いない。
「一体帝城で何が……」
「オレもその場に居たんじゃ無いんで何とも。プトーコス卿なら事情を知ってるかも。なぁに明日の朝にでも「一日の始まりは茶からだ」とか言って顔出すって」
ラアサの言葉にオニュクスの頬が少しだけ緩む。
オニュクスは呼び鈴を鳴らしてメイドを呼び、コーヒーを二杯頼んだ。
その後、エラポスの街とクアッダ王国との商取引の簡単な取り決めが行われ、帝国領とクアッダ領とを隔てるパライオン川の、吊り橋を復旧させる段取りが話し合われた。
「では、以下の条項は不可侵の約が正式に通達されると同時に施行って事で」
「ネビーズより良い条件だった。この関係が長く続くと良いですな」
二人は立ち上がり、固い握手を交わした。
◇
同じ頃もう一つの握手があった。
場所は共和領の首都ハリーブ。ナツメ商会本部の会議室。
手を握るのは小太りでやけに肌ツヤの良い男。
ナツメ商会序列第三位のネヒマ。
「初めから儂に任せておけば良かったのじゃ」
「そうですな。だがこれで皇帝もクアッダも終わりだ」
相手は黒いターバンを巻いた、浅黒い肌をした壮年の男。
灰色の瞳が野心的な光を発し、口元は右側だけが釣り上がっていた。
「カーヌーンめがワハイヤダからの賄賂に目が眩んで、銃などど言う使えもせぬ過去の遺品に力を注がなければ、開戦が遅れてドラゴンに乱入される事も無かったのに。……いや、そのお陰で今の地位があるのでしたな、共和国新議長カルディナル殿」
「カーヌーンも政治宣伝の為にわざわざ前線に行って、命を落として……間抜けな事だな」
根地の森迎竜戦直前。
大河アルヘオを挟んで、帝国共和国の両大軍が布陣した際に、開戦前の舌戦を繰り広げられた。
その時共和国軍の総大将として戦場に赴き、根地の森迎竜戦の混乱で命を落とした共和国議長カーヌーン。
その後任として共和国議長の座に就いたのが、黒いターバンの男カルディナルであった。
「この新しい機装があれば、兵士も城壁も無いも同然。まずはクアッダからだ、非戦連合など目障りな物をつくりおって」
「注意して使うのじゃ、壊れても東の果てまで行かねば修理出来んのじゃから。何ならクアッダを殺したのは非戦連合の誰かと言う事にしてやろうか?」
ネヒマはツヤのある、たるんだ顎に指を当てて、ニヤリとカルディナルを見上げた。
「おお、それは良い考えだ。クアッダが死ねば非戦連合など弱小国家の寄り合い所帯に過ぎん。内輪もめと言う事に出来れば、以後連合を組もうと言う輩も出まい」
二人はもう一度握手をして「こらからも頼む」と笑った。
人との縁。天の声に導かれ、すれ違う無数の運命の中の微かな接点。
その縁は「信」に根ざす物か「欲」に根ざす物か。
「欲」に根ざした縁がより強固な事もあれば、「信」に根ざした縁が空回りする事もある。
それぞれの縁は果たして……。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新予定 日曜・水曜 20時




