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62話 オリハルコン

 は?真球になった?

 う〜む、意味不明だが……惚れ惚れする位見事な真球だなぁ。


 シュタイン博士の頭から手を離し、オリハルコンを運び込んでから付けられたであろう扉をくぐり、俺は鉛色に鈍い光を放つ直径三メートルの真球に触れた。


 ピチョン


 そんな音が聞こえそうな現象が起こった。

 俺が爪で触れた部分から、波紋が広がる様に、鉛色だった真球の表面は周囲を映す銀の鏡面にその姿を美しく変える。

 銀の球面に映り込む俺、リンクス、シュタイン博士。


 広がった波紋は裏面まで達すると、今度は逆再生したように波をすぼめ、俺が触れた所に戻ってくる。


 「お兄ちゃん!」


 俺は何が起こったか理解出来なかった。

 鏡面に映る俺の姿が歪んだと思った直後。俺は横から突き飛ばされた。

 ぶつけた頭をさすりながら上体を起こした俺が見た物は……。


 天井スレスレの高さ、直径六メートルに膨れ上がった銀の真球だった。

 表面に波紋は既に無く、冷たい光沢を湛えた銀の真球は、不思議そうに覗きこむ俺を映していた。


 『びっくりしたなあ、急に突き飛ばすなよ頭ぶつけたろ』


 『……?リンクス?』


 リンクスの返事が無い。

 辺りを見回しても姿は見えない。チッチッとエコーをしても反響も無い。

 姿を消したのでは無い。リンクスが……消えた……。


 腰を抜かした様に尻もちを付くシュタインに駆け寄り、頭に手を置く。


 『博士!何があった!リンクスは!?』


 「オリハルコンに……呑まれた……」


 俺は銀の真球に触れ、表面をさすり、叩いた。


 『リンクス!そこにいるのか!?大丈夫なのか、返事をしろ!リンクス!』


 シュタイン曰く、波紋が戻った瞬間にオリハルコンの真球は、すり鉢状に形を変え、俺を包み込もうとした。

 真正面に居て気付かない俺を咄嗟に突き飛ばしたリンクスが、オリハルコンの真球に飲み込まれてしまった。

 ……俺の代わりに……。


 そして今。


 『リンクス!聞こえないのか!?リンクス!!』


 何度呼びかけてもリンクスの返事は無い。

 俺はデカくなった真球を、盾剣で斬り付け、殴り、尾を叩きつけた。

 だが返って来るのは硬質な打音だけ。


 『コラ石!ふざけんなよ!リンクス返せ!』


 シュタインが何か叫んでいるが聞こえない。俺は一心不乱に真球を殴り続けた。中に居るであろうリンクスの無事を信じて。



 クアッダ城内に微かに響く音。

 床を叩く様でもあり、分厚い鉄扉を叩く様にも聞こえるその音は、休むこと無く鳴り続いている。


 その音は通気口を通じて、あるいは城そのものを微かに振動させて、ここ会議室にも聞こえていた。


 「丸一日が経過したが……進展は?」


 クアッダ王の問いかけに、帰って来たのは、ため息と沈黙だけだった。

 シュタイン博士の知らせで、主だった軍関係者は秘密の部屋に集まり、起こった事を知り、対応した。


 三十人の鬼神による土のオノマ。

 機装兵と鬼神による同時攻撃。

 修復したマテリアルライフルでの射撃。

 イーラによる大開放山崩し。


 考えうる手は全て試された。だがオリハルコンの表面を傷つける事は出来ても、球体を割り、中に囚われたであろうリンクスを救い出すには至らなかった。

 オリハルコンの真球は、見る間に自己修復し、冷たく美しい銀色の鏡面を保っている。中にリンクスを囚えたままで。



 「アニキは眠っていないのだろう?食事は取っているのか?」


 「差し入れてはいますが、師匠、見向きもせずに……」


 「ヒエレウスからの返事はまだ来ぬか」


 「兄貴の所のやたら速い馬が走ってますが、まだ数日は掛かるかと」


 クアッダ王を始めとする面々は沈痛な面持ちで目を伏せた。

 その間も鳴り続く打音。


 妹を案じた兄が、ただひたすらに無事を信じて、寝食を忘れて真球を殴り続けている。

 その音が、聞く者全てを祈る様な気持ちにさせていた。


 「イーラ殿、大開放を使える鬼神は集まりそうか」


 「思い付く限りの街や軍に使いは出したが、傭兵をする者が殆ど……足取りの掴めない者や死んでしまった者も居るのである。中々に厳しいと思うのである」


 軍師ラアサの間延びしたしゃべり方も、傭兵団長イーラの豪快な語り口もなりを潜めている。


 「大体シュタイン博士!こうなる事を予見出来なかったんですか!」


 苛立ちを募らせたフェルサが、珍しく地上に居るシュタインに声を荒らげて詰め寄る。

 真球を殴り続ける音に居た堪れなくなって、研究室から出たきたのだ。


 「オリハルコンの情報は帝国が秘匿して来た秘中の秘じゃしの」


 「フェルサ落ち着け、博士にも思い付く限りの策は出して貰った」


 フェルサは、落ち着かせようと言葉を掛けたラアサにも噛み付いた。


 「ラアサ殿もだ!やれ智将だ賢者だと言われた所で、少女一人助ける方法も知らないじゃないか!」


 「何だと?てめぇの無知棚に上げて吠えんじゃねぇフェルサ!」


 「フェルサ!お前だけが苛立ってる訳じゃねえんだぞ!」


 バン!と大きな音を立てて、クアッダ王の前のテーブルが真っ二つに割れ、崩れ落ちる。

 後を追うように音を立てて割れる茶器。


 「いい加減にしろ。罵り合って誰か助かるのか?」


 クアッダ王の声は太く、冷たく、苛立ちに溢れていた。


 「罵り合う前に、神に祈る前に、出来る事は全てやるのだ。ワシはあの兄妹に恩を返したい……」


 クアッダ王の言葉に皆佇まいを直し、再び意見を出し合う。


 球体を割るには真芯に力を集中せねばならないとか、山崩しの全方位攻撃が成ったとして中のリンクスちゃんは大丈夫なのか等、実行段階での問題も手探りだった。

 だが誰一人として「手遅れ」を口にする者は居ない。

 口にした途端に、希望が消えてしまう様な、そんな恐れを皆が感じていた。


 クアッダ王が口を開いた。


 「帝国にあのオリハルコンの塊を譲渡する。代わりにリンクスちゃんを出して貰う。皆の意見を聞きたい」


 キョロキョロと交わされる視線は、次第にラアサへと集まって行く。

 皆の視線を受けてラアサが口を開く。


 「帝国が秘匿すると噂される技術を持ってすれば、リンクスちゃんを出せるかも知れません。ただあれ程の量のオリハルコンを帝国が手に入れれば、過去に類を見ない大規模な侵略戦争が起こるでしょう」


 ラアサは立ち上がり、皆を見渡す様に続けた。


 「帝国主義に反旗を翻す共和国も、中立を保つ小国も、獣人を匿う村も、全て帝国の軍靴に踏みにじられ、数百万の武器を持たぬ者が殺される事となります」


 会議室に、沈黙の塵が積もったかと思われる程、長い静寂が訪れた。打音だけが静かに響く。


 「やはり反対……か」


 「ええ、勿論大賛成です!」

 「オレも賛成っす!」


 「戦争なったらそん時はそん時です」

 「逆に帝国本島を攻めてやるのである!」


 次々と立ち上がり賛同を述べる面々。


 「お前たち……」


 「極上の貢物なんだからコネなんか無くたって堂々と、何なら俺様が白旗持って乗り込んでも」


 「いや、ジョーズの話しだとプトーコスが話せるヤツらしい。ヤツを通した方が皇帝に話が速い」

 「オリハルコンの運搬はどうするんじゃ?中にリンクスちゃんがおるのに転がして行くわけにもいかんじゃろ」


 「済まぬ、余のわがままで皆の命を貰う事になるやも知れぬ」


 クアッダ王は僅かに頭を下げた。


 「陛下!我らの心を汲んで下さり有難う御座います!」

 「陛下、まだ始まってません!兄貴が諦めて無いんです、リンクスちゃんは生きてるんすよ!」


 「そうで御座います!あの兄妹は常に奇跡と共に御座いました。きっと今回も奇跡を見せて下さいます!」


 皆の顔に僅かではあったが生気が蘇った。

 その僅かな生気を各々が鼓舞し、励まし合っている。


 「全ての案を並行して行うぞ、無駄に終わっても構わん!国は副王に任せる、余も根地の森へ行くぞ」


 兄妹に出会い、道を取り戻した者がいる。直接命を救われた者がいる。クアッダの国民の様に間接的に命を救われた者達もいる。


 恩を返したい。


 皆の中に共通の思いがあった。



 「日が暮れてしまいましたね」


 「今日は帰るか」


 青いバンダナと赤いマントの二人の威丈夫は、森の入口に腰を下ろしていた。周囲には帝国の軍装をした兵が十名程立っていた。

 五千万ユーロの救命謝礼金を運んで、根地の森に来たのだが肝心の魔王が居ない。

 部下らしい六手猿は、人語を理解はする様だが話さない。


 頷きと首振りと首を傾げる仕草だけの六手猿に、根気よく質問を繰り返しどうにか分かったのは、森には入れない事、魔王が留守な事、何時戻るかは分からない事、ここで待つ分には構わない事位だった。


 青いバンダナの男プトーコスと、赤いマントの男オニュクスは不可侵の約の期限等を話し合う為と称して、翌日の昼まで予定を開けてあった為、夜まで待ってみる事にしたのであった。


 報奨金の他に、酒と料理が荷車には積まれていた。

 実は二人は根地の森の魔王との会談を、楽しみにしていたのである。


 足元に立てられた空の酒瓶をつま先でつつくプトーコス。

 手に持った瓶も中身は既に残り僅かになっていた。


 「今日は空振りか、魔王は何処に出掛けたのであろうな」


 「明日からは毎日伝令を送り、魔王の帰還を待って出直しますか」


 隣の木の根に腰を下ろすオニュクスの、手に握られた酒瓶が振られ、残り少ない酒が名残惜しそうな音を立てた。


 二人同時に瓶を煽り、残った酒を飲み干すと、空き瓶を部下に放るプトーコス。


 「見事な月だな」


 空に浮か銀色の月を見上げる二人。周囲に立っていた帝国兵が帰る準備を始める。


 「上空は風が強いのですね。すごい速さで雲が流れてゆく」


 兵の言った何気ない一言にプトーコスは違和感を感じた。

 風は無い。だが月のそばの雲は異様な速さで流れている。


 足元の空き瓶を拾おうとして、視線を落としたプトーコスは更なる違和感を覚えた。森の影が月の方向に向かって伸びている。


 「何だと?」


 再び空の月を見上げる。

 風が強いのでは無く、雲が流れているのでも無い。「月が動いている」のだ。それも尋常では無い速度で。

 そう認識すると月が大きくなっている気がした。


 「警戒……いや、身を隠せ」


 プトーコスの指示で荷車をそのままに森に身を隠し、草葉の影から迫る月を見上げる一行。

 銀の月は更に大きさを増し、こちらに迫っているのが誰の目にも明らかだ。


 「お前達はここで待機」


 「し、しかし!」


 頭上を通り過ぎ、根地の森の上空へと移動する月を見上げ、追う二人。

 枝から枝を渡る多数の六手猿も、空を見上げ月を追っている。


 森の中、少し開けた場所に、月は静かに降りた。


 月が降り立った場所に駆けつけた二人は見た。

 周囲の森と本物の月とを映す、直径六メートルの鏡面の球体を。


 「プトーコス殿とお見受けするが如何に」


 我を忘れて地上の月に見入るプトーコスとオニュクスは、唐突に声を掛けられて我に帰り、気付く。地上の月の傍らに立つ二つの人影に。


 咄嗟に腰に手をやるが、鞘は空だ。森へと駆け入る時に武器は部下へ投じて来た。赤いマントを揺らして、オニュクスがプトーコスを守るように一歩前に出る。


 「プトーコス殿とお見受けするが如何に」


 質問は全く同じ口調で繰り返された。

 オニュクスを制して前に出るプトーコス。


 「いかにも、ワシが帝国軍特務遊撃隊隊長プトーコスだ。その方は何者か」


 「我が名はクアッダ、クアッダ王国国王である」


 その時地上の月から鋼で編まれた縄が外れ、その陰から白い四枚の翼と盾剣を持つ亜竜が姿を現す。


 「何だと!」

 「根地の森の魔王とクアッダ王が一緒に?」


 プトーコスとオニュクスはあからさまに狼狽した。

 予想だにしない組み合わせに驚いた二人に、次の言葉が追い打ちを掛ける。


 「私はラアサと申します。そちらのマントの方はエラポス領主オニュクス殿に相違ありませんか」


 「い……いかにも、私はオニュクスだが……ラアサとは砂嵐盗賊団棟梁のラアサ殿か?」


 「そうです」


 ヒエレウスの使節団との会談とは違い、ラアサがあっさりと自らの名を明かしたのは、帝国に嘆願があった為だ。駆け引きを弄する時間が惜しい。


 姿を現した魔王は、片時も銀の球体から手を離さず、慈しむ様にそっと手を添えていた。

 月明かりを頼りに、二人の顔を注意深く観察するオニュクス。


 「クアッダ王は本人です、ラアサなる人物は噂だけで顔は……」


 「根地の魔王、クアッダ王、智将ラアサ……」


 我知らず独語したプトーコスの胸中には、疑惑の暗雲が立ち込めていた。「何が」と正面から問われても答えられない。だがこの組み合わせが以前から繋がっていたのならば、「何か」をしていたと思わざるを得ない。


 根地の森迎竜戦、成竜の乱入前に交わされた停戦。そのきっかけとなった非戦連合の成立に智将ラアサが一枚噛んでいたのか?魔王は連合の成立に連動して開戦までの時間を稼いでいたのか?


 辻褄は合う様な気もするが、納得はいかない。

 そんな真似をして誰が得をするのか。


 非戦連合にしても、魔王の軍勢にしても、開戦後の疲弊した軍を叩き漁夫の利を得るのが常套では無いのか。頭を軽く振り、酔いを払おうとしてみてもプトーコスの考えはまとまらない。


 混乱するプトーコスへの追い打ちは更に続いた。


 「皇帝に取次を願いたい。オリハルコンを譲渡する代わりに、この中に囚われた幼竜を助け出したい」


 クアッダ王とラアサが共に膝を折り、地面に両手を付き、頭を下げた。


 頭を垂れる一国の主と智将。

 唖然と立ち尽くす二人の威丈夫。

 そして悲しげな瞳で球体に手を添える魔王。


 天上の月と地上の月が、冷たく光を放っていた。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次回更新予定 日曜日 20時

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