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118話 決着

 獅子竜に接近した俺達は、俺が獅子竜の眼前に、リンクスが獅子竜の背後に陣取り、攻撃を開始する。この位置取りをキープ出来れば、リンクスが超長剣にさらされる危険は減らせる。


 モードFが体に馴染んできた事を実感しながら、俺は獅子竜の眼前でヘイトを取り続け、リンクスは油断なく尾を回避しながら、右後ろ足に攻撃を集中させる。


 「ちょろちょろと!」


 獅子竜ミ・ディンが苛立ちの声を上げる。

 俺でもイラつくだろう。なんせリンクスの攻撃は右後ろ脚の小指に集中している。しかも爪と肉の境目の只一点に。


 俺の攻撃も獅子竜を度々捉えていた。

 モードF発動で肥大化し、収縮した俺の肉体は、以前より密度を増している。

 高密度の最大の恩恵は、言うなれば肉体強化。

 素早さと力強さが単純に、だが格段に上昇している。


 だが獅子竜は俺達が付ける小さな傷を、瞬く間に再生している。さっきまでとは比べようも無い程の速さで。

 その超再生が、リンクスの手足を喰らった事で得られていると思うと、むかっ腹で冷静さを失いそうになる。


 『おっと、ソイツは貰わねえよ』


 獅子竜が右手をかざし、俺は素早く翼を広げて上空へと逃れる。


 チッと舌打ちをする獅子竜。

 あの右手をかざす仕草は、古代オノマの予備動作。

 それは既に学習済だ。


 ミ・ディンは選択ミスをしている。


 獅子竜の姿は、今となっては実はそれほど有効じゃ無い。

 素早さを僅かに犠牲にして得た強大な力。だがその力を持ってしても俺を押し潰す事は出来ない。


 その巨体を支える為の四本の足は、超長剣を二本同時に使い続ける事を制限している。更に古代オノマを使おうとすれば右手の超長剣は引っ込めねばならない。


 『顔真っ赤なの』


 確かにミ・ディンは冷静さを失っているのかも知れない。

 力でねじ伏せるつもりが、モードFに因って力で拮抗され、先に倒したと思ったリンクスは復活。無視出来る程の小さな存在と思っていたニンゲンにまで手傷を負わされる。


 『お兄ちゃん!』


 頭上から迫る俺を迎撃する様に、獅子竜が大地を蹴って飛び上がる。

 その両手から超長剣が伸びる。


 右下から迫る超長剣を、盾剣で弾くと、俺は胸の前に心臓を守る様に盾剣を構える。こっちの突きが本命なのは判ってる。ブレてるのは突きを狙うこっちの超長剣だけだ。


 頼むぞオリハルコン!


 俺は全身を膜の様に覆うオリハルコンを盾に集中させて、超長剣の切っ先が触れる瞬間、超振動させた。


 「チュイン」と、いささか間の抜けた音と共に弾き飛ばされる俺と獅子竜。


 「なに!?ありえん!!」


 驚愕の声を上げた獅子竜は、巨体をくるりと回転させて、四枚の半透明な翼を広げると、片方だけになった超長剣を肩口まで引き絞り、未だ姿勢の定まらない俺に突進して来た。

 

 再び吹き飛ぶ俺。

 二十メートルの獅子竜とニメートルの俺。単純に質量の差なのか、俺ばかりが大きく跳ね飛ばされる。

 だが、超振動させた盾剣は、超振動した超長剣を確かに防いだ。


 尚も迫る獅子竜の向こう、リンクスが大地にうずくまる。

 どうした!?


 空中で姿勢を制御した俺に、無数の黒い光球が迫る。


 『それはリンクスの……』


 「元々はシエロが得意としたオノマだ」


 放物線を描く事無く空中を直進する無数の黒い光球。躱し切れないと判断した俺は、金の鱗を逆立てて放電し、オノマを霧散させる。


 だが黒い光球はフェイントだった。


 放電の中肉薄した獅子竜は、頭上から超長剣を振り下ろし、俺を地面へと叩き落とす。


 大地を震わせ、土煙を上げて墜落した場所は、リンクスが手足を斬られたアノ場所だった。

 上空からの追撃を辛うじて回避した俺は、クレーターを挟んで獅子竜と対峙して左肩に手をやる。……痛ってえな。


 「斬れぬな……だが知っているぞ。意識を失えばその防御を失う事を」


 何が「アタシは、あなたの事何でも知ってるのよ」だよ。ストーカー女か気色悪い。

 今の俺がそう簡単に気絶するかっての。俺の意識を刈るコツ知ってるのはリンクスだけだ、誰がテメエなんかに……ってリンクスの記憶を消化したのか、意外にヤバイ状況か?


 ミ・ディンが残虐な笑みを浮かべる。気を失うまで、何度でも何度でもブチのめしてやると言わんばかりの。


 なら先手を取り続けるまでだ。


 俺は翼を広げて地面すれすれの低空から迫り、獅子竜の前足を薙ぐ。

 だが俺の盾剣は獅子竜の前足、黒紫の鱗に触れる寸前に弾かれた。


 「ふふふ、結界が戻った。つまり私が勝つと言う事だ」


 ついて来れてないか。竜の結界が復活している。

 だが俺にハッタリは効かん!

 お前が単独でババアドラゴンを倒したって事は、結界を中和せずに倒したって事だろ?つまり超振動ならば結界ごと斬れる!


 自分で使ってみて、ミ・ディンが何故常に超振動を使ってこないかが判った。

 ゲーム的に言う所のクールタイムがあるのだ。

 オリハルコンがエネルギーをチャージする為の時間かのか、連続使用による分子崩壊を防ぐ為かは判らないが、一分に一回しか使えない。


 五十八……五十九……六十、来た!


 俺はミ・ディンの超振動の時間も図る。

 ヤツの超振動も同じ様に六十秒に一回だ。


 『くそ!どうした俺のオリハルコン!なんで超振動が放て無い!?』


 「ふふふ、まだ支配が完全では無い様だな。諦めて意識を手放し、楽になれ」


 俺の攻撃は結界を貫く事が出来ず、ヤツの攻撃は俺にダメージを与え続ける。

 ……そう思う様に心理戦を仕掛ける。心理戦は博打打ちの基本だ。


 結界を過信した獅子竜は、防御がおざなりになって来ている。

 俺の攻撃を防御せず、俺に強烈な一撃を与える事に意識を傾けている。


 だがヤツの結界は今に消える。


 リンクスが、ヒーアが、レヒツが今に結界を中和する距離に入る。その時が俺の盾剣がお前を貫き通す時だ。

 俺は超振動させた超長剣だけは、絶対に喰らわないつもりで集中し、無益な攻撃を繰り返した。


 単純な物理攻撃なら何とか回避、防御出来る。

 だが、超至近からの格闘に交えたオノマや、オノマをフェイントに使った攻撃など、防御に意識を割かなくなったミ・ディンの攻撃は苛烈だった。


 かつて根地の森迎竜戦でシエロを迎え撃った荒野。

 その大地には巨大なクレーターが幾つも出来、そのクレーターには大河アルヘオの水が流れ込み、獅子竜の攻撃で土煙と水柱を交互に立てた。


 幾度と無く攻撃を受け、疲弊する俺を三度目の超振動が襲う。


 『おまたせなの』


 『来たか!!』


 俺は超振動させた盾剣で超長剣を受け、滑らせながら獅子竜の懐に踏み込み、渾身の力を込めて斬りつけた。


 超長剣が宙を舞い、ゆっくりと回転しながら落下して、地面に突き刺さる。

 獅子竜の右前足をその鍔元に付けたまま。


 「グオオオオオオ!!」


 獅子竜が吠える。

 強烈な咆哮が大地を震わせ、大きな水溜りの水面を波立たせる。


 右前足を抱える様に、三本の足で立つ獅子竜。

 右前足の切断面からは大量の血が流れ出ている。


 尚も飛びかかる俺を、尻もちを付いた恰好で左手の超長剣を伸ばして迎え撃つ獅子竜。


 『腰が引けてるぞ。ミ・ディン』


 翼を広げ、空中でコマの様に高速回転した俺は、左前脚ごと超長剣を切り飛ばす。再び耳をつんざく咆哮。


 一気に首元に迫った俺は、顎下から脳へと盾剣を突き通す為に左腕を引き絞る。

 だがその俺に迫る、赤黒い成竜の爪。


 『ドラゴンの!?』


 不意を突かれた俺は、獅子竜の首元から真横に叩かれ、土煙を上げて地面を抉った。追撃を覚悟して、身を丸める俺だったが、予想された攻撃は無く、急いで立ち上がる。そしてその目に見たのは……。


 切断した両前足に赤黒いドラゴンの手を生やした獅子竜が、三体の竜人を相手に戦っている光景だった。


 鋭く突進し、手にした漆黒の短槍を脇腹に突き立てるレヒツ。

 慎重に死角に回り込み、後ろ足を漆黒の短槍で刺すヒーア。

 そして獅子竜の正面で、二本の赤い剣を振るう金の竜人。


 『リンクス!?』


 『モードFなの。お兄ちゃんから貰ったの』


 俺の因子を用いて再生したリンクスの手足。その因子からモードFを消化したリンクスは、金の竜人となって獅子竜の眼前に立ち、格段に増した力と速さで次々と大きな傷を負わせていた。


 す……凄え……。


 『再生速いの。ドテッバラにでかいの空けるの』


 リンクスの手にする赤い剣は、獅子竜の鱗を破り、鮮やかな血を吹き出させていたが、その傷口は瞬時に塞がり、赤黒い鱗が再生される。


 再生力が異常だ。切り飛ばした両前足も、ドラゴンの手が生えてるし……こんなのどうすれば殺せるんだ!?

 ん?ドテッバラに??


 『そうか!!』


 俺は胸に右手を当てて意識を集中させる。

 獅子竜の腹の中にいる……アイツラに。


 『戻って来い』


 ボコッツ!!


 獅子竜の腹から拳大のオリハルコンの塊が飛び出し、俺の盾剣に吸収される。


 「おっ……おおっ……」


 突然腹に空いた大穴に、言葉を発する事も出来ずに、傷口を抑える獅子竜。


 『コレはリンクスが躾けた俺のオリハルコンだ。返して貰ったからな』


 リンクスが獅子竜を挟んだ位置に立ち、レヒツとヒーアが離れる。


 『それと、コレはリンクスを痛め付けてくれた礼だ』


 動きを止めた黒紫の胴に赤黒い手を生やした獅子竜。その前後から、二体の金の竜人が迫る。


 『消滅するまで叩き込んでやる!』


 『双竜撃なのーー!!』


 衝撃を内側へと封じ込める完全同時の突きが、何度も何度も獅子竜に襲い掛かる。衝撃は鱗を、肉を、骨を通過して、心臓に留まり、幾重にも衝撃を上乗せされて行く。


 「ぐぉぉお!何だこの衝撃は!!!」


 綻んだ心臓は再生を試みるも、重複した衝撃は再生した先から細胞を破壊し、遂には再生速度を上回る。

 細胞壁を破壊し、核を破壊した衝撃は体組織を液状化させ、獅子竜は体の内部から溶解した。


 どぱん


 水風船が弾ける様に獅子竜は四散し、地面に落ちるより早く、光の粒子となって消えた。


 『お……終わった……』


 俺はミ・ディンが光の粒となって消えたのを見て、脱力し、地面に仰向けに転がった。やっと……勝った。いったい何発打ったんだ……。何十分も何時間も打ち続けてた気がする。


 『双竜百裂撃なの。あたたたたなの』


 左脇に滑り込んできたリンクスの頭を、優しく撫でる。

 それを見たレヒツとヒーアがそれぞれの場所へと滑り込む。

 ヒーアさん。股間はいいかげん止めて下さい。


 『みんなありがとな。お陰でリンクスを守れたよ』


 レヒツとヒーアは目を細めてキャウキャウと鳴くと、グリグリと隙間に頭を押し付ける。ヒーアさんお願いですから止めて下さい。


 その時、俺の頬に一粒の雨が落ちる。


 上空にあった巨大台風が移動を開始し、目がそれて行く。

 瞬く間に暴風雨にさらされる俺達。勝利の余韻もくそもあったもんじゃ無い。


 気温が急速に下がり、遂にはゴルフボール大の雹が降り始め、竜巻の漏斗雲が至る所にタッチダウンを始める。

 数えきれない程の竜巻が、根地の森からエラポスからネビーズから、樹木や魔獣、家やニンゲンを巻き上げ始める。


 『兄上様!ご無事で良かったウキ!森の者が避難した場所が飛ばされそうウキ!助けて欲しいウキーー!』


 珍しく慌てたサルの声に、俺は事態の深刻さを悟る。


 「古代オノマ、暴走してるの」


 は?この嵐はミ・ディンの置き土産なのか!?

 助けるったってどうすれば……。


 ……あった。ミ・ディンの記憶の中に。


 ミ・ディンの記憶を消化した俺は、ライブラを仮眠させる古代オノマを発見した。即座に念話でスペルを伝えるが、ラアサから返事が無い。もう昏睡しちまったか?


 「効果不足なの」


 リンクスとマザーが使った古代オノマ「惰眠」に因って、根地の森周辺の嵐は収まりつつある。だが、嵐の範囲は広大で、暴走の度合いは尚も強くなっている。

 どうすりゃいい?リンクスとマザー連れてこの広大な範囲を飛び回るか?


 「お兄ちゃんが唱えれば良いの」


 は?喋れませんけど?


 「この子達でスピーカー作るの」


 何だと!?そんな事出来んの!?


 あ……確かにリンクスは銀の鱗を変形させて、Dカップにしたり銃のマウント作ったりしてたな。

 って事は、薄く伸ばしたオリハルコンを振動させれば音も出せるって事か!


 俺は翼を広げて雲の上まで一気に上昇すると、スピーカーをイメージして、オリハルコンを円盤状に薄く伸ばす。

 広範囲に効果を広げる為に、三つ四つと円盤の数を更に増やす。

 今あるオリハルコンじゃこれで限界……か。


 「王の名において命ずる。主の命を失いしライブラよ、その活動を止め、暫しの眠りに付け」


 俺は古代オノマ「惰眠」を唱えながら、嵐の上空を飛び回り、数時間後この地域一帯を覆っていたオノマの暴走は食い止められた。


 だが、この時の俺の行いが、後の世に二つの伝説を生む。


 曼荼羅を背負いし魔王、天変地異を鎮め世界を救う。

 恐るべき魔王は天変地異を引起こし、曼荼羅に因って魔獣の世界を作った。


 この一見相反する伝説は、実はある部分では両方正しい。

 オノマの暴走を止める為に休眠したライブラは、リニューを抑制する効果をも休眠し、他の地域からライブラが自己増殖して流入するまでの間、獣化が多発したのである。



 何と言う事だ……。


 油断があった……と言う事か……。

 何と言う無念。敗北などと言うちっぽけな物では無い……。


 陛下を……陛下をお守り出来ぬでは無いか……。


 奈落を彷徨う強靭な魂は、水面に浮上するかの如き感覚と共に、微かな光に引き寄せられて行った。


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