112話 決戦
ネビーズからの一団を引き返させると、俺達は根地の森へと急いだ。
森の中なら地形は把握してるし、罠もある。
俺の絵が巧妙に配置もされていて、侵入経路の特定も出来る。
ミ・ディンに絵の効果があれば……だが。
それに森での戦いならば、戦う意志の無い者に余計な損害を出さずに済む。
幼い魔獣や亜人には、森から逃げる様にサルを通じて命令も出した。
やれる所まで……とか、撃退……とか、そんな生半可な事をするつもりは無い。やるからにはミ・ディンを殺す。
手負いで逃げられて、カプセルに眠る古代人の軍勢でも引き連れてリベンジされたらたまらない。
「入って来たの」
『兄上様、敵はB-1から侵入ウキ』
『サル、監視はいいから部隊を撤収させろ。巻き込まれたら死ぬぞ、お前達を気にしながら戦う余裕は無いだろう。それより指示した場所にポーションを隠したり、先回りして罠を準備してくれ』
『……了解ウキ』
サルは何か言いたそうにしながらも、俺の指示に従って監視部隊を撤収させ、補給部隊に合流した。
ミ・ディンのおおよその位置は、リンクスが把握出来る。
だが、リンクスの位置はミ・ディンからは把握出来ない。
『これ一緒に持っててくれ』
『これ何なの?』
『たぶん黒籠センサーだ』
俺はリンクスに白い三角錐を手渡す。
ミ・ディンの長剣の柄に付いていた、黒籠センサーの機能を持つと思われる白い三角錐。
俺はそれを長剣の柄から取り外しておいた。
長剣を宇宙に捨て、白い三角錐はどんな原理なのか、シュタイン博士に聞くつもりだったのだが、結果オーライ。
長剣はミ・ディンに取り戻されたが、センサーは無い。
『センサー無いのに、ヤツはどして森に来たの?』
それは恐らく理屈からだろう。何処で何をしようが、いずれは根城である根地の森へ帰るだろうと予測しての行動。
数日は張り付くつもりだったかも知れないが、ミ・ディンとしては一発ツモした形だな。
ミ・ディンは、根地の森に地上から侵入した。
上空から偵察してくれれば、対空砲火してやったのに。リンクスが。
バサッサッ!
藪を貫いての黒い光球攻撃で、戦いの幕は開けた。
低い位置からミ・ディンに迫る、大量の黒い光球。
「何故、葉に触れて発動しない」
ミ・ディンは虚を突かれ、黒い光球の直撃を受けると、直径五メートルに肥大化した質量を持つ黒い大玉に押し包まれた。
一つまた一つと黒い大玉を左右に押しのけるも、これでもかと言わんばかりに連続で襲いかかる黒い光球に、ミ・ディンは分厚い剣を盾状に変形させて防御、巨木をなぎ倒しながら二十メートルの距離を押された。
分厚い剣を盾に防御するミ・ディンの背後に、波打つ刀身が迫る。
その剣は、波打つ刀身と鱗を連ねた盾とが直結しており、更に直接左腕に繋がっていた。
咄嗟に楯状に変形させた剣を離し、振り向いて白刃取りよろしく合掌で剣を挟み込むミ・ディン。
だが、刺突に特化したパタの形状をし、更には度重なる変化で波打つ形になった刀身を持つ盾剣は、ミ・ディンの左右の手の間を火花を散らしてゴリ押し、黒い胸甲に亀裂を入れる。
『決着を付けよう。ミ・ディン』
背負う形になったミ・ディンの盾を執拗に押し続ける黒い大玉と、渾身の力で突き込まれる俺の盾剣に挟まれたミ・ディンは、その圧力に耐え切れず胸甲の亀裂を広げる。
だが、言葉を発するミ・ディンの顔に焦りは無い。
「成竜になるまで、見逃してやると言った筈だが?」
『成竜になったら殺りに来るんだろ?リンクスを襲わないって約束するなら、見逃してやっても良いんだぞ』
俺の言葉に、ミ・ディンが猛禽を思わせる表情で笑い、三白眼の目を見開く。
「図に乗るなよ亜竜!」
短く息吹したミ・ディンは、盾剣を挟み込んだ両手に更に力を込め、俺を上方へと放り上げると同時に、背負う恰好で堪えていた黒い大玉を、俺の方へと逸らして飛ばす。
俺は翼を僅かに広げて姿勢を制御し、枝を蹴って黒い大玉の射線から逃れ、尚もミ・ディンの頭上から襲いかかる。
盾から分厚い剣へと姿を変えたミ・ディンの剣は、俺を迎撃する為に下方から振り上げられる途中、ピクリと動きを止める。
「煩わしいな」
俺とミ・ディンの中間にあるのは、俺を掠める様に後方から放たれたリンクスの黒い光球。その数五つ。
ミ・ディンは地面に左手を付くと鋭く回転し、落ち葉や枝を巻き上げた。
オノマは何かに触れた瞬間に発動し、黒い大玉に変化した光球は自然落下を始める筈だった……だが。
「なに!?」
オノマを暴発させる為にミ・ディンが巻き上げた小枝は、黒い光球に触れる寸前に何かに弾かれ、黒い光球は暴発する事無くミ・ディンへと直進した。
オノマを暴発させて自然落下させ、真っ直ぐ飛び上がって俺を迎撃しようとしていたミ・ディンの狙いは狂い、ミ・ディンは回避を選択した。
ステップしたその足元に炎が巻き上がり、ミ・ディンが苛立ちの声を漏らす。
下方からの熱風に、一瞬顔を庇ったミ・ディンに、俺は肉薄する。
盾剣、爪、角、尾の連続攻撃。
盾剣の突きは分厚い剣に弾かれ、爪は腕で受けられた。
角はミ・ディンの左肩を掠めたが、尾を振る隙に横薙ぎに払われた分厚い剣が、俺の脇腹を捉える。
ギィィイン!
異様な音を立てて吹き飛ばされる俺。ぐっ……痛え。
素早く立ち上がる俺を、ミ・ディンが目を細めて睨みつける。
「斬れぬか……結界……では無いな」
『お前のナマクラじゃ、俺に傷一つ付けられんよ』
「ほう?」
ミ・ディンが足を肩幅に開き、分厚い剣を正中線に構えると、頭に響く高周波が剣から発せられる。
『ミ・ディン、メテオって知ってるか?』
ミ・ディンは俺の問いかけに応えず、集中を切らす事無く息吹をすると、分厚い剣が微かに光を発し始める。
ババアドラゴンを斬った、あの超長剣に変形させるつもりだ。
光を発した分厚い剣が、その刀身を伸ばし始めた瞬間。
『無視すんなよ。喰らえ!これがメテオだ!』
ミ・ディンの周囲に、頭大の岩が無数に降り注ぐ。
枝を砕き、葉を散らし、地面を成す巨木の根を木っ端に砕きながら、岩は降り注いだ。ミ・ディンの周囲僅か三メートルの範囲に。
「ぬおお!」
数発の岩の直撃を受け、足元の地面が木っ端へと砕けるせいで飛び退く事もままならないミ・ディンは、超長剣への変形をキャンセルし、急遽盾へと分厚い剣を変形させ、岩の雨を耐える。
しかしこの集弾性は……。
『サル、監視はいいって言っただろ。俺はミ・ディンを殺すチャンスが来たら、お前を巻き込む事を躊躇わないぞ』
『寂しい事言わないで欲しいウキ。兄上様の役に立てるなら命も差し出すウキ。この森の皆が同じ気持ちウキ』
こいつら……。
暴発しない黒のオノマ、足元に隠してあった炎のオノマ。これらは、アフマルの。そして高高度からの岩爆撃はリースのアイデアに因るものだ。
放物線を描く事無く直進する黒い光球。
オノマの例外とも言えるこの特性を活かして、先に風のオノマを発動させてその風の道を通すと言うアイデア。
元はオノマを遠くに投じる事の出来ないアフマルが、その距離を伸ばすために風のオノマに乗せられないかと試していた物である。
岩爆撃は、魔獣程の戦闘力を持たない森の亜人達の要望で、飛行型魔獣と連携して攻撃力を持たせる方法を、リースが考え出した物だ。
最後の岩がミ・ディンに直撃するのと完全に同時に、盾剣と短槍が前後から急襲する。
舞い上がる木っ端の一つを、真っ二つにして迫る盾剣の剣先。
だがその剣先は、岩の直撃を覚悟したミ・ディンが振り下ろした盾に因って、寸前の所で、火花を散らして弾かれる。
背後から二本の短槍を突き出すリンクスを蹴り飛ばそうと、ミ・ディンが足を上げる。
その軸足を俺の右爪が襲う。
ひび割れ、少しだけ破片を散らすミ・ディンの黒い脛当て。
バランスを崩したミ・ディンは、それでも片足で短槍を蹴り、左手で短槍を掴んだ。
何だよコイツ!反応速度が尋常じゃねえ!
掴まれた短槍を手繰り寄せられたリンクスは、危険を察知して短槍を手放し、体を捻って短槍を掴むミ・ディンの肘に後ろ回し蹴りを見舞う。
ミ・ディンは短槍を手放して腕を引き、リンクスの蹴りを躱すと、空中に浮かぶ短槍に再び手を伸ばす。
パシッ!
短槍を同時に掴むミ・ディンとリンクス。
短槍を引こうとしたリンクスに対して、力任せに短槍を押し込むミ・ディン。
体勢を崩され、左肩を前につんのめった姿勢のリンクス。
その首筋に、ミ・ディンの剣が、盾から分厚い剣へと変形しながら迫る。
ギィィイン!
ミ・ディンの剣とリンクスの首筋との間に、俺の盾剣が割り込む。
『ぉぉぉおおお!!』
俺は被弾覚悟でミ・ディンとリンクスの間に割り込み、防御を一切考えない連続攻撃を放った。
リンクス!一旦離れろ!
ドン!
『ぐっは!』
ミ・ディンの左拳が、俺の腹部に深々と突き刺さる。
唾液を撒き散らして、くの字に体を折り曲げ、その場に崩れ落ちそうになる俺。
「色々やってくれる。楽しませてくれたが、お前はもう死んでいい」
そう言い放つミ・ディンの鎧は、胸の亀裂も岩爆撃の凹みも既に修復を終えていた。
ミ・ディンが俺に右手をかざし、小さく何かを呟いた。
その瞬間、一瞬だけ世界が黒くなり、即座に元の色を取り戻す。
「なに!?」
ミ・ディンが動揺を見せた。
俺は胃の辺りにある痛みの塊を吐き出して、大きく息を吸い込む。
ミ・ディンが再び何かを呟いた時、俺は飛来した粘着質の糸に絡められ、枝の上へと引き上げられた。
俺と視線を交差させた八つの目は、ペコリと頭を下げると、八本の脚でカサカサと見事な速さで大樹の幹を登り、生い茂った枝葉の中に隠れた。
「闇世絶界が……発動しないだと!?」
ミ・ディンが「信じられぬ」といった表情で、枝上の俺を見上げる。
闇世絶界……やはり黒籠とは別の術だったのか。
俺は枝の上を高速で飛び回り、ミ・ディンの視界を切りながら、腰に下げた袋の中を確認した。
その中にあるのは、マリアから貰った「身代わりの護符」こと、ナノマシンが封入された希少金属の数珠。
古代オノマを対消滅させる事が出来る玉は、十個が黒く変色していた。
ミ・ディンが使った闇世絶界って術が、古代オノマだったのは判明した。
この身代わりの護符で防げる事も。
だが、変色した玉の数が十個って!?
ミ・ディンが、闇世絶界を使ったと思われるのは二回。
って事は、一回の術で古代オノマを五つも使ってるのか!?
俺は数珠を袋にしまうと、集中を高め、再びリンクスと挟み込む様に、ミ・ディンに肉薄した。
「何をしたリンタロウ、それとも一度受けた術には耐性でも出来るのか?」
『鍛錬が足りないんじゃ無いか?だから肝心の所で噛むんだよ』
術が発動しなかった事で若干の動揺があるのか、ミ・ディンの動きはキレを欠き、俺とリンクスに押されている。
『リンクス、あの黒い術は一回で五ポイント持ってかれるぞ』
『効果あって良かったの』
俺はミ・ディンの盗聴を警戒して、希少金属の数珠とは言わない。
ミ・ディンが見せたあの隙を付けなかったのは痛いが、「たまたま」と思わせれば、また機会はあるかも知れない。
だが超長剣への変形の隙と、古代オノマ失敗の隙。
チャンスと考えていた二つの隙は、いずれもミ・ディンを倒すどころか、致命打を与える事すら出来なかった。
俺もリンクスもとっくに本気モードだし、手持ちのカードが少ない。
俺は攻撃を喰らいながら、リンクスは紙一重での回避を繰り返しながらも、時折ミ・ディンに攻撃を当ててはいるのだが、黒い鎧を突き抜けての決定打は未だに一撃も無い。
俺達二人を相手にするミ・ディンは、分厚い剣を二本の長剣に変形させて戦っていたが、双剣に対して徐々に慣れを見せる俺達を見て、リンクスに向けて右手をかざし何かを呟いた。
パチリと瞬きを一つして、何事も無かったかの様に攻撃を再開するリンクス。
使ったのか?古代オノマ。くそ、今回は隙が無い。
さっきの隙を生かせなかったのが、悔やまれる。
ミ・ディンの視線が切れたリンクスが、一瞬だけリボンに手をやり、目を細める。
『お兄ちゃん、今の二十二ポイント持ってかれたの』
何だと!?
別の術だったのか?それも二十二ポイントだと!?
このまま続けられて、身代わりの護符が無くなったらマズイ。
ここは一つハッタリをかましとくか。
『お前の術はもう効かないみたいだな、それとも噛み噛みか?』
「図に乗るなと言った」
ミ・ディンは一瞬で俺を斬り飛ばし、リンクスとも距離を取った。
クソ痛え。
「見せてやる」
その言葉に、俺は激しい悪寒を覚えた。
何だ?まだ切り札があるのか?
ババアドラゴンと戦った時ですら見せなかった、奥の手があるってのか?
俺は何かを見落としているのか?思いだせ。
黒衣の男ミ・ディン。
古代ギリシャ時代から召喚された奇跡の勇者。
高い密度と深い知識で、力と知恵を備える男。
召喚?勇者?……結界?
……まさか……。
俺は自分の想像に戦慄した。




