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110話 終わりと始まり

 『あれ?ファーリスは』


 「ついさっきネビーズに向かったが……すれ違ってしまったか」


 クアッダ王は濃い髭に手をやりながら、少し申し訳なさそうな顔をした。


 ここはクアッダ王国、いつもの会議室。

 クアッダ王は玉座の間や執務室よりも、この会議室を好んだ。


 王国の重鎮達もまた、自らの職務が一段落する度にこの会議室を訪れ、茶を楽しむと同時に帝共両軍の動向等の重要な話しから、酒場の踊り子がまた男を変えただのといったヨタまで、様々な情報交換をするのであった。


 この日朝食を終えたクアッダ王は、文官達と様々な意見交換をしていた。

 戦争が差し迫る中、外交的な交渉を続ける為に。

 そんな会議の途中、アニキの来訪が告げられ、会議は一時中断した。


 『まったく……危うく猿顔がフラグ回収しちまう所だったじゃ無えか』


 「ふらぐ?」


 『あ、いやいい。とにかくイナブの共和国軍は今言った通りだ。機装回収するなり、電源用の部品取るなりしてくれ。俺はネビーズに行く』


 アニキとリンクスはきちんとお辞儀をして会議室を退出すると、羽音を残して王城のベランダから飛び去った。


 「陛下、アニキ殿は何と?」


 文官の一人がおずおずと口を開く。

 彼らは、クアッダ王とアニキが念話と会話を織り交ぜて話す間、コーヒーカップを手にじっと待っていたのだ。


 「うむ。イナブに駐留した共和国軍は全滅させたと」


 「全滅!?報告では二万五千に及ぶ大軍だったとの話しでは」


 「撃退では無く全滅ですか?陛下」


 「言葉通り全滅だそうだ。機装や備蓄食糧の回収に向かってくれとの事だ」


 全滅と言う言葉に、文官たちは暫し言葉を失う。


 「陛下……無礼とは思いますが敢えて申し上げます。アニキ殿……根地の魔王は信用して大丈夫なのでしょうか?」


 「私も同感です陛下。帝国軍の侵攻に際してはまだ遠慮と申しますか、躊躇いと申しますか……そういった物があったように見受けられましたが、此度の行い……アニキ殿の怒りを買う事は、即ち国が滅ぶと言う事ではありませんか」


 文官達の間に、次第に魔王危険論が広がり始める。


 バン!


 鋭く平手で打たれたテーブルが、音を立てる。


 「不安や恐怖から敵を作る程愚かな事は無い。お主等、肝に命じて置けよ、アニキが居なかったら、そもそも今日のこの国は無かったのだ」


 クアッダ王は、場を威圧する低く太い声を出して文官達を見渡すと、今度は穏やかな声で諭す様に続けた。


 赤毛の暗殺者コキノス

 ワハイヤダの攻撃

 グラードルの侵攻


 直接的な危機だけでも三回、アニキはこの国を救っている。

 更に間接的には、根地の森迎竜戦も今回のイナブに駐留したネビーズ侵攻軍も、事態の推移によってはクアッダ王国に戦火が及ぶ可能性は十分にあった。


 救国の英雄を「ニンゲンでは無い」あるいは「尋常成らざる力を有する」からと言って恐れ、疑い、敵視する。

 それは愚かな事だと、クアッダ王は語る。


 沈黙する文官達を前に、クアッダ王はため息を一つ付く。


 共に戦い、共に過ごしたこの国の者でさえ、畏れを抱く存在に成りおおせたアニキ。魔獣の長たる魔王として認識するネビーズの民は如何なる反応を示すか、その時アニキはどんな想いを抱くのか。

 クアッダ王は心配せずには居られなかった。


 「力ある者が通る道だ。人を嫌いにならないでくれよ」


 ネビーズの中央広場に降り立った、翼竜姿の俺と少女姿のリンクス。

 だがネビーズの様子は前回とは違っていた。


 空を求めて俺達に群がる子供達の姿も、それを暖かく見守る大人達の姿も無く、家に隠れてカーテン越しに俺達を見ている。

 兵士すら遠巻きに見ているだけで近寄ってこない。


 伝わってくる気配は恐怖、警戒。

 

 何だよこれ。別に感謝されたくてやった訳じゃないけどさ、助けてやったとか言うつもりも無いけどさ、バケモノ見る様な目で見るとか無いわ。


 中央広場を、初冬の乾いた冷たい風が吹き抜ける。

 俺はその冷たい風が、心まで冷やしてゆくのを感じた。


 「帰ろ、なの」


 『……そうだな』


 リンクスが俺の左腕に手を乗せて、優しく微笑む。

 恐怖と警戒の視線の中、俺は純白の翼を広げてリンクスを抱きかかえる。


 その時、一つの小さな人影が家の陰から姿を現した。

 その人影はヒョコヒョコと変わったリズムで歩き、俺達の前で立ち止まり、その光景を見つめるニンゲンが、短い悲鳴にも似た声を上げる。


 「魔王は、悪いヤツらやっつけたんだよね?」


 小さな声を絞り出したその人影は子供だった。汚れた衣服を纏って杖を付き、左腕の肘から先を失った少年。


 「魔王は恐ろしい生き物だから近づくなって……ねえ教えて、悪いヤツらをやっつけたの?これからも悪いヤツやっつけるの?ニンゲンを皆殺しにするの?支配して食べちゃうの?」


 少年はどこか自暴自棄な目で俺を見上げ、か細い声で繰り返した。


 「やっつけた」か。子供の感覚じゃそういう物なんだろうな。

 この子の口にする皆殺しや支配は、周囲の大人達の言葉か……。


 大軍を皆殺しにする程の、恐ろしい力を持った魔王。

 その魔王がいつ力の矛先を自分達に向けるか、自分達ニンゲンをどう支配しようとしているか、そんな妄想に捕らわれ、勝手に恐怖している。そんな所か。


 少年は時折よろめきながらも、俺達の前から動かない。

 その黒い瞳でじっと俺の目を見つめている。


 『腐ってるの』


 そう、さっきから俺の鼻を悪臭が刺激している。少年の不潔さから来る悪臭では無い。左肘が壊疽(えそ)しているのだ。

 壊疽した部分を切除しなければ、このままでは死毒が全身に周り、この少年は死ぬだろう。

 

 俺はたてがみの銀糸を少年の額に当て、静かに語り始める。


 『痛いのは我慢出来るか?』


 「うわぁ、優しい声……。痛いのは慣れっこ。ボクはこんなだからゴミを集めてパン貰ってるけど、ゴミ置き場が綺麗でも、時間通りでも殴る人は殴るもん」


 少年は肘から先を失った左腕と、やせ細った脚を指して、それでも笑った。


 『キツイ人生送ってるな。我慢出来るなら少しはマシにしてやれる』


 「もう助からないって皆言うよ。だから本当の事を知りたいんだ。皆が言う様に魔王はニンゲンを皆殺しにするの?」


 そうか、少年から感じられる諦めな感じは、どうせ死ぬと思っての事か。

 だから真実を知るために、恐れる事無く俺達の前に来たんだな。


 『リンクス、出来るか?』


 『分かんないの、お兄ちゃんが助けてくれたら出来るかもなの』


 「うわ、女の子の声も頭の中に……可愛い声」


 『ありがとなの』


 リンクスはそう言って、腰のポーチから取り出したポーションを少年に飲ませると、俺の盾剣に右手を置き、目を閉じて意識を集中させた。

 俺の中の何かが盾剣へと集まって行く。


 グシャ……。


 リンクスは杖を付いて立つ少年の、壊疽した左肘を無造作に握りつぶし、左手に付いた血をペロリと舐めた。

 悲鳴も上げず、驚きの表情でその様子を見つめる少年。


 リンクスは暫く集中した後、ボタボタと血を流す少年の左肘に左手を当て、細く長く息を吐き始める。


 少年の肘から生え始める白い骨。それは赤い筋を纏いながら、少しずつ伸びた。

 そう、俺がリンクスに頼んだのは、壊疽した左腕の切除ではなく再生。


 大勢殺した後のセンチメンタルかも知れないし、単なる気まぐれかも知れない。俺と同じ部位を失った少年に、勝手に親近感を抱いただけかも知れない。

 だが俺はこの少年に生きる希望を与えたかった。


 脚の不自由なこの少年が、片腕を完全に失って生き永らえても環境は変わらない。なら腕を生やしてしまえばいい。俺の様に。


 ある程度伸びた腕が、形を保てずドクドクと脈打っている。

 一体どうした?


 『ママみたいに上手く出来ないの、お兄ちゃんママの因子から力貸して』


 『マザーの因子から力って……どう』


 そう思った直後、俺は強烈な目眩と虚脱感を感じて、地面に両膝を付いた。

 立ってられない。


 脈打っていた少年の左腕が、少し伸び始めるが、また停滞して脈打つ。


 『もうちょっと……力を貸して……』


 その時、リンクスのポーチの中にある、三角錐の物体から小さな小さな光の粒が溢れだす。

 その光の粒はポーチから滲み出て、リンクスの右手と盾剣との接点に集まり、吸い込まれる様に消えた。


 カクン。


 直後俺は意識を失った。



 『……ちゃん。お兄ちゃん』


 『リン……クス?』


 俺はリンクスの声で目を覚まし、意識を失ったのがほんの一瞬だった事を知る。

 少年の腕は筋肉と神経の再生を終え、皮膚に覆われた所だった。

 そこから最後、シュッって爪になるんだぞ。


 『ありがとなの。お兄ちゃんのお陰で何とか出来たの』


 リンクスはそう言って少年から手を離し、俺の左側にもたれ掛かった。

 珍しくリンクスがグッタリしてる。俺もまだ目眩が酷いが、こんなリンクスを見るのは初めてだ。


 『無理させちゃったか?ごめんなリンクス』


 『そゆ時は、ごめんじゃなくて、ありがとなの』


 『そうだな。ありがとうリンクス』


 俺は盾剣でリンクスをそっと抱き寄せ、顎の下で頭をガシガシ撫でる。

 その目の前では、少年が生えた左手をまじまじと見つめ、グーパーを繰り返し、右手で左手を触っていた。杖を放り出して。


 しかし……最後のアレはなんだったんだ。一気に生気を持ってかれる様なあの感覚……。それにあの白い光の粒子は?


 『帰ろ?なの』


 『ん、そうだな』


 周囲の雰囲気がおかしい。

 奇跡を見て呆然としてるのか、恐怖を募らせているのか判断が付かない。

 俺の感覚も鈍い気もする。


 俺は未だにグーパーを繰り返す少年に、たてがみの銀糸を当てる。


 『強く生きろよ。もし魔王の眷属とか言われて迫害されたら、根地の森に来い。あそこは他の個体との違いに興味が無い所だからな』


 「これ……魔王が治してくれたの?魔王って良い人!?」


 治してくれたのはリンクスだし、最近は人って自覚微妙ですけど?


 『良いヤツか悪いヤツか、良い事か悪い事かは自分で判断するんだ。貰った命だと思って、自分が正しいと思った事をしろ』


 「うん!」


 全身を使って頷く少年。

 少年の瞳から諦めの色が消え、強い意志が宿ったのを見届けて、俺達は飛び立った。


 『お腹空いたの』


 『そうだな、腹ペコだな。狼牛でも狩りに行くか』


 俺達は北に進路を取り、上空から狼牛の群れを発見、急降下する。

 そりゃーもうたっぷり狩った。全部喰いますけど。


 モキュモキュと七匹目の狼牛を食べるリンクスが、ピクリと動きを止め、空を見上げる。

 目を細め、耳をピクピクと動かし、初冬の青空を見上げるリンクス。


 『アイツ来たの!逃げるの!』


 俺はアイツ(・・・)を確認する事無く、リンクスを抱えて飛び立つ。

 今現在、リンクスが尻尾を巻いて逃げる相手は唯一人。

 そして隠れるんじゃ無く、逃げろと言ったって事は、真っ直ぐ向かって来てるって事だ。


 アイツ……黒衣の男、ミ・ディンが。



 『まだ追ってくるの』


 俺とリンクスは、雲の中に入った。だがミ・ディンは何らかの方法で俺達の位置を特定し、追跡して来る。

 リンクスがミ・ディンを感知出来るんだから、ミ・ディンも感知出来ても不思議は無いんだが。


 ボフン。


 おっと、雲から出ちまった。

 俺は体を傾けて雲の中に進路を取る。


 『見つかったの!後ろなの!』


 俺の背中のリンクスが、後方を振り返り、俺達が出てくると踏んで雲の外を回ってたらしいミ・ディンを発見する。

 ミ・ディンも俺達を見つけたらしく、姿勢を変えると速度を上げて、見る見る迫ってくる。


 『リンクス!ブースト!』


 リンクスは文字列を伴った真のオノマを二列五連に連ね、大きなオノマジェットを二本作り出すと一気に加速を掛けた。

 気圧差からか、俺達の後方に二本の飛行機雲が出来る。


 やべ、これじゃバレバレじゃねえか。


 ボフンと雲煙を上げて、俺達は再び雲の中に飛び込んだ。

 ブーストの時間は五分。その間にミ・ディンを引き離し、ロストさせる事が出来るか?この雲は何処まで大きい?


 『真下に逃げた方がいいか!?もし追いつかれたら空中戦は厳しい』


 『賛成なの』


 リンクスは視界の悪い雲の中、後方に向けて黒いオノマを断続的に放っている。

 めくら打ちか?あ、気配探りながらか。


 『合図したら飛ぶ速度ずらして撃てるか?時間差で届く様に。急降下始めたら打ち方ヤメな』


 『らじゃなの』


 俺達は気配を遮断し、黒いオノマも止め、一気に急降下した。

 完全に気配を消す為にリンクスも感覚を絞り、俺達はミ・ディンをロストした状態で雲の中を進み、ボフンと雲の底を抜けた。


 『寒いと思ったら……』


 『雪なのーーー!』


 雲の下は高地山岳地帯。

 連峰は既に雪化粧を終えていた。


 『ザザッ……余裕があるじゃないか』


 ノイズと共に割り込んだ声は、ミ・ディンの物だった。

 近い!


 垂直に急降下する俺達に、斜めに突っ込んできたミ・ディン。

 半透明な翼だった物は分厚い剣に形を変え、大気を切り裂いて振り下ろされる。


 ドゴン!!


 辛うじて盾剣で斬撃を受けた俺達は、白い煙を上げて雪山に墜落した。

 雪の積もった斜面に、何度も打ち付けられる俺は、リンクスをしっかりと抱きかかえ、翼で完全に包んだ。


 俺達が墜落した線から下に雪崩が起こる。


 遠く下方に雪崩の轟音を聞きながら、深い雪から這い出ると、そこには白い世界で存在を誇示する、黒衣の男が迫っていた。



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