秘書のお仕事・・・その1 まずは体を休めましょう
「ヒトトセ…」
ヘレルさんがうわ言のように呟く、
「ヒトトセ・コウタ!」
そう言うとカッっと目を見開き僕の目の前に一瞬で立ち………
「やっ……」
僕の腕を取ると………
「………たぁぁぁっっっ!!」
超高速で飛び跳ね始めたっ!?
「って、もげる!?もげますよっ!?ヘレルさんっ!!」
「コータっ!コータっ!」
ダメだこの人っ!僕の声が全然聞こえてない!
「やった!やったでっ!」
やってないっ!なんにもやってない!
いやむしろ僕の腕が殺られるっ!
なんで異世界に来て二回も腕をもがれかけてるんだ!?僕!?
(と、とにかくどうにかして腕を振りほどかないとーーー)
異世界に来て30分で大怪我とか冗談にもならないぞ!?
「これでウチにも片腕が出来たでーーー!!」
「代わりに僕の片腕が無くなろうとしてるんですけどっ!?」
大暴走するヘレルさん、その間にも僕は必死で腕を振るが…
(ダメだ!やっぱり力の差がありすぎる!)
このままじゃ本当に腕もがれるぞ!?
ーーーそう思った時だった、突然ヘレルさんの背後に人影が現れてーーー
「いい加減にしておけよ?ヘレル」
「・・・えっ?」
「っっっらぁ!」
バキッッッ!!!
「ったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
(な、なんだ…?)
いきなりヘレルさんの上下運動が止まったと思ったら、突然鈍い音がして………
「った!?あかんっ!あかんてこれぇ!?」
………ヘレルさんが、床でのた打ち回ってる?
「本当に、お前と言う奴は…」
この声、アリアさ………
「「ひぃっ!?」」
「ようやくスカウトした新人の腕を、引っこ抜くつもりか?」
そう、ヘレルさんの背後に立っていたのはアリアさんだったのだ。
………文字通り、悪魔の様な表情で。
「う、ウチの腕が…!アリアッ!?」
見るとヘレルさんの腕が力なくぶらさがっている
…アレ、明らかに関節外れてるよね?
「まだ繋がってるだけマシだろうが、なんなら今からそのぶらさがっている腕、もいでやろうか?」
「やめぇや!?」
さらっと恐ろしいことを言うアリアさん。
………うん、この人には逆らわないようにしよう。
入社して早々、僕はそう心に決めるのだった。
「すまないな、コイツがまた迷惑をかけた」
「い、いえ、大丈夫です」
僕は少し震えながら答える、
この人、いい人(?)なんだけど怖いんだよなぁ…
「全くあいつは…少しは力の加減を覚えろとあれ程…」
「…しゃーないやん、嬉しかったんやもん…」
「な・に・か、言ったか?ヘレル?」
「すいませんでしたっ!!」
…うわぁ、片腕ぶら下げながら土下座してるよ、ヘレルさん…
「ふむ…それでは君のことはヒトトセ、と呼ばせてもらうことにしよう、初対面で呼び捨てというのは嫌だろうが、一応私の方が幾らか先輩だからな」
泣きながら腕をいじるヘレルさんを放置してアリアさんが言う。
「はい、お願いします、アリアさん」
異論なんてあるわけない、と言うかあっても言えるはずないんだけども、
僕はアリアさんにペコリと頭を下げた。
「ああ、こちらこそ…しかしヒトトセ・コウタか、良い名前だな」
「…そうですか?僕はあんまり好きじゃないんですけど…」
一年はまだいいにしても幸太って、なぁ…?
「ふふっ、そうか…おっともうこんな時間か、すまないヒトトセ、この後に少し仕事が立て込んでいてな…おいヘレル!」
「ふ、ふぁい!?」
ヘレルさんが震えながら立ち上がる、
「さっさとヒトトセに社員証を渡せ」
「あいあ~い…まったく、悪魔使いが荒いなぁ…」
そう言うとヘレルさんはもう片方の腕を持って…
「よっと!」
グキィ!と嫌な音を響かせながら腕を肩に押し込んだ。
「あーっ、やっぱあんまやりたくないなぁ、コレ…」
そんな事を言いながら腕を動かすヘレルさん、
その腕はすっかり元通りになっていた。
…うん、もうこの位じゃ驚かなくなってきたぞ…
「さてっと…ぼん、さっきの契約書貸してみ?」
さっきまでぶら下がっていた方の腕を僕の方に差し出しながらヘレルさんは言った。
「っと、どうぞ」
僕はさっき書いた契約書をヘレルさんに渡す、
こういう契約書って無くしちゃいけないんだよな…
「あいよ、ちょっと待ってなー…」
そう言うとヘレルさんは契約書を持った手を額に当てて、何やらボソボソとつぶやき始めた。
「ん~………よし、これでええな、ほれぼん」
「え?」
ヘレルさんは僕に契約書を返して近くにあった椅子に座ると僕の方を見つめる。
「えっと、ヘレルさん、これは…?」
「ん?ああ、それはもうほっといても大丈夫やよ」
そう言ったヘレルさんは、なにやらニヤニヤとこちらを見ているだけで何もしようとはしない。
ほっといても大丈夫って…
「これって大事な物なんじゃ…うわっ!」
僕がそう言った瞬間、突然契約書が手のひらの中に溶け込み始めてきた。
「ヘっ、ヘレルさんっ!?これっ!?」
「だから言ったやん、大丈夫やって」
ヘレルさんがそう笑っている間にも契約書はどんどん僕の手の中に溶けこんできている。
「うわわっ!ああっ!ああ…」
…ついに契約書は完全に僕の手のひらに溶け込んでしまった。
「…ヘレルさん?契約書、無くなっちゃったんですが…?」
「うし、これで完全に契約完了やね!」
………うん?どういうことだ?
「手ぇひっくり返してみ?ぼん」
「手、って…」
見てみると契約書が溶けてしまった方の手の甲に、何か変な青色の模様が浮かび上がっていた。
「…なんですか?コレ?」
「社員証、ちゅーやつやね、これでぼんも正式に『プライド・スペル』の一員になった訳や!」
「社員証…?」
いや、言葉の意味は分かるけど…これが社員証?
ただの変な模様にしか見えないんだけど…
「その模様の中には色んな情報が入っている、案外便利な物なんだが、まだ君には分からないだろうな」
そう言うとアリアさんは自分の手の甲を僕に見せた、
「ほら、私の模様も君と同じ物だ、これの模様が『プライド・スペル』の社員である証、という訳だな」
…確かに、僕のと色は違うけどアリアさんの手にある模様と僕の手に浮かんだいる模様は全く同じ物だ。
「この模様は会社によって違う、つまりこの世界では手の模様が自分の身分を証明する物なんだ」
「へぇ…」
…つまり相当大事な模様なんだな、コレ
手の模様をまじまじと見る僕に、アリアさんは説明を続ける。
「ちなみに、それがあれば『プライド・スペル』の中の殆どの設備を使う事が出来るぞ、君の世界で言う…キーカードだったかな?それと同じ様な役割も持っている、という事だ…失くさないようにな?」
「流石に失くしませんよ…」
そう言ってニヤリと笑うアリアさんに苦笑いで答える僕、
「分からんぞ?もしかしたら何かの間違いで君の手が吹っ飛ぶかもしれんしなぁ」
「…え?」
…冗談、だよな?
「ふふふっ、冗談だよ」
…さっきまでのヘレルさんとアリアさんのやり取りを見ているとあながち冗談には聞こえないんだよなぁ…
僕は自分の手の模様を見て、これを失くす様な事がありませんように…と心の中で願うのだった。
「んじゃぼん、今からぼんの部屋まで案内するで!」
…んん?
「僕の部屋…ですか?」
「せや!こんなこともあろうと一か月前から用意しとったからな!」
「一か月前からって…」
もし僕が断っていたらどうする気だったんだろうか?
「ほらほら、行くで!ぼん!」
「う、うわっ!」
そう言うとヘレルさんは僕の背中を押して部屋の外に出ようとする。
「ヒトトセ、そいつがまた暴れだしたら思いっきり叫べ、近くに居る奴らが助けてくれるだろう」
アリアさんはそう言った後、メガネを直して少し驚いたように言った。
「…しかし意外だな、まさかお前が前もって準備をしているとは…こりゃ明日は嵐か?」
「むっ!?失礼な!ウチの事なんやと思ってんねん!」
「「脳筋社長」」
「ぼんまでっ!?」
…うん、仕方ないよね。
「ここがぼんの部屋や!」
ヘレルさんに案内されて、僕は『プライド・スペル』社内の地下一階に来ていた。
そこは幾つかの部屋に仕切られており、一つ一つの部屋にネームプレートが貼ってある。
ヘレルさん曰く、「プライド・スペルの従業員は皆ここに住むことになってるんや!」との事だったが…
「うわぁ…本当に広いですね…」
「まぁ元々は地下倉庫にするつもりで作られたからな、ほれ、ここやでぼん」
ヘレルさんが立ち止まったのは一番奥の部屋だった、
よく見るとその部屋のネームプレートは空白のままだ。
「ほらぼん、ここに手ぇ当ててみ?」
指差す先を見てみると、ドアノブの少し上に四角い石板が付いていた。
「こ、こうですか?」
僕は恐る恐る石板に手の甲を当てる、すると…
ガチャッ!
「お、おお…」
多分部屋の鍵が開いた音なんだろう、
…なるほど、こうやって部屋の開け閉めをするのか
よく見ると空白だったネームプレートにも僕の名前がトレーディアの文字で浮かび上がっている。
「ぼんの部屋にはぼんの模様でしか入られへんようになってるから安心しい、次は中やな!」
そう言うとヘレルさんはドアを思いっきり開ける。
「どや!家具は一通りそろえてあんで!」
部屋の中にはヘレルさんの言う通り、一通りの家具と机、そして特大の本棚が置いてあった。
「おお…でも、本当に良いんですか?」
流石に部屋を1つ丸ごと貰うって言うのはマズいんじゃ…?
「い、いやいや!ぼんを無理矢理コッチに連れてきたのはウチらやし!むしろこんぐらいせんかったらバチが当たるわ!」
「でも…」
「だーかーらー!ぼんはなんも気ぃ使わんくてもええねんて!」
…さっきからこの部屋に来るまでずっとこんな会話を続けている。
いや、そりゃあいきなり部屋をやる、だなんて言われたら遠慮もしちゃうよね?
「明日の朝になったら迎えに来るから、今日は早よ寝るんやで?んじゃ、おやすみー」
「はい、おやすみなさい」
ヘレルさんはそう言うと部屋から出て行ってしまった。
「はぁ…」
僕はベットに腰掛けて溜息を吐く。
(本当に、ほんっとうに色々あり過ぎた1日だったな…)
「………」
…正直、不安だ。
当然と言えば当然なのかも知れない、何せ異世界で魔物…いや、魔族だっけか?
そういう人ならざる生き物相手に働かなければならないのだから。
(でも……)
やるしかない、僕は自分にそう言い聞かせる。
僕の嘘で、『あの日』を変えられるなら…
「…もう寝よう」
僕は布団に入り、そのまま深い眠りについた。