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世界の真理は腹黒い!!

世の中は、君の理解する以上に栄光に満ちている。――G.K.チェスタートン――

実感のできない栄光をどうやって喜べというのだろうか。

悲劇も喜劇も何もかも自分に降りかからないのならばただのテレビ番組である。

 その時起こったことを藤野藤樹は理解できなかった。

 旅行サイトのツアーへの参加ボタンをクリックした瞬間に藤樹の見える世界の全てが消え去ったのだ。

 目の前に在ったパソコンも、左手に持っていた缶ビールも、座っていた座布団も。

 いや、身の回りの物だけではない、一人暮らしで借りていたアパート全体や外の風景どころか住んでいる街一つ、もしかしたら地球全体が無くなってしまったのではないだろうか。

 少なくとも、藤樹が見渡せる限りにはなにもない。それは荒野が広がっているという意味ではなく、本当に全てが、大地も空も惑星さえも消失しており、ただ色のない空間が広がっているだけなのだ。


「な、なんじゃこりゃ。精神と時の部屋か?いや、元ネタは知らないから想像だけど。」


 何もなくただ、だだっ広い空間は虚しくあり続ける。


 取りあえずは、藤樹は自分の右の頬を強く抓った。

 夢かと、もしくは酔っぱらって見ている幻覚ではないかと、自分を疑ったのだ。

 しかし、抓った頬は痛いだけで、目の前に映る景色は何一つ変わらない。

 

「…………。」

 藤樹はあまりの驚き様に首を傾げたまま茫然としていた。

 ここまで驚いたのはいつ以来だろうか。

 恐らく自分の人生史上最大の驚きだ。

 いや、B型だと思って十六年生きてきて献血の血液検査で生まれて初めて自分がO型だと分かった時の方が驚いていたかもしれない。あの時は自分の耳と目を両方疑ったものである。そして、自分の性格に首を捻った。

 それはそれとして。

 一周回って少しだけ落ち着いた藤樹はようやく状況を確認することを試みた。

 

 まずは自分の身体に異変がないかチェックをして五体満足の平常心(?)であることを確認した。

 衣服は仕事から帰ってきた時のスーツにYシャツ姿で、ポケットに入れていたはずのスマートフォンや財布の類はすべて消えていた。

 おもむろに立ち上がる。

 地面も何もないのだがしっかりと足を踏みしめて立ち上がることができ、呼吸も普通に働いている。

 恐る恐るではあるが歩いたり飛び跳ねてみるがこれと言って変化はない。重力だっていつも通り作用している。

 試しに指先を少しなめて風が吹いているかどうかを測ってみたが全くの無風であるようだ。


「自分自身には特に変化はない。心臓だってちゃんと動けるし、特に体調が悪かったり良かったりもしていない。音も聞こえるし目も見える。鼻だってちゃんと機能しているし触覚は言うまでもない。味覚は分からないけどたぶん大丈夫。となると、変化しているの自分ではなく世界のほうかな?ただ、重力もいつも通り作用しているし。……まあ風も吹かないし、物体が何もないってのはあからさまに異常事態だけど。何だろう、真面目に時の狭間にでも迷い込んでしまったかな?たんまウォッチとかザ・ワールドみたいに。」


「ううん。そんな漫画の主人公が使うワザみたいな現象がこの非現実的な現実空間において起こるわけがないじゃないか。まあ、でも最初に言った精神と時の部屋ってのはあながち間違いでもないぜ。ニアミスって程じゃないけど似たような空間居ることは確かだよ。」


 悪戯に成功した子供のような口調でしかし酸いも甘いもかみ分けた大人の様な声音が唐突に藤樹へと話しかけた。

 それも藤樹の目の前、顔を覗き込むようにして目を合わせて、お互いの顔と顔の距離が十センチにも満たない距離に。


「うわあぁっ!!」


 目を瞑っていたわけでも、ぼうっとしていたわけでもない。

 それなのにいつの間にか気が付けば目の前に見知らぬ人の顔が自分を覗き込むようにしていたら誰だって驚くだろう。


「あははははは。期待通りのリアクションをありがとう。いきなり何の前触れもなく目の前に現れた甲斐があったよ。それにしても君の驚き要は面白いねぇ。驚いて尻餅をつく人を久々に見ることになるとは思わなかったぜ。」


 飄々と面白そうに、それでいて何処か人間らしからぬ冷めた口調で藤樹の目の前に現れた人物はそう言った。

 いや、藤樹には実際には目の前にいる人物が人とは思えていなかった。

 まっすぐ伸ばした栗色の髪の先端をリボンで結んで纏め、端正で中性的な顔つきは何処か幼さが残っている、見慣れない異国風のワンピースに似た服を着ており、大きくはないがしかし決して小さくない胸は腰の括れと相極まって美しいプロポーションを生み出している、そんな目の前の人物を藤樹は人だとは全く思えなかったのである。

 

 その理由は藤樹にすらわからない。

 分からないし理解できる気は全くしないが、それでも目の前にいる女性らしき人物は恐らく人間なんかとはかけ離れている生物、もしくは生物以上のなにかであるということだけは分かっていた。


「……あ、貴方は一体何者なんですか?」


「全くもって定番な質問をありがとう。まあ、ここがどこだとか、俺に何をする気だとかそう言った説明しても理解できそうにない質問をされるよりはよっぽどマシだけどね。そうだね、僕は君が今思っている通り人間なんかじゃない。今は便宜上この姿を保っているだけだけど、正確な姿というものをもってなんかいないしね。さしずめ、逸般神とかかな?まあ、神ってわけでもないんだけど。」

 くすくすと、まるでどこぞの名画にでも描かれているような微笑みを浮かべながら、藤樹をおちょくるように答える。

「僕はなんでもなければなんでもある。そういった、君たちからは定義づけできないような逸脱した存在だよ。それでも無理矢理こじつけるならば、君たちの言う神とか創造主とか世界の真理とかそう言ったものを全て統括してもまだ余りある存在と言っておこう。でも、それじゃあ君が僕のことを呼ぶのに困るだろうから、真理から名前をとって“マリちゃん”とでも呼んでおくれ。できるだけ親しみを込めてね。別に僕と君は敵対するわけじゃないんだから。ねえ、藤樹くん?」


 いきなり神だの創造主だの世界の真理だのと言われても藤樹は話を呑み込むことはできなかったが、それでも何処かしら納得している自分がいた。

 ああ、成程。確かに神様とか真理だとか言われても呑み込めない。だって、目の前にいるコイツは確実にそれらの有象無象とはステージが別なのだ。正に別格、ここまで格が違い過ぎればむしろ受け入れられるものである。

 決して目の前の存在は藤樹に対して威圧をしたり存在感を出しているわけではない。

 それでも、生物としての本能からか藤樹には分かってしまうのだ。

 そこには絶対の差があると。超えられる超えられないの次元ではない、文字通り格が違うのだ。

 藤樹のできる限りの比喩で表すのならば、路傍で拾ったパチンコ玉と広がり続けている広大な宇宙を比較しているようなものである。

 最早それは比較対象のステージには上がらない。

 そういう印象を藤樹は受けていた。


「ええと、マリちゃん……」


「うん?どうしたんだい藤樹くん。質問をするのならば受け付けるぜ。まあ、気分が乗らない質問には答える気はさらさらないけどね。」


 藤樹は頭の中で様々疑問を浮かべた。

 ここは何処か?

 誰がどうやって連れてきたのか?

 何で何もないのか?

 それらは最も早く聞いておきたい質問ではある、が、それを素直に目の前の存在が答えてくれるとは思わない。

 何故ならばそれらの質問は別に聞か無くてもいいことだからだ。

 いや、違う。正確には質問の答えを言おうが言うまいがどちらでもいいことだからである。

 だから、考えを改める。

 聞かなくてもいいことは聞かない。

 ここで大切なのは自分にとって大切な質問ではないはずだ。少なくとも現状確認などしなくてもよいだろう。

 恐らく自分をここに呼んだのは目の前の存在であることは間違いない。

 たとえ違うとしても、こうして接触をしてきたのは何かしら用があってのことではあるのだろう。

 もちろん、面白半分という可能性も捨てきれないが、その時はその時である。


 そうして、自分の質問するべきことを考えて、何度か逡巡した後、藤樹は口を開いた。


「――貴方は俺に何をやらせるのですか?」


 精一杯、優秀とは言えない短大卒《理系》の頭で考え抜いた質疑は藤樹自身最善とは言えるものではなかったが、それでも、相手にとって大切な質問であり、自分にとっても何らかの形で利益がある質問を藤樹なりに考えて言ったつもりだった。


「うんうん、よくできました。満点合格とは言わないけれど――口が裂けても言えないけれど、及第点はあげられるレベルだね。少なくとも平均点は軽く超えているぜ。まあ、平均点が既に赤点を下回っているという現状だけどね。藤樹くん自体は別に決して優秀というわけではないけれど、そうやって物事を理解して当意即妙な回答を言えるのは中々に凄いことなんだよ。まあ、そんな君だからこそこんなところで僕と邂逅しているんだけれどね。藤樹くんの質問に難癖をつけるとしたら別に僕は無理矢理にでも君に何かをやらせようとしているわけじゃないんだよ。やらせるんじゃない、君がやりたくなるのさ。」


「…………」

 藤樹は沈黙せざる負えない。

 藤樹は何かに秀でているわけでもないし、努力家でも根性があるわけでもない。

 ただ、諦めるべきことについては人一倍その判断が上手いのだ。

 だから、この目の前の存在が自分にとってあまり良くないことを考えていることも察したし、薄々もう手遅れであるとは気が付いていた。

 何がとは恐らく単純である。

 多分自分の人生すべてが手遅れである。


「物分かりの良い藤樹くんにはそのご褒美として、元いた場所とは違う場所で自由気ままなバカンスを楽しんでもらうだけさ。ただし、もう二度と元いた場所には帰れないだろうけど。」

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