某古本屋での、動揺
恋子さんの家は読書好き一家だ。家には本がごまんとある。
「恋子―、お姉これから(某古本屋)に行くけど、行かない?」
そう恋子さんに声をかけたのは、お姉さんにあたる藍子さんだ。
藍子さんは現在大学一年生。明るめの茶髪に大きいピアスとダメージジーンズ、上はフェミニン要素のレースの半そでだが、透けた下からのぞいているピンクがまた目に鮮やかだ。
そんな出で立ちではあるものの、恋子さんの家の血が濃く、文学少女である。
二月ほど前に免許取りたてほやほやの、危なっかしい新米ドライバーでもあるが。
そして、某古本屋となっているのは……察していただきたい。
「どこのー?」
「車出すし、隣の市だよ。うちの市の(某古本屋)は品揃えがパッとしないから」
「あ、じゃあ行く行く!」
目指すお店はかなり規模も大きく恋子さんは大好きなのだが、いかんせん駅から遠く、こうして大人が車を出してくれる時でないと行くことができないという、恋子さんにとっては不便な場所であった。
嬉しさを伝えるためにさっそく恋子さんはツイートする。
「よっしゃktkr久々の(某古本屋)!! 掘り出し物見つけるぞ!」
いい加減ウザったい解説ではあるもののおつきあい願いたい。ktkrの読み方は「キタコレ」「キタ━(゜∀゜)━!」という顔文字の言葉版だと思ってもらえれば助かる。嬉しいことがやってきたときに主に使われるものだ。
ツイッターにすぐに返事が来る。
「やったね♪」
「レンさん(某古本屋)使う派?」
只ならぬ疑問に恋子さんはすぐに返信する。レンというのは、恋子さんのツイッター上での名前だ。
「(某古本屋)は安いから! 崇拝する先生様以外の発掘に主に使っているよー。やっぱりネットで収集も限界があるから」
長くなってしまったが、仕方がないとツイートしたとこで藍子さんからせかす声がかかる。
十分なお金を財布に入ることを確認して、恋子さんは意気揚々と車に乗り込んだ。
しかしながら藍子さんの運転はひどかった。
「お姉、もうちょっとスピード落とさない?」
「大丈夫よ、大丈夫。最近上達してきたのよ」
これで上達? などと言ってしまうと放りだされかねないことを知っている恋子さんは、そのまま口をつぐんで酔う前に寝てしまおうと努力し始めた。
コンクリートの道であるのに、まるでボコボコとした舗装されていない道を走っていたようであったと、のちの恋子さんは語った。勿論そんな中で安眠などできる筈も無い。見事に恋子さんは車酔いをしたのである。
「早く出ないと車において行くわよ」
「お姉、キー置いて行って。大丈夫になったら閉めていくから」
「不甲斐ないわねえ」
そう言う藍子さんも恐らく自分が運転してもらっている側であったら酔っていたことだろう。運転している人と言うのは得てしてそれの害を知らないものだ。
藍子さんが入店してから十数分の後、恋子さんも無事……ではなかったかもしれないが入店した。
まず恋子さんが向かったのはジャ○プやらサ○デーやらのコミックが置いてある少年漫画コーナーだった。そこで恋子さんはお宝を発見した。
「あ……」
(うわー! あすおたが百円の棚にこんなに揃ってるなんて! うわー! ネットでも一冊250円は下らなかったのに! こんなところで出会えるなんて!)
そして恋子さんは急いで入口までカゴを取りに行き、そこにあった1から6巻と飛んでから10、12、15、19巻……つまりはそこの棚にあった“あすおた”を全て巻数が被らないようにはしたもののありったけ入れた。
ツイート!
「あすおたが、こんなにあるなんて! 宝の山! これは全部揃えなくちゃなフッ」
「ドヤッ」
返信に添付された画像を見ると、そこにはあすおたが最新刊22巻まで揃っていることを示す背表紙が本棚に収まっている写真だった。
「これから揃えますから!! う、羨ましくなんてないんだからっ!」
少々痛いツイートを残して、恋子さんは携帯を閉じた。
そして次に少女漫画やら少女小説やらレディースコミックスやらの棚をすっ飛ばして恋子さんが来たのは、今日の目的であるBLの場所。いつも行く(某古本屋)とは比べ物にならないぐらいの量に恋子さんの目が輝いた。
しかし恋子さんは学生であって、お金持ちのお嬢様でもないからそんなにたくさんは買えない。泣く泣く恋子さんは安い方の棚から好きなレーベルの題名が気に入ったものを手に取った。
ただもしここで藍子さんに見つかったら恋子さんが腐女子であることがばれてしまう。恋子さんは一冊を表紙を下にして持ち、途中で少女漫画を一冊持ってそれと重ね、他のものは先ほどの“あすおた”の下に隠した。
(これでみつかっても何とか誤魔化せる。)
と、これまたカモフラージュの為に少女漫画の棚に行ってほくほく顔で恋子さんが読み始めた時だった。
「ねー、恋子」
「うわ! びっくりしたぁ」
後ろから藍子さんが声をかけてきたのだ。まだセーフ、まだセーフと唱えながら恋子さんが少女漫画を表にして振り返ると、藍子さんは大量の文庫本を抱えていた。
「これちょっと恋子のカゴに入れといてよ。何なら一緒に会計してもいいよ?」
それは恋子さん的に非常にまずい。会計を通すとなればそれは店裏で行ってくれるのではなく、システム上お客さんの目の前で一冊一冊表紙がさらされて……それは、恋子さんにとって非常にまずい。藍子さんがいくら純真たる文学少女であったところで、そのようなジャンルがあることは知っているだろう。
「自分で持ってよ、それぐらい!」
恋子さんの額に冷や汗が一筋たらりと垂れたのは、観察しているものであったら分かっただろう。
「あ、やっぱり?」
藍子さんがそれ以上言葉を重ねてこなかったことで、恋子さんはほっと安心した。
そして恋子さんが読書に戻って十数分後の事。
「恋子、これ知ってる?」
「……お姉、いきなり背後からくるのやめてくれない?」
藍子さんが差し出してきたのは先ほど大量に抱えていた文庫とは別のものだった。
「もう。読みたいなら買えばいいし、読みたくないなら買わなくていいでしょ」
「恋子どうしたの、機嫌悪い?」
“機嫌が”悪いんじゃなくて、“心臓に”悪いのだけど。
恋子さんは心の中のツッコミをそのまま呑み込んだ。
「まあいいや。もう帰るからね」
藍子さんは言い置いて会計へ向かった。
恋子さんは考える。
お姉はこのまま会計をして帰るつもりなのだろう。会計をした後すぐに駐車場に向かってくれる可能性は――ああ見えてお姉は優しいから会計の横で待っているだろう。回り込まれたならば内容が丸わかりではないか! これは困った。このカゴの中身を知られるわけにはいかないのだから。いま会計に向かえば、もしかしたらお姉と同じ時に会計をできるかもしれない。そうしたら、横並びでもレジスター越しには隣は見えない! と見た!
恋子さんは足元においたカゴを慌てて掴み会計へ行った。
幸い、会計は誰も並んでいなかった。しかし恋子さんの向かいからカゴを抱えた人が来る。滑り込みセーフで、恋子さんは会計に入った。後ろから“チッ”という盛大な舌打ちが聞こえたが、それを恋子さんは聞かなかったことにした。
藍子さんの会計の進み具合はほぼ順調なのは店員の動きを見てわかった。慌てて恋子さんはカゴから商品を出す。
(早く、早く、早く、早く。)
藍子さんがいつ終わってしまうか分からない緊迫感の中、恋子さんは店員さんを見る。
恋子さんと目を合わせた店員は何も言わずに打ち込みを始めた。
なおも店員さんを見つめ続ける恋子さん。
必死に打ち込む店員さん。
「以上で16点、1775円となります」
恋子さんのプレッシャーで頑張った店員さんは、素早くレジ打ちを済ませた。
恋子さんは2000円札を出してお釣りをそれでも落とさないように慎重にもらい、中身が見えないようになっている紺色のビニールを受け取った。
ほっと息をつく恋子さん。
「あれ、恋子もう終わったの? じゃあ行こうか」
何とか無事ミッションクリア。そう恋子さんが落ち着いてシートベルトをかけた時に一つ違和感があった。
1775円。すべて百円の棚からとった筈なのに? そう思って恋子さんがシールを剥がして紺のビニールの中を見ると、そのなかにはあのカモフラージュに使った少女漫画が入っていた。
裏をひっくり返すと、そこに貼ってあったのは二百円のシール。
(どうしよう、返してこようか、でもこれって返せたものだっけ?)
恋子さんのそんな考えを邪魔する声が一つ。
「じゃあ家まで飛ばすか」
「お姉?ちょ、やめ……!」
恋子さんの抵抗虚しく車は暴れまわったとのことでした。
初登場藍子お姉でした。
恋子さんなんかよりも純真たる文学少女です。
もうちょっとドタバタとした話に次はしていこうと思っています。