三題噺から『無題』
三題噺・御題《風船・時計・夜空より》
『無題』
『夏澄。誕生日には何が欲しい?』
『どうしたの、突然。今まで聞いた事無かったのに』
『いいから。あくまで参考だよ』
『………じゃあ、手紙かな。祐介君直筆の手紙』
『それだけ?』
『んーと、後はね…………』
自宅の二階。
僕の部屋の窓からは、星が綺麗に見える。
僕は窓を開け、上半身を夜風に当てる。
冷たく、緩かな風が僕の髪を乱した。
「もうそろそろ、か」
僕は体を部屋に引っ込めて、時計を見た。
只今の時刻、11時30分。
彼女の誕生日まで、あと少し。
11時34分。
僕はプレゼントを用意する。
君の20歳の誕生日、普通だったら指輪とか、鞄とか、洋服とか。そういうのをあげるべきかもしれない。
でもゴメン。今の僕には、そんなお金がないんだ。
だから代わりに、君が本当に欲しいものをあげることにするよ。
11時36分。
僕は手紙を読み直す。
案の定、君が欲しいと言ったのはブランド物の鞄でもなく、美しい宝石が付いている指輪でもなく、僕の直筆の手紙が欲しいと言った。
今の時代はあまり手紙を使わない。メールを使えば直ぐに届くはずなのに。
『でも手紙なんかが欲しいんだ?今の時代携帯だってあるのに』
『メールじゃ駄目なの。メールじゃ、祐介君が伝わらない。見ただけで、祐介君だって分かる物がいいの』
確かに君は、今の時代では珍しく、あまりメールを使わなかった。
理由は、僕と話している実感がないから。
僕は初めて君宛てに書いた、三行半の手紙を見直す。大きく目立つ、余白の白。
やっぱり、もう少し沢山書けば良かったかな。
もし君が、もっと長い手紙が良いなら、次は頑張って沢山書くよ。
だから今回は、これでゴメン。
11時42分。
僕は封筒を探す。
しまった。封筒が無い。
机の上に置いたと思うんだけど。
ああ、あった。
ベットの近くの机の上。
君がくれた、置き時計の下に。
『祐介君。少し早いけど、お誕生日おめでとう。はい、これプレゼント』
『ああ、有難う。これ、置き時計?』
『うん。祐介君時計壊れた、って言っていたから。………いらなかった?』
『いや、全然。ちょうどよかったよ。本当に、有難う』
君がくれた、四角い青の置き時計。
貰った時は、本当に嬉しかった。
どこにでもある、シンプルなデザインの時計。
くさい事を言うようだけど、僕にとってこれは、かえがたい宝物だ。
たとえ、今は時を刻んでいなくとも。
11時50分。
僕はプレゼントをまとめる。
真っ白な封筒に入れるのは、余白が多い三行半のつたない手紙。
僕は綺麗に折り畳み入れた。
もう一つ、プレゼント。
君と同じ名前の、花の種。
『あとね………そうだ!花、綺麗な花が欲しい』
『花って年の数だけの薔薇の花とか?』
『違う。カスミソウの花が欲しいの』
『………夏澄、だからか!アハハハ!』
『ひっ、酷い!笑わないでよ!もー、これでも一生懸命考えたんだから』
僕は、昨日花屋で買ったカスミソウの花の種を入れた。
本当は、花を買いたかったよ。
でも、君の場所まで届かないから。
「これでよし。と」
11時55分。誕生日まであと5分。
僕は封筒を風船に結ぶ。
今日貰った、天井に頭をつけて浮いている、鮮やかな黄色の風船。
ちゃんと選んだんだよ。
赤や、青じゃ駄目なんだ。
この色なら、きっと君も見付けられる。
僕は紐をたぐり寄せ、封筒に巻き付けた。
取れないように、テープも付けておこう。
きっと、届く。
11時57分。君の誕生日まであと3分。
僕は窓から顔を出す。
風船を片手に持ち、夜空を見上げた。
都会では珍しく、星が沢山出ていた。
そういえば、明日は七夕だったな。
『でもなんか運命って感じがしない?お互いが同じ誕生日、しかも七夕なんて』
『そうか?僕は偶然だとしか思えないけど』
『冷めてるな〜祐介君は。織姫と彦星みたいだっ!とか思わないの?』
『嫌だよ、そんなの』
一年に一度しか会えないなんて、辛すぎるじゃないか。
叶わない夢だって分かっていた。
でも、現実を受けとめられなかった。
君は元々、体が弱い方じゃなかった。
外に出る事も許されず、病院で空を見ている事しか出来なかった。
毎日見舞いに来ていた僕に、ある日君は言った。
『祐介君。私、祐介君が彦星で、私が織姫だったら良かったな、て思うの』
『何でだよ。一年に一度しか会えないじゃないか』
『……それでも。それでも、会えるからいいじゃない』
その3日後、君は息を引き取った。
不思議と、涙は出なかった。
出なかったじゃない、出尽したんだ。
僕は、この時が来るのを分かっていた。
君と出会った時から。
君が長くない事を知ってから。
僕は、涙を流していた。
11時59分。君の誕生日まであと1分。
僕は風船を外に出す。
黄色の風船は、黒い夜空によく映えた。
良かった、これなら君も見付けられる。
君が空に居ないなんて事は分かっている。
けど、こうでも思わなきゃ、僕は。
誕生日の日、君は空に戻ってしまった。まるで織姫のように。
ただ一つ、伝説と違うのは、僕らはもう会えないこと。
どれだけ時が過ぎても。
どれだけ季節が廻っても。
きっと。必ず。
でも、でも僕は。
僕、は。
12時。手元の携帯のアラームが鳴る。
アラームを止め、僕は風船を手放した。
ゆっくり、ゆっくり風船は空に上っていく。
夏澄へ。
お誕生日おめでとう。
僕は君を失って、3回目の誕生日を迎えました。
愛する夏澄へ。
カスミソウの種って売れてるのかな?