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奥から二番目

作者: シキカン
掲載日:2026/06/12



いつもの帰り道。

いつも通りの風景。

その日はなんとなく一本路地に入った。

レンガ造りの純喫茶の外観に惹かれて扉を開けると、そこはジャズが流れ、穏やかな店主がいるコーヒー専門店だった。


「お待たせしました。デカフェラテです。」

「いつもありがとうございます。」

私はカップに口をつける。

「美味しい…」

「ありがとうございます。」

マスターは軽く微笑み、また抽出をはじめた。

コーヒーが飲めない私は、初めてお店に入り注文しようとした際、メニューにコーヒーしかなくて戸惑っていた。

その様子に勘付いたのか、マスターはすっと一つのカップを差し出した。

そこには私が想像していた琥珀色の飲み物ではなく、ミルクティーのような優しい茶色い飲み物が注がれていた。

「あっ…、でも…」

注文もしてないのに突然出てきて戸惑っていると

「今度コーヒーが苦手な方向けにと、新商品として出そうと思っていて。よかったら感想聞かせていただけませんか?お代は結構ですので。」

と、言ってくれた。

きっと私がコーヒーを飲まないことに気が付いて、デカフェのラテを作ってくれたんだろう。

その優しさと、マスターの大人な雰囲気に、私は一瞬で惹かれていた。


それから足繁く通うようになり、いつの間にか常連になった。

いつも座るのはカウンターの奥から二番目の席。

その席は目の前にサイフォンがあり、マスターを見つめていても、気づかれることが少ないから。

常連といっても日が浅いので、会話も世間話程度。

何より目が合うと、恥ずかしくて反射的に目を逸らしてしまう。

マスターと私の距離はカウンターの長さよりもずっと遠かった。


いつものように会社帰りに喫茶店の扉を開けると、マスターと親しげに話している女性がいた。

しかもその女性が座っているのは、私がいつも座る奥から二番目の席。

彼女はスラリと背が高く、モデルのようなスタイルで、大人っぽく、何よりブラックコーヒーを飲んでいた。

何もかもが私と正反対。

マスターが私に気付き、声をかけようとしたが、私は何も言えず、店を後にした。


それから何日もお店には行けず、家でミルクティーばかり飲んでいた。

どこかでコーヒーを見るたびに、あの日の二人の光景が脳裏をよぎり、落ち込む日々が続いた。

幸い仕事が忙しくなり、帰宅時間には喫茶店が閉まってるので気も紛れた。

そんな日々が続いた帰り道、疲れからかボーッとしながら歩いていたら気がつくとあの純喫茶の前にいた。

「えっ!?」

周りをキョロキョロ見回し、踵を返そうとしたその時、違和感を感じた。

もう閉店時間のはずなのに灯りがついている。

不思議に思い、ドアノブに手をかけると、カチャッと音がして、扉が開いた。

その先には、私がいつも座る席にマスターが寂しそうな顔でコーヒーを飲んでいる。

その光景を見て、自分の鼓動が高鳴る音が周囲を包み、私は扉の前から動かなかった。

カップを伏し目がちに見つめていたマスターが私に気づいて、耳まで真っ赤にして顔を背ける。

私は意を決して

「…どうして、そこに?」と、尋ねた。

マスターは私に背を向けたまま、赤らんだ顔を手で覆い隠しながら

「ずっと来なくて寂しかった」

と、思わず零れた。

そう言うとマスターはハッと何かに気付き、取り繕うように頭をポリポリ掻きながら、

「体調を崩したのかと思いました。最近寒くなってきたので…」

「あっ、いや…。仕事が忙しくて…。」

「そうなんだ…。よかった。」

そう言うと顔を赤らめたまま立ち上がり、二人分のデカフェを淹れ始めた。

そして私をいつもの席に座らせて、マスターはその隣に座る。

「どうぞ」と差し出され、お互い一口飲み、目が合う。

するとマスターが

「お客様とマスターとしてではなく、一人の男として貴方のことを教えてください。

…本当は何が好きですか?」

私はクスッと笑い、

「ミルクティーです。」と、答えた。

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