第5話 テクノスアカデミー
テクノスアカデミーの正門は、やっぱり何度見てもでかい。
アルトリア中央都市の北区画、その一角をまるごと占領する形で建てられたこの学院は、遠くから見るとまるで小さな城塞都市みたいな外観をしている。白灰色の巨大な石壁が何重にも重なり、その上には魔導防壁用の結界柱が等間隔で並び、柱の頂点には淡く光る青い魔石が埋め込まれている。夜になるとあの魔石がぼんやりと光って、学院全体を包むように防御結界が展開される仕組みだ。魔族の襲撃なんて滅多にないとはいえ、ここは王国最大の魔法教育機関。万が一のときに備えて、建物の造りそのものが要塞仕様になっている。
俺は正門の前で一度足を止めた。
高さ二十メートルはありそうな門柱の上には、金色の紋章が掲げられている。
――王立総合学院テクノスアカデミー。
魔法生を目指す人間なら、一度は憧れる場所。
……まあ、俺は三日前に飛び出してきたんだけど。
門の横には警備詰所があって、制服姿の守衛が二人、魔導スキャナーを操作していた。学生証を提示すると、青い光が一瞬だけ俺の体をなぞる。身分認証と簡易魔力チェックを兼ねた検査だ。学院に入る人間が魔族に操られていないかを確認するためのものらしい。入学したばかりの頃はこの装置を見るたびに「すげぇ、未来っぽい」とか思っていたが、三年も通うとただの通過儀礼である。
守衛の一人が俺を見て、少し眉を上げた。
「あれ、レインか。三日ぶりだな」
「……どうも」
どうやら顔を覚えられていたらしい。三年間毎日ここを通っていれば、そりゃ覚えられるか。
門をくぐると、学院の中央広場が視界いっぱいに広がった。
石畳で敷き詰められた巨大な円形広場。直径はたぶん百メートルくらいある。中央には巨大な噴水があって、三体の石像――剣士、魔導士、そして治癒師の像が背中合わせに立っている。噴水からは澄んだ水が流れ、魔導ポンプによって常に循環しているらしい。天気のいい日はここで学生が昼食を取ったり、パーティーの作戦会議をしたり、たまに魔法の練習で水柱を吹き飛ばして教官に怒られたりする。
今日も広場には学生がたくさんいた。
制服のローブを翻しながら歩く魔法科の生徒。
剣を背負ってトレーニング場へ向かう戦闘科の生徒。
ベンチで端末をいじりながら雑談している連中。
その光景を見て、俺は思わず苦笑した。
「……うわ、普通にいつも通りだ」
俺の人生は三日前にわりと大きく転んだはずなんだけど、学院の風景は驚くほど変わっていない。そりゃそうだ。生徒は三万人いる。俺一人がいなくなったところで、世界は一ミリも揺らがない。
それが妙に現実的で、ちょっと笑えた。
中央広場を横切り、俺は本館へ向かう。
本館は学院の中心にある巨大な建物で、白い石材で造られた五階建ての建築物だ。正面には長い階段があり、その両脇には魔導灯が並んでいる。柱廊の向こうに見える大扉は、重厚な木製で、表面には細かい魔導刻印が刻まれている。これは防犯用の結界術式で、夜間は自動でロックされる仕組みだ。
扉を押し開けると、ひんやりした空気が流れてきた。
本館のロビーは天井が異様に高い。三階分くらい吹き抜けになっていて、上部の大窓から柔らかな光が差し込んでいる。床は磨き上げられた白い石で、歩くと靴音が軽く反響する。左右には掲示板が並び、実習予定やランキング更新、パーティー募集の張り紙なんかがびっしり貼られている。
俺はその横を通りながら、ため息をついた。
「……はぁ」
来ちゃったな。
職員室。
グラント教官。
怒られる未来。
この三点セットが、俺の脳内でぐるぐる回っている。
廊下を進むと、本館の奥に巨大な扉が見えてきた。
そこが職員室だ。
テクノスアカデミーの職員室は、普通の学校みたいな「机が並んでる部屋」ではない。むしろ巨大な執務ホールみたいな構造になっている。扉を開けると、広い空間に数十台のデスクが整然と並び、それぞれの机の上には魔導端末や書類の束、魔石ランプなどが置かれている。天井には光源用の魔導灯が浮かび、空中には連絡用の魔導スクリーンがいくつか投影されている。
つまり、
めちゃくちゃ広い。
入るたびに「ここギルド本部じゃない?」って思うくらい広い。
俺は入口のところで軽く会釈しながら中に入った。
教官たちが忙しそうに書類をめくったり、端末で報告書を書いたりしている。中には魔法の訓練用データを解析している人もいるし、どこかのパーティーの事故報告を読んで眉をひそめている教官もいる。
そして。
その中に、すぐ見つかった。
グラント教官。
身長は二メートル近くある。肩幅も広い。短く刈り込んだ黒髪と、鋭いけれど誠実そうな目つき。制服の教官ローブの上からでも分かるくらい鍛えられた体格をしていて、立っているだけで「歴戦の戦士」って感じがする人だ。だけど怒鳴ったり威圧したりするタイプではなくて、どちらかというと静かに諭すタイプ。俺たちの学年では、怖いけど信頼できる教官として有名だった。
そのグラント教官が、俺を見つけた。
そして一言。
「……レイン」
低い声で、名前を呼ばれる。
あ、終わった。
俺は観念して頭を下げた。
「すみません」
教官はしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
怒鳴られると思った。
でも違った。
「ついてこい」
それだけ言って立ち上がる。
俺は黙って後ろをついていった。
職員室の奥には、小さな扉がいくつか並んでいる。そこは個別指導室と呼ばれる場所で、学生の相談や指導を行うための部屋だ。グラント教官はその一つの扉を開け、中へ入った。
部屋の中は意外と質素だった。
木製の机と椅子が二つ。
壁には簡単な書棚。
窓からは学院の中庭が見える。
教官は椅子を引き、俺に座るよう促した。
「座れ」
俺は静かに椅子に腰掛ける。
グラント教官も向かいに座った。
そして腕を組み、しばらく俺を見つめたあと。
ゆっくりと口を開いた。
「……三日だ」
「お前が学院から姿を消して、三日」
その声は怒っているわけではなかった。
むしろ。
少しだけ、安心しているような。
そんな声だった。
「事情を聞こう、レイン」
俺は、頭を掻いた。
さて。
どこから話したものか。




