第2話 胃のあたりがキリキリする
さっきから、やたらと通知が鳴る。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
……うるさい。
俺は山道の脇にある岩に腰を下ろし、ポケットから端末を取り出した。手のひらサイズの黒いプレート型端末――通称 《アーカイブ端末》。この世界ではだいたいの人間が持っている情報端末で、魔導通信網を使ってメッセージの送受信や通貨決済なんかができる便利アイテムだ。王都の研究院が開発した魔導具らしく、内部には魔石が組み込まれていて、魔力を微量に流すことで半永久的に動く。まあ、要するにこの世界版スマート端末である。
そしてその画面には、未読通知がびっしりと並んでいた。
テクノスアカデミー学生管理局:出席確認通知
テクノスアカデミー学生管理局:所在確認要請
テクノスアカデミー生活支援部:未帰寮通知
テクノスアカデミー危機管理部:学生安否確認
……いや、どんだけ部署あるんだよ。
俺は思わず端末を見つめながら呟いた。
「学園ってそんなに俺のこと好きだったっけ……?」
どう考えても違う。
テクノスアカデミーの生徒数は三万人を超える。王国最大の魔法教育機関なのだから当然だが、その規模はもはや小さな街レベルだ。授業も学科ごとに分かれているし、実習パーティーも数えきれないほどある。そんな中で、たった一人の生徒が三日いなくなったところで、普通なら誰も気づかないはずだった。
そう思っていた。
……思っていたんだが。
どうやら、この街の行政機関というのは俺が想像していたよりもはるかに真面目らしい。
テクノスアカデミーには「学生管理局」という部署があって、そこが全生徒の行動履歴を管理している。授業の出席、寮の帰還記録、ダンジョン実習のログ、端末の位置情報、魔力反応ログ。ありとあらゆるデータが魔導ネットワークで記録されていて、一定時間以上の行動不明が発生すると自動的に警告が飛ぶ仕組みになっている。
つまり。
俺の状況を簡単に説明すると。
「三日間ログインしてない生徒」
である。
ゲームか。
…いやまあ、この学園って出欠管理が妙に機械的というか、妙に事務的というか。まるで帳簿の数字でも確認するみたいに扱われることがあるんだよな。
俺は通知をスクロールした。
未読メッセージ、二十三件。
その中に、一つだけ見覚えのある名前があった。
担任:グラント教官
あー……。
俺は思わず空を見上げた。
薄曇りの空の向こうで、鳥が一羽鳴いている。
「……めんどくさいなぁ」
思わず口から本音が漏れた。
本当はさ。
実家に帰りたかったんだよ。
でも、遠い。
めちゃくちゃ遠い。
俺の実家は王国の西端にある農村で、テクノスのある中央都市からだと馬車で五日、魔導列車を使っても丸一日はかかる。しかも学生の身分だと交通補助は出ないから、片道の運賃だけで銀貨二十枚。今の俺の所持金は端末の残高表示によると――
所持金:銀貨3枚と銅貨47枚
うん。
帰れないね。
ちなみに銀貨一枚でパンが十個くらい買える。つまり、俺の財産はパン三十個分くらいだ。人生をパン換算すると、妙に現実が見えてくるからやめた方がいい。
それに。
……あそこには、もう戻りたくないんだよなぁ。
俺は小石を一つ拾って、道の向こうへ放り投げた。
コロコロ転がる音が、やけに静かな山道に響く。
だってさ。
俺、言っちゃったんだよ。
あの時。
パーティーを追い出される直前。
ガルドたちに向かって。
胸を張って。
堂々と。
「いつか絶対お前らのこと見返してやる!」
って。
……。
…………。
いや。
冷静に考えてみ?
その三日後に、
「すいませんやっぱり戻ってきました」
って言える?
無理だろ。
どのツラ下げて戻れって言うんだよ。
俺は端末を閉じて、もう一度大きくため息をついた。
とはいえ。
……このままトンズラってわけにもいかないんだよな。
俺は頭を掻いた。
担任のグラント教官の顔が浮かぶ。
でかい。
怖い。
声が低い。
でも意外と面倒見がいい。
あの人には、一応挨拶くらいしておいた方がいいだろう。
休日を挟んだとはいえ、丸一日学校に行かなかったのは事実だし、寮も無断で出ている。テクノスの校則はわりと厳しい。最悪の場合、行方不明扱いになって捜索隊が出る可能性もある。
……それはさすがに申し訳ない。
それに、退学にも色々手続きが必要らしい。
学生証の返却とか、ナンバー登録の抹消とか、奨学金契約の解除とか、学院の図書館カードの精算とか。あと寮の鍵。
あ。
そうだ。
寮。
俺、荷物全部置きっぱなしだ。
制服も教科書も、全部。
いやまあ、今のリュックの中身がパン二個と水筒だけなのを見れば察してほしい。
……え?
じゃあこの三日間どうしてたのかって?
そんなの決まってるだろう。
野宿だよ。
野宿。
言っておくけど、別にホームレスになったわけじゃないからな。
テクノスアカデミーではサバイバル実習もあるんだ。魔法生はダンジョンや辺境で活動することが多いから、野営技術は必修科目になっている。火の起こし方、水の確保、簡易シェルターの作り方、モンスター避けの結界。基本さえ押さえておけば、季節が温かい今の時期なら野宿くらいどうということはない。
実際、この三日間はわりと快適だった。
昨日は川辺で魚を捕まえたし、一昨日は木の実も見つけた。まあ途中でキツネにパンを一個盗まれたけど、それも野生の厳しさというやつだ。
……いや、普通に悔しいけど。
俺は立ち上がり、街の方向を見た。
山道の向こう、うっすらと城壁が見える。
テクノスアカデミーのある都市。
王国中央都市、アルトリア。
巨大な学院都市だ。
そしてその中心に――
俺が三日前まで通っていた、あの学園がある。
俺は頭を掻きながら呟いた。
「……はぁ」
やっぱり。
戻らないといけないか。
なんかこう。
胃のあたりがキリキリする。
でもまあ。
仕方ない。
退学手続きして。
荷物取って。
それから――
そのあとのことは、そのあと考えよう。
俺はリュックを背負い直し、ゆっくりと街へ向かって歩き出した。




