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第1話 「みやぶる」なんて



 「みやぶる」なんて。


 そんなスキルが役に立つと思うか?


 ……いや、俺も思ってなかったよ。というか、今でも半分くらい思ってない。


 王立総合学院テクノスアカデミーを出てから、今日で三日目になる。

 舗装なんて気の利いたものが存在しない山道を、俺はひたすら歩いていた。道と言っても、ただ人が踏み固めただけの茶色い筋だ。ところどころ石が転がっていて、うっかりすると足首をひねりそうになる。空はうっすらと雲が広がっていて、日差しは弱いが、その分だけ風が妙に冷たい。


 背中のリュックは軽い。


 いや、軽すぎる。


 パンが二つ。

 水筒一本。

 着替え一枚。


 以上。


 ……うん、我ながら見事なまでの追放セットである。


 パーティーを追い出された人間の持ち物なんて、だいたいこんなものだろう。むしろパンが二つもあるあたり、俺はまだ恵まれている方かもしれない。昨日なんて、パンを半分に割るかどうかで五分くらい悩んだからな。貧乏って、人間を哲学者にする。


 俺は小さくため息をついた。


 「……はあ」


 まあ、自己紹介くらいしておこう。


 俺の名前はレイン。

 つい三日前まで、王立総合学院テクノスアカデミーに通う魔法生だった。


 ……正確に言うと、


 元・魔法生だ。


 この世界では、人は生まれた瞬間に一つの能力を授かる。

 神から与えられる座標――通称ナンバー


 炎を操る者。

 剣技を極める者。

 傷を癒す者。

 氷を生み出す者。


 その力はすべて、魔族と戦うためのものだと言われている。実際、この世界はわりと頻繁に魔族に襲われるので、神様もそこそこ実用的な能力を配ってくれている。


 まあ、だいたいは。


 そして、その能力を鍛えるための機関が――


 王立総合学院テクノスアカデミー。


 通称、テクノス。


 ここでは、ナンバーを持つ若者たちが集められ、将来の魔法生――エージェントとして育成される。


 教育方針はシンプルだ。


 「とにかく実戦」


 生徒は四〜五人のパーティーを組み、ダンジョン実習やモンスター討伐をこなしながら実力を磨いていく。そして成績優秀なパーティーだけが、正式な魔法生として卒業できる。


 つまり、テクノスは――


 パーティー社会。


 チームに貢献できない人間は、容赦なく切られる。


 で。


 ここで問題になるのが、俺のナンバーだ。


 俺が授かった能力。


 それは――


 No.87《みやぶる》


 今でも覚えている。


 入学式の日。


 ナンバー測定水晶の前に立たされた俺は、ちょっとドキドキしていた。


 だってそうだろう?


 炎とかだったらカッコいいじゃないか。

 雷とかだったら女子にモテそうだし。

 回復とかでも、パーティーには絶対必要だ。


 俺は内心で祈っていた。


 「頼む神様、せめて普通のやつをください」


 そして水晶が光り、表示された文字。


 No.87 みやぶる


 …………。


 その瞬間、教室が妙に静まり返った。


 いや、完全に静かになったわけじゃない。

 小さなざわめきはあった。


 ただ、そのざわめきの種類が問題だった。


 「え……?」


 「みやぶる?」


 「それって……」


 「……何それ?」


 先生が軽く咳払いした。


 「えー……レイン・アルバートのナンバーは《みやぶる》だ」


 説明は以上だった。


 ……いや、もうちょっとフォローとかないんですか先生。


 そんな能力を授かった俺だが、実際の性能はこうだ。


 対象を見る。

 すると、その情報が頭の中に浮かぶ。


 名前。

 状態。

 能力。

 弱点。


 いわば、生体スキャン。


 モンスター相手なら、こんな感じだ。


 ――ゴブリン

 ――筋力:低

 ――警戒心:低

 ――弱点:喉部


 みたいな。


 ……うん。


 まあ、便利だ。


 確かに便利ではある。


 ただ、問題がある。


 それは――


 だいたい見ればわかる。


 ゴブリンの弱点が喉って、割と有名なんだよ。


 しかもこのスキル、かなり正直である。


 例えば強いモンスターを見ると、こうなる。


 ――オーガ

 ――筋力:非常に高い

 ――防御:非常に高い

 ――弱点:特になし


 ……いや、むしろ絶望情報だろこれ。


 しかも、この能力。


 攻撃力が上がるわけでもない。

 魔力量が増えるわけでもない。

 防御力が強化されるわけでもない。


 ただ――


 わかるだけ。


 それだけだ。


 おまけに情報は一度見れば終わり。

 次に見ても同じ情報しか出てこない。


 つまり。


 初見の相手にしか意味がない。


 そして、強い敵ほど弱点は少ない。


 仮に弱点がわかったとしても――


 「で? それをどうするんだ?」


 これが、うちのパーティーリーダー、ガルドの口癖だった。


 いや、もう口癖というより人生訓みたいなものだったな。

 朝の挨拶みたいなテンションで言ってくるから困る。


 「で? それをどうするんだ?」


 おはようございます、みたいな感じで言うんじゃない。


 俺が所属していたパーティーは、《蒼雷の剣》。


 学院内でもそれなりに名前の知られたチームだった。

 ダンジョン実習の成績は常に上位。教官からの評価も高い。卒業候補パーティーの一つと言われていた。


 メンバーは四人。


 前衛で大剣を振り回す、筋肉の化身みたいな男。

 リーダーのガルド。


 雷魔法を操る天才魔導士。

 学院でも指折りの実力を誇るリーナ。


 遠距離戦の鬼。

 百メートル先のリンゴも射抜くと豪語する弓使い、ハルト。


 そして回復魔法担当。

 常に穏やかな笑顔を浮かべる癒し枠、ミア。


 で。


 そこに、俺。


 ……いや。


 元・俺。


 当時の俺の役割は、いわゆる「情報係」だった。


 敵を見て《みやぶる》を使い、弱点や状態を報告する。

 それを元にガルドが戦術を立てる。


 ――という、理想だけは立派な作戦である。


 だが現実はどうだったかというと。


 だいたいガルドが敵を殴って終わる。


 戦術?

 そんなものはガルドの筋肉の前では些細な問題だった。


 そして事件は、三日前のダンジョン実習で起きた。


 テクノスアカデミーの裏山にある、訓練用ダンジョン。


 湿った石壁。

 苔の匂い。

 足音がやたら響く薄暗い通路。


 俺たちはいつものように進んでいた。


 ガルドが先頭。

 その後ろに俺。

 さらに後ろにリーナとハルト。

 最後尾でミアが回復準備。


 典型的なパーティー陣形だ。


 そして曲がり角を抜けた瞬間。


 ――ブオオオオッ!!


 鼻をつくような獣臭と共に、巨体が姿を現した。


 オークだ。


 しかも一体じゃない。


 三体。


 筋肉の塊みたいな体。

 太い牙。

 手には巨大な棍棒。


 典型的なダンジョン中級モンスター。


 ガルドがニヤリと笑った。


 「いいじゃねぇか」


 そして俺を振り返る。


 「レイン、見ろ」


 つまり、《みやぶれ》という意味である。


 はいはい、やりますよ。


 俺はオークを睨み、能力を発動した。


 視界の奥で、文字のような情報が浮かび上がる。


 ――オーク

 ――筋力:高

 ――防御:高

 ――知能:低

 ――弱点:右膝関節


 よし、出た。


 俺は叫んだ。


 「右膝が弱点だ!」


 すると。


 ガルドは一瞬だけオークを見て。


 それから、俺を見た。


 そして。


 言った。


 「そんなもん見りゃわかる」


 ……。


 ……まあ、そうだよな。


 オークっていうのは、体はでかいが関節が弱い。


 これは冒険者の間では常識だ。

 教科書にも普通に書いてある。


 つまり俺が今言ったことは、


 「水は濡れている」


 くらいの情報だった。


 ガルドは大剣を振り上げた。


 「行くぞ!」


 そして次の瞬間。


 ドゴォォン!!


 オークの膝が粉砕された。


 あれ? 俺いらなくない?


 さらにハルトの矢が飛び、リーナの雷が炸裂し、最後にガルドの一撃でオークは床に沈んだ。


 戦闘時間。


 約二十秒。


 俺の仕事。


 「右膝が弱点だ!」


 以上。


 ……うん。


 我ながら素晴らしい働きだ。


 自分でも泣きたくなる。


 そして、ダンジョン実習が終わったあと。


 学院へ戻る帰り道。


 夕方の赤い光の中で、ガルドが言った。


 「レイン」


 俺は振り返った。


 ガルドは、ちょっとだけ言いづらそうな顔をしていた。


 そして、頭をかきながら言った。


 「お前さ」


 少し間を置いて。


 はっきりと。


 「もうパーティー抜けてくれ」


 俺は一瞬、何も言えなかった。


 いや。


 正確に言うと、言える言葉がなかった。


 だから、笑った。


 「……あー」


 「うん」


 「だよな」


 笑うしかなかった。


 理由は簡単だ。


 ガルドは言った。


 「正直、お前いなくても戦える」


 ……うん。


 それは、俺もわかってた。


 ガルドは怪物みたいに強い。

 リーナの雷魔法は学院トップクラス。

 ハルトの弓は遠距離最強レベル。

 ミアの回復は安定そのもの。


 その中で俺は――


 情報だけ。


 しかも、その情報はだいたい役に立たない。


 ハルトが肩をすくめて言った。


 「お前の能力ってさ」


 「なんていうか……」


 「地味なんだよ」


 遠慮のかけらもない言い方だった。


 リーナも苦笑する。


 「サポートとしても微妙だしね」


 ミアだけは、小さく俯いていた。


 「……ごめんね、レイン」


 でも。


 誰も反対しなかった。


 つまり。


 そういうことだった。


 俺はその日、パーティーを追放された。


 寮も出て荷物をまとめて、学院の門を出た。


 それが三日前。


 そして今、俺はこうして一人で山道を歩いている。


 ……まあ。


 旅と言っても、目的地があるわけじゃない。


 とりあえず学院のある街に戻って、どこかでバイトでも探すつもりだ。

 カフェとか、酒場とか。情報係くらいなら雇ってくれるかもしれない。


 俺は歩きながら、小さくため息をついた。


 そして、呟く。


 「……みやぶる、ね」


 そんな能力で。


 世界が救えるわけでもない。


 魔族が倒せるわけでもない。


 パーティーの役に立つわけでもない。


 俺は空を見上げた。


 雲の隙間から、細い光が差している。


 まあ。


 人生ってのは、だいたいこんなもんだ。


 才能あるやつは前に進んで、

 俺みたいなやつは――


 静かに道を外れる。


 ただ。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 《みやぶる》ってスキルが、


 この世界で一番厄介な能力だったなんて。


 そして。


 その能力が――


 未来さえも見通す力だったなんてことを。

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