プロローグ
ネオ・フロンティア。
かつて神々が統べていた世界は、いまや誰のものでもない大地となっていた。
天と地が切り離されたあの日――
七曜の神使と人類が争った第二次魔大戦の終結以降、世界の姿は大きく変わった。
人間という種族は滅び、文明の大半もまた消え去った。
かつて都市があった場所は瓦礫と土に埋もれ、巨大な建造物は長い年月の中で崩れ落ち、風化し、やがて森や湖に飲み込まれていった。
だが、生命そのものが消えたわけではない。
七曜の神使が生み出した七つの系譜――
それぞれの種族は、長い歳月をかけながら新しい世界に適応していった。
水に生きる魚たちは巨大な群れを作り、海の生態系を再び満たした。
雷の系譜に連なる獣たちは、荒れた大地の覇者として広大な縄張りを築いた。
風の血を引く鳥たちは高空を支配し、かつて人間が築いた塔の残骸を巣として利用するようになった。
そして。
イーリスによって生み出された新しい種族――
人間に酷似した姿を持つ生命体もまた、この世界に定着していった。
彼らは長い年月を経て、独自の社会と文化を築き上げた。
古い神話を語り継ぐ者もいれば、神の存在そのものを伝説として扱う地域もある。
彼らに共通しているのは、かつてこの世界に「人間」という種族が存在していたという事実だけだった。
人間は禁忌の存在であり、歴史の中の失敗例である。
その認識は、世界の多くの文明に共通していた。
神使たちが姿を消した後の世界は、完全な無秩序ではなかった。
むしろ生命は新しい均衡を作り始めていた。
長い時代を経て、ネオ・フロンティアには四つの大陸が中心となる文明圏が形成される。
最も人口が多いのは、中央大陸と呼ばれる広大な土地だ。
ここには肥沃な平原と巨大な河川が存在し、多くの国家が誕生した。
古代文明の遺跡が数多く残っていることから、考古学や遺物研究が盛んな地域でもある。
失われた文明の道具や魔導機構は、現在でも発掘されることがあり、それらはしばしば国家間の争いの火種となった。
西方には、霧に覆われた森林大陸が広がっている。
古代から濃密な自然に覆われており、外部の文明と隔絶された独自の文化を持つ地域だ。
巨大な樹木群、深い湖、そして複雑に入り組んだ峡谷。
そこに住む者たちは自然との共存を重視し、都市よりも集落単位の社会を築いていた。
東方の大陸は、広大な砂漠と岩山の土地である。
昼は灼熱、夜は氷点下という極端な環境のため、遊牧的な文化が発達した。
地下水脈を巡る争いは絶えず、都市国家は巨大な防壁と魔導兵器によって守られている。
戦士文化が根付いた地域でもあり、武芸や戦術に優れた者が多い。
そして南方。
最も海に近く、潮流と島々に囲まれた大陸。
海洋交易が発達し、多様な文化が交わる場所でもある。
海底には古代文明の遺跡が多く残されており、遺跡潜航や深海探索を生業とする者も存在した。
この四つの大陸は、長い歴史の中でそれぞれ独自の国家体系を築きながらも、交易や外交を通して緩やかな世界秩序を形成していた。
しかし。
ネオ・フロンティアの歴史は、決して平穏なものではない。
なぜなら、この世界にはもう一つの存在がいるからだ。
魔族。
彼らの起源は未だに完全には解明されていない。
一部の学者は、第二次魔大戦の際に発生した魔力災害によって誕生したと考えている。
別の説では、七曜の神使が戦争の副産物として生み出した存在だとも言われている。
ただ一つ確かなことがある。
それは――
魔族は生命を敵視する。
彼らは都市を襲い、集落を焼き、文明を破壊する。
知性を持つ個体も存在するが、その思想は人間や他種族とは大きく異なっていた。
魔族にとって世界とは、支配するか破壊するかの対象でしかない。
そのため、四つの大陸の国家は例外なく防衛組織を持つようになった。
魔族討伐を専門とする戦士団。
魔導兵団。
各地の学院で育成される特殊戦闘員。
それらはすべて、共通の目的のために存在する。
魔族から文明を守ること。
そして長い年月の中で、人々は一つの事実に気付き始めていた。
魔族の出現は、単なる偶然ではない。
古代遺跡の近く。
魔力濃度の高い地域。
そして、七曜の神使が残したとされる場所。
魔族は、まるで世界の深部から滲み出るように現れる。
それはまるで――
この世界そのものが、まだ戦争の傷を抱えているかのようだった。
ネオ・フロンティアにおける文明の発展は、決して一直線ではなかった。
第二次魔大戦によって世界は深く傷つき、大地は荒れ、海は濁り、空は長く灰色の雲に覆われていたと言われている。
戦争の終結から数百年のあいだ、生命はただ生き延びることに精一杯だった。
都市は作られなかった。
国家も存在しなかった。
あるのは小さな集落だけ。
森の中。
川のほとり。
崩れた古代都市の残骸の中。
そうした場所に小さな共同体が生まれ、やがて互いに交易を行うようになり、少しずつ社会という形を取り戻していった。
文明が再び芽吹き始めたのは、神使たちの影響が弱まり、魔力環境が安定し始めた時代からだった。
この頃、人々はある現象に気づく。
それは、生命の中に現れる特異な能力だった。
ある者は炎を操り、
ある者は風を呼び、
ある者は雷を生み出した。
それは七曜の神使がかつて世界に残した魔力の残滓が、生命の内部で結晶化したものだと考えられている。
後に人々はこの能力を、こう呼ぶようになった。
ナンバー。
神の座標。
生命が持つ可能性の番号。
それは生まれた瞬間に定まり、一人につき一つだけ与えられる。
ナンバーは無数に存在するが、その多くは七曜の属性系統に由来している。
炎系統。
水系統。
雷系統。
土系統。
風系統。
光系統。
闇系統。
しかし必ずしも単純な属性能力とは限らない。
剣技を極端に高める能力。
身体能力を強化する能力。
治癒を促進する能力。
あるいは、極めて特殊な能力。
知覚。
解析。
精神干渉。
ナンバーはその性質上、文明の発展に大きく寄与した。
建築。
農業。
医療。
輸送。
さまざまな分野で能力者たちが活躍し、世界は再び活気を取り戻していった。
だが同時に、この力は戦争の火種でもあった。
ナンバーを持つ者は、持たない者よりも圧倒的に有利である。
そのため国家は能力者を保護し、訓練し、戦力として組織するようになった。
こうして誕生したのが――
魔法生制度である。
各大陸の主要国家は、ナンバー保持者を育成するための教育機関を設立した。
学院。
学府。
戦術学校。
呼び名は地域によって異なるが、目的は共通している。
魔族に対抗できる戦力を育てること。
なぜなら文明が発展するほどに、魔族の活動もまた活発化していったからだ。
魔族は単一の種族ではない。
その姿は多様であり、個体差も大きい。
巨大な獣のような姿を持つもの。
昆虫のような外骨格を持つもの。
煙や影のような形状のもの。
中には人型に近い姿を持つ個体も確認されている。
ただし、魔族には明確な共通点がある。
それは――
魔力そのものを糧とする生命体であること。
魔族は通常の食物を必要としない。
代わりに、高濃度の魔力を吸収して成長する。
そのため、魔力が集中する地域には必ず魔族が出現する。
古代遺跡。
地下深部。
魔力脈が交差する場所。
そうした地点は「発生域」と呼ばれ、世界中で警戒されていた。
魔族はまた、明確な階層構造を持っている。
最下位に位置するのは、原生魔族。
これは知性をほとんど持たない単純な個体で、獣に近い行動をとる。
次に位置するのが、上位魔族。
知能が発達しており、戦術行動を取ることができる。
群れを形成し、拠点を築く例もある。
そして、ごく稀に確認される存在。
魔王級個体。
これは都市一つを壊滅させるほどの力を持つとされ、歴史の中でも数例しか記録されていない。
魔王級が出現した場合、国家単位での討伐作戦が必要になる。
こうした脅威に対抗するため、各国は魔法生制度を整備し、能力者の育成に力を注いできた。
やがて、四つの大陸にはそれぞれ代表的な教育機関が誕生する。
中央大陸では、王立学院制度が確立された。
西の森林大陸では、自然魔術を中心とした長老会の学び舎。
東の砂漠大陸では、戦士団と一体化した軍事学校。
南の海洋大陸では、航海術と魔導技術を融合した海洋学院。
それぞれの文化は異なるが、共通する理念がある。
それは――
世界を守る力を育てること。
ネオ・フロンティアは、神に見放された世界だと言われている。
だが、完全に見捨てられたわけではない。
七曜の神使が残した力。
世界に流れる魔力。
そして生命の中に宿るナンバー。
それらはすべて、世界がまだ終わっていないことを示していた。
ネオ・フロンティアの歴史を語るとき、必ず議論の的となる問いがある。
七曜の神使たちは――
いまも存在しているのか。
第二次魔大戦の終結以降、神使が公の場に姿を現した記録は一切残されていない。
それ以前の時代、神使たちは明確な姿を持つ存在だった。
炎の神使ベリアルのように、人の形を取り、言葉を交わし、世界に直接干渉していたと伝えられている。
だが戦争の終わりと共に、彼らは忽然と歴史から姿を消した。
理由は諸説ある。
一つは、神による裁きの説。
天と地を切り離した存在――すなわち「神」そのものが、戦争を起こした神使たちを世界から退けたというものだ。
別の説では、神使たちは戦争で深刻な損傷を負い、存在そのものを維持できなくなったと考えられている。
あるいは、いまもどこかで世界を見守っているという信仰的な見解もある。
しかし、確かなことは一つだけだ。
神使は人々の前には現れない。
それが、この数千年の世界の常識だった。
だが。
神使が消えたからといって、その影響まで消えたわけではない。
ネオ・フロンティアには、今でも神使の力の痕跡が数多く残されている。
その代表的なものが――
古代遺跡。
四つの大陸には、人類時代よりも古いとされる構造物が点在している。
巨大な石柱群。
地下深くに続く迷宮。
天空に浮かぶ浮遊遺構。
それらの多くは、現在の文明では完全に解析できない技術で作られていた。
古代遺跡は単なる廃墟ではない。
多くの場合、そこには高濃度の魔力が存在している。
そのため、遺跡の周辺には必ず魔族が出現する。
学者たちは長年、この現象の理由を探ってきた。
いくつかの仮説はある。
遺跡が魔力を発生させている。
あるいは魔力の流れが遺跡に集中している。
あるいは――
遺跡そのものが魔族を生み出している。
いまだ確定した答えは出ていない。
近年ではいくつかの遺跡で共通する構造が発見されていた。
それは地下深くに存在する巨大な空間。
そこには必ず、魔力の流れが一点に収束する「核」が存在している、――と
研究者たちはそれをこう呼んだ。
魔核。
魔核は、まるで鼓動するように魔力を放出している。
その周期は一定ではない。
しかし魔核の活動が活発化すると、必ず魔族の発生数が増加する。
つまり魔族は――
世界のどこかで生まれている。
それは自然発生なのか。
あるいは、何者かによって作られているのか。
まだ誰にもわからない。
魔導学院の研究によれば、この現象が世界の均衡に関わっているということが、少しずつ明らかになっているそうだった。
魔族は文明を破壊する。
だが、完全に世界を滅ぼすことはない。
都市は襲われる。
集落は壊される。
しかし、生命そのものが絶滅することはない。
それはまるで――
世界が自らを調整しているかのようだった。
文明が大きくなりすぎれば、魔族の活動が活発化する。
国家が力を持ちすぎれば、大規模な魔族災害が発生する。
歴史を振り返ると、そうした出来事が何度も記録されていた。
人々はそれを「周期災害」と呼んでいた。
数十年。
あるいは百年。
一定の周期で、世界は必ず大きな試練を迎える。
そして、そのたびに文明は少しだけ形を変えながら生き延びてきた。
まるで、この世界が――
完全な繁栄を許していないかのように。
それでも人々は文明を築き続ける。
都市を作り、国家を作り、文化を育てる。
神がいなくても、世界は続く。
むしろ神がいないからこそ、人々は自分たちの未来を自分たちの手で作ろうとしていた。
ナンバーという力。
学院制度。
魔族討伐組織。
それらはすべて、人々が生き延びるために築いた仕組みだった。
この世界の深部にはまだ多くの謎が残されている。
七曜の神使の行方。
魔族の誕生の理由。
古代遺跡の本当の役割。
そして――
神が世界を二つに分けた本当の意味。
ネオ・フロンティア。
神なき世界。
かつて神が与えた力。
かつて神が起こした戦争。
そして神が残した傷跡。
大陸の上で国家が興り、文明が進み、生命は未来へ進んでいく。
まだ誰も知らない。
この世界が本当にどこへ向かっているのか。
どこへ向かおうとしているのか。
かつて炎の神使ベリアルが語ったという言葉がある。
――神がいなくなったとき、生命は初めて「可能性」を得る。
それは祝福なのか。
それとも試練なのか。
答えはまだ、誰にもわからない。




