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魔物ですが、推し活していいですか?~人外少女はダンジョン配信者を推しています

作者: 雪峰
掲載日:2025/10/21

 ダンジョン第49階層。

 常に薄暗く、足元には湿った石と小さな水たまりが点在する静かな空間。

 そんな環境の片隅で、端末を手に映像を凝視している何者ががいた。


 ミラースライム。

 体表が鏡面のように輝くスライムで、姿を模倣する擬態能力を持つ魔物だ。

 今は、そのぐにゃりとした体を少女のような姿に擬態し、画面に釘付けになっている。


 画面の向こうでは、一人の人間の男性がダンジョン空間を歩いていた。


「はああ……! 今日もお顔が最高……!」


 うっとりと映像を見つめる魔物の瞳は、幸福に満ちていた。

 視線の先には、ダンジョン配信者「(やなぎ)スイ」の配信が流れている。

 彼は、ちょうど中層の魔物と出くわしたところだった。


『……っ! やば……!』


 スイの焦った声が、端末から響く。

 彼がいま対峙しているドッペルウルフは、速攻で倒さないと次々に仲間を呼ぶため、実力無しではまあまあ厄介な魔物だ。


『ちょっと、一旦逃げますね……!』


 そんな相手に対し、スイが取ったのは逃走だった。

 走って、走って、無事に魔物の認知範囲外まで逃げ切って――、


『わっ』


 そして、転んだ。


「弱い……! でも、カワイイ! こんなに顔が綺麗なひとの、情けない姿最高♡」


 そんなスイを見て、魔物少女は大興奮していた。


「えへへ、コメントしちゃお! 大丈夫ですか? 次はきっといけます、と……」


 たちまち、スイはコメントに気づき、照れくさそうに微笑む。


『ミリカさん、ありがとう。そうですね、次は突破したいと思います』

「きゃーっ! 名前呼んでくれたーーっ!」


 端末を胸に抱きしめて、ミリカはごろごろとダンジョン内を喜びに転げまわる。

 やがて、ふと動きを止めて物憂げに天井を見つめた。


「でもさあ……中層くらいサクっと突破してくれないと、ミリカに会いに来れないじゃん」


 ミラースライムは下層のモンスターである。


 そんな彼女が、中層突破も安定しない底辺ダンジョン配信者のスイをどうして推すことになったか。


 それはスイが転移トラップに引っかかって、下層へと飛ばされた時のことだった。


 ミリカは人間を見つけたら、いつものように可愛らしい人間の少女に擬態して倒れたふりをする。

 そして、油断した相手を不意打ちするというのが常套手段だった。


 仮に引っかからなかったとしても、石や水たまりに擬態して逃げてしまえばいい。

 ミリカは、そんな不意打ち特化のモンスターだった。


 下層に飛ばされたスイは、まんまと騙されてミリカに駆け寄ってきた。

 そして、ミリカをそっと抱き起こす。

 ミリカはそこを奇襲すればいい――はずだった。


(こ、このひと……! 顔が良すぎるっ……!)


 己を覗き込むスイの顔面が、ミリカの好みにクリーンヒットした。

 要は、一目惚れである。


 もっと一緒にいたいと思ったのも束の間、彼は転移ダメージの蓄積と、背後に通りすがった下層の雑魚魔物の一撃によってあっさりリスポーンしてしまった。


 そこからはミリカの行動は早く、下層で散っていった配信者達が落としていった荷物から端末を手に入れ、彼の情報を漁りまくり、配信チャンネルを見つけて今に至る。


 柳スイは、登録者数342人で細々と活動していた。

 スイにとっては、まさに“推し”を見つけた気分だった。


 シンプルな魔法だけを駆使して戦う彼は、戦い方も地味で、特別なスキルなんて無くて、でも、何より顔が良かった。


「ううん、顔だけじゃなくて声も髪も……! 歩き方も、喋り方も好き! それで戦ったらちょっと情けないところも好きなの」


 ミリカの顔がとろける。


「でも強くなってもらわないと、ミリカのところまで来れないしなあ……」


 そうだ! とミリカは何かを思いつく。


「ミリカが、スイくんを強くすればいいんだ! そうすればスイくんは下層配信者になって……ミリカのそばで活動を……ふへへ」


 推しの活躍を生で見れるなんて、最高ではないか。

 ミリカの頬がバラ色に染まる。


 そして、計画を練り始めた。


「どうしよっかなあ。中層の空気は合わなくて、長くは居れないんだよね……けど、スイくんのために、ちょっとくらい能力に制限がかかってもやるしかない!」 


 こうしてミリカは、スイのいる中層に向かったのだった。





「うう、あついよお……」


 中層に向かうまでは、溶岩地帯がある。

 魔物であるミリカにとっては、「ちょっと猛暑だな」くらいの場所ではあるが、暑いものは暑いのであまり長居はしたくない。


『皆さん、回復の泉がありました! 綺麗ですよね、ここの水』


 もちろん端末を握り締めて、スイの動向を見守ることも忘れない。


『さっぱりするー……。ここで回復できたのはおいしいですね』

「え!? やばくない!? 美しすぎ!?」


 エメラルドブルーの水面に映ったスイの姿を見て、黙々とスクショボタンを連射する。


「スイくん、油断しちゃダメだからね。ミリカが行くまで待っててね!」


 ダンジョンの地形は時に意地悪だ。探索者を安心させておいて、次の階層では……ということはよくある。

 まさに今回も、そのよくあるケースに当てはまることとなった。





「え!? スイくん、どこに行ったの!?」


 ミリカがもうすぐスイのいる階層に辿り着こうとしていた時、画面の中の景色が不自然にノイズを生んで歪んだ。


「もしかして、また転移しちゃったとかっ!?」


 配信のチャット欄がざわついている。と言っても、過疎配信なのでコメントは僅かであるが。


《トラップ踏んだ?》

《雰囲気的にボーナスフロアじゃね?》


「ボーナスフロア……」


 ミリカは思い当たる。ダンジョンの中にランダムに現れるフロア。

 珍しいアイテムがある代わりに、危険な魔物に遭遇する可能性もある。


「うそ!? 魔物がいたら、あぶないよーっ」


 自分も魔物であることを棚に上げて、ミリカは叫ぶ。

 早くボーナスフロアの入り口を探さなくては。


「……あった!」


 配信の様子をチェックしながら、ミリカはフロアに飛び込む。

 画面の中のスイは、希少なアイテムを見つけて喜んでいるようだった。


『わ、これ、珍しいやつですよね。この前リスポーン費用で散財しちゃったから、実は今日こそ成果を上げないとやばくて……レアアイテムが見つかってほっとしました』

「スイくん……そうだったんだ」 


 人間は、”費用”っていう物がなければダンジョンに潜れないんだよね、とミリカは考える。


「スイくんがダンジョンに来れなくなるなんて、無理すぎ!?」


 あの時自分がもっと助けになれていれば、とミリカは悔やむがそれはもう過ぎたこと。

 今こそスイの安全を確保すべき!


 まずはフロア内の壁を反射して擬態し、景色に溶け込む。


「スイくんは一生懸命アイテムを集めてる……誰にも邪魔させない!」


 周囲の気配を確認する。四つ足の魔物が数匹、こちらへ這って来ていた。

 ミリカは身体を変異させる。その姿は、一枚の壁だった。

 スイのいるフロアと魔物のいるフロアの間に、壁を生み出す。


「ギャルル……?」


 魔物は行き止まりと判断したのか、来た道を引き返していく。中層の魔物の知能なんてこんなものだ。


「安全確保……できたかな?」


 ミリカは体内に隠した端末を覗き込む。

 と同時に、スイの叫び声が端末からもフロアからも聞こえた。


「スイくん!?」


 画面の中には、宝箱に擬態したモンスターが牙を向いていた。


「どうしよう……! こいつ即死攻撃あるし、下層並みの力はあるんだよね……スイくん勝てるかなあ? 推しの戦い見たいー! でも、」


 推しが度重なるリスポーンで、費用不足、ダンジョン配信引退なんてことになったら!?


「そんなのはやだっ……!」


 ミリカは再び身体を変異させる。四肢が伸び、うねり、鏡面のような皮膚がひかる。

 そして、”柳スイ”の姿を完璧に模していた。


 そのまま、フロアに飛び込んで魔物に飛び蹴りを入れる。

 宝箱の魔物は勢いよく壁に激突した。


「ぼ、僕……!?」


《スイが二人?》

《分身魔法なんて使えたのか?》


 スイとコメント欄がそれぞれに驚いている。

 当のミリカは、


(きゃーーっ!! スイくんに擬態しちゃった! それに目の前にスイくんがいるんだけどっ! やばすぎ!!)


 浮かれまくっていた。


 そこに、魔物が不吉な瘴気を出し始めた。即死魔法の詠唱だ。


(スイくんが巻き込まれたら危ない……!)


 ミリカはスイに目配せをして、真っ直ぐに出口の方向を指差す。


(逃げて)


「あ、う、うん……! あの、ありがとうございます!」


 ミリカの意志が通じたのか、スイは背を向けて駆け出す。


(よし)


 その姿を確認して、ミリカは擬態を解いた。


 ぐにゃり、鏡面のような体表をもつ、ミラースライム本来の姿。

 そこに即死魔法が飛んできて、そして、

 鏡に反射するように、跳ね返った。


「ギギギギギ……!!」


 宝箱の魔物は、自らが放った即死魔法で消えていく。


「やったーっ! これ、スイくんに経験値が入るかな? そうだったらいいなあ」


 推しのために、ひとつ役に立つことができた。

 世間のそれとはズレているかもしれないが、これがきっと魔物少女(ミリカ)の推し活。


 再び画面に目をやると、そこにはスイが無事な姿で映っていた。


《さっきの何?》


『それが、僕にもなんだか……』


 コメント欄に応えながら、スイが困ったように笑う。


『でも、僕の力ではないことは確かです。もし助けてくれた人がいたのなら……本当にありがとう』


「スイくん……っ!」


 推しが伝えた感謝は、確かにミリカの心臓を貫いて熱くした。


 わたしが魔物でも、あなたが魔物を討伐する探索者でも、

 あなたが”推し”!


「スイくん、好き、好き……!」


 ミリカは恍惚として端末を抱き締めた。

 画面の向こうでは、彼が、ミリカの大好きな笑顔で微笑んでいる。


「わたし、これからもあなたを推してくから……っ!」


 魔物少女は幸せそうに、華のように笑った。

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