第22話 慶応4(1868)年5月6日 第二次今市宿攻防戦②
城攻め――。
それが大和の正直な感覚だった。
『城攻め』には大砲は不可欠。会幕軍もこの日のために大砲一門を用意していた。だが、数発を放った直後、車輪がぬかるみにとられて軸が折れ、無惨に沈黙した。残されたのは命中精度に劣るゲベール銃と、肉を切り裂く白兵戦しかない。砲声を欠いた戦いは、兵にとって一層重くのしかかっていた。
新政府軍の猛烈な射撃を杉木立の陰に潜んで耐える大和と永倉。銃弾が幹をえぐり、木片が頬をかすめる。一転して銃撃がやんだ。
「戦の第一歩は情報収集、だったな……」
永倉がふと空を仰ぐ。
「どうしました?」
大和は問い返した。
「茶臼山から奴らの備えが見えりゃ楽だったんだが、雨と霧に邪魔されたか……。せっかく俺たちが奪い返した山だ、役立ててもらいたかったがな」
静寂に耐えかねた兵士が前に出る。再び鳴り響く銃声。兵士は銃弾に倒れ、泥に顔を沈めた。
「よくもまぁ、あんなに間髪入れずに撃てるもんだ!」
永倉が舌打ちする。
「七連発銃です。最新式の。前に土佐の間者から手に入れました」
「なんだと? そいつはどうした?」
「専用の銃弾がないと使えなくて……土方さんが地元の猟師にあげてしまいました」
「ちっ! あいつめ」
永倉の口調は怒りよりも、どこか痛快そうだった。
その横顔を見ながら、大和は口を開いた。
「不思議です。こんな状況なのに、落ち着いて話ができるなんて」
永倉は一瞬驚いたように目を細めた。
「代わりに、結果は一瞬で決まる。この静けさが破れた時にな」
言葉を終えた直後、複数の銃声が響く。別部隊が突撃したのだ。叫び声がこだまし、やがて再び訪れる静寂。静寂と銃声が語る生と死――それが戦場の現実だった。
「そうですね……」
大和の落ち着いた声。そんな大和の横顔を永倉は、誇らしく思えた。
「……土方さんなら、どうするだろう」
無意識に洩れた大和の言葉に、永倉は深く息を吐き、笑みを浮かべた。
すぐに靖兵隊の兵を呼び寄せ、低声で命じる。
「敵は木戸の前と上。前の兵を蹴散らして木戸に取りつけさえすれば、こちらの勝ちだ」
大和が息を呑む。
「これから突っ込む。俺たちを盾にして木戸前の敵を崩せ。俺らが飛び出したら、お前が号令をかけて駆け出せ!」
「そんな……!」
永倉の気迫に呑まれ、大和は言葉を失う。
「今から新選組の戦い方を見せてやる」
不敵に笑った永倉の眼は、かつて大和が土方から感じた威圧感に似ていた。
大和は首を横に振った。仲間と共に生きたい、その想いが胸を熱くしていた。
永倉はその肩を抱き寄せ、大和の耳元で囁く。
「またな……」
次の瞬間、靖兵隊が猛然と飛び出した。再び銃声が轟き、兵が次々と倒れていく。元新選組・矢田賢之助もその場に散った。永倉は倒れた矢田の首を刎ね、腰に下げて戦い続ける。仲間を辱めさせまいとする意地だった。
「行くぞ!」
大和も思わず声を張り上げた。靖兵隊の影に紛れ、駆け出す。その姿に兵たちも続いた。
『死番』――。新選組の制度で、京都での市中警護の際、狭い路地やうす暗い家屋に真っ先に飛び込み、隠れた敵をあぶり出す。その一方で敵の初太刀を受ける役目――まさにそれだった。
正面の部隊の動きに左右の部隊も呼応した。銃口が正面に向けば前進。逆に銃口が左右に向けば、正面の兵が迫る。仲間の死を力に変えるように、攻撃は苛烈さを増した。会幕軍は一気に木戸へ肉薄した。
しかし、さすがに土佐藩の精鋭・迅衝隊。木戸の守備兵はよく訓練され、簡単には崩れない。昼近くまで一進一退の攻防が続いた。
昼九ツ(正午)、ついに大鳥は決断する。後方に控えていた部隊を前線へ――。前線や待機部隊を預かる沼間たちの度重なる要請。そして蘇る、沼間らの進言を退けて敗北した苦い記憶。これらが決断を後押しした。
「来た……!」
轟音のような鬨の声と共に、大地を揺らして待機部隊が突入。凄まじい圧力。大和もその波に呑まれ、木戸へ斬り込んでいった。
一方、板垣――。
正午を過ぎても援軍は来ない。今、どこにあるのか。果たして持ち堪えられるのか。数日前、撤退を進言する声もあった。しかし、今市宿の戦略上の重要性からこれを退けた。この責任が胸に重くのしかかる。
戦闘開始直後、板垣は残された最後の手を打っていた。一部の部隊に間道を進ませ、会幕軍の左翼を衝く。しかし、その部隊の行方も知れぬまま、万策が尽きようとしていた。
(もし、あの時退いていれば……)
硝煙で霞む空、木戸の外から響く会幕軍の声。激しい後悔の念が板垣を襲っていた。
木戸に取りつく大和。仲間の犠牲の先に見えた突破口――「行ける!」




