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戊辰役秘録 山河を駆ける  作者: 氷乃士朗
プロローグ
1/5

明治2(1869)年5月11日 箱館・陰

 その時、男は松前藩の八番隊に加わっていた。

(あいつは必ず来る)

 心の中でつぶやく。


 半年前――。

 松前藩は榎本武揚率いる旧幕府軍が蝦夷地(北海道)に上陸した際、土方歳三率いる部隊の攻撃を受け、松前城を陥落されていた。

 松前藩にとって旧幕府軍の討伐は、新政府軍に属する者として当然の使命だ。しかし男には、土方歳三に対する、個人的な因縁があった。

 5月11日未明、新政府軍は海から箱館山の南西付近に上陸。夜明けには山を占領し、北側に布陣する旧幕府軍へ猛烈な砲撃を浴びせた。旧幕府軍は弁天台場へ退き守りを固める。山頂の部隊は一部を弁天台場攻略へ向かわせ、松前藩を含む残りの兵は五稜郭を目指して箱館市街を北東へ進軍した。

 一本木関門を越えた新政府軍は、弁天台場救援のため五稜郭から出た旧幕府軍と激突。その勢いに押され、関門から徐々に後退していった。


 その時、男の目に遅れて到着した二人の男の姿が映る。

 馬にまたがる指揮官らしき男と、その傍らを走る部下らしき男。

「やはり来たか……二人の土方!」

 男は、その二人を知っている。1町(約110m)の距離。猟師の目は、その程度なら確実に獲物を見極められる。だが何より、二人の姿は記憶に深く刻まれていた。

 指揮官の合図で、旧幕府軍は轟音とともに突撃を開始する。

 男は一人、味方の部隊の左側に移動して距離を取った。狙うはただ一人、指揮官。自らの手で確実に指揮官を仕留める。その確信を、この目で得るためだ。決して手柄のためではない。信念と、過去との決別のため。

 両腕に二丁の銃――最新式と火縄銃。男は片膝を折り、最新式を放り捨てた。手に残したのは火縄銃。射程も命中率も劣るそれを選んだのは、この銃こそが自分の答えであり、すべてを終わらせる「道具」だったからだ。癖は知り尽くしている。

 決して外さない――。

 銃口が指揮官をとらえる。銃の先端は微動だにしない。

「戦の結果は見えた。これ以上は無意味だ。それでも戦うのか……。命を生かすも殺すも『頭』次第。ならば、その『頭』を討てばいい。分かるよな? 土方……歳三!」

 男の声は、煙る空気の中で静かに溶けた。

「これが、俺たち弱い者の答えだ……包彦、すまない」

 引き金を絞る。火花と煙。

 銃声が遠のくように消え、指揮官らしき男はゆっくりと地面に沈んだ。

 部下らしき男が駆け寄る。その光景を見届けた瞬間、男の方に振り向いた彼と視線が交わった――ような気がした。

 男はゆっくりと背を向ける。

 その刹那、銃声と怒号の渦の中、自分の名を呼ぶ声が確かに届いた。

 土埃に濡れた頬を、二筋の跡が伝っていた。

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