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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第179話】【第180話】 嵐去り 波に映る星の道 安らぎて

【第179話】蒼海の試練


 黎明、海岸にはまだ薄靄が漂っていた。

 霊舟は完成し、いよいよ東の大海へ漕ぎ出す時を迎えていた。

 蓮弥は潮風を吸い込み、仲間たちを振り返る。


「……行こう。仙山はこの海の向こうにある」


 風牙が帆を張り、掌に風を集めた。轟、と大気が唸り、白い帆がふくらんだ瞬間、霊舟は波を裂いて滑り出す。


 ルナは四つの尾を揺らし、舟の中心に置かれた霊石へ狐火を注ぎ込む。淡青の光が脈打ち、舟全体が生き物のように震えた。


 セリナは船首に立ち、両手を組んで結界を展開。柔らかな光の膜が舟を包み込み、外界の邪気を弾いた。


 霊舟は次第に速度を増し、白い波しぶきを散らしながら東へ。

 初めて味わう海上の旅に、誰もが胸を高鳴らせていた。


 しかし、昼を過ぎたあたりから空模様が変わり始める。

 群青の雲が東方から押し寄せ、光を覆い隠していった。風は唸りを上げ、波は牙をむく。


「嵐が来る!」風牙が叫ぶ。

 彼はすぐさま風を制御しようとするが、自然の嵐は人の術など容易く呑み込む。


 蓮弥は舟底に膝をつき、水符を起動させた。

「海よ、鎮まれ!」

 青白い水光が走り、荒波の一部を押し返す。しかし次の瞬間にはさらに巨大な波が押し寄せ、舟を呑み込まんとする。


 セリナは結界を重ねた。透明な壁が波を切り裂き、しぶきを弾く。だが次々と襲いかかる波と風に、光の壁は軋みを上げる。


 その時、ルナの狐火が烈しく燃え上がった。

「まだ大丈夫、霊舟は生きてる!」

 彼女の霊力が舟に力を与え、進む意志を繋ぎ止める。


 だが――嵐の只中、海の奥底から黒い影が現れた。


 渦を巻く波間から、鱗のうねる巨体が姿を現す。

 長き首をもたげ、黄金の瞳が舟を射抜いた。海霊獣――**海鱗竜かいりんりゅう**である。

 雷鳴とともに咆哮が響き、海が割れるほどの衝撃が四人を襲った。


「くそっ、霊獣まで現れるとは!」風牙が杖を構え、暴風を放つ。

 だが海鱗竜は鱗を揺らし、風を裂いて進む。


 蓮弥は立ち上がり、掌に水を集めた。

「《水龍の牙》!」

 海流が竜のようにうねり、海鱗竜の胴を噛む。しかし巨体は怯むどころかさらに狂暴さを増す。


 その口が開かれ、渦を巻く海水が吸い込まれ始める。舟ごと呑み込まれんとする勢い。


「私が防ぐ!」

 セリナが船首に立ち、雷光の結界を張った。光の盾が竜の口を押し返すが、亀裂が走る。


 ルナが狐火を霊石へ注ぎ込み、舟全体に火光を纏わせた。蒼い炎が舟を包み、まるで海に浮かぶ不滅の星のように輝いた。


「今だ、蓮弥!」


 ルナの声に背を押され、蓮弥は両手を広げた。

「水よ、雷よ、我らを護れ!」

 水と雷が絡み合い、光の槍となって海鱗竜に突き刺さる。


 轟音と共に竜がのたうち、波濤が天地を覆った。やがて巨体は海中へと沈み、嵐は次第に収まっていく。


 波が静まり、残されたのは星々を映す穏やかな水面だった。

 四人は息を整えながら互いを見合った。


「……助かったな」風牙が深く息を吐いた。

「嵐も霊獣も、一度に来るなんて」セリナは額の汗を拭い、結界を解いた。

 ルナは尻尾を振り、火を小さくして霊石から手を離す。

「でも、霊舟は壊れなかった。ちゃんと生きてる」


 蓮弥は船首に立ち、遠い東の闇を見据えた。

 耳には再び、あの子守唄がかすかに流れてくる。


――みずよ。さらさらと。ゆめへといざな。

――やみよ。しりぞけよ。こどものそばに。


 嵐の後に残るのは、不思議な静けさと、その唄の優しい調べだけだった。

 蓮弥は拳を握りしめ、胸の奥で誓う。


「必ず辿り着く。あの唄の源へ……」


 星明かりの下、霊舟は再び進み出した。大海の試練は始まったばかりである。




【第180話】蒼海に漂う安らぎ


 夜が明け、東の空が茜色に染まり始めていた。

 荒れ狂った嵐と霊獣の襲撃から一夜が明け、霊舟はゆるやかな波に揺られながら東へ進んでいた。帆は朝の風を受け、きらめく海面を滑るように進んでゆく。


 蓮弥は船首に立ち、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 昨夜の死闘の緊張感がまだ体に残っている。それでも、水平線に広がる青はどこまでも澄み、心を洗い流していくようだった。


「こんなに静かな海もあるんだな……」


 振り返ると、風牙が帆の調整を終え、腰を下ろして大きく伸びをしていた。

「昨日はさすがに死ぬかと思ったが、今日はいい風だ。俺の風術も、こういう時は役に立つ」

 彼は潮風を指先で弄びながら笑みを浮かべる。その様子にルナが近づき、尻尾をふわりと揺らした。


「風牙、もっと柔らかく吹かせられない? 潮の香りが強すぎて、せっかくのお茶が冷めちゃう」

 ルナの膝には小さな茶器が並んでいた。狐火で湯を沸かし、茶葉の香りを引き出している。四尾の狐火は揺れる波の上でも安定して燃え、淡い光が朝の霧に映えて美しい。


「お前は器用だな」セリナが感心したように言い、茶器を手に取った。

「舟の上でまでお茶を淹れるなんて。だけど、確かにこうして落ち着くのも悪くない」


 やがて茶の香りが舟全体を包み、緊張に張り詰めていた空気がやわらいでいく。


 朝食代わりに用意されたのは、蓮弥が符術で海から引き上げた魚だった。

 符を刻んだ板の上で調理すると、塩気を帯びた香りが広がり、炙られた魚が音を立てて弾けた。


「おいしそう!」ルナが尻尾を揺らし、ぱちぱちと狐火で魚を炙る。

 風牙はその横で、包みから持参した薬草を取り出し、軽く振りかけた。

「こうすると匂いが和らいで旨味が増すんだ。旅の知恵ってやつさ」


 出来上がった料理を四人で分け合い、海を眺めながら食す。

 潮騒と鳥の声が響き、ただただ穏やかな時間が流れていく。


 セリナは魚を口に運び、ふと呟いた。

「……こういう時、修行の険しさを忘れそうになるな」

「忘れてもいいんだよ」ルナがにっこりと笑う。「修行は私たちの日々の一部でしかないし、こうして笑うのも大事だから」


 その言葉に、蓮弥は目を細めた。

 師を失い、多くの戦いを経てここまで来た。それでも仲間と笑い合えるひとときがあることに、心の底から感謝した。


 昼近く、海はさらに静まり返り、舟は凪の中を漂うように進んでいた。

 風牙は帆を緩め、術を抑えて舟を休ませる。


「せっかくだから、昼寝でもするか」

 そう言って甲板に寝転ぶ彼に、ルナが呆れ顔で言った。

「ほんとに自由だね。でも、まあ……いいか」


 ルナも隣に座り込み、尻尾を枕にして目を閉じる。狐火が小さく揺れ、舟を包むように漂う。

 セリナは静かに瞑想を始め、周囲に結界を張りつつ心を休めていた。


 蓮弥は一人、船首に残り海を眺めた。

 ――そしてまた、あの声が聞こえてきた。


 かぜよ。しずらかに。

 ねむりをまもれ。


 子守唄の調べが、波音に溶けて胸の奥に響く。

 蓮弥は拳を握り、瞼を閉じた。仲間には聞こえないこの唄が、自分だけに流れてくるのはなぜなのか。


 だが今はただ、その優しい響きに身を委ねる。

 不思議と心が落ち着き、荒れた心が澄んでいくのを感じた。


 やがて夕暮れが訪れ、海は黄金色に染まった。

 ルナが甲板に寝転がりながら言う。

「ねえ、もし東の仙山に着いたら、最初に何をしたい?」


 風牙は即座に答えた。

「弟子入りだな。俺は絶対にあの仙人に認められる」

 セリナは微笑んで肩をすくめる。

「私は……強さを磨くよりも、皆を守れる術をもっと知りたい」


 そして視線は蓮弥へと向けられた。

 蓮弥は少し考え、水平線を見つめながら言った。

「……俺は、この唄の源を確かめたい。そこにきっと、俺の歩むべき道がある」


 仲間たちはその答えに頷き、それ以上は何も言わなかった。

 やがて東の空から星が瞬き始め、静かな夜が訪れる。


 甲板に寝転がり、皆で星空を仰ぐ。

 海の彼方まで続く闇の上に、無数の光が広がっていた。


「……すごいね。まるで海の上にもうひとつの海があるみたい」ルナが囁く。

「星海か。修仙の道も、ああして果てしなく続いてるんだろうな」風牙が呟く。

「ならば、私たちも星のように進み続けなければ」セリナは目を閉じ、祈るように言った。


 蓮弥は子守唄を胸に抱きながら、仲間と共に星空を見上げた。

 戦いのない一日――だが、この静かな時間こそが、心を強くする糧になるのだと彼は知っていた。


 霊舟は穏やかな波に揺られ、星明かりの下、静かに東へ進み続けた。


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