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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第161話】【第162話】 堂に集い 修士の声高し 魔仏山

【第161話】比叡山への道


 東方の広大な砂漠を越え、幾つもの山岳を踏みしめて――三人はようやく比叡山の麓に立った。

 朝霧に包まれた山は、まるで白銀の衣をまとった巨人のように静かで厳しくそびえ立っていた。木々は深く茂り、空気は清冽で、ただ立っているだけで俗世の塵を洗い落とされるようだった。


「これが……比叡山……」

 セリナは瞳を輝かせながら見上げた。

 西方の都で育った彼女にとって、この山岳の聖地は異国そのもの。荘厳な気配に圧倒されつつも、未知の文化に足を踏み入れる興奮を隠せないでいた。


「懐かしい匂いだな」

 ルナが低く呟いた。四尾の狐姿のまま、彼女は鼻先をひくつかせる。

 かつて蓮弥と共に修行の途中で立ち寄った記憶が、わずかに甦っているのだろう。


「行こう。明覚が、きっと待っている」

 蓮弥は短く言い、山道へと足を踏み出した。



 比叡山の修行場は、広大な伽藍のように山中に築かれていた。幾重もの石段、鐘楼、そして修士たちが座して経を唱える堂宇。澄み切った梵音が、霧の彼方から絶え間なく流れてくる。

 その中心の大広間に、明覚はいた。


 僧衣に身を包み、かつてと変わらぬ静謐な眼差しで蓮弥を迎え入れる。

「……よく来たな、蓮弥。そして、その仲間たちも」


 再会の一瞬、蓮弥の胸に熱が込み上げた。

「明覚……あなたに会いたかった」


 明覚は微笑を浮かべ、三人を座へと導いた。温かな茶が振る舞われるが、蓮弥はすぐに切り出した。


「お願いがあるのです。――師、シュウ廉を助けたい」


 茶碗を持つ手が震えていた。

 蓮弥の胸に今なお息づく恩師への思い。その声には、抑えきれぬ焦燥と決意が宿っていた。


 明覚は深く目を閉じ、しばし沈黙した後に口を開いた。

「……やはり、そのことを口にするのだな。蓮弥。私も噂で聞いている。シュウ廉殿の魂が、魔仏山の深層に囚われていると」


 セリナが息をのむ。ルナの尾も静かに揺れた。


「助ける術は……ないのですか」

 蓮弥の問いは祈りのようだった。


 明覚はゆっくりと頷いた。

「術はある。だが一人では到底叶わぬ。――比叡山は今、多くの修士を集めつつある。近く、魔仏山を攻撃する計画が進められているのだ」


「……攻撃計画?」セリナが目を丸くする。


「うむ。魔仏山は長らく魔族の牙城と化し、この大地を蝕んでいる。我らが座して黙するだけでは、被害は広がるばかり。そこで長老たちは、大規模な討伐戦を決断した」


 堂内に漂う香煙が、緊張を孕んで揺れた。


「すでに各地の修士が集まりつつある。その数、数百に及ぶだろう。お前たちが加わるなら、作戦の中心に身を置けるやもしれぬ。その時こそ――シュウ廉殿を救う機会も訪れる」


 蓮弥の拳が膝の上で固く握られた。

 まるで閉ざされていた扉が開かれたかのような言葉だった。


「……ありがとうございます。必ず、その戦に加わります」

 その声には揺るぎない決意が込められていた。


 セリナは隣で小さく笑みを浮かべた。

「もちろん、私も行くわ。蓮弥の師なら、私の師も同じようなものだから」


「ふん、置いて行かれるわけがないだろ」

 ルナは尾を打ちつけ、誇らしげに目を細めた。


 三人の視線が交わり、強い絆が結ばれた瞬間だった。



 夜、比叡山の宿坊にて。

 窓の外に広がる星々を仰ぎながら、蓮弥は深く息を吐いた。

 遠い砂漠の夜に耳にした子守唄の残響が、微かに胸をよぎる。


(師よ……必ずお救いします。今度こそ)


 拳を握りしめ、誓いを胸に刻む。


 こうして三人は比叡山に留まり、迫り来る大戦へと身を投じることを決めた。

 静謐な聖地の空気の下で、彼らの運命は新たな段階へと踏み出していく。


【第162話】作戦会議


 比叡山の大講堂は、厳かな鐘の音とともに開かれた。

 広間の中央には大きな地図が広げられ、周囲には数十名に及ぶ修士たちが居並んでいる。各地から集った高名な修士、若き修行者、そして比叡山の長老たち。堂内は張り詰めた空気に満ち、蝋燭の炎さえも揺らぎを忘れているかのようだった。


 蓮弥、セリナ、ルナもまた、その端に席を与えられていた。

 かつて金霊珠を届け、比叡山の危機を救った縁ゆえに、彼らは客分として会議に参列することを許されたのだ。


 やがて長老の一人が、深い声を張り上げる。

「諸君。魔仏山を討つべき時は近い。我らが座して日を送れば、この地は魔に呑まれ、人の営みは潰える。故に、今こそ決断の時である」


 厳粛な言葉に、場の空気がさらに引き締まった。

 長老は杖を突き、地図の一点を指す。魔仏山――黒々と描かれたその山は、まるで不気味に蠢く影のようだった。


「作戦には二つの案がある」


 一人の修士が進み出て、声を張る。

「第一は――正面突破である」


 地図の山の南面を指し示し、説明を続けた。

「兵を一気に集中し、山門を正面から攻める。大軍をもって押し寄せれば、敵は混乱し、我らの気勢も高まるだろう。修士たちは長き戦を望まぬ。短期決戦こそ、勝機を掴む道だ」


 その言葉に、多くの修士が頷き、声を上げた。

「うむ、それが良い!」「一気呵成に叩き潰せ!」


 場の熱が高まっていく。


 しかし、別の修士が反論した。

「待たれよ。正面突破は敵にも予想されていよう。彼らは堅固な防備を築き、待ち構えているに違いない。そこで第二案――夜間奇襲を提案する」


 堂内にざわめきが走る。


「夜陰に紛れ、少数精鋭をもって背後を衝く。奇襲が成功すれば、敵は混乱し、山は瓦解するだろう」


 だがすぐに、反対の声が上がった。

「危険すぎる! 失敗すれば、突入した修士は全滅。残る我らも士気を削がれる」

「夜間に山を攻めるなど、まるで自殺行為だ」


 会議の場は、賛否入り乱れて喧噪となった。

 正面突破か、夜間奇襲か――。

 それぞれに利と不利があり、どちらを取るべきかで意見は割れている。


 蓮弥は黙してその議論を聞いていた。

 セリナも隣で息を詰め、ルナは尾を揺らしながら退屈そうに耳を伏せている。


 (……正面突破は確かに勢いがある。しかし、敵の守りを真正面から受けるのはあまりに危うい。かといって奇襲は、一か八かの賭けに過ぎない。どちらを選んでも、大きな犠牲が出るだろう)


 蓮弥は拳を握りしめ、地図を凝視した。

 魔仏山の峰々、その谷筋、隘路――。

 かつて修行の途上で耳にした地形の噂が、頭の片隅に蘇る。


 (……もし、別の道があるとすれば――)


 胸の奥に、かすかなひらめきが芽生え始めていた。

 まだ形を成さないが、それは確かに二つの案とは異なる、第三の戦い方だった。


 会議はなおも続く。

 長老たちは互いに意見をぶつけ合い、修士たちは声を張り上げ、堂内は熱を帯びていった。


 蓮弥は深く息を吐いた。

 今はまだ、発言の時ではない。だが、いずれ訪れるだろう。

 その時、自らの案を口にしなければならない。


 ――恩師を救うために。

 ――仲間を守るために。


 彼の胸には、確かな決意が燃え始めていた。


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