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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第159話】【第160話】 香辛料 風に混ざりて 東の町

【第159話】東方の町にて


 砂漠を越えた三人がたどり着いたのは、古い城壁に囲まれた東方の町であった。

 遠くから見た城は白く輝き、塔の先端には金色の飾りが陽光を反射している。門をくぐった瞬間、砂と熱風に満ちた旅路の空気とはまるで異なる、香辛料と人々の声に包まれた賑わいが広がった。


 人の姿を見るのは久しぶりで、セリナはその活気に目を輝かせていた。


「すごい……! まるで別世界ね。西方とは色も匂いも、すべてが違う!」


 通りには色鮮やかな布を広げた露店が並び、果物や香辛料、焼きたての菓子の甘い匂いが漂っている。ルナは狐の姿のまま蓮弥の肩に乗り、尻尾を揺らしながら鼻をひくひくさせた。


「人間に化けるのは疲れるし、町で休むときは狐のほうが楽なの」

「でも目立つぞ、ルナ」

「大丈夫。東方には霊獣の話が多いし、珍しいけど縁起が良いって思われるわ」


 実際、通りを歩く人々は驚きながらも「お狐さまか」と目を丸くするだけで、騒ぎ立てることはなかった。


 三人は市場を歩き、旅の必需品をそろえることにした。

 布商人の店では、セリナが絹の布を手にとって頬ずりする。


「なんて滑らかなの……西の麻布とは全然違うわ!」

「値段も全然違うけどな」蓮弥は苦笑する。


 店主は陽気な口調で「旅の方なら少し負けておきますよ」と言ったが、蓮弥は負けじと交渉を始めた。

 彼は落ち着いた声で「ほかの店ではこの半分の値段で見たぞ」と切り返す。

 店主は大げさに胸を叩き、「あそこは粗悪品です! うちのは砂漠を越えてきた最高の絹!」と反論。

 そのやりとりを見ていたセリナは、交渉の駆け引きそのものに興味津々だった。


「へえ、値段ってこんなふうにやり取りするのね。」

「旅人は足元を見られるから、交渉は必要だ」

「なるほど……勉強になるわ」


 最終的に半値近くまで値が下がり、蓮弥が勝ち取ると、セリナは小さく拍手した。


 次に立ち寄った食堂では、さらにセリナの驚きは大きくなった。

 香り高いスープに、細い麺のような料理が出てきたのだ。


「これ、長い糸みたいだけど……食べ物?」

「麺っていうんだ。熱いうちにすすって食べるんだぞ」蓮弥が手本を見せる。

 セリナは恐る恐る口に運び、そして目を見開いた。


「……美味しい! もちもちして、香辛料の香りも複雑で……西のパンとは全然違う!」


 さらに焼き餅に甘い蜜をかけた菓子を食べたとき、セリナは思わず笑みをこぼした。


「甘いのに香ばしい……! 砂漠の苦労を忘れるわ」

「よかったな。こういう時のために旅してるんだ」


 ルナもちゃっかりと小皿を前に座り、魚の焼き物をもらっていた。


「これ、狐にしても贅沢すぎるわね」

「おまえは普段から贅沢だろ」蓮弥が呆れながら言うと、ルナは尾をふわりと揺らしてごまかした。


 町の人々との触れ合いもまた、三人にとって新鮮だった。

 旅装束のままの彼らに興味を示す者も多く、行商人は「どこから来たのか」と尋ね、子どもたちはルナを見て歓声を上げた。


「お兄ちゃん、その狐貸して!」

「貸し物じゃないぞ」蓮弥が困ったように笑うと、子どもたちは一斉に笑い声をあげて走り去った。


 夜になると、町の広場では楽師たちが楽器を奏で、踊り子たちが鮮やかな衣を翻して舞った。

 セリナはその光景に釘付けになり、やがて手を叩いて踊りの輪に加わった。


「西方の舞とは全然違う……でも楽しい!」


 蓮弥はその姿を見守りながら、ふと気が緩むのを感じた。砂漠の過酷な旅を越え、こうして日常に触れる時間を得られるとは思っていなかったからだ。


 宿に戻ると、ルナが布団に丸くなりながら言った。


「ねえ蓮弥。こうして普通に町で過ごすのも、悪くないわね」

「そうだな。たまには、こういう日が必要だ」


 旅はまだ続く。しかしこの一日の休息は、確かに三人の心を和らげた。

 明日から再び未知の道へと進むにしても、この町での思い出は彼らの胸に刻まれ、力となるだろう。




【第160話】再び、志を胸に


 砂漠を越えた先の城下町。長い旅路の果てにたどり着いた安堵の場所で、三人は短い休息を過ごしていた。


 市場には活気ある声が飛び交い、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。色鮮やかな絨毯や香辛料、焼き立ての饅のような食べ物――。セリナにとっては初めての東方文化ばかりで、見るものすべてが新鮮だった。彼女は楽しそうに目を輝かせながら、あれもこれもと蓮弥とルナに尋ねていた。


「見て、蓮弥! この果物、こんな形初めて!」

「それはザクロですね。甘酸っぱくて、種が多いんです」

「へえ……! おいしそう!」


 異文化に触れる喜びに夢中なセリナ。その無邪気な様子に、蓮弥とルナも思わず笑みを浮かべた。


 だが、賑やかさの裏で、蓮弥の胸には重い思いが沈んでいた。


(……師匠を、助けに行かねば)


 それはシュウ廉。丹薬作りの技を教えてくれ、修行時代を支えてくれた恩師。今、その魂は魔仏山の深奥に囚われている。蓮弥は長らくその思いを胸の奥にしまい込んできたが、砂漠を越えた今、その炎は再び強く燃え上がっていた。


 夜。宿の屋上に出て星を仰ぐと、あの声が心に甦る。

 ――「火を操るとは、ただ燃やすことではない。炎の温度、勢い、形……すべてを制御することだ」

 丹薬作りの際、師が語った言葉。その一つ一つが今も鮮やかに響く。


 ふと耳に、かすかな調べが紛れ込んだ。


 ……かぜよ。しずらかに。ねむりをまもれ……


 砂漠の夜に何度か耳にした、子守唄のような声。はっきりとした旋律ではなく、風に撫でられるように淡い。蓮弥は目を閉じ、しばし耳を傾けた。だがすぐに首を振り、思考を切り替える。


(今は……それよりも)


 翌朝。三人は宿の一室で机を囲み、これからの進路を話し合った。


「……比叡山に向かうつもりです」

 蓮弥の声は静かだが、その奥に強い決意があった。


「比叡山?」セリナが首を傾げる。「あそこって結界があるんじゃ……」


「ええ。けれど、そこには明覚がいます。かつて共に戦ったこともある僧で……彼なら助けになってくれるはずです」


 セリナは真剣な顔でうなずく。「蓮弥の師匠を助けるためなら、私も手を貸すわ」


 そのとき、ルナが尾をゆらしながら口を開いた。


「蓮弥。あたしも……シュウ廉のこと、忘れてない」


 蓮弥は目を瞬いた。

「ルナも……そうだったな」


 思い出す。修行の日々。丹薬を学ぶ自分の隣に、狐の身でついてきたルナがいたことを。シュウ廉は蓮弥だけでなく、常にそばにいたルナにも声をかけ、教えを与えてくれた。


「そう。あの人、あたしの尾の炎を見て『お前の火は清らかだ、もっと誇れ』って言ってくれた。……だからあたしも、助けたいんだ。蓮弥だけじゃなく、あたしにとっても恩人だから」


 ルナの言葉に、セリナは小さく笑みを浮かべた。

「じゃあ決まりね。蓮弥とルナの大切な人を、必ず取り戻しましょう」


「ありがとう……二人とも」

 蓮弥は深く頭を下げ、地図を広げる。


「比叡山で明覚に会い、情報と支援を得る。その後、魔仏山の様子を探り、作戦を立てます。無謀な突入はできません。あそこは……危険すぎる」


 一瞬、部屋の空気が張りつめる。だがルナが「ふぁ〜」と欠伸をして尾をぱさりと揺らし、場を和ませた。


「難しい話は後でいいわ。まずは進もう」


 三人の視線が自然と交わる。そこには共に歩む決意があった。


 夜、蓮弥が荷を整えていると、再び風に紛れて声が響いた。


 ……つきよ。てらしませ。やさしきひかり。……

 ……みずよ。さらさらと。……


 淡い歌声は意味を明かさないまま、耳の奥に残る。

 蓮弥は深く息を吸い、心に誓った。


 ――この旅はまだ終わらない。いや、ここからが本当の始まりなのだと。


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