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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第155話】【第156話】 星降りて 闇と光抱く 少女かな

【第155話】星光の祭壇


 黒大蛇が絶命した瞬間、地下湖は静まり返った。濁流のように渦を巻いていた水が、不思議な力に吸い込まれるように消えていく。だが、それは干上がるのではなかった。


 轟音と共に、湖面の中央から巨大な石造りの構造物がせり上がってきたのだ。水が四方へ弾き飛ばされ、霧のような飛沫が降り注ぐ。その中心に現れたのは、荘厳な祭壇。階段が幾層にも重なり、天へと昇る塔のように広間の中央へそびえていく。


 そして――。


 天井がきらめき、半球状の水晶ドームが姿を現した。巨大な透明の殻は無数の断面で構成され、星空を映し出す鏡のように輝いている。暗い地底にあるはずなのに、そこに広がっていたのは無限の宇宙。銀河の渦、星雲の帯、無数の光点が反転した天空となり、彼らを包み込んでいた。


 水晶のパネルには複雑な幾何学模様が走り、淡い光が脈動している。まるで外星の文明が築いた都市の一角――人智を超えた技術で造られた聖域のようであった。


「……まるで、空の底に迷い込んだみたい」

 セリナが呆然とつぶやく。


 床には光明属性の符文が網の目のように刻まれ、星の瞬きを受けて淡く光を放っていた。幾何学的な模様は呼吸するかのように明滅し、脈動は祭壇の中心へと収束していく。そこでは古代文字や精霊紋が浮かび上がり、淡い星光が血管のように流れ巡っていた。


 ルナが耳をぴくりと揺らし、四本の尾をゆらめかせた。

「人間の技術じゃない……こんなの、地上にある遺跡と全然違うわ」


 蓮弥は慎重に石段を踏みしめ、祭壇の壁面に手を当てた。冷たい石の感触の奥から、波打つような力が伝わってくる。

「……これはただの遺跡じゃない。生きてるようだ」


 その瞬間――。


 広間全体がかすかに震え、星光が祭壇の中央に集束していった。粒子のような光が舞い上がり、人の形を取る。だがそれは人ではなく、神でもない。透明な輪郭と淡い輝きをまとう存在――精霊としか呼びようのないものだった。


「……お前たちか」

 声は性別を持たず、空間そのものから響いてきた。


 三人は思わず身構える。だが、その声に敵意はなく、むしろ長い孤独を帯びた静寂の響きがあった。

「我は……この祭壇に縛られし者。かつて霊界より落ち、ここに留まることになった」


 精霊の輪郭が微かに揺れる。

「霊界と人界の境が裂けた時、我らの一部は流され、この地に漂着した。時が流れ……帰る術も、留まる力も薄れ、我はここで消えゆく運命となった」


 その言葉には、果てしない年月を耐え続けた哀切が滲んでいた。


 セリナは胸が締めつけられる思いで、ふと視線を落とした。


 だが精霊は続ける。

「消え去る前に……ただ一つ望んだ。我が意識を霊界へと渡す『橋』となる存在に出会うことを」


 セリナは驚いて顔を上げた。だが精霊は首を振るように光を揺らした。

「勘違いするな。我は誰かを待ち続けていたわけではない。お前に会うために残っていたのではない。偶然、この場に辿り着いたのがお前であった。ただ……その資質は確かに、お前に備わっていた」


「……私?」

 セリナは自分を指さし、震える声を漏らす。


「お前の内には、魔と霊、相反する二つの力が同居している。それを星光で束ねる器を持つ者――稀にしか現れぬ資質。それがあれば、我が意識は霊界へと繋がる」


 セリナは息を呑んだ。これまで感じてきた直感――星光に惹かれる感覚や、遺跡に触れるたび胸に走った震え――すべてが今、一本の糸で結ばれた。


 ルナがセリナの袖を掴み、真剣な瞳で囁く。

「セリナ、あなたならできるわ。私たちも一緒にいる」


 蓮弥も頷き、力強く言った。

「選ばれたのはお前だ。でも一人じゃない。俺たちが支える」


 精霊は祭壇の中心を示す。

「この祭壇は星の鏡。天空の光を集め、魔力を凝縮し、結晶と化す。ここでお前が星光を受け入れれば、我が意識は霊界へと戻る。そして……お前自身もまた、次なる段階へ至るだろう」


 床の符文が一斉に明滅し、空間全体が低く唸るように震えた。


 セリナは涙を拭い、決意を宿した瞳で祭壇を見据える。

「……分かった。偶然でも、私がここにいるのは意味がある。あなたの願いも、私の道も、共に受け止める」


 その瞬間、天井の水晶ドームが輝き、無数の星光が降り注いだ。


 光は銀の雨となって祭壇を包み、符文は脈打つ心臓のように輝きを増す。空間は星海と化し、三人は宇宙のただ中に立つような錯覚を覚えた。


 精霊の最後の声が響く。

「――ありがとう、偶然の旅人よ」


 次の瞬間、その光はすべてセリナの胸へと吸い込まれていった。

 いよいよ、彼女の「星光の魔種形成」が始まろうとしていた。




【第156話】星光の魔種


 祭壇の中央に、セリナは静かに立っていた。


 頭上を覆う半球の水晶ドームは、夜空をそのまま映したかのように無数の星を輝かせている。その光はただの幻ではなく、精緻な符文と水晶を介して現実の力へと変換され、銀の流星となって降り注いだ。細い光の糸がセリナの髪に絡み、衣の裾を揺らし、肌へと染み込んでいく。


 息を呑む蓮弥とルナの前で、彼女の全身はすでに星明りに包まれ、まるでこの世界から切り離された異次元の存在のように見えた。


 セリナは瞼を閉じ、意識を胸奥へと沈めていく。


 ――そこは暗黒の深海のような内界だった。

 冷たい水の底に、彼女自身の過去が沈殿している。


 「魔種の娘」と囁かれた幼少の記憶。母の腕の温もりに潜む、微かな怯え。人と魔の狭間に立つ烙印は、幾度も彼女を孤独へ追いやった。


(私なんかに……星の力を受け止められる資格があるの……?)


 疑念は黒い潮となり、心を侵食していく。

 だが、深みの中で脈打つ小さな光があった。


 ――仲間の存在。

 幾度も共に戦った記憶、差し伸べられた手、寄り添う眼差し。


 セリナは闇を拒まず、しかし光をも拒まなかった。両方を抱きしめる決意が、胸奥に小さな灯をともす。


 その瞬間、星光が一斉に心核へと流れ込んだ。


 冷たく硬質な結晶のような感触が胸に生まれる。だがそれは冷えた石ではなく、心臓と同じ鼓動を刻み始める。彼女の霊力と魔力が星光と結びつき、ひとつの結晶核へと凝縮していった。


 外界では、セリナの身体を覆う光が烈しく瞬いた。髪は銀糸の瀑布のように輝き、瞳には天穹の星々が宿る。纏う魔力は澄みきった冷流のごとく広がり、ルナの尾を震わせ、蓮弥の呼吸を乱すほどの威圧を放った。


 祭壇の床に刻まれた符文が脈動し、次々と精霊紋が点灯する。幾何学模様の陣が大地の鼓動のように震え、光は渦を描きながらセリナの胸に注ぎ込まれた。


 内界では、さらに深い変容が始まっていた。

 黒い闇と白い光が拮抗し、彼女の精神を裂かんとする。


 ――恐れられた自分を否定すれば、光は砕け散る。

 ――闇に呑まれれば、光は消滅する。


 選ぶべきはどちらでもなく、両方を抱くこと。


「これが……私」


 セリナは心の底で呟き、闇をそのまま胸に受け入れた。

 光がそれを包み、溶け合い、結晶へと定着する。


 刹那。


 祭壇全体が星そのものと化した。水晶ドームの天井が眩く脈打ち、星の海が地の底に降りてきたかのように広がる。


 セリナの胸奥には、小さな星の欠片が形成されていた。

 その内部で、魔と霊、闇と光が均衡を保ちながら渦を巻く。


 彼女は小さく息を吐き、震える声で呟いた。

「……これが、私の……『星光の魔種』」


 光が収束すると、祭壇の空間は静けさを取り戻した。

 彼女は依然として少女の姿のままだが、その気配は一変していた。凛とした輝きが全身を包み、近くに立つだけで心が澄んでいくような威圧と安らぎを同時に放っている。


 星光はすべて胸に宿り、内側から淡い鼓動を刻み続けていた。


 セリナは目を開いた。その瞳に宿る星は、もはや祭壇の幻影ではなかった。

 それは彼女自身の存在を照らす、真の光だった。


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