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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第147話】【第148話】 焚き火に 揺れる瞳の 未来かな

【第147話】禁忌の核心 ― 若き竜たち


 光の扉を越えた瞬間、三人の体は異様な圧力に押し潰されるような感覚に襲われた。

 足を踏み入れたそこは、底知れぬ闇の世界。天も地も分からず、ただ濃密な霊気が渦巻き、冷気と熱気が入り混じった重苦しい空間が広がっている。

 まるでこの場所そのものが意思を持ち、侵入者を拒んでいるかのようだった。


「……ここが、禁忌の核心……」

 セリナは声を潜めたが、その声すらすぐに闇に吸い込まれてしまう。

 肌にまとわりつく空気が異様に重く、歩くだけで霊力を消耗させられるようだった。


 ルナは尾を広げ、狐火を灯そうとした。

 しかし青白い炎は、まるで冷たい風に吹き消されたかのように、揺らめきながら消えていく。

「火が……安定しない……。こんなこと、初めてだ……」

 彼女の声にはわずかに怯えが混じっていた。


 蓮弥は剣を握り締め、前を見据える。

「これは……ただの霊気じゃない。誰かの意思が……俺たちを追い返そうとしている。」


 その言葉の直後、闇の奥から低い唸り声が響いた。

 ゴオォォォ……という音とともに、大地が微かに揺れる。

 重く、圧し掛かるような殺気が三人を包み込んだ。


「……竜、か?」

 蓮弥の背筋に冷たい汗が流れる。


 やがて闇の中に、真紅の光が二つ、いや三つ浮かび上がった。

 それは瞳だった。竜の瞳――。


『愚かなる者たちよ……ここは禁忌の地。我らが眠る領域だ。

 命が惜しければ、今すぐ退け……』


 その声は地響きのように空間を震わせ、精神を直接叩きつけてくるような圧を持っていた。

 セリナの肩が震えた。

 ルナも尾をたたみ、耳を伏せる。


 突然、彼らの視界が歪み、周囲の闇が形を変え始める。

 足元には裂け目が走り、灼熱の溶岩が煮えたぎる。

 頭上からは巨大な爪が降り下ろされ、黒い影が天を覆った。


「――ッ!」

 セリナは思わず杖を掲げ、結界を張る。しかし結界は竜の爪に砕かれる幻を見せつけられる。

 心臓が強く跳ね、呼吸が乱れた。


『侵入者は喰らう……血肉はこの地に還る……』

 耳元で囁く声。後ろを振り向くと、そこには血塗れの獣が鎌首をもたげていた。


「やめろ!」

 ルナが尾を広げ、狐火を放つ。しかし炎は敵に届かず、闇に吸い込まれるばかり。

 その瞬間、背筋を冷やす恐怖が彼女の心を締め付ける。

 ――このままでは、心を折られる。


 蓮弥は剣を構え、叫んだ。

「幻術だ! これは奴らの幻だ! 本当に触れてはいない!」

 だがその声も恐怖の波にかき消される。

 脳裏には自分の過去の過ちや後悔が次々と浮かび、心を削るように襲いかかる。


 それでも、彼は一歩を踏み出した。

「……こんなもの……俺たちは何度も越えてきた!」


 その一歩に呼応するように、ルナとセリナも動いた。

 セリナは震える手を抑え、杖に魔力を込める。

「……こんな幻、私の魔法で……!」

 ルナは歯を食いしばり、尾を再び燃え上がらせる。

 三人の力が闇を押し返し、ほんのわずかだが周囲の幻影がひび割れた。


 次の瞬間、竜たちの声が重なった。

『な……なに……? まだ進むのか……?』

『普通の者ならここで心を砕かれるはず……』

『おかしい……なんで……!?』


 声の調子が揺らいだ。

 その瞬間、足元の裂け目も巨大な爪も、すべてが霧のように消えた。

 闇の中から現れたのは――三頭の小さな竜たちだった。


 竜といっても、伝承に語られるような巨躯の魔獣ではない。

 全長は馬ほどで、まだ鱗も柔らかい。

 彼らは翼をばたつかせ、慌てふためいた様子で互いの背に隠れようとしていた。


「……え?」

 セリナが呆然と声を漏らす。


『……こ、こいつら、ぜんぜん怖がってないじゃないか!』

『だからもっと怖がらせなきゃって言ったのに……』

『お、俺だって頑張ったんだ! 咆哮も練習したし……!』


 三頭の竜たちは、お互いをつつき合いながらぶつぶつ言い合っている。

 先ほどまでの恐怖を煽る威圧感は見る影もなく、今はただの子供のような小さな存在だった。


 ルナが呆れたように首をかしげた。

「……もしかして、さっきの全部……君たちの仕業?」

 三頭はびくりと体を震わせ、視線を逸らす。

『……そ、そうだよ……。ここに来るやつは悪いやつばっかりだから、怖がらせて追い出そうと……』

『ぼくら、強そうにしないと……やられちゃうでしょ……?』


 その声には幼い怯えが混じっていた。


 蓮弥は剣を下ろし、深く息をつく。

「なるほどな……お前たちがこの地の“守護者”ってわけか。」

『……ま、守護者っていうか……ぼくら、この場所から出たことないから……』


 竜たちの虚勢と臆病さに気づいた三人は、顔を見合わせた。

 セリナはそっと杖を下げ、柔らかい声を出す。

「もう怖がらせなくてもいいわ。私たちは、戦いに来たんじゃない。」


 ルナも尾を揺らして笑った。

「むしろ……君たちを守るためにここまで来たのかもね。」


 三頭の幼竜は驚いたように目を瞬かせる。その瞳にはまだ怯えの色が残っていたが、ほんのわずかに、安堵の光も宿っていた。


 禁忌の核心――そこには伝説の悪竜の骸も、恐るべき魔物の王も存在しなかった。

 待っていたのは、孤独の中で必死に虚勢を張り続ける、幼い命たちだったのだ。




【第148話】禁忌の彼方へ


 結界の地は深い夜に包まれていた。山のような岩壁が四方を囲み、空は分厚い雲と霧に閉ざされ、月光すら差し込まない。焚き火の炎だけが赤々と広場を照らし、竜の鱗の光沢をゆらめかせる。


 若き竜たちはかつてこの地を恐怖で覆い尽くした「悪」の竜の亡骸から孵った存在だという。己の親を知らぬまま、この結界に守られ、外の世界を知らずに育ったのだ。


 蓮弥は膝を折り、三頭の幼竜と向かい合っていた。背後ではルナが鋭い視線で辺りを警戒し、セリナは杖を抱きしめるように座り、恐怖と好奇心の入り混じった眼差しで竜たちを見つめている。


「……外の世界を、知りたいか?」

 焚き火の火がぱちりと弾ける音に重なるように、蓮弥の低い声が響いた。


 赤、灰、青黒の三匹の幼竜が同時に身を固くし、その瞳の奥で光が揺れた。長い年月、この結界の地でただ生きるだけだった彼らにとって、“選ぶ”という問いは初めてのものだった。


 しばし沈黙が続く。夜気に混じるのは焚き火の匂いと、竜たちの吐息の熱気だけだ。


 蓮弥は焚き火に手をかざしながら口を開いた。

「俺は……旅をしてきた。谷を抜け、砂漠を越え、天に届く山を登り、幾度も死にかけた。仲間を失ったこともある。だが、その先で見たものは、恐怖だけじゃなかった。」


 彼の目に浮かぶのは、故郷の春の花畑や、仲間と分け合った温かな食事、祭りの夜の歌声、そして数えきれない空の広さだった。


「外の世界は広い。恐ろしいことも、優しいことも、全てがある。……お前たちの未来は、この結界の中だけじゃない。」


 その言葉を聞いた瞬間、赤い瞳を持つ灰色の竜が小さく首を傾げ、ついに声を発した。

『……外に行ってみたい。ずっと閉じ込められてるのは嫌だ。もっと遠くまで飛んでみたい!』


 続いて紅い瞳の竜も翼をばさりと広げる。

『僕も! 怖いものはいっぱいあるだろうけど、何も知らないままこの地で朽ちるのは……嫌だ!』


 だが、二匹の言葉に対し、最も大きな竜――青黒い鱗を纏った長兄格の竜が、鋭い牙を覗かせて唸った。

『愚か者め。外は危険で満ちている。人間どもは我らを忌み嫌い、狩ろうとするだろう。この地ならば安全だ。親が命を賭して築いた結界がある。それを捨ててどうする!』


 その声には重みがあった。幼い竜たちは小さく身を竦めたが、やがて紅い瞳の竜が叫ぶように吠えた。

『でも、それじゃ何も変わらない! 僕らは生まれただけで、何も選ばせてもらえなかったんだ!』


『そうだ!』灰色の竜も続く。『外を知りたい! 怖いなら一緒に飛んでよ! 兄さんだって、本当は外を見たいはずだ!』


 火花のようにぶつかり合う声が広間に響いた。ルナとセリナは思わず顔を見合わせたが、蓮弥は止めなかった。

 ――選択は、彼ら自身がすべきことだ。


 青黒い竜は長い尾で地を叩き、唸り声を上げた。だが、しばしの沈黙の後、低く深い声で言った。

『……ならば、俺も行く。お前たち二匹が無謀で死ぬのは目に見えている。お前たちを守るため……俺も外に出る。』


 その言葉に、二匹の幼竜は目を丸くした。反発していた長兄格が、結局は共に行く決意を示したのだ。

『守る、ために……?』


『そうだ。お前たちが飛ぶなら、その先にある闇を俺が受け止める。だって、俺はお兄ちゃんだから。』


 焚き火の火の粉が夜空に舞い、静寂が訪れた。禁忌の地に長く閉じ込められた幼竜たちが、初めて自分たちの未来を選んだ瞬間だった。


 紅の竜は希望に目を輝かせ、灰色の竜は小さく翼を震わせた。青黒の竜は二匹を守ると誓うかのように鋭い牙を見せ、蓮弥たちを見据えた。


「……ならば、結界を越えよう。」

 蓮弥は静かに言った。

「お前たちが見たい世界は、この先にある。」


 ルナがにやりと笑い、セリナは小さく頷いた。その夜、三人の冒険者と三匹の幼竜は焚き火の周りで肩を寄せ合い、星も見えぬ闇の天井を仰いだ。


 翌朝、結界の中心にある古代の石碑の前に立ったのは、竜と人間の混成の一行だった。石碑には古の竜の力が刻まれ、空間を歪める結界の核となっていた。


 蓮弥は石碑に手を触れる。指先から霊気が流れ込み、結界を覆う紋様が淡く光を放った。封印の術式は複雑で、数百年にわたり竜たちを守り続けてきた。

「これを解けば……お前たちは自由になる。」


 竜たちは緊張した面持ちで見守った。青黒の竜は低く唸り、紅と灰の竜は胸を高鳴らせていた。


 蓮弥は深呼吸し、両手を広げた。

「……行くぞ。」


 光が奔り、術式が崩れ落ちる音がした。空気が震え、周囲の霧が裂け、天井の闇が一瞬だけ晴れた。初めて見る外の空――灰色の朝焼けが、禁忌の地を覆った。


 幼竜たちが同時に息を呑む。

『……空が……広い。』

『これが……外の世界……!』


 紅い瞳が輝き、灰の竜は翼を広げ、青黒の竜は無言のまま弟妹を庇うように立った。


 蓮弥は静かに彼らを見上げた。

「ここからが本当の始まりだ。禁忌は終わり、お前たちの物語が始まる。」


 かつて恐怖と封印の象徴であったこの地は、今や新たな旅立ちの場所となった。竜たちの瞳には、未知への光と決意が宿っていた。


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