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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第141話】【第142話】 雪壁の裂け 魂映す光 進むのみ

【第141話】試練の入口


 ――夜明けの空は灰色の薄雲に覆われ、朝日が山々を照らすよりも先に、凍りつく風が世界を支配していた。


 ヴァルゼルの導きにより、蓮弥たちは“禁忌の山”と呼ばれる峻険な地の麓へと辿り着いた。山の連なりは幾重にも積み重なり、その頂は雲を突き抜け、尾根から垂直に切り立つ断崖が延々と続いている。


 氷雪に覆われた崖の縁は鋭利な刃のようで、足を踏み外せば深淵に吸い込まれるのは確実だ。吹きすさぶ風は笛のように鋭く、顔面を叩きつける雪片は針のように頬を刺す。鳥の声すら聞こえず、自然の気配は凍りついた静寂に沈んでいた。


 先導するヴァルゼルが急に足を止め、背後に控える三人を振り返った。青白い瞳には普段の威厳だけでなく、どこか深い警告の色が混じっている。


 「……この先は、我が一族ですら足を踏み入れることを許されぬ領域。試練を受ける者のみが道を得る」


 その言葉は凍りつく風に乗り、周囲の空気さえ凍りつかせるように響いた。無言の警告、あるいは脅迫のようにも感じられた。


 セリナは目を細め、雪煙の中に見える岩壁を指差す。

「ここが……入口なのね?」


 その声は微かに震えていた。寒さだけではない。魔術師としての直感が告げる――ここは“自然”の領域ではない、と。


 彼らの前に現れたのは、雪に覆われた断崖の裂け目だった。岩肌には無数の古い紋様が刻まれ、氷に閉じ込められながらも淡く青白い光を放っている。その光は脈動するかのようで、まるで近づく者の息遣いを感知しているかのようだ。冷たく、鋭い知性を帯びた視線が、三人を鋭く見つめている。


 ルナは四尾を揺らし、耳をぴくりと動かす。尾の毛先が霊力を帯び、狐火のような微光がちらつく。


 「……ただの洞窟じゃない。これは“門”だよ。誰かが造った、古の結界の一部……」


 獣の直感が警鐘を鳴らす声に、蓮弥は背筋を正す。深く息を吸い込み、胸に手を当てる。肺を刺す冷気は鋭く、体の内部まで凍りつくようだ。


 「行くしかない。俺たちが目指すのは、その先だ」

その言葉には迷いがなく、背中には決意の重みが宿っていた。三人は視線を交わし、互いに小さく頷くと、氷の裂け目へ足を踏み出した。


 ――その瞬間、背後で轟音が響いた。


 崖上から雪塊と氷片が崩れ落ち、入口が瞬く間に閉ざされる。振り返れば、もう外の光も風も届かず、雪の壁しか見えない。外界とのつながりは断たれたのだ。


「戻れないってことね……」


 セリナは眉を寄せ、唇を噛んだ。心臓が高鳴る。冷気だけでなく、目に見えない圧迫感が胸を押さえつける。


 洞窟内は漆黒の闇に包まれていた。だがその闇はすぐに変化する。壁に刻まれた紋様が淡く光りはじめ、冷たい蒼の輝きが闇を押しのけ、広間を幽玄な青色で染めた。しかしその光は温もりを与えるものではなく、魂の奥底を覗き込むような、冷徹な眼差しを宿していた。


 蓮弥は拳を軽く握り、丹田に真気を巡らせる。周囲の空気は、外界の寒気よりもさらに鋭く、意識の芯にまで入り込む感覚がある。これは肉体や魔力だけでなく、心そのものを試す予兆かもしれない。


 ルナは四尾を逆立て、狐火を微かに震わせる。

 「ここ……私たち、試されてる。道を進む資格を、体も心も問われる場所だよ」


 セリナは杖を抱き締め、浅く息をついた。

 「でも、私たちは仲間と共に進む……絶対に、負けられない」


 蓮弥は仲間の言葉に小さく頷き、氷の裂け目に足を踏み入れる。冷気が肌を刺し、光が目を慣らそうと脈打つ。壁の紋様は近づくにつれ脈動を増し、まるで三人の心拍と呼応するかのようだ。


 ――突如、床から微かな振動が伝わり、岩の裂け目が唸り声をあげる。


 青白い光がより強くなり、空間全体が生き物のように息をし始めた。洞窟の闇は消え、冷気に満ちた光の世界が三人を包む。胸に宿る真気が微かに震え、先に待つ試練の厳しさを告げていた。


 「……これが、禁忌の山の試練の入口……」


 蓮弥は荒い息を整え、両手を握りしめる。背後の雪壁は遠く霞み、外界の光も音も届かない。ここから先は、自分たちの力と意志だけが頼りだ。


 セリナとルナも、それぞれに覚悟を固める。三人の心が一つになった瞬間、壁の紋様は脈動をさらに強め、入口が静かに光を増して開かれた。


 ――試練は、今、静かに始まろうとしていた。




【第142話】肉体を試す試練


 氷の門を越えた瞬間、空気はまるで別世界に変わった。


 天井は山の内部にあるとは思えないほど高く、氷の柱が森のように林立している。その一本一本が青白い光を内側から放ち、広間全体を不気味な蒼の世界へと染め上げていた。だがその光は一切の温もりを持たず、むしろ見る者の心を凍らせるような冷たさを纏っていた。


 足元には古代の仙人たちが残した石陣が埋め込まれている。石と氷が絡み合うように組まれ、その文様はまるで氷精そのものが生きて動いているかのように微かに脈動していた。その圧は全身を押し潰し、真気を巡らせていなければ呼吸すらままならない。


「……ただ寒いだけじゃないな」


 蓮弥は低く呟き、丹田に真気を凝らしながら全身を護る。体の表面だけでなく、内臓や骨にまで凍気が侵入し、筋肉が軋む感覚があった。この空気そのものが“敵”として襲いかかってくる。


 セリナは肩をすくめながら杖を握りしめる。吐息が白く舞い、彼女の指はかすかに震えていた。


「……ここ……普通じゃないわ。魔法の流れが凍って、意識の奥まで冷たい……」


 ルナは四尾を広げ、狐火を点した。しかしその狐火さえ、冷気の中では炎というより青白い幻のようにしか見えない。


「……意志のある寒気ね。私たちを拒んでる……」

 彼女の胸の奥には、龍の精気と炎の道理が宿っている。


 この氷の世界に足を踏み入れた瞬間、竜火が淡い脈動を発し、まるで彼女の狐火を目覚めさせるように呼応している。


 ――石陣が震えた。


 床から鈍い地響きが響き渡り、氷壁の表面に青い光が走る。やがて闇の奥から巨躯が姿を現した。


 二丈を超える氷と岩で構成された巨兵。その瞳は魂を凍らせるような光を宿し、重機械のような動きで拳を構える。


「……来る!」

 蓮弥は剣を抜かず、掌に真気を凝らした。全身の筋肉を緊張させ、まるで肉体そのもので衝撃を受け止める構えだ。


 巨兵の腕が唸りを上げ、圧倒的な質量が振り下ろされた。


――ドゴォンッ!


 床が砕け、破片が四方に飛び散る。蓮弥は紙一重で身を捻り、反撃の掌を放った。

「破山掌!」


 衝撃波が氷床を揺らす。しかし巨兵の腕は逸れただけで、その圧力は彼の骨にまで響き、腕から肩にかけて激痛が走った。


 セリナが雷を呼ぼうと詠唱を始めるが、魔力の流れが凍りつく。雷は弱々しく散り、氷の鎧には歯が立たない。


「魔法……鈍らされてる……!」


 巨兵の蹴りが弾丸のように蓮弥を襲う。


「っ……ぐぅぅっ!」


 衝撃で彼の体は後方へ吹き飛び、血を吐きながら床を転がった。


「蓮弥!」

 セリナが駆け寄るが、巨兵の追撃が容赦なく迫る。


「させないっ!」

 ルナが跳び出した。四尾が燃え上がり、狐火が壁のように広がる。炎は氷の拳を弾き返すが、衝撃の余波で彼女の細い身体は壁に叩きつけられ、口から鮮血を吐いた。


 ――その瞬間、竜火が彼女の体内で輝きを放った。

 龍の咆哮にも似た気配が魂を震わせ、狐火が龍の炎と交わり形を変える。


 炎は青から金へ、そして赤黒い光を帯び、まるで生きた龍の尾のように四尾の先で渦巻いた。


「……龍火……っ!」


 ルナの瞳が金色に輝く。彼女の気脈を通して、竜火の熱が全身を駆け巡る。炎の気と狐の妖力が混じり合い、天地の理を越えた新たな力が生まれた。


「“龍焔狐火”――」

 低く呟き、尾を振るう。その瞬間、炎は嵐のような熱風と化し、巨兵の氷装甲を包んだ。


 轟音とともに氷が弾け飛ぶ。巨兵はよろめくが、その質量は未だ健在だ。拳が再び振り上げられ、ルナへ襲いかかる。


 彼女は尾を交差させ、炎を纏った翼のような形を作った。


 全身を炎に包み、衝撃波と共に宙を駆ける。その速度は龍が天を昇るが如く、巨兵の腕をすり抜け、胸元の核へ一直線に迫った。


 炎の爪を振り下ろし、狐火と龍焔が交わる一撃を叩き込む。

「焔龍牙――裂衝ッ!」


 核に命中した瞬間、巨兵の体内で爆ぜる音が響いた。氷が悲鳴を上げるように軋み、巨体が震える。


 そこへ蓮弥の破山掌とセリナの雷撃が追い打ちをかけた。


「――雷破!」


 三者の力が一点に集中し、巨兵の胸を貫いた。

――ドオォォンッ!


 轟音と共に巨兵は氷塵となり、蒼白い粒子を散らして消えていく。

 静寂が広間を支配した。


 ルナはふらりと尻餅をつき、肩で荒く息をした。四尾の炎は収まり、淡い光となって彼女を守るように漂っている。


「……ふぅ……これが、龍火の力……」


 蓮弥は血に濡れた唇を拭い、笑みを浮かべた。

「ルナ……すごいな。お前がいなかったら、俺たちは今頃……」


 セリナも膝をつきながら微笑む。

「……まさか、狐火がここまで変わるなんて……竜火の力、本物ね」


 ルナは少しだけ誇らしげに微笑んだ。その瞳にはまだ黄金の残光が宿り、尾の先から立ち上る炎も竜の気を帯びて揺らめいていた。


 やがて広間の奥で氷の紋様が消え、静かに扉が開く音が響いた。


「次の試練が……待ってる」


 蓮弥は重傷の体を押し上げ、拳を握りしめる。


 ルナは炎を収めつつも、胸の奥に宿る竜火の鼓動を感じていた。それは彼女の血肉と一つになり、これからの道を切り拓く武器となる――そう確信できた。


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