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紅蓮仙途 【第13話】【第14話】

【第13話】名を改め


 長きにわたる修行の歳月は、まるで一瞬の夢のように過ぎていった。火の巻を修め、炎の気を己の中に蓄える術も身につけた。だが、ある日ふと気づく。胸の奥の気の流れが、以前のように躍動していない。水面が凪いだように、停滞している――。弥太郎は、それが修練の限界を意味することを悟った。


 仙人道は、山奥での修行だけでは極みに至れぬ。俗世の風に当たり、人の世の喜怒哀楽を身に受けてこそ、新たな気が生まれる。そう考えた弥太郎は、山を降りる決意をした。


 名を改め、「蓮弥れんや」とした。清らかな蓮の花のように、泥中にあっても濁らず、強く生きるという願いを込めて。相棒は、五十年前に出会った子狐の霊――今や半透明の姿から実体を帯びるまでに成長したルナだ。黄金色の毛並みは朝日に輝き、その瞳には妖しくも澄んだ光が宿っている。

「もう一度、外に出よう」


そう心に決めたとき、彼の胸にはもう一つの理由があった。――五十年前、あの仙人のような女の面影。

あのときはただ見とれていただけだったが、年月を重ねても、その笑みや瞳の輝きは色褪せるどころか、ますます鮮やかになっていた。


修行の合間、ふと目を閉じれば、長い黒髪が風に揺れ、袖口から覗く白い指先が夢のように現れる。

「……会いたい」

その想いは、もはや修行の動機よりも強く、彼を外へ駆り立てていた。


 世には数え切れぬ妖怪が息づいている。人を害する者もいれば、宝を守る者もいる。危険と隣り合わせだが、それは同時に新たな力と知恵を得る機会でもあった。


 南の沼もその一つだ。五十年前、瘴気漂うその地で、蓮弥は奥へ進むことを避け、周辺しか踏み入れなかった。だが今度は違う。瘴気の奥深くまで足を踏み入れ、その正体を見極めるつもりだ。


 ルナは尾を揺らしながら言った。

「蓮弥、あの沼の奥には何かが眠っている気がする。……でも、気をつけて。あの瘴気は、ただの毒じゃない」


 蓮弥は頷いた。炎で鍛えた気でも防げぬ何かが、そこには潜んでいるのだろう。

 こうして、蓮弥とルナの新たな旅が始まった。修練だけの静かな日々は終わり、今度は血の通った危険と希望が待ち受ける、俗世での戦いが幕を開けた。


【第14話】南の沼再び


南の沼に近いこの地は、五十年前とは別物だった。


かつては小さな市がぽつんと存在し、沼の瘴気を恐れつつも細々と暮らす者たちがいた。だが今、そこは威風堂々たる巨大な城だった。灰色の城壁は高くそびえ、鉄の門は分厚く、見張り台の上には槍を構えた兵士が数人、鋭い視線を外に向けている。


城下には人の流れが絶えず、遠方から宝を求めて訪れる者、取引を終えて笑みを浮かべる者、逆に財を失い肩を落とす者が入り乱れていた。


城門をくぐれば、目に飛び込むのは活気と喧噪。

中央通りには薬草や解毒薬を並べた露店が軒を連ね、乾いた薬草の匂いと薬湯の苦い香りが入り混じって漂う。瓶に詰められた蛍光色の液体や、見たこともない虫の殻が薬として売られ、値段の札には金貨の単位ではなく「沼宝」での取引額が記されていた。


通りの奥には兵器市が広がり、槍や刀、異形の骨で作られた鎧まで並んでいる。商人たちは声を張り上げ、「瘴気避けの護符」「妖怪の牙を仕込んだ短剣」といった物騒な品を競って売り込んでいた。そこを通り過ぎる兵士たちは、沼で手に入れた戦利品を誇らしげに掲げ、時に血の跡すら残している。


さらに城の北側には「宝市」と呼ばれる広場があり、沼から持ち帰られた奇妙な宝が山のように積まれていた。


奇妙な石、黄金の冠、妖怪の牙、そして光を放つ玉。どれも本物か偽物かはわからないが、買い手たちはその価値を見極めようと、じっと目を凝らしている。時折、買い取り価格を巡って怒号が飛び交い、周囲の警備兵が駆け寄って仲裁に入る。


輝く玉石、形を変え続ける鏡、耳を近づけると遠くの声が聞こえる貝殻――価値も用途も分からぬが、人々は熱狂し、競りの声が昼夜を問わず響き渡っていた。


城内の中心には高い塔がそびえており、その塔の周囲には役所や宿屋、闘技場までが立ち並んでいた。闘技場では沼で捕らえられた魔獣同士を戦わせる見世物が行われ、歓声と罵声が入り混じっている。商人たちはその賭けで大儲けを狙い、観客は酒杯を手に盛り上がっていた。


蓮弥は群衆の間を静かに抜けながら、必要な薬や装備を手に入れるべく歩を進めていった。



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