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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第135話】【第136話】 血雪踏み 冷たき風に 嘆き消ゆ

【第135話】無謀なる再戦


 氷の谷間に、再び不吉な影が降り立った。

 空を覆うような黒雲を割って、翼を広げた巨竜――漆黒のドラコンが姿を現す。雪嵐すらその咆哮に吹き散らされ、討伐隊の心臓を震わせた。


「来たぞ――!」


 誰かの叫びを合図に、谷を満たす空気が張り詰める。恐怖と昂揚が入り混じり、冒険者たちの息が白く噴き出した。


 しかし次の瞬間、数名の男たちが狂気に突き動かされ、雪を蹴って駆け出した。


「突っ込むな!」

 蓮弥の制止の声が谷に響いた。だがそれは、欲に溺れた者たちの耳には届かない。


「竜の首は俺のものだ!」

「手柄を立てれば、一生遊んで暮らせるんだ!」


 先陣を切ったのは斧使いのグラント。巨斧を振り上げ、黒き竜の前脚へ飛びかかる。続いて双剣の女剣士、槍を構えた兵士、魔術師までが我先にと雪を蹴り上げた。


――次の瞬間。


 竜の双眸に紅の光が宿る。怒りを煮詰めた焔のような光。


「グオオオオオオッ!」


 巨体が身をひねり、尾が鋭い刃のごとく振り抜かれる。


「ぐあああっ!」


 グラントの体は宙を舞い、岩壁に叩きつけられた。血飛沫が雪に咲き、彼は動かなくなる。女剣士も剣を振るう間もなく翼の一撃で吹き飛ばされ、白雪の中に沈んだ。


 さらに、喉奥から迸った炎が氷壁を溶かし、雪原を一瞬で灼熱へ変えた。逃げ遅れた三人の冒険者が、悲鳴すら呑み込まれ、黒い影と化して崩れ落ちる。


「くっ……!」

 蓮弥は歯を噛み、目の端で散る仲間を見た。止められなかった悔しさが胸を刺す。


「なんて無茶を……!」

 セリナの声が震える。だが杖を握る手は冷静で、次の詠唱を始めていた。


 ルナも尾を逆立て、低く唸る。

「突っ込む馬鹿ばかり……自分から餌になりに行くなんて。」


 だが、それでも数人の冒険者は血走った目で竜に挑み続けた。理性は吹き飛び、ただ功名心と恐怖に呑まれている。


「俺の魔法を見ろォ!」

 炎の魔術師ラシードが咆哮し、巨大な火球を投げ放った。だが黒き鱗はそれを易々と弾き返す。反射した炎が術者を包み込み、彼は焼け焦げた塊となって崩れた。


「ラシードッ!」

 叫び声は虚しく雪に消える。そこに残ったのは、黒い残骸だけ。


 わずか数十息の間に、討伐隊の半数以上が屍と化していた。

 誇り高く名を掲げていた者ほど、無残に散っていく。昨夜、焚き火を囲み酒を酌み交わした顔が、次々と雪に沈む。


「……くそっ」

 蓮弥は剣を構え直し、必死に冷静さを保った。

「俺たちだけでも……足を狙え! 隙を作るんだ!」


「了解!」

 セリナが雷の呪を紡ぎ、稲光が竜の顔をかすめる。ルナが狐火を操り、炎の鎖で翼を縛ろうとする。


 しかし、竜はびくともしない。

 鋼を凌ぐ鱗、底知れぬ憎悪の咆哮。討伐隊の刃は届かず、返り討ちにされるのみ。


 氷上には仲間の血が広がり、吐く息すら熱く重く感じられた。


「これ以上は無理だ!」

 セリナが叫ぶ。

「退け、蓮弥!」


「だが……!」


「死ぬだけよ!」


 ルナも全身の霊気を解放し、氷の霧を広げる。

「今は生き延びることが先決!」


 蓮弥は唇を噛み切り、血の味を感じながらも決断した。

「撤退だ! 全員、退け!」


 雪原に響いたその声に応じたのは、もはや十名にも満たなかった。


 黒きドラコンはなお咆哮し、倒れ伏した者たちを睥睨する。だが追撃はせず、巣の奥へと戻っていった。――まるで「生き残った者は恐怖を刻み込め」と告げるかのように。


 蓮弥たちは氷の谷を抜け、拠点へ戻った。

 背に背負ったのは勝利ではなく、仲間を失った重みだけ。


 夜風の中、蓮弥は血に染まった雪を思い返し、静かに誓った。


「必ず……次は、倒す。」


 その誓いは、彼の心に深く突き刺さり、凍てつく闇を裂く炎となって燃え続けていた。




【第136話】三人の力、竜を制す


 夜明けの雪原は、冷たさが骨の芯まで染み込むほど厳しかった。


 昨日の戦いの痕跡は、まだそこかしこに残っている。折れた武具、凍りついた血の跡、竜の爪痕で抉られた大地――すべてが、あの惨敗の記憶を無理やり呼び起こす。


 しかし今、この白銀の地に立つのは蓮弥、セリナ、ルナの三人だけだった。仲間たちはすでに倒れ、帰らぬ者となった。生き残った彼らだけが、竜に挑む意志を失わなかった。


 風が雪を巻き上げ、三人の足跡をすぐに覆い隠す。世界は静かで冷たい。それはまるで、巨大な獣の息を潜めた巣の中に迷い込んだかのような緊張感だった。


 セリナが吐く息が白く霧となり、握る杖の先が小さく震えている。

「……あの時の恐怖、まだ身体が覚えてるわ」

 声には苦みが混じるが、その瞳には確かな光が宿っていた。

「でも、今度は退かない。仲間たちを無駄に死なせないためにも……」

 ルナが三つ尾を広げ、狐火を一つ浮かせた。青白い火は凍りつく風にも揺らがず、周囲を淡く照らす。

「三人ならできる。……絶対に」


 蓮弥は腰の剣の柄に手をかけ、胸元の袋から二つの石の感触を確かめた。

 紅晶石――灼熱の炎を封じた紅き結晶。

 氷精石――氷霊の息吹を宿す蒼の宝玉。

 二つを合わせれば、相反する力がぶつかり合い、常人の制御を許さぬ力を呼び覚ますだろう。だが、それしか道はない。


 遠くから、低く地を震わせるような咆哮が響いた。

 雪煙を巻き上げ、漆黒の巨影が姿を現す。


 ――黒きドラコン。

 その鱗は漆のような光沢を放ち、瞳は黄金に輝く。翼は山のように広がり、ただ一振りで暴風を巻き起こす。昨日、仲間たちを瞬く間に屠った死の象徴。その存在感は、空気そのものを圧し潰すかのようだった。


「グオオオオオオ――ッ!」

 大気を切り裂く咆哮が雪原を震わせた。

 しかし今日は、三人の瞳に恐怖だけではなく、決意の光があった。


「行くぞ!」

 蓮弥の声が風を裂く。その瞬間、竜との再戦が幕を開けた。


 セリナが杖を振りかざす。詠唱と共に稲妻が空を走り、竜の首筋へと叩きつけられた。

 「雷霆、穿て!」

 紫電が爆ぜ、雪を蒸発させる熱と音が辺りに響く。


 ルナは狐火を操り、炎の糸のように竜の翼を絡め取る。三つ尾が舞い、青白い火が幻のように揺れ、竜の動きを鈍らせた。


 蓮弥は紅晶石の力を剣へと注ぎ込み、紅の刃を形作る。その一閃は炎を纏い、竜の前脚を深々と斬り裂いた。


 だが竜は容易に怯まない。鱗は雷を弾き、狐火を呑み込み、灼熱の吐息を吐き出す。炎が雪原を焼き尽くし、轟音と熱が世界を支配した。

「くっ……!」


 蓮弥は咄嗟に氷精石を掲げ、冷気を解き放つ。瞬間、氷壁が立ち上がり、竜のブレスを押し返す。炎と氷が衝突し、蒸気が爆発的に広がった。視界が真っ白に閉ざされる。


「やはり、この二つを合わせるしかない!」

 蓮弥の叫びに、セリナとルナが即座に頷く。


 三人は陣を組み、紅晶石と氷精石を天へ掲げた。紅と蒼の光が渦を巻き、互いを食らい合うように激しく輝く。

「雷よ、炎と氷に交わり、破壊の刃となれ!」

 セリナが詠唱を続け、雷をその渦へと注ぎ込む。

 ルナは尾を広げ、狐火を送り込む。青白い火が紅と蒼の間を繋ぎ、渦がさらに膨れ上がる。


 やがてその光は、一振りの巨大な刃と化した。紅と蒼の二色が絡み合い、雷鳴を纏い、狐火がそれを縁取る。

「これで……終わらせる!」

 蓮弥が剣を振り抜いた瞬間、融合の一撃が放たれた。


 雷鳴と共に光刃が疾走し、竜を直撃する。

「グオオオオオ――ッ!」

 絶叫が大地を揺らし、吹雪が渦を巻く。雪原そのものが震え、氷の壁が砕け散った。

 閃光が収まったとき、黒き竜の巨体は膝をつき、血を吐きながら大地に沈んでいた。

 鱗は砕け、翼は裂け、胸には深い傷が刻まれている。確かに、三人の一撃は竜を制圧したのだ。


 だが――。


「……まだ、息がある」

 蓮弥が荒い息を吐きながら呟く。

 黄金の瞳には、なお消えぬ憎悪の炎が宿っていた。竜は息絶えてはいない。ただ深手を負い、力を失ったに過ぎない。


「倒したの……?」

 セリナが震える声で問うが、杖を下ろすことはしなかった。

 ルナも狐火を消しつつ、首を振る。

「完全じゃない。でも……もう動けない」


 その時、雪原の夜空に光が走った。

 オーロラ――極北の空を彩る神秘の光。緑と紫の帯が揺れ、まるで三人に次の道を示すかのように輝いている。

 蓮弥は剣を収め、竜の前に立った。

「生きているなら、理由がある。殺しきるのは……それを聞いてからだ」


 氷に横たわる竜を見下ろしながら、蓮弥はそう心に誓った。

 勝利ではない。だが確かに、三人で掴んだ一瞬の均衡――竜を屈服させた瞬間だった。



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