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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第133話】【第134話】 巨影退き 破れし砦に 光一筋

【第133話】初めての対峙


 天地を震わす咆哮が、雪嶺の拠点全体を揺るがした。


 黒きドラコンの口から吐き出された黒炎は、氷の塔を粉砕し、その破片が雪煙と共に宙を舞う。氷壁の一部は瞬時に溶かされ、轟々たる炎の熱と吹雪の冷気が入り乱れ、まるで世界そのものが二つに引き裂かれるようだった。


 「全員、戦闘態勢だ! 怯むな、守り抜け!」


 隊長の怒号がこだまし、兵士たちは一斉に槍を構えた。凍りつく空気の中、彼らの吐息は白く散り、足元の雪は恐怖に震える足取りでざくざくと沈む。矢を番える者、盾を握り締める者、それぞれが必死に己を奮い立たせていた。


 その前列に、蓮弥、セリナ、ルナの三人も立った。


 「蓮弥、どうする? あの鱗……尋常じゃないわよ!」

 セリナが杖を掲げ、雷光を散らしながら叫ぶ。その声はかすかに震え、普段の冷静さを欠いていた。


 「押し返すんだ! 今は倒すなんて考えるな!」

 蓮弥は紅晶石を胸に押し当て、気を練り上げた。紅の光が彼の全身を包み、剣先に炎のような輝きを宿す。


 「喰らえぇぇっ!」


 矢が一斉に放たれ、槍の穂先が竜へ突き出された。同時に、蓮弥は雪を蹴って前へと飛び出し、渾身の斬撃を振り下ろす。


 ――ギィンッッ!


 金属同士がぶつかるような甲高い音。剣は弾かれ、火花を散らす。

 黒き鱗はまるで鋼よりも硬く、刃は一分の傷も刻めなかった。


 「なっ……!」

 衝撃で腕が痺れ、蓮弥は数歩よろめき、雪に膝を沈める。


 「雷よ、穿て!」

 セリナが雷撃を放ち、青白い稲妻が竜の翼を貫く。しかし、閃光が散った後、姿を現したドラコンの身体には傷一つなく、その双眸は怒りに満ちていた。


 次の瞬間、竜は喉奥から唸りを響かせ、漆黒の炎を吐き出す。


 「きゃああっ!」

 炎は雪原を舐め、氷壁を焼き溶かした。盾を掲げた兵士たちは次々と吹き飛び、雪に叩きつけられる。


 「蓮弥、右だ!」

 ルナの声に振り向くと、巨大な尾が薙ぎ払ってきた。

 蓮弥は咄嗟に氷精石を掲げ、蒼光の障壁を展開。尾と障壁が激突し、轟音と共に彼は十数メートルも吹き飛ばされ、雪に深く沈んだ。


 「ぐっ……!」

 肺が潰れるような衝撃に息が詰まる。それでも蓮弥は剣を杖代わりに立ち上がり、歯を食いしばる。


 「狐火よ、舞え!」

 ルナの三本の尾が翻り、紅蓮の狐火が宙を奔る。炎は竜の首に絡みつき、一瞬その動きを鈍らせた。


 「今だ、押し返せ!」

 蓮弥が叫び、兵士たちが雄叫びを上げて突撃する。


 だが、ドラコンは吠え、巨大な翼を広げた。突風が吹き荒れ、人も槍も矢も雪片のように散らされた。


 「無理だ……この力じゃ……!」

 兵士の一人が膝をつき、剣を取り落とした。絶望がその場に広がりかける。


 「退け! 生き残るんだ! 今は押し返すだけでいい!」

 蓮弥の声が号令となった。


 兵士たちは一斉に後退し、崩れかけた氷壁の内側に防御陣を張る。セリナが雷で竜の視界を奪い、ルナの狐火が進路を阻み、蓮弥の氷精石から放たれる冷気が黒炎を押し返した。


 数十息の攻防。


 やがてドラコンは苛立ったように咆哮を轟かせ、雪嵐を巻き上げながら空へと舞い上がる。


 「飛んでいく……?」

 セリナが荒い息を吐きながら呟いた。


 「違う、退いただけだ……必ずまた来る」

 蓮弥は剣を雪に突き立て、膝を震わせながら答えた。


 見上げる空には、黒い影が雪雲へと消えていく。


 拠点は壊滅に近かった。塔は崩れ、氷壁の半分は消え、多くの兵士が倒れ、商人たちの荷は灰となった。だが、それでも生き残った。


 「これが……ドラコンとの戦い……」

 ルナが低く呟き、三本の尾を揺らす。


 誰もが悟っていた。

 勝利は遥か遠く、今はただ「押し返した」に過ぎない。


 だが――それでも。退かせた事実こそ、未来へと繋がる小さな光だった。




【第134話】反撃の誓い


 崩れ落ちた塔、焼け焦げた氷壁。前夜の黒きドラコンの襲撃は、拠点に深い傷跡を刻んでいた。

 雪はまだ赤く染まり、倒れ伏す仲間の影があちこちに横たわる。だが、生き残った者たちの瞳には、ただ怯えだけではなく、別の炎が宿っていた。


 「やられっぱなしじゃ終われねぇ!」

 「奴を追い払うだけじゃ駄目だ、仕留めるんだ!」


 その叫びは瞬く間に広がり、やがて「討伐隊」という言葉が自然と生まれる。広場に焚かれた炎を囲み、兵士や冒険者たちが一人、また一人と輪に加わった。


 「俺はグラント、南部山脈を渡り歩いた斧使いだ!」

 大男が大斧を掲げ、豪快に笑う。

 「ドラコン相手だろうが、この斧で頭をかち割ってみせる!」


 その無謀さに、兵士たちはどよめき、誰かが「頼もしいやつだ」と小声で呟いた。


 「我は東の砂漠から来た魔術師、ラシード。炎を司る者として、あの黒炎を相殺できるか試してみたい」

 異国の衣を纏った魔術師は、杖を掲げて自信に満ちた笑みを浮かべる。


 続いて、鋭い双剣を背にした女剣士が口を開いた。

 「名はサーシャ。速さこそが命。竜の動きだろうと、斬り裂いてやる」


 さらに、全身を鎧で固めた大盾の戦士が一歩前に出る。

 「俺が前に立つ。どんな炎も、仲間に通しはせん」


 その背後では、薬瓶を取り出しては怪しげに混ぜ合わせる錬金術師が笑みを浮かべていた。


 「ふむ、竜の鱗を溶かせるかは未知数だが、試してみる価値はあるだろう」


 次々に名乗りを上げる猛者たち。その光景を、蓮弥・セリナ・ルナの三人は輪の後方から静かに見つめていた。


 「ずいぶん……癖のある連中ばかりだな」

 蓮弥が苦笑すると、ルナは尾を揺らし、鼻を小さく鳴らした。

 「力は確かそうだけど、無茶ばかりしそうね」

 「ええ、こういう時ほど自信過剰が一番危険なのよ」

 セリナの眉間には深い皺が寄っていた。


 だが、それでも討伐隊の結成は避けられなかった。守るだけでは拠点は持たない。誰もがそれを理解していた。


 ――その夜。


 広場にはいくつもの焚き火が灯り、戦士たちが最後の食事を囲んでいた。鍋から立ち上る湯気に混じり、緊張と覚悟の匂いが漂う。


 「乾杯だ! 明日の勝利に!」

 斧使いグラントが酒瓶を掲げ、豪快に飲み干す。


 「おいおい、今から酔う気か?」

 「酒で震えを止めるんだ。竜を前にして正気でいられるかよ!」


 笑い声が焚き火の上で弾けるが、その裏に潜む恐怖は誰の目にも見え隠れしていた。


 魔術師ラシードは炎を灯した指先を見つめ、低く呟く。

 「黒炎を相殺できるかどうか……その一瞬に、私の命運が懸かる」


 双剣のサーシャは黙々と刃を研ぎ、大盾の戦士は早々に横になって体を休めていた。

 それぞれが自分なりの方法で恐怖に抗おうとしていたのだ。


 蓮弥もまた、焚き火の前に座り、紅晶石を取り出す。その赤い輝きが、彼の瞳に決意を映した。

 「……今度は押し返すだけじゃない。戦わなきゃならない」


 その言葉に、セリナが強く頷いた。

 「ええ。私も覚悟を決めたわ。竜を前にしても、一歩も退かない」


 ルナは尻尾を揺らし、炎に照らされた金の瞳を細める。

 「二人がそう決めたなら、私も最後まで付き合うわ」


 声は軽やかだったが、その芯には鋼のような強さがあった。


 やがて夜は更け、冷たい風が火を揺らした。眠りにつく者、刃を研ぎ続ける者、それぞれの胸に決意と恐怖を抱えたまま、夜は過ぎていった。


 ――東の空が白む頃。


 討伐隊はついに雪原へと進発した。

 氷風が頬を切り裂く中、先頭を行くグラントは大斧を肩に担ぎ、後方には魔術師や弓兵、錬金術師が続く。兵士たちも少数ながら加わり、その総勢は三十を超えていた。


 雪上に長く続く足跡。吐く息が白く立ちのぼり、空気は張り詰めている。


 やがて、氷の裂け目が広がる谷間が視界に現れた。そこが黒きドラコンの巣――夜ごと巨影が飛び立つ、恐怖の源。


 「……いよいよだな」

 蓮弥は剣を握りしめ、胸の鼓動を感じた。


 誰も口を開かない。ただ雪を踏む足音と、風の唸りだけが響く。


 重苦しい沈黙の中、それでも討伐隊は歩みを止めなかった。


 黒きドラコンとの再戦は、すぐそこに迫っていた。



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