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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第131話】【第132話】 凍土越え 焚き火笑顔 命の灯

【第131話】最北端の拠点


 氷精石の冷たい光を胸に宿し、蓮弥たちはひたすら北へと足を進めていた。


 雪原は果てが見えぬほど広がり、白銀の大地と灰白の空は境界を失って一体となっていた。吹き荒ぶ風はまるで氷の刃の群れとなり、頬を容赦なく裂き、体温を削り取る。だが紅晶石と氷精石の加護がなければ、一歩も進めぬだろう極寒の世界で、三人は淡く輝く石の光を胸に抱き、春のぬくもりを纏った幻のような感覚で進んでいた。


 氷精石から滲む蒼光は、吹雪すら緩めるかのように空気を包み、雪は彼らの足元を避けるように舞った。霜に覆われた世界の中で、その光は小さな灯火にも似て、道を見失わぬよう導いていた。


 やがて白の帳を裂くように、遠くに人の営みの気配が見えた。

 それは、雪原の孤独な旅人を迎えるように浮かぶ、ひときわ強固な存在――砦であった。


 高さ十数メートルにも及ぶ氷壁が円を描いて聳え立ち、その表面は吹雪に幾度も削られたことで青白い光沢を放ち、夜の月明かりにきらりと輝いている。氷の壁の外周には背丈を超える松明が整然と立ち並び、炎は凍てつく風に煽られながらも絶えることなく燃えていた。橙の灯火が雪嵐を照らす様は、生命の証そのものであり、無辺の雪原で孤独に生きる人々の矜持を物語っていた。


「……人が、こんな果てにまで根を下ろすなんて」

 セリナは吐息を白く漂わせながら、信じられぬというように目を見開く。


 蓮弥は砦の構造を見上げて、低く唸った。

「寒さを拒むんじゃない……氷そのものを壁に変えたのか。見事なものだ」


 氷壁の巨大な門が開くと、軋む音が雪嵐の中に響き渡り、三人はその内部へと足を踏み入れた。そこには予想を裏切る光景が広がっていた。


 砦の内側には大小の焚き火が点々と設けられ、橙の光に照らされながら冒険者たちが防寒具を纏い談笑している。氷を削って作った露店の前では毛皮を羽織った商人が、凍魚や乾燥肉、希少な鉱石を並べて取引をしていた。氷壁に囲まれた小さな世界だが、そこには確かに人々の生活の息遣いがあった。


 だが、笑顔の奥には隠せぬ影が漂っていた。


 子供たちは氷で作られた住居の前を駆け回っているものの、時折空を仰いでは怯えた目を見せる。武装した兵士たちは焚き火の傍らで剣や槍を研ぎ、周囲を鋭い視線で見張っていた。安らぎの空気の中に、常に張り詰めた糸のような緊張が潜んでいた。


 ルナは三本の尾を揺らし、低く囁いた。

「ただ生きているだけじゃない……ここにいる者たちは、常に何かに怯えている」


 その言葉を裏付けるように、砦全体に漂う気配は重く冷たかった。

 焚き火のそばに座る兵士に蓮弥が声をかけると、男は煤けた顔に深い皺を刻み、ため息混じりに口を開いた。


「黒い影を見たのは、一月ほど前のことだ。雲を裂く翼、氷を砕く咆哮……あれは間違いなくドラコンだ。まだこの拠点を襲ったことはない。だが、あの影を見た者は全員が震え上がった。奴らが来る前に備えを整えなきゃならん」


 セリナが橙の炎を見上げ、静かに問いかける。

「だから……砦を炎で囲んでいるのね。炎は、あの竜たちを遠ざける?」


 兵士は頷き、焚き火の薪を足しながら言った。

「氷原に棲む連中にとって、炎は異質で忌むべきものらしい。壁の炎が絶えることは、この砦の死を意味する。我らは命を賭けてでも炎を守らねばならんのだ」


 ルナはその言葉を聞き、狐火を操る者として、炎の揺らめきに親しみと儚さを感じた。橙色の炎は勇敢に雪風と戦っていたが、ひとたび油断すればすぐに消えそうな危うさも孕んでいる。


 砦内の住居は独特な造りだった。分厚い丸太を骨組みに、外側を氷の層で覆い固め、風と冷気を完全に遮断している。内部には小さな炉があり、温もりのある煙が煙突から絶え間なく昇っていた。中に入ると香辛料の効いたスープの匂いと、毛皮の暖かさに包まれ、外の極寒が嘘のように思えた。だが、その安らぎの裏にはいつ竜が襲うかわからぬ緊張感が常に張り詰めていた。


「ここで暮らすには……想像以上の覚悟がいるな」

 蓮弥が独り言のように呟くと、セリナは毅然とした表情で彼を見上げた。

「でも、だからこそ強くなれるのよ。人はどんな極地でも、生きるための道を見つけるものだわ」


 雪嵐の中に浮かぶこの砦は、まさに命の灯火そのものだった。

 その明かりの裏で、多くの命が震えながらも力強く息づいている――蓮弥たちは、この北の果てにある拠点の重みを静かに噛み締めていた。




【第132話】黒き影の襲撃


 最北端の拠点に辿り着いたその夜、蓮弥たちは村人に案内され、厚い丸太と氷を重ねて築かれた宿舎に泊まることとなった。分厚い扉を閉めた瞬間、外の吹雪は遮断され、内部は別世界のような温もりに包まれる。中央には大きな暖炉が据えられ、薪がぱちぱちと爆ぜ、赤々とした炎が壁を揺らしていた。


「ふぅ……生き返る……」

 セリナは肩に積もった霜を払い、炎に手をかざした。冷え切った指先にじんわりと血が戻り、頬がわずかに赤みを帯びていく。


 ルナは狐の姿に戻り、暖炉の前に陣取ると三本の尾をゆったりと揺らした。狐火を操る彼女にとっても、薪の焔は特別な温かさを持っているらしく、目を細めて満足げに喉を鳴らしている。


「寒さを凌げるだけで、こんなに心が緩むものか」

 蓮弥は出された木の器を手に取り、口へ運んだ。煮込まれていたのは干し肉と凍った根菜を溶かし込んだ塩気の強い汁。豪華さはないが、冷え切った身体に染み渡る一椀であった。


「ここでは食料を長く保存できるのね。外に置いておけば凍るから」

 セリナが感心して呟くと、案内役の兵士は苦笑を浮かべて頷いた。


「冬を恐れる必要はありませんよ。ただ……敵が来たときは別ですがな」


 一瞬、場の空気が重くなった。だが兵士はすぐに酒瓶を掲げ、冗談めかして笑う。その仕草に焔が反射し、周囲の冒険者や兵士もどっと笑い声を上げた。束の間ではあるが、寒さも恐怖も忘れられる夜だった。


 やがて夜は静かに更けていき、外の吹雪が壁を叩きつけても、暖炉の灯りは拠点に安らぎを与え続けた。


 ――だが、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。



 翌朝。


 吹雪は止み、空気は異様なほど澄み切っていた。氷壁の外には白銀の世界が果てなく広がり、村人たちはいつも通りの朝を迎えようとしていた。魚を干す者、武器を磨く兵士、子供の笑い声。だがその日常は突如として破られた。


 ――ゴオオオオオォォォンッ!!


 空を劈く咆哮が氷壁を震わせ、地にまで響いた。


「な、なんだ!?」

「空だ! 空を見ろ!」


 兵士たちが叫ぶ。頭上を仰ぐと、黒い影が太陽を覆い隠していた。巨大な翼が風を切り裂き、世界を暗黒で包み込む。まるで昼が夜に呑まれるかのような圧迫感。


「……ドラコン……!」

 蓮弥の胸元で氷精石と紅晶石が同時に脈動し、冷と熱が心臓を締めつけた。


 次の瞬間、黒きドラコンは翼をはためかせ、雷鳴にも似た衝撃と共に降下する。


――ドガァァァンッッ!!


 その爪が塔を一撃で切り裂き、木片と氷片が爆ぜるように飛び散った。兵士たちの悲鳴、鐘の音が拠点中に鳴り響く。


「迎え撃てぇぇ!!」

「炎を絶やすな! 火が消えれば壁が……!」


 しかしドラコンの吐き出した漆黒の炎が氷壁を舐めた瞬間、分厚い氷は一瞬にして蒸発し、轟音を立てて崩れ落ちた。氷塊が砕け、外の吹雪が雪崩れ込む。


「くっ……なんて力!」

 セリナは杖を構え、雷光を呼び出しかけた。


「まだだ、セリナ! 今は人を守れ!」

 蓮弥は叫び、崩れる壁の下から子供を抱きかかえ、瓦礫の飛ばぬ場所へと走った。


 ルナは狐から人の姿に変わり、燃え広がる瓦礫に狐火を散らして焼き払った。尾を逆立て、怒りに満ちた瞳で空を睨む。


 拠点は瞬く間に地獄と化した。崩れ落ちる塔、雪煙に包まれる炎上した家屋、泣き叫ぶ声と武器の打ち鳴らす音が渦巻く。必死に抗う人々の姿も、黒き巨影の力の前では儚く掻き消されていく。


「これが……ドラコン……」

 蓮弥は拳を握りしめた。炎の彼方で広がる黒翼を見据え、胸元の氷精石が青く脈打つ。


 初めての「真なる襲撃」。

 もはや逃げ道はなく、彼らは試されているのだ。


 黒き影はただの災厄ではない。

 蓮弥たちの旅路に立ちはだかる、新たなる試練の序章であった。



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