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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第127話】【第128話】 白毛揺れ 笑顔の影に 星映ゆ

【第127話】雪原に息づく小妖怪の村


 裂け目を抜けた瞬間、蓮弥たちの視界に広がった光景は、まるで別世界だった。


 外界は氷雪と吹雪に閉ざされ、肌を裂くほどの寒風が荒れ狂っていたはずだ。しかし、裂け目の奥に広がるのは温かな光と静謐に満ちた村だった。


 雪と氷を積み上げて作られた半透明の家々は、青白い輝きを反射し、村全体を幻想的な光景へと変えていた。氷壁の隙間からは温かな蒸気が立ち昇り、雪原の厳しさを忘れさせる穏やかな空気が漂っている。


「ここは……本当に雪原の中なのか?」

 思わず口を開いた蓮弥の声は、驚きと感嘆を含んでいた。


 小妖怪の少女シィラは胸を張り、白い毛に覆われた耳をぴんと立てた。

「そうだよ。わたしたちの村は《雪精石》のおかげで守られているんだ」


 村の中心にそびえる結晶――雪精石は、柔らかな光を放ちながら冷気を吸収し、逆に熱を生み出して周囲に循環させていた。その温もりが雪嵐を防ぎ、村を外界の厳寒から守っているのだ。


 村人たちは皆、小柄で愛嬌ある姿をしていた。白い毛皮のような衣をまとい、瞳は氷のように澄んでいる。彼らは蓮弥たちを見つけると、子どもから老人までが集まり、好奇の眼差しを向けてきた。


「人間だ、人間が来たぞ!」

「狐耳のお姉ちゃんだ! ほら、しっぽが三本もある!」


 子どもたちはルナの尾を引っ張り、目を輝かせて歓声を上げた。ルナは困ったように尻尾を隠そうとしたが、押し寄せる子どもたちに囲まれ、すぐに諦めて小さく笑った。セリナはその様子にくすりと笑い、彼らの無邪気さに頬を緩めた。


 村の生活は独特だった。氷と雪をくり抜いた家々の内部は、雪精石の熱で外よりずっと暖かい。氷壁は光を柔らかく透過し、昼間は水晶の洞窟の中にいるかのような輝きを生み出す。外套を脱いでも快適に過ごせるほどで、まるで温泉の湯気に包まれているかのようだった。


 食卓もまた珍しかった。雪の下に根を張る氷根菜、冷気を糧に育つ雪草、透明な体をした氷魚。それらを煮込んだ鍋からは滋味深い香りが立ち昇る。


「どうぞ、旅の疲れを癒してください」

 差し出された雪草のスープを口にしたセリナは、思わず目を見開いた。

「……すごい。冷たい土地なのに、こんなに温かい味があるなんて」


 ルナも頷きながら尻尾を揺らし、目を細めた。氷魚の甘みと雪草の柔らかさが体を内側から温めていく。蓮弥は黙って箸を進めながら、胸の奥に不思議な安らぎを覚えていた。


 さらに驚くべきは、彼らが持つ術だった。小妖怪たちは氷雪を操る独自の力を受け継ぎ、雪を固めて壁や武器を生み出せるのだ。子どもたちが遊びで雪の小精霊を作り、まるで命を吹き込むように動かす姿に、セリナは思わず前のめりになった。

「これは……魔術に近いけれど、自然と共に在る力ね」


 夜が訪れると、村はさらに幻想的な光景へと変貌した。家々の氷壁に埋め込まれた雪精石が淡い光を放ち、村全体が青白くきらめく。空を見上げれば満天の星が瞬き、その光が雪面に反射して、二重の星海を描き出す。


 ルナはその光景を見上げ、ふと遠い記憶を掬い上げるように呟いた。

「懐かしい……昔、私もこんな場所で過ごしたことがあった気がする」


 蓮弥はその言葉を聞き流さず、彼女の横顔をじっと見つめた。問いただすことはせず、ただその記憶がいつか解き明かされることを心に刻んだ。


 やがて村の長老が現れた。長い白毛をまとい、背は小さいながらも威厳を帯びている。

「旅人よ、雪原の先はさらに厳しい地だ。紅晶石があるとはいえ、無謀に進めば命を落とすだろう。しかし……お前たちには奇妙な縁を感じる。この村で一夜を休み、明日に備えるがよい」


 蓮弥たちは深く礼をし、与えられた氷の家に身を落ち着けた。外では吹雪が轟々と荒れ狂っている。だが、氷の家の中は温かく、静かで、夢の中のように穏やかだった。


 それはほんの一夜の安息。だが、雪原を越える彼らにとって、この村で得た温もりと人々の笑顔は、確かに心を支える灯となったのである。




【第128話】雪原の村長と北の脅威


 雪精石の灯りに照らされた村は、夜が明けてもなお、白銀の静けさに包まれていた。外では吹雪が荒れ狂い、大地を覆い隠すように雪片が舞い続けている。それでも村の中は穏やかで、青白い光が氷壁を照らし、夢のような安らぎを与えていた。


 蓮弥たちは、案内役のシィラに導かれて村の中央へと進んでいった。そこには他の家よりも一際大きく、厚い氷で築かれた家がそびえていた。氷壁には流麗な曲線が刻まれ、柔らかな模様が光を反射して揺れている。厳しい寒気に耐えるための堅牢さと、村人たちの祈りにも似た温かさが同居していた。


「ここが村長様のお家だよ。優しい方だから、安心してね」

 シィラが笑顔で囁き、氷の扉を叩いた。すると、しんとした空気を切り裂くように、静かで落ち着いた声が返ってきた。


 中へ入ると、そこには雪のように白い髭を蓄えた老人が待っていた。背は小柄だが、瞳は淡い蒼を帯び、まるで雪解け水のように澄みきっている。その眼差しには、長き年月を生き抜いた知恵と穏やかさが宿っていた。


「遠き旅人よ、よくぞこの村へ。心から歓迎いたします。どうぞ、寒さを忘れて休んでいってください」


 その声は氷の下を流れる川のように静かで温かく、聞く者の心を自然と和ませた。セリナは緊張していた肩の力をすっと抜き、深く息を吐いた。


 蓮弥は一歩前に進み、軽く頭を下げる。

「村の皆さんにご迷惑をかけたかもしれません。特に……ルナが人の姿になったり狐の姿になったりして、驚かせてしまったと思います。どうかお許しください」


 その言葉にルナは目を丸くし、頬をぷくりと膨らませた。けれども村長は優しく首を振り、笑みを浮かべた。

「謝る必要などございません。姿を変えるのは彼女の本質、生きる証そのもの。驚きはしても、害を受ける者などおりません。むしろ――そのような力を持つ者が我が村を訪れてくれたことを、喜ばしく思います」


 ルナは一瞬きょとんとし、それから照れたように視線を逸らし、ふわりと尻尾を揺らした。セリナはそんな彼女を見て、思わず口元を和らげた。


 村長の視線が蓮弥の腰に差した紅晶石へと移る。その赤い結晶は淡い光を放ち、雪精石の青白い輝きと呼応するかのように揺らめいていた。


「なるほど……紅晶石をお持ちなのですね」

 村長の声はひときわ深みを帯びた。


「紅晶石はただの宝ではありません。この雪原の冷気を退け、命を守る灯火。古来より我らは、それを持つ者を特別な存在とみなし、ともに歩む資格があると考えてきました。あなた方がここにいることに、疑いはありません」


 安堵の息をついたセリナは胸に手を当て、蓮弥も軽く頭を垂れた。


 村長はゆっくりと立ち上がり、氷窓の外――北の方角へと目を向けた。

「ただし……北へ進むのは容易ではありません。シィラを襲った小さな氷獣も、もとは北の山から流れてきたもの。あれは氷獣の影にすぎません」


 ルナの耳がぴんと立つ。

「影……では、本体は?」


 村長の表情にわずかな陰りが差した。

「北の群れの奥には、“氷獣王”と呼ばれる存在が棲むと伝えられています。全身を氷の鎧に覆い、その吐息ひとつで大地を凍りつかせる怪物。人の兵を百集めても、一息で氷像に変えると言われています」


 セリナは蒼ざめ、両の拳をぎゅっと握りしめた。

「そんなものが近くに……村の皆さんは、怖くないのですか?」


 村長はしばし沈黙し、そして苦笑した。

「恐れが消えることはありません。しかし我らに選択肢は少ないのです。人の世界を離れ、雪原のさらに奥で安住の地を求めましたが……北の氷獣たちが道を塞ぎ、進むことが叶わないのです」


 その声には悲嘆よりも諦観が混じっていた。それでも彼の瞳は柔らかく光り、村を見守る強い意志を秘めていた。


 蓮弥は静かに拳を握りしめ、一歩前へ踏み出した。

「――それでも、俺たちは北へ進みます」


 村長はその言葉をじっと受け止め、やがてゆるやかに頷いた。

「決意は伝わりました。無理をせず、互いを思いやりながら進んでください。紅晶石の光が、あなた方を導きますように」


 その声に、ルナもセリナも真剣な眼差しで頷いた。村の外には氷獣の群れ、さらに奥には氷獣王――雪原を覆う脅威が待ち受けている。


 けれども三人の胸に宿るのは恐れではなかった。紅晶石の光を胸に抱き、それぞれの決意を確かめながら、彼らは同じ北を見つめていた。



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