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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第125話】【第126話】 雪深き 北の道行く 影二つ

【第125話】共に歩む道


 封印の地を後にした蓮弥は、ひとり北へと歩みを進めていた。


 足取りは迷いなく、しかしその背中には深い疲労と重い決意が滲んでいる。仲間たちと交わした別れの握手の温もりはまだ手に残っていた。あの戦いの中で命を共に賭けた彼らを置いて行くことは胸を裂くように辛かったが、これ以上彼らを危険に巻き込むわけにはいかない。――この旅は、己ひとりで背負わねばならぬ宿命なのだ。


 空気は徐々に冷たさを増していく。北方の山々から吹き下ろす風は、まるで針のように肌を刺し、凍てついた大地の匂いを運んでくる。雪解け水が細い流れとなり、黒い岩肌を伝いながら流れ落ちていた。遠くには白銀に覆われた連峰が壁のように聳え、その向こうに未知の大地が広がっている。


 足元の土はまだ乾ききらない血に染まり、戦場の残り香が鼻腔を刺激した。人の死の気配は、この地を離れてもなお蓮弥の背中を追いかけてくる。


 蓮弥は風に黒髪を揺らしながら、懐に収めた地図と紅晶石の感触を確かめる。赤い結晶は微かな温もりを帯び、掌の奥に心臓の鼓動のような脈動を伝えていた。それは、彼が進むべき道を指し示す羅針盤のようでもあった。


 ――北の果て、氷雪の地。その奥に眠るドラコン。


 修仙の道を歩む彼にとっても、竜族の存在は伝説の域を出ない。だが、白衣の少女が残した言葉と贈り物が、何よりの証となっている。あの少女の真剣な眼差しを思い出すたび、蓮弥の胸に責務の炎が静かに燃え上がった。


 彼の後を追う小さな影がひとつ。雪の上を軽やかに歩く妖狐――ルナだ。三本の尾が風に揺れ、耳がぴんと立つ。突然、ルナが足を止めた。


「……蓮弥、誰かついてきてる」


 低い囁きに、蓮弥は瞬時に気を引き締め、背後に視線を向けた。その先に見えたのは――見慣れた金色の髪を風になびかせる少女の姿だった。


「セリナ……?」


 驚愕と戸惑いが入り混じった声が漏れる。封印の地で別れを告げたはずの仲間が、なぜここに。


 セリナは少し荒い息を整えながら歩み寄り、真っ直ぐに蓮弥の目を見据えた。彼女の瞳はまるで曇りひとつない水晶のように澄んでおり、その奥には決意の光が宿っていた。


「私は……もう行く場所がないの。仲間は散り散りになってしまったし、帰る故郷も、今は私にとって意味を持たない。だから――蓮弥、私はあなたと共に行くわ」


 その声音には揺るぎがなかった。


 蓮弥は眉をひそめ、冷たい風を吸い込む。

「俺の行く先は簡単な旅じゃない。命を落とす危険の方が大きい。それでも――ついてくるというのか?」


 セリナは一歩、雪の上に踏み出し、力強く頷いた。

「ええ。たとえ東の果てまででも、私はどこまでもついていく。蓮弥、あなたの選んだ道を共に歩むのが、私の選択よ」


 彼女の声は静かでありながら、胸の奥を揺さぶるほどの熱を帯びていた。蓮弥は心のどこかで、セリナがこう言うだろうと予感していた。それでも実際に耳にすると、胸に重くのしかかるものがある。


「……本当にわかっているのか?」

 蓮弥は口を開き、これまで心の奥に秘め続けてきた目的を明かした。

「俺が探しているのは――ドラコンだ」


 その名を口にした瞬間、空気が張り詰めた。ルナの耳が僅かに動き、セリナの瞳が驚愕に見開かれる。

「ドラコン……? 伝説の竜族……?」


 呟く声は震えていたが、恐怖ではなかった。彼女はしばし沈黙し、やがてその瞳に再び強い光を宿らせた。

「ならば、なおさら私はついていくわ。命を落とすことになっても構わない。私は――あなたを一人にしたくない」


 その言葉は蓮弥の胸に突き刺さる。これまで強さを追い求め、孤独を選び、誰も巻き込まぬと決めてきた彼の道に、こうも真っ直ぐに寄り添おうとする者がいる。その覚悟が、彼には眩しかった。


 ルナが小さくため息をつき、呆れたような笑みを浮かべる。

「やれやれ、蓮弥。観念しなさい。セリナの目を見てごらん、あの光は簡単に消えるものじゃないよ」


 蓮弥は息を吐き、わずかに肩を落とした。

「……わかった。だが、危険を感じたらすぐに戻れ。命を懸ける必要はない」


 しかしセリナは微笑んで首を横に振る。

「私は最後まで行くわ。どんな結末になろうと、それが私の選んだ道だから」


 その笑みは凛として美しかった。覚悟を宿した者だけが持つ光を帯びている。


 蓮弥はそれ以上何も言わず、懐から地図を取り出した。雪に覆われた山脈を越え、さらに北へ――そこには伝説の竜族が潜む大地が待つ。

 ルナが前を行き、セリナが後を歩む。蓮弥はその間に立ち、冷たい風の中を進んだ。


 三人の影は白銀の大地に長く伸び、やがて遠くへ溶けていく。

 その背には、決して平坦ではない新たな旅路の始まりがあった。


 氷のような風が吹き荒ぶ中、蓮弥の胸には小さな熱が灯っていた。

 ――もう、ひとりではない。

 それだけで、凍えるほどの寒さの中でも、彼の足取りは確かなものとなった。




【第126話】雪嵐の試練と小妖怪の導き


 北への道は、蓮弥が想像していた以上に苛烈であった。


 聖山を越えた瞬間、世界は一変した。大地を覆うのは氷雪。山脈を越えると同時に、青空は厚い雲に覆われ、空からは果てしなく雪が舞い落ちる。見渡す限りの荒野は白銀の海原と化し、生命の影はほとんど存在しない。ただ吹き荒ぶ吹雪の咆哮が世界を支配していた。


 風は鋭利な刃となって頬を切り裂き、雪は膝まで蓮弥の足を埋め、踏み出すたびに体力を削り取っていく。普通の人間であれば数刻も持たず、凍てついた雪原の屍と化すだろう。


 だが蓮弥とセリナは、胸元に下げた紅晶石のぬくもりに護られていた。白衣の仙人のような少女から託されたその結晶は、常に微かな熱を放ち、冷気が触れるそばから溶かし散らす。凍える風にさらされているはずなのに、胸の奥は春の陽だまりの中にいるかのように温かかった。


「……不思議ね。全然寒くないわ。むしろ心地いいくらい」

 セリナは吐息を白く散らしながら、紅晶石を握りしめて目を細めた。


 一方、ルナは紅晶石すら持たず、雪原を舞うように進んでいた。狐耳は吹雪に揺れ、真っ白な雪面を軽やかに跳ね渡る。その姿は氷雪の精霊のようで、セリナは思わず足を止めて見惚れた。


 しかし次の瞬間、目を凝らした彼女は驚きの声を上げた。

「ちょっと待って……尻尾が……三つ!?」


 ルナは振り返り、小首をかしげる。

「何を驚いてるの?」


「だって、今まで一本しか見えてなかったのに! どうして隠してたのよ!」

 セリナの叫びは雪嵐に吸い込まれて消えた。


 ルナは肩をすくめ、ふわりと三本の尾を広げる。雪の上を撫でるように揺れる尾からは、淡い光が滲み出し、吹雪さえも押し返すかのようだった。

「隠していたわけじゃない。ただ……今まで見せる理由がないだけ」


 その神秘的な光景に、セリナは言葉を失い、蓮弥は小さく笑った。

「ルナはただの狐じゃないって、前に言ったはずだろ」


「……あなたたち、本当に秘密が多すぎるわ」

 セリナは呆れたように眉を寄せながらも、三本の尾から目を離せなかった。


 その時だった。吹雪の音に紛れ、小さな泣き声が耳に届いた。

「……たすけて……」


 三人は互いに視線を交わし、音のする方へと足を向けた。雪を掻き分けて進むと、そこに倒れていたのは小さな妖怪であった。


 背丈は人間の子どもほど。体は白い毛皮に覆われ、青い宝石のような瞳がかすかに輝いている。雪に半ば埋もれ、身を震わせながら弱々しく声を漏らした。

「ま、魔物が……仲間を……襲って……」


 言葉を途切れ途切れに訴える姿に、セリナは思わず駆け寄り、ルナは険しい表情で辺りを見回した。直後、氷雪を割る咆哮が響いた。


 現れたのは氷獣――全身が氷の鎧で覆われた巨獣だった。四足で雪を蹴立て、口から冷気を吐き出す。眼は真紅に染まり、ただ破壊の衝動に従う獣の狂気が宿っていた。


 戦いは苛烈を極めた。氷獣の吐息は紅晶石を持つ蓮弥とセリナでさえ凍り付かせるほど強烈で、雪原は瞬く間に氷の檻と化した。しかし、蓮弥の剣が氷を切り裂き、セリナの術が風を操り、ルナの狐火が夜空の星のごとく舞って氷獣を焼いた。


 数刻に及ぶ死闘の末、氷獣は絶叫とともに崩れ落ち、粉々の氷塊となって散った。


 小妖怪は涙を浮かべ、震える声で言った。

「……ありがとう……命を助けてくれて……わたし、シィラ。どうしても恩を返したい。お願い、村へ来て。休んでほしいの」


 彼女は小さな手で雪を掻き分け、隠された裂け目を示した。その奥には、人の目から隠された道が続いていた。

「この先に……わたしたちの村がある。雪嵐を避けられる抜け道……安全だよ」


 吹雪に閉ざされた世界の中、シィラの言葉は灯火のように胸に灯った。


 蓮弥、セリナ、ルナは互いに頷き合い、シィラの導きに従って、雪嵐の荒野を抜ける隠された道へと足を踏み入れていった。


 そこに待つものが試練か、救いか、それはまだ誰も知らなかった。



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