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紅蓮仙途 【第11話】【第12話】

【第11話】狐の霊


 弥太郎の体が激しく震えていた。目は赤くぎらつき、牙をむき出しにして荒い息を吐く。その背後からは、白く揺らめく尾のようなものがいくつも立ち上っている。周囲の空気は熱を帯び、地面の草は焼けるように枯れていった。


 その時、女性は静かに弥太郎の前へ歩み出た。足取りは驚くほど軽やかで、まるで大地に触れていないかのようだった。長い黒髪が風もないのにふわりと揺れ、その瞳は湖面のように澄んでいる。

「もうよい、落ち着きなさい」


 彼女が手を差し伸べると、弥太郎の体を覆っていた白い光が渦を巻き、やがて一匹の小さな狐の霊へと形を変えた。狐は透き通るような毛並みを持ち、金色の瞳をぱちぱちと瞬かせている。

「この子は悪霊ではない」


 女性は狐を腕に抱き、ゆっくりと撫でた。

「まだ幼く、わんぱくで、いたずら好きなだけ。正しく導けば、きっと賢く優しい霊になる」


 狐の霊は女性の胸元で丸くなり、安心したように尻尾を揺らした。弥太郎の呼吸も落ち着き、膝から力が抜けて座り込む。


 女性の視線が宗次たちの倒れる方へ向けられる。表情は一瞬で冷たくなった。

「彼らはこの辺りで名の知れた悪党。宝を奪い、命を奪うこともためらわぬ者たち。自らの刃が自らに返っただけのこと。死は、自業自得」

 その声には一片の情けもなかった。


 女性は腰の袋から、深紅の紐で結ばれた古びた巻物を取り出した。

「これは火の巻。あなたに託します。修得には年月がかかるでしょうが、必ずや身を守る力となる」

 そして狐を弥太郎に手渡し、柔らかく微笑む。

「この子の世話を怠らず、共に成長なさい。霊も人も、導く者がいてこそ道を外れぬ」


 弥太郎は巻物と狐を抱きしめ、ただ深く頭を下げた。胸の奥が熱くなり、言葉が出なかった。

 その時、女性は腰の剣を抜き、その上にすっと立った。刃の上で揺れもせず、白い袖が夜風に翻る。

 次の瞬間、剣は光を帯び、女性を乗せて空へと舞い上がった。月光を背に、彼女の姿は一筋の光のように夜空へ消えていく。


 弥太郎は口を半開きにして見送った。あれは夢か、幻か、それとも――仙人なのだろうか。

 胸に残るのは、狐の体温と、女性の静かな声の余韻だけだった。


【第12話】エネルギーを気に


弥太郎は、仙人のような女性から受け取った「火の巻」を、術や戦いの秘法が数多く記されている宝の巻物だと信じていた。胸を高鳴らせながら巻物を広げると、そこに書かれていたのは意外にも、ただひとつ——「気を練る術」だった。


巻にはこう記されていた。

「天地の間には、目に見えぬエネルギー——気が満ちている。それを体内に取り込むことで「気」となる。この「気」をめぐらせ、蓄えることで人は元気を得、気力を保つ。気はただ取り込むだけではなく、必要な時にそれを外へ放ち、守りにも攻めにも転じさせ。それこそが、気の正しき扱いである。」


さらに続く記述には、山野に自生する薬草の中には気を増進させるものがあり、それを摂取すれば体内の気はより強く豊かに蓄えられる、とあった。


火の巻は、炎からエネルギーを吸収し、それを気として練る術である。特に火山の近くは地中の炎が絶えず湧き立ち、気の源が豊かであり、修行に最も適しているとされていた。


読み進めるうち、巻物の隙間から一枚の古びた葉がひらりと落ちた。そこには「霊の育て方」が細かく書かれていた。生まれたての霊は幼子のように未熟で、愛情と導きがあれば正しい力を持つ存在へと成長する。だが、放っておけば邪に傾き、禍を招くこともある——と。


弥太郎は人の足が踏み入れぬ山奥を探し求め、やがて噴煙を上がる火山のふもとにたどり着く。そこで小屋を構え、昼間は険しい山中を歩き、薬草を集めて狐の霊に与えた。

霊は時にいたずらをし、時に弥太郎の足元で丸まり眠った。


夜になると、彼は焚き火のそばに座り、静かに目を閉じて呼吸を整え、気を練る修行を続けた。吸う息で天地の気を取り込み、吐く息で体内の濁りを押し出す。最初は何も感じなかったが、日々続けるうちに、指先が温かくなり、胸の奥で静かな炎が灯るような感覚を覚え始めた。


霊もまた、弥太郎のそばで少しずつ成長していった。幼い顔つきは引き締まり、瞳には聡明な光が宿る。いたずら好きな性格は変わらないが、その行動にはどこか優しさが混じるようになった。


季節は巡り、山は何度も雪に覆われ、また花を咲かせた。年月の感覚は次第に薄れ、修行と霊の世話が弥太郎の全てとなっていった。


気づけば——五十年の歳月が過ぎていた。


しかし、長き修練の影響か、弥太郎の姿は五十年前と変わらず、少年のままだった。

そして、その傍らには、半透明の肢体を持つ狐の霊が寄り添っていた。琥珀色の瞳は炎を映し、長い尾はゆらりと揺れ、彼を守るかのように火口の熱気の中に立っていた。


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