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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第115話】【第116話】 血香の森 静寂に震える 青光り

【第115話】翠晶石をめぐる影


 森のざわめきが一瞬、風の途切れたように静まり返った。濃い緑に覆われた聖山の外郭、その岩壁の裂け目に、月光を閉じ込めたかのような淡い光が脈打っている。


 誰よりも早くそれを見つけたのはミリアだった。彼女の弓を握る手が無意識に止まり、淡い青光へと吸い寄せられていく。


「……見て。あれ……」

 小声で告げると、全員が足を止め、その視線が一点に集まる。


 岩肌に埋もれたその結晶は、直径が拳ほどもあり、淡い蒼の光が周囲の影を淡く散らすように輝いていた。まるで大地の心臓がそのまま表に露出したかのような神秘さだ。


「これは……大型の翠晶石だな」

 セリナが目を細め、慎重な足取りで結晶に近づく。彼女の指先がそっと岩肌を撫でると、光は一瞬、彼女の魔力に呼応するかのように脈打った。

「しかも、高純度。魔力の循環を整え、詠唱の精度を格段に上げられる……。王都に持ち帰れば、金貨百枚は下らない」


 カイルが息を呑み、斧を担いだ肩を下ろした。

「おいおい、こんなデカブツ、俺の故郷でも一度も見たことねぇぞ……」

 粗野な戦士の目でさえ、宝を前にした子供のような輝きが宿る。


「でも、目立ちすぎる」

 低い声が響いた。ジョルンだ。分厚い盾を前に構え、彼は周囲の木々を鋭い眼差しで睨んだ。

「……誰かに見られている」


 その瞬間だった。

 岩陰の茂みが不自然に揺れ、重い鎧を着込んだ四人の男たちが姿を現した。薄汚れた鎧、刃こぼれした剣。背負う視線には冒険者の軽やかさよりも、血の臭いを纏った獣のような鋭さがあった。

 先頭に立つ大柄な男が、口元にいやらしい笑みを浮かべる。


「へぇ……お前ら、運がいいな」

 低く響く声。彼の目は翠晶石ではなく、すでにその場に立つ蓮弥たちを値踏みしていた。

「こんな場所で、こんな大物を見つけるなんてな」


 その後ろで、弓を持つ女が鼻で笑い、長弓の弦を軽く鳴らした。

「運がいいのはどっちかしらね。……ほら、譲ってくれれば命までは取らないわよ」


 セリナの瞳に警戒の色が宿る。

「盗賊か……」

 だがその囁きが終わるより早く、彼らの後方から青いローブを纏った魔術師が前に出た。杖の先には淡い魔力の光が宿り、静かに空気が張り詰めていく。


「交渉の余地はないようね」

 セリナの言葉に、ジョルンが前に一歩出た。

「俺たちが先に見つけた。ここは退いてもらおう」


「見つけただけだろ?」

 先頭の男が薄笑いを浮かべたまま剣を抜く。

「掘り出して手に入れるのは俺たちだ。……分け前が欲しいなら、命を懸けてみろ」


 空気が一層重くなる。森の風が止まり、鳥の鳴き声すら消えた。敵対の気配だけが辺りに満ちる。


 蓮弥は無言で符を一枚取り出し、掌に隠すように握りしめた。その眼差しは鋭く、敵の布陣を一瞬で見抜く。


「……剣士二人、弓兵一人、魔術師一人。あの魔術師は低級だが、牽制には十分。まずは弓兵を封じれば動きが鈍る」

 声は仲間にだけ届く小さな囁き。


 カイルが斧を肩に担ぎ、口の端を吊り上げる。

「面白ぇな。やるならとことんやるぜ」


 ミリアは素早く矢を番え、敵弓兵の視線を正面から受け止めた。その一瞬の緊張が、戦闘開始の合図のように空気を震わせる。


 ――次の瞬間、二人の弓兵が同時に弦を放った。

 矢と矢が空中で衝突し、甲高い音を立てて火花のような光を散らす。わずかな火花が宙を舞い、森の薄暗さを切り裂いた。


「チッ……!」

 敵弓兵が舌打ちする。その隙を逃さず、蓮弥が符を投じた。符が空中で淡い光を放ち、瞬時に小さな法陣が形成される。

「――霧障!」

 白い霧が辺りに広がり、敵の視界を奪う。


 同時にカイルが前へと躍り出た。巨斧を振り下ろし、先頭の男を押し返す。金属と金属がぶつかり、激しい火花が散る。

「おらぁ! 骨の一本じゃ済まねぇぞ!」

 挑発の声に、敵剣士の顔が怒りに歪む。


 だが次の瞬間、指揮官らしき男が手を上げた。

「……やめろ」

 鋭い声が飛び、仲間たちは一斉に武器を下ろす。


「今回は見逃してやる。……だが次はないと思え」

 吐き捨てるような言葉を残し、四人は岩陰に姿を消した。森のざわめきが戻り、緊張の糸がゆっくりと緩む。


「ふぅ……危なかったわね」

 セリナが息を吐くと、ルナが足元に寄り添い、小さく鳴いた。白銀の毛並みが淡い光に照らされて神秘的に輝く。


 蓮弥は岩壁に埋まる翠晶石に手をかざす。

「これがあれば、もっと強くなれる。……次に出会ったとき、退けるだけの力を」


 翠晶石の青白い光が、彼の言葉に応えるように静かに脈打った。




【第116話】六影との激突


 翠晶石を岩壁から慎重に掘り出し、魔力封印の符で保護した瞬間だった。

 森の静寂を切り裂くように、背後から荒々しい声が飛ぶ。


「よぉ……さっきは引いたが、やっぱり諦めきれなくてな!」


 振り向けば、先ほどの盗賊まがいの四人組が再び現れていた。だが今度は二人を新たに伴い、合計六人――濃い殺気をまとった影がこちらを半円状に取り囲む。

 木々の間から差す薄い光が、彼らの鎧や剣を鈍く照らしていた。


「……数を増やしたか」

 ジョルンが低く唸り、盾を前に構えて足を固める。その巨躯は小さな砦のように仲間を護る位置を確保した。

「俺たちを舐めすぎだな」

 カイルは斧を肩に担ぎ、挑発的な笑みを浮かべて一歩前へ出る。


「翠晶石は俺たちのもんだ!」

 先頭の粗野な男が叫び、剣を高く掲げる。その目には欲望と敵意の光が宿り、迷いは微塵もない。

「力で奪う。それだけだ!」


 次の瞬間、剣士二人が咆哮とともに突進してきた。

 カイルが巨斧を振り抜く。鉄と鉄がぶつかる甲高い音、飛び散る火花。重い一撃に敵剣士の腕が痺れ、身体が後退する。だがもう一人は死角から背後を狙った。


「カイル、右だ!」

 蓮弥の声に反応し、ジョルンが盾を横へ滑らせる。分厚い鉄板が刃を弾き、鋭い音が森に響いた。

 その一瞬の間隙を縫って、後方の弓兵が矢を放つ。


「ミリア!」

「任せて!」


 ミリアの指先から矢が放たれ、二本の矢が空中で衝突する。甲高い火花の散るような音が響き、敵の矢は軌道を逸らされた。さらに彼女は素早く二射目を放ち、敵弓兵の肩をかすめさせる。


 だが敵の魔術師が詠唱を始めた。低い呪文とともに紅い光が掌に集まり、炎弾が膨張していく。

「魔術師、詠唱中!」セリナが声を上げた。


「分かってる!」

 蓮弥は符を指先で弾き、宙に投げ放つ。符は瞬時に空中で光を帯び、小型の法陣を描いた。


「――返炎陣!」

 陣から放たれた防御結界が炎弾を受け止め、反射させる。爆ぜた炎が魔術師の足元で炸裂し、敵陣が混乱に包まれた。


「今だ、押せ!」

 蓮弥の指示で仲間たちが一斉に動く。


 カイルの斧が剣士を力任せに弾き飛ばし、ジョルンの盾が正面から突進を受け止める。その隙を逃さず、ミリアの矢が次々と敵陣の隙を射抜いた。


 セリナは素早く杖を振り、雷撃を敵の足元に這わせる。青白い稲光が地面を駆け抜け、敵兵たちの動きを縛りつける。


 ルナが甲高く鳴き、白銀の尾を揺らした瞬間、仲間たちの体が軽くなった。狐霊の放つ加護の光が筋肉の反応を研ぎ澄まし、全員の速度をわずかに底上げする。


「くそっ……こいつら、ただの冒険者じゃねぇ!」

 粗野な男が呻き、剣を振るうが、その刃には焦りが混じっていた。


 蓮弥は掌の符を構え、素早く印を結ぶ。符が宙で燃え、光の陣が足元に展開された。

「――重力陣!」

 強制的に重力をねじ曲げる符術が発動し、敵剣士たちの動きが一瞬で鈍る。


「今度はこちらの番だ!」

 蓮弥の合図でカイルとジョルンが同時に踏み込む。

 カイルの斧が剣士の肩口を叩きつけ、巨体を地面にめり込ませる。ジョルンの盾がもう一人の胸板を打ち抜き、重い音を立てて吹き飛ばした。


「ぐっ……!」

 二人の剣士が戦闘不能に陥ると、敵陣の士気が崩れた。弓兵は後退し、魔術師も火傷を負った腕を押さえながら後ずさる。


「これ以上は……引くぞ!」

 粗野な男が苦渋の声で叫ぶ。残りの者たちは互いに顔を見合わせ、岩陰の森の中へと退却していった。


 戦闘が終わると、深い静寂が戻った。

 血の匂いが微かに漂う中、カイルが荒い息を吐いて笑った。

「はぁ……六人相手は骨が折れるな」


「でも……全員無事よ」

 セリナが杖を握りしめたまま微笑む。額には汗が光り、その表情には緊張と達成感が入り混じっていた。


 蓮弥は手の中の符を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。

 力任せの戦いではない。符術で相手の動きを縛り、仲間の力を活かした戦術――それが勝利をもたらしたのだ。

 彼の胸には、新たな確信が芽生えていた。


「……これからはもっと戦略を磨かなければ」


 背後の岩壁で翠晶石が淡い光を放つ。青白い輝きは、彼らの決意を見守るように静かに脈打っていた。


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