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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第107話】【第108話】 秘密握り 言葉より強く 背を預け

【第107話】変わらぬ絆


 戦場に漂う血の匂いは、夜風に混じってなお濃く鼻腔を刺した。燃え尽きた魔獣の死骸が転がり、地面には魔力と霊力の余波が入り混じる瘴気が漂っている。森を抜けた月光がその光景を淡く照らし、冷たい静寂が辺りを支配していた。


 そんな中、焚き火の炎だけが頼りなく揺れている。炎の橙は、戦いを終えた五人の影を長く引き伸ばし、疲弊し切った身体を優しく包み込む――はずだった。


「……俺は、修仙者だ」


 蓮弥――これまでレオンと名乗ってきた青年の低い声が、静寂を切り裂いた。

 仲間たちは一瞬、何を言われたのか理解できず、驚きに目を見開く。焚き火の爆ぜる音がやけに大きく響いた。


 沈黙を破ったのはカイルだった。逞しい体躯を持つ戦士は、額の汗を拭いながらも笑みを浮かべる。

「なるほどな。どうりで剣筋も身のこなしも妙に鋭ぇと思ったぜ。魔法使いにしちゃ動きが良すぎるってな」


 彼は肩にかけた巨大な戦斧を軽く揺らし、唇の端を吊り上げた。

「けどな、俺たちは何度も背中を預けてきた仲間だ。どんな力を使おうが、それで十分だろ?」


 その言葉は重い戦士の誇りを帯び、迷いなく響いた。


 セリナは息を呑み、金の髪を揺らしながら蓮弥をじっと見据えた。歴史の中で、魔法使いと修仙者の間には深い溝がある。体系も思想も異なり、時に流血の争いを繰り返してきた。彼女の指先は微かに震えていたが、その瞳は迷いの色を見せない。


「……修仙者。あなたは魔力ではなく霊気を操るのでしょう? 私たちの魔法体系とは根本から異なるわ。正直、魔法使いたちはあなたを疑い、恐れるかもしれない。でも――」


 彼女はそっと胸に手を当てた。


「私はあなたに命を救われた。あの廃墟で、私が魔物の群れに飲まれかけた時、あなたはためらわず飛び込んできた。炎の矢よりも速く、命を懸けて。そんな人を、どうして疑えるの?」


 セリナの声には真摯な響きがあった。

 彼女は魔力を帯びた杖を握りしめながらも、視線は優しさを湛えている。


 ミリアも頷き、少し笑った。少女のような外見を持つ癒し手だが、その笑顔は戦場で数え切れない死を見てきた者の強さを宿していた。


「私も同じ気持ち。レオン……じゃなくて、蓮弥さん。あなたが霊力を使っていようと関係ない。あなたは私たちの仲間であり、恩人だもの。」


 彼女の手のひらからは、淡い光がこぼれていた。それは無意識の癒しの力であり、仲間への信頼の表れでもあった。


 ジョルンは寡黙な盾使いだ。背中の巨大な塔盾を地面に突き立て、静かに頷く。


「俺は多くを語れない。ただ、盾を預けられるかどうか。それだけだ。蓮弥、お前には……預けられる」


 その短い言葉に、誰よりも重い信頼が込められていた。


 仲間たちの視線を受け、蓮弥の胸に熱いものが込み上げる。

 長い修行の日々、彼は異国の地で正体を隠し、孤独を抱えたまま戦ってきた。霊気の循環法――呼吸一つで天地の気を体内に巡らせる術は、魔法使いにとって異質であり、時に不気味ですらあった。それゆえ、彼は名を偽り、心を閉ざしてきたのだ。


「……ありがとう。でも、一つだけ頼みがある」


 蓮弥は深く息を吐き、月光を背に立ち上がった。


「俺が修仙者だと知られれば、必ず軋轢が生まれる。外ではこれまで通り“魔法使いのレオン”として扱ってほしい。お前たちに迷惑をかけたくない」


 四人は互いに視線を交わし、すぐに頷いた。


「わかった。秘密は俺たちだけのものにしよう」セリナは柔らかな微笑みを浮かべる。

「おう! これは戦友だけの秘密だな!」カイルは豪快に笑い、焚き火の火花がその頬を照らす。

「もちろんよ。蓮弥さんは蓮弥さん。それで十分」ミリアは穏やかに微笑む。

「俺の盾は、いつでもお前のためにある」ジョルンは短く言い、盾を背負った。


 蓮弥の心は熱で満たされていった。長い孤独の修行で霊力を練り続けてきた彼にとって、人の温もりは遠いものだった。しかし今、その温もりが胸に満ちる。天地の気を吸い込み、丹田に巡らせるたび、心もまた穏やかに満たされていく。


「……お前たち、本当にありがとう」


 焚き火の炎がぱちりと爆ぜ、夜風に揺れた。

 森の奥ではまだ魔獣の遠吠えが響いているが、五人は輪を囲み、笑い合った。戦いで刻まれた傷も疲労も、この瞬間だけは遠ざかっていく。


 表向きは魔法使い・レオン。

 しかし、仲間の前では修仙者・蓮弥として受け入れられた――その事実こそが、彼にとって最大の力となる。


 星空の下、焚き火の炎が静かに揺れ、彼らの絆を照らし続けていた。




【第108話】結ばれる力


 戦いを越え、五人の心はかつてないほど強く結ばれていた。幾度も死地を潜り抜けたからこそ、互いの存在は欠けることのない支えとなった。昼は肩を並べて獣を狩り、夜は焚き火を囲んで笑い合う。傷を癒し、疲れを癒やすその時間には、戦場の血なまぐさい匂いも消え、森の夜風が心を優しく撫でた。


 仲間――その言葉では足りない。もはや彼らは家族であり、魂の絆で結ばれた存在だった。


 その夜も森の中で焚き火が燃えていた。焔は赤橙にゆらめき、霊力を帯びた森の瘴気を静めている。火花が時折夜空に舞い上がり、澄んだ星々の下へ消えていった。蓮弥は火に照らされた仲間たちを見渡し、胸の奥に温かさを覚える。


「……みんな。もしよければ、俺の術を少し試してみないか?」


 唐突な申し出に、四人は顔を見合わせた。だが誰も異を唱えず、静かにうなずく。彼の正体を明かした夜以来、互いを疑うことはなくなったのだ。


 蓮弥は符を取り出した。白い符紙に墨で描かれた文様が淡い光を帯び、焚き火の揺らめきに呼応するかのように脈打つ。


「まずはジョルンの盾からだ」


 彼は大盾を受け取ると、指先で霊力を流し込みながら符を縁に貼り付ける。符の紋様が盾の表面に広がり、淡い光の輪が浮かんだ。


「この法陣は衝撃を吸収し、反発させる。霊気の循環で耐久を高めてある。前よりも硬いはずだ」


 ジョルンは興味深げに盾を構える。

「カイル、試すか?」


 豪快な笑みを浮かべたカイルは、両手の斧を握りしめた。

「おう、遠慮なく!」


 重々しい音を立てて斧が振り下ろされる。しかし盾はびくともしないどころか、斧を跳ね返した。カイルは反動で後ろに下がり、驚きの笑みを浮かべる。ジョルンも目を見開いた。


「……すごい。まるで岩壁だ。これなら城門すら守れるかもしれん」


 蓮弥は微笑み、次にカイルの斧を手に取る。刃の根元に小さな符を貼り付け、霊力を込めると、符が赤と青の光を交互に放った。


「これは元素符。斧を振るたび、炎か水の力が噴き出すようにしてある」


 カイルはわくわくした様子で斧を振り下ろした。刃の軌跡に沿って赤い炎が奔流のように迸り、次の一撃では冷たい水が渦を巻いて溢れ出す。


「おおっ! こりゃあ最高だな! 敵を焼くも凍らすも思いのままだ!」


 その様子にジョルンも苦笑するが、目は誇らしげだった。


 続いて蓮弥はミリアの弓を手に取り、矢羽根に極細の符を織り込むように貼り付けた。符の線はまるで風を象る龍脈のように輝き、彼女の手元で淡く脈動する。


「この符は風を操る。矢の速度を増し、射線を安定させるはずだ」


 ミリアが弓弦を引き、矢を放つ。矢は雷鳴のような音を立てて空を切り裂き、遥か先の木の幹を正確に貫いた。


「……すごい。軽いのに、まるで雷のように速い!」


 ミリアは何度も弓を引き、矢の精度を確かめながら笑顔を浮かべた。


 最後に、蓮弥はセリナの前に座る。

「君には特別な工夫をしよう」


 そう言って差し出したのは、複雑な文様が刻まれた符だ。

「君の詠唱は長く、その分魔法の威力も絶大だ。しかし、戦場で長い詠唱は隙になる。この符に魔法の詠唱を封じ込めれば――」


 セリナは驚きながらも、彼の指示に従い手を翳す。符は一瞬で眩い光を放ち、完成された魔法が符に封じられた。


「……まさか、これで一瞬で放てるの?」

「そうだ。符を破るだけで、魔法は即座に発動する」


 試しにセリナが符を破ると、空中に雷光が迸り、周囲の木々を一瞬で焦がした。彼女は驚きに目を見開き、やがて喜びの笑みを浮かべる。


「すごい……これなら、私も守られるだけじゃなく戦えるわ」


 四人は顔を見合わせ、同時に笑った。

「レオン――いや蓮弥。お前がいれば俺たちはもっと強くなれる!」カイルが豪快に叫ぶ。

「いや、俺の力だけじゃない。お前たちがいてこそ、俺もここまで来られた」蓮弥は静かに応える。


 その夜、焚き火の炎は一段と明るく輝いた。

 五人は歌を口ずさみ、戦士の唄、旅の唄を順に紡いだ。悲しみも喜びも、焚き火の炎が吸い上げ、星空が見守っているようだった。


 蓮弥は炎を見つめながらふと空を仰ぐ。夜空には星々が煌めき、彼の修行の旅を思わせるような無限の広がりを見せていた。しかし、今の彼には孤独はなかった。


 生死を共にした仲間。秘密を抱えながらも、互いを信じ合える存在。

 胸の奥で確かに感じる絆の脈動は、霊脈に巡る霊気よりも温かい。


――ここが、俺の居場所だ。


 その確信は、静かに彼の修仙の道を照らしていた。


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