紅蓮仙途 【第105話】【第106話】 巨獣倒れ 修仙の刃は 光を走る
【第105話】ギルド帰還と深まる絆
夕暮れの鐘が街に響き渡り、冒険者たちが一日の依頼を終えて帰還する時間となった。黄金色の夕日が石畳の通りを染め、軒先に吊るされた灯籠が一つ、また一つと灯り始める。
その賑わいの中、五人の影が冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた。軋む音とともに、外の冷たい風が一瞬だけ室内に流れ込み、すぐに冒険者たちの笑い声とざわめきに飲まれていく。
先頭を歩くのは、背に巨大な獣の角を担いだカイルだった。灰色の毛並みに包まれた魔獣――灰角獣を討伐した証である。血に濡れたままの角を受付台の上へとどかりと置くと、室内の視線が一斉に彼らに集まった。
「任務完了だ。こいつが証拠だ!」
カイルの声は疲れを隠さずも誇らしげで、ギルドの喧騒を一瞬押し黙らせた。
受付嬢の若い女性は目を丸くし、驚きに息を呑む。
「……これが、灰角獣……!? まさか討伐なさったのですか!」
彼女は慌ただしく書類を取り出し、金貨を計算しながら声を弾ませた。
「報告完了です! 討伐報酬と角の換金額を合わせまして……こちらの金額になります!」
机の上に積まれた金貨袋はずっしりと重く、その存在感だけで冒険者の苦労を物語っていた。
「すごい……!」
セリナは感嘆の声を漏らし、瞳を輝かせる。彼女の小さな肩は戦いの疲れで僅かに震えていたが、興奮でそれすら忘れてしまったようだった。
「分配は後にしよう。まずは宿で落ち着こう」
レオン――蓮弥は淡々と告げた。その声音には疲労と共に冷静さが宿り、仲間たちは素直に頷く。
討伐の成功は偶然ではなかった。五人はここまでの旅で幾度となく命を預け合い、互いの癖や呼吸を知り尽くしてきた。
その戦いの日々を思えば、今回の功績は一つの節目に過ぎないのかもしれない。
カイルはいつも真っ先に飛び込む槍使いだ。無鉄砲にも見えるが、誰よりも仲間の動きを信頼しているからこそできる突撃だった。
ジョルンは寡黙な盾戦士。彼が動かぬ壁のように立ちはだかるからこそ、後衛は安心して魔法や矢を放つことができる。
弓の名手ミリアは、一瞬の隙を逃さぬ眼を持つ。彼女の矢は敵の急所を正確に射抜き、戦局を変える力を秘めていた。
そして、まだ魔術の修行途上にあるセリナ。小柄な体に似合わず、戦場での集中力は一流だ。戦いの中で怯えることもあったが、それでも彼女は仲間を守るために一歩を踏み出す勇気を見せた。
蓮弥は剣を手に彼らを導く。その瞳には常に戦局全体を見渡す冷静さが宿り、必要とあらば誰よりも鋭い刃となる。
――彼の背後には、修仙者として積み重ねた修行の日々があった。しかし、それを誰にも明かすことはない。異世界に迷い込んだ修仙者としての力を隠し、この世界の冒険者として生きることを選んでいた。
その夜、宿の一階にある小さな酒場は、戦いの余韻を楽しむ者たちでいっぱいだった。
「お前が無茶するから、俺が盾で受け止めなきゃならねぇんだぞ!」
ジョルンのぼやきに、カイルは笑いながらジョッキを掲げる。
「それがお前の役目だろ? 頼りにしてるぜ!」
「……調子のいいやつだな」
二人の軽口に、場の空気が和む。
「今日は私の矢が一番決め手だったわね」
ミリアの冷静な言葉に、カイルが「ぐぅの音も出ねぇな……」と頭を掻くと、再び笑い声が響いた。
「わ、私も……ちゃんと戦えてたよね?」
セリナがおずおずと尋ねると、蓮弥は微笑んで答えた。
「立派だった。誰よりも勇敢だったよ」
その言葉に、彼女の頬が赤く染まる。ジョルンは無言で頷き、それが何よりの肯定だった。
夜が更け、酒場の喧騒が静まった頃。
蓮弥は宿の外に出て、冷たい夜風を浴びた。
星が瞬く夜空の下で、彼はふと胸の内を探る。
(俺は修仙者としての正体を隠している。この世界では異質な存在だ。それでも、この仲間たちと過ごす時間は心を軽くする。――いつか真実を告げる時が来るのだろうか)
遠くで鐘の音が響き、街は静かな夜を迎えようとしていた。
五人は出会った頃、互いを探り合う寄せ集めに過ぎなかった。だが今や、誰もが互いを信じ、背中を預けられる存在へと変わっている。
戦い、笑い、血を流し、共に過ごした時間が、その絆を確かなものとしたのだ。
「……明日も頑張ろう」
誰にともなく呟いた声が、夜空に溶けていった。
――冒険者として、そして仲間としての絆は、この街の夜と共に、静かに深まっていくのだった。
【第106話】暴かれた真実
夕暮れの陽が差し込む森の奥、鳥のさえずりすら消え、湿った苔の匂いが漂う静寂の中を五人の影が進んでいた。
依頼は小型魔物の討伐。日常の延長のような仕事で、彼らの足取りにも緊張感は薄い。
「今日もさっさと片付けて、帰りに一杯やるか!」
カイルが大斧を肩に担ぎ、陽気に笑った。
「あなた、飲む気満々じゃないの……」
ミリアが冷ややかな視線を送り、セリナは小さく笑った。
森の小道を歩く音は心地よいリズムを刻み、夕風が枝葉を揺らす音が耳に優しい。
――その時だった。
森の奥から、異様な圧力が押し寄せてきた。
まるで目に見えぬ手で首を絞められるかのような威圧感。鳥たちが一斉に飛び立ち、木々の葉が不気味にざわめく。
「……今の、何?」
セリナの声が震える。
「ただ事じゃねぇな」
カイルが斧を握り直すと同時に、茂みを押し分けて“それ”が姿を現した。
全身を黒鉄色の鱗で覆った巨獣。
四肢は象のように太く、瞳は熔けた金属のような赤光を帯びている。口から吐き出される熱気が空気を歪め、周囲の木々を焦がした。
「な……なんだ、あれは……!」
セリナの青ざめた顔に汗が伝う。
「依頼にない魔物だ……格が違うぞ!」
ミリアの手が震え、弓を握る指先に力が入らない。
咆哮が森を揺るがした。
巨獣は地を砕きながら突進する。その質量と速さは雷のようで、息を呑む間もなく、戦場は混乱に包まれた。
「ぐっ……! 押し返せねぇ!」
ジョルンが大盾を構えて受け止めるが、巨獣の力は尋常ではなく、盾ごと弾き飛ばされる。土煙が上がり、ジョルンの背が木に叩きつけられた。
「くそっ、やるしかねぇ!」
カイルが叫び、大斧を渾身の力で振り下ろす。しかし、刃は硬質な鱗に阻まれ、甲高い音と火花を散らすだけ。
巨獣の尾が唸りを上げて振るわれ、退路を塞ぐように地面を薙ぎ払った。
「退けない……!」
ミリアが必死に矢を放つも、矢は弾かれ、黒鱗に浅い傷を刻むだけ。
「魔術を……!」
セリナが震える声で呪文を紡ぐが、足元の揺れと衝撃で詠唱は何度も途切れた。
カイルは頬から血を流し、ジョルンは盾を失い、ミリアは矢を撃ち尽くして膝をつく。
恐怖が五人の心を締め付けた。
――絶望が森を覆う。
蓮弥――レオンと名乗ってきた青年は、その中心で拳を握り締めた。
(このままでは……全員死ぬ。俺は正体を隠してきたが……もう迷っている時間はない)
深呼吸とともに丹田に意識を集中する。
身体の奥底で静かに循環する霊力が呼応し、全身に熱を帯びた流れが走る。抑え込んでいた修仙者としての力が解放される。
「はぁぁ……!」
息と共に霊気が噴き出し、空気が震えた。
次の瞬間、蓮弥の周囲を白銀の光が包む。森のざわめきが止まり、時間すら凍り付いたかのように感じられた。
「……っ!? レオン、お前……!」
ミリアが息を呑む。
「魔力じゃない……これは……」
蓮弥の眼が鋭く光り、声が森に響き渡る。
「すまない……俺は魔法使いじゃない」
背後に浮かぶのは、修仙者の象徴――飛剣。
刃に纏う霊力は星光のように輝き、森の闇を切り裂くほどの輝度を放った。
「俺は――修仙者だ」
一閃。
銀光が走り、巨獣の厚い鱗を切り裂いた。血飛沫が舞い、怪物の咆哮が森を揺らす。
飛剣は舞うように空を駆け、次の瞬間、巨獣の首筋を深々と貫いた。
轟音とともに巨体が地面に沈む。
戦場には霊気の余韻だけが漂い、仲間たちはただ呆然とその光景を見つめていた。
「……嘘、だろ。レオンが……修仙者……?」
カイルの声がかすれる。
ジョルンも何も言えず、セリナは震える唇で蓮弥を見上げた。
「じゃあ……あなたの名は……本当は……?」
蓮弥は静かに剣を収め、深く息を吐く。
「偽りの名で騙していて、すまない。俺の名は――蓮弥。修仙者だ」
沈黙が落ちる。
森の風が葉を揺らす音が、やけに遠くに感じられた。
仲間たちの視線に、驚愕と困惑と恐怖、そして消えぬ信頼の色が混じっている。
蓮弥は彼らを一人ずつ見つめ、覚悟を込めて言葉を紡いだ。
「もう隠すつもりはない。俺はこの世界の者ではない。修仙の道を歩む者だ。……だが、それでもお前たちを仲間だと思っている」
霊光が揺らめく戦場で、五人の関係は大きな岐路を迎えていた。




