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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第103話】【第104話】 夕焼けに 肩並べ歩く 笑い声

【第103話】灰角獣討伐の決着


 ――荒野の静寂を切り裂くように、耳をつんざく咆哮が響き渡った。


 灰色の巨影が土煙を巻き上げ、ゆっくりと頭を振る。岩のように硬い体表は斑に灰色が混ざり、鋭い棘のような毛が密生していた。額にねじれた双角は、古の妖獣を思わせる威容を放ち、踏みしめる一歩ごとに大地が唸りを上げる。


「……あれが、灰角獣か」

 レオンは息を殺し、剣の柄を握りしめた。霊力の気配を意図的に抑え込み、ただの冒険者を装う。それでも彼の瞳は鋭く、修士としての戦闘勘は、敵の動きのすべてを捉えていた。


「正面から受けるな、散開だ!」

 短く指示を飛ばすと同時に、巨獣が地を蹴った。


「おうよ! 細けぇことは知らねぇが――こういうのは得意だ!」

 カイルが豪快に笑い、大斧を振りかざす。彼の全身の筋肉が膨れ上がり、足場の岩を砕くほどの踏み込みと共に、真正面から突進する巨体を迎え撃った。


 轟音。

 金属と角がぶつかり、火花が散った。衝撃は岩場全体を揺るがし、土煙が一気に視界を覆った。カイルの膂力でも押し返せず、巨体がわずかに前進する。


「ぐっ……だが止まったなッ!」

 その瞬間、カイルの背後から黒い影が前へ出る。


「……俺は盾だ。前を任せろ」

 ジョルンの声は低く短い。無骨な巨盾を地面に突き立て、全身で衝撃を受け止めた。甲冑が軋む音とともに、地面には蜘蛛の巣状の亀裂が広がる。それでも彼は一歩も退かない。


「援護は任せて!」

 背後からセリナの声が響く。少女の詠唱が風に乗り、魔力の粒子が彼女の周囲に浮遊し始めた。青白い光が金髪を照らし、彼女の瞳には恐怖よりも強い決意が宿っている。


「《フレア・ランス》!」

 叫びと共に、灼熱の炎槍が彼女の掌から放たれた。槍は雷鳴のような轟音を残し、灰角獣の肩口に突き刺さった。炎が皮膚を焼き焦がし、血煙と黒煙が舞う。


 獣が苦悶の声を上げ、角を振り回した。


「今だ!」

 冷静な声が矢を伴って響く。

 ミリアの狙撃は、ほとんど術の域に達していた。彼女の指先から放たれた矢は、巨獣が動くわずかな間隙を突き、炎で裂けた傷口へ正確に突き刺さる。


「……外さない」

 その呟きは、技量への自信であり、仲間を守るための信念の現れでもあった。


 だが灰角獣の怒りは収まらない。

 獣の尾が鞭のようにしなり、カイルを薙ぎ払った。


「ぐおっ……!」

 轟音と共にカイルの体が宙を舞い、岩壁に叩きつけられる。砂煙が上がり、土の匂いが漂った。


「カイル!」

 セリナが悲鳴に近い声を上げるが、獣は間髪入れずに突進態勢を取る。その眼には知性の欠片もなく、ただ破壊の本能が渦巻いていた。


(今……ここで動かねば……)

 レオンは剣を握る手に力を込めた。

 修士としての自分を隠し続けてきたが、このままでは仲間を守れない。


「ジョルン、もう少し耐えてくれ!」

「……言うまでもない」


 ジョルンは短く答え、盾を深く地面に押し込む。その背中は巨岩のように揺るがず、獣の突進を真正面から受け止めた。


 レオンは地を蹴った。霊力を足に巡らせ、重力を無視したような跳躍で灰角獣の頭上に舞い上がる。

 剣が銀白の光を纏い、空気が一瞬震えた。


「はあああッ!」

 白い閃光が空を裂き、獣の額の双角の間に突き立つ。

 凄まじい咆哮と共に巨体が暴れ狂い、レオンの体は宙へ弾き飛ばされる。しかし彼は空中で軽やかに体をひねり、岩場へ着地した。


「今が好機だ!」

 レオンの声が全員を奮い立たせた。


 セリナが再び詠唱を早口で紡ぎ、ミリアが連射の矢を番える。カイルは血を吐きながらも立ち上がり、大斧を握りしめた。ジョルンは最後の力を振り絞り、角を押さえ込む。


 白光の剣、炎槍、矢雨、そして斧の一撃――。

 仲間全員の攻撃が一点に集中した。


 刹那、厚い甲皮が裂け、鋭い矢が喉を貫き、炎が傷口を焼き尽くす。灰角獣の瞳が赤黒く濁り、断末魔の雄叫びが荒野を震わせた。


 やがて、巨獣は崩れ落ちた。

 地響きが響き、土煙が風に流れる。


 静寂――。

 全員が呼吸を整えるまで、長い沈黙が続いた。


「……やったな」

 カイルが血を拭い、笑みを浮かべる。

「完全に沈黙した。動く気配はないわ」ミリアの声は静かだった。


 ジョルンは盾を地に突き、無言で深く息を吐く。その背中には、仲間を守り切った男の誇りがあった。


「わ、私の魔術……役に立ったよね?」

 セリナが膝をつき、肩で息をしながらも微笑む。


「ああ、皆の力だ」

 レオンは剣を納め、仲間たちを見渡す。

 その眼差しには、戦いを共にした者への信頼と絆が刻まれていた。


 こうして灰角獣討伐は幕を閉じた。

 荒野の風が吹き抜け、五人の冒険者は互いの無事を確かめ合いながら、戦場を後にした。




【第104話】ギルド帰還、仲間たちとの打ち解け


 ――夕暮れの風は、戦いの熱を冷ますようにひんやりと頬を撫でた。


 森を抜ける街道には、まだ戦闘の匂いが残っている。土に染み込んだ獣血の匂い、焦げた獣毛の匂い、そして仲間たちの汗の匂いが入り混じり、まるで戦場の余韻が背後から追ってくるようだった。遠くには、討伐したばかりの灰角獣の巨大な亡骸が夕闇に溶けていく。その巨体を見送った一行は、各々の足取りで森の街道を歩き出した。


「ふぅ……肩がまだ震えてやがる。あんなバケモン、もう二度とごめんだな」

 先頭で大斧を担ぎ、肩で息をしながら豪快に笑うのはカイルだ。陽が傾き、赤い夕日が彼の逞しい背を照らす。


「それでも突っ込んでいったのはあなただろう」

 後方で冷ややかに返したのはミリアだ。背中には矢筒、手にはまだ使い込んだ弓を握りしめている。淡々とした声音ではあるが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「ははっ! 突っ込むのが得意分野だからな! でもよ、あのときジョルンが盾で止めてくれなかったら、俺なんざ木の葉みたいに吹っ飛んでたぜ」


 カイルが言葉を向けたジョルンは、黙ったまま前を歩いていた。巨盾を背負ったその背中は岩壁のように揺るぎなく、仲間たちに安心感を与える。


「……俺の役目だからな」

 ぼそりと一言だけ返すと、再び口を閉ざす。無口だが、その存在感は何よりも雄弁だった。


「でも……わ、私も……ちゃんと役に立ったよね?」

 沈黙を破るように、セリナが恐る恐る口を開いた。金の髪を夕陽が照らし、緊張のせいか少し震える声で仲間たちを見回す。


 レオンは彼女の言葉に優しい微笑みを向けた。

「もちろんだ。お前の魔術がなかったら、この討伐はもっと危なかった。最後の炎槍が決め手になったのは間違いない」


「ほ、ほんとに?」

 セリナの顔がぱっと明るくなり、頬が赤らむ。

「よ、よかった……!」


「おう、セリナ!」

 カイルが豪快に肩を叩いた。

「お前の炎の一撃がなきゃ、俺の斧なんざただの飾りだったぜ!」


「飾りって……大袈裟すぎるわ」

 ミリアが肩をすくめ、冷静に突っ込みを入れる。その声には柔らかさがあった。


 笑い声が道に響き、森の中に和やかな空気が広がる。つい数刻前まで死闘を繰り広げていたとは思えないほどの穏やかさだ。


 レオンはその笑顔を横目で見ながら、心の奥に小さな温もりを覚えた。

(……俺は今、確かにここにいる。この世界で、仲間と肩を並べている)


 この旅に出るまでの彼は、常に己の修行と生死の境目ばかりを見つめていた。修仙者としての道は孤独であり、誰かと笑い合う時間など夢のようなものだった。だが今は違う。仲間の息遣いを背中に感じるだけで、剣を握る手に力が宿るのを感じていた。


「さて、そろそろこの戦利品をどうするか、考えなきゃな」

 ミリアが矢をしまいながら口を開いた。

「灰角獣の角や皮は高値が付くはず。特に角は錬金術師や魔導士が好んで買うわ」


「なら運ぶのは俺の役目だな!」

 カイルが自慢げに胸を叩く。

「力仕事は任せろ。俺の腕っぷしを舐めるなよ!」


「……重量の分配は考えるべきだ。俺が前を持つ」

 ジョルンが短く言い、再び隊列を整える。


 夕暮れの街道を進む彼らの会話は、冗談と真剣な議論が交錯していた。

「もし次に灰角獣と戦うなら、もっと射線を広げるべきね」

「いや、あれは正面突破で押し切れたからこそ……」

 カイルとミリアが軽口を叩き合い、セリナはそのやり取りに楽しそうに笑う。


 戦場で流した血が、彼らを無言のうちに結びつけていた。数日前まで顔も知らなかった仲間たちが、今や互いを信頼して背中を預け合う存在になっている。


 レオンは、ふと視線を空に向けた。夕焼けが群青に溶けゆく空を眺めながら、心の中で呟く。

(仲間、か……俺はずっと一人で生きてきた。だが、この温もりを知ったら、もう戻れないかもしれない)


 やがて、遠くに街の灯りが見えた。

 夕闇の中にぽつぽつと光が浮かび、文明の温もりを伝えてくる。

「もう少しだな。ギルドに報告すれば、今日の宿代くらいは心配しなくてよさそうだ」

 レオンの言葉に、仲間たちの顔に笑みが広がる。


「宿についたら酒だな! いや、その前に風呂だな!」

「あなたはまず鎧を洗わないとね。血臭くて堪らない」

「おいおい、俺はいつも綺麗好きだぜ?」

 そんな冗談のやり取りが、戦いで張り詰めていた空気を完全に解きほぐしていった。


 日が沈み、森に夜の気配が満ち始める。

 五人の影が街道を歩むその後ろで、風がさらさらと木々を揺らした。

 こうして、一行は初めての討伐任務を終え、仲間としての絆を一歩深めたのだった。


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