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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第101話】【第102話】 小隊揃い 未知への誓い 胸に宿る

【第101話】灰角獣討伐の出発


 ギルドのカウンターで正式な討伐依頼の受領を済ませた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。羊皮紙の依頼書に五人の名が並び、各々の印章が押されると、担当の受付嬢は淡い笑みを浮かべながらも、その瞳には緊張の色が宿っていた。


 「確認しました。《灰角獣》の目撃地点は、街アルディナから北西へ半日。乾いた風が吹き荒ぶ《荒角平原》です。――ご武運を」


 その一言に、冒険者たちは軽く頷く。

 蓮弥――いや、この地では“レオン”と名乗る青年は、受領証を受け取り、無言で深呼吸をした。胸の奥に、冷たい決意が刻まれる。


 (これが、この地での最初の大きな挑戦だ。魔石山へ挑むまでの三年を、ただ過ごすつもりはない。血を浴び、汗を流し、力を積む。ここから始まる)


 宿に戻った蓮弥は、部屋の隅で静かに待機していたルナを呼び出した。

 「ルナ。今回は危険な討伐だ。……しばらく霊獣袋の中で待機してくれ」

 小柄な妖狐は尻尾を揺らし、名残惜しげに首を傾げたが、やがて彼の真剣な目を見て小さく頷く。


 「……わかった。でも、何かあればすぐに呼んでね」

 「もちろんだ。伝音符もあるし、無理はしない」


 次の瞬間、淡い白光がルナを包み、霊獣袋の奥に彼女の気配が沈んでいった。蓮弥は静かにその袋を腰に下げ、装備を整える。


 ――翌朝。

 まだ朝靄の残る街門前には、既に仲間たちが揃っていた。


 カイルは大斧を肩に担ぎ、黒い鎖帷子をきしませながら不敵に笑う。

 「よし、やっと出発だな! 灰角獣の角をぶっ叩いてへし折ってやるぜ!」

 その声には豪快さと戦いへの昂ぶりが滲む。


 ジョルンは黙々と盾の革紐を締め直し、鋼鉄の縁を叩いて具合を確かめている。その姿はまるで戦場に根を下ろした古木のようだ。


 ミリアは淡々と矢羽を指でなぞり、弓の弦を静かに張り直す。その集中力は、まるで目の前にすでに敵が立っているかのようだった。


 そしてセリナは緊張気味に杖を握り、仲間たちを見渡している。

 「お、おはようございます……。わ、私、ちゃんと役に立てるでしょうか」


 その小さな声を、カイルの笑い声が包み込んだ。

 「心配すんな! お前の魔法があれば十分戦力だ!」


 「お前が最後か、レオン」ミリアが淡々と振り返る。

 「待たせたな。準備は整っている」蓮弥はわずかに笑みを浮かべて答えた。


 一行は城門を抜け、朝日を浴びる街道を歩き出した。アルディナの石造りの城壁が徐々に小さくなり、舗装の行き届いた道はやがて草原に変わっていく。

 湿った朝靄の中を、五人の影が揺れる。


 道中、セリナが不安げに口を開いた。

 「……灰角獣って、本当に群れを成すんでしょうか」

 ジョルンが低い声で答える。

 「奴らは繁殖期には数頭で行動することもある。もし複数いたら、俺が前に立つ。お前たちは背を任せろ」


 「ハッ、複数だろうが一頭だろうが同じだ。俺の斧で粉砕だ!」カイルが笑う。

 「油断はしないことね」ミリアが矢筒を軽く叩き、視線を前方に向ける。


 笑い声と緊張感が入り交じる一行の中で、蓮弥は無言で歩きながら意識を研ぎ澄ませていた。

 彼の体内を巡る霊力は静かに満ちており、筑基期特有の濃密な気息がわずかに空気を震わせる。

 (この任務は試金石だ。彼らと力を合わせ、必ず成功させる。そして三年後、あの魔石山へ挑む……)


 昼頃、彼らは街道を外れ、平原地帯へと足を踏み入れた。

 そこは風景が一変していた。


 草原の緑は薄れ、地面は乾ききった黄土色へと変わる。ところどころに黒ずんだ岩が突き出し、風が吹き抜けるたび、砂混じりの土が渦を巻いて舞い上がった。

 ――《荒角平原》。


 その名の通り、鋭く尖った岩が角のように林立し、戦場にふさわしい不穏な気配を放っている。地平の向こうには、灰色の影がゆらゆらと動いたように見えた。


 「着いたな」蓮弥が静かに告げる。

 カイルは嬉しそうに大斧を構え、ジョルンは盾を地面に突き立てて深く息を吐いた。

 ミリアの目が獲物を狙う獣のように鋭く光り、セリナは緊張のあまり杖を握る手を汗で湿らせていた。


 「ここからが本番だ」

 蓮弥の低い声に、仲間たちは一斉に頷く。


 乾いた風が吹き抜け、岩陰で砂塵が踊った。その中に、わずかに聞き慣れぬ重低音の唸りが混じる。

 遠くから響く、獣の咆哮――。


 冒険者たちは武器を構え、息を潜める。

 五人の小隊と、未知の脅威との戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。




【第102話】灰角獣との戦闘


 乾いた風が砂を巻き上げる荒角平原の岩場。その中央に、灰色の巨影が立っていた。


 体長は三メートルを超え、全身を覆う毛皮は鉄のように硬そうな鈍い灰色をしている。額からはねじれた二本の角が伸び、まるで岩そのものを削り出したかのような重厚さを放っていた。その巨獣――灰角獣は、冒険者たちを睨みつけ、荒い鼻息を吐き、地面を踏み鳴らして威嚇する。その足音一つで地面が震え、岩屑がぱらぱらと崩れ落ちた。


「……来やがったな。あれが灰角獣ってやつか」

 前衛のカイルが大斧を肩に担ぎ、不敵に笑って肩を回す。その顔には恐怖ではなく闘志が宿っていた。


 蓮弥――レオンは深呼吸をし、わずかに目を閉じた。

 (この場では修士としての力は見せられない。だが……命のやり取りの最中に、仲間を見殺しにもできない)


 彼は気を静かに巡らせ、霊力を肌の下に押し隠すように抑え込んだ。今はただ、一介の冒険者“レオン”として戦うのだ。


「前衛は俺とジョルンで受ける! ミリアは援護だ。セリナ、詠唱開始を頼む!」

「了解。狙いは外さないわ」

 ミリアは無表情で弓を構え、指先に気を集めるように弦を引く。

「……俺は盾だ。突進は任せろ」

 ジョルンは鋼鉄の縁を持つ大盾を地に突き立て、無言で前に出た。盾の裏で握る手には力がこもり、彼の瞳は獣の動きを一瞬たりとも逃さない。


 灰角獣が低く唸り、次の瞬間、地を蹴った。

 巨岩を砕き、突風を巻き起こしながら突進してくるその姿は、まさに生きた破城槌だった。


「来いよォ!」

 カイルが咆哮し、大斧を振りかぶる。

 ジョルンはその横で盾を正面に構え、全身を地面に沈めるように踏み込み――


 ――衝突音が轟いた。

 盾が悲鳴を上げ、地面には深い亀裂が走り、足元の石が砕け散る。衝撃にジョルンの足が沈むが、彼は一歩も退かない。


「ぐっ……ッ、こいつ……!」

 その背後でカイルが吠え、大斧を横薙ぎに振るった。灰角獣の肩口に刃が食い込み、火花を散らす。

「硬ェな……! だが止まったぜ!」


 レオンは瞬時に飛剣を抜き、足元に霊力を軽く巡らせて地面を蹴った。風を裂きながら、灰角獣の横合いに飛び込む。剣に流す霊力は最小限だが、刃が岩のような角を斜めに弾き、獣の動きを一瞬止めた。


「――《雷撃サンダーボルト》!」

 後方で詠唱を終えたセリナの声が響く。杖の先から放たれた稲妻が一直線に獣の背を貫き、爆音と共に火花が散った。焦げた毛皮の匂いが漂い、灰角獣が苦痛の咆哮を上げてのたうつ。


「今よ!」

 ミリアの声が短く響き、矢が次々と放たれた。矢羽が空を裂き、獣の目元や喉元を正確に射抜く。その冷静な射撃は、一切の迷いがない。


 だが灰角獣は止まらなかった。

 痛みに激昂した獣は尾を振り抜き、地面を薙いだ。


 轟音。

 鞭のような尾がカイルの脇腹を直撃し、巨体の戦士が空中に弾かれて岩場に叩きつけられる。


「カイル!」

 セリナの悲鳴が響き、ミリアが素早く後退して距離を取る。しかし灰角獣はその間も突進の体勢を整え、再び前足で地面を砕いた。


 レオンの目が鋭く細められる。

 (――ここで手を抜けば全員死ぬ)


 決意が胸に下りた瞬間、彼の足がふわりと軽くなる。霊力を脚に通し、一気に跳躍。

 灰角獣の頭上へ舞い上がり、逆手に構えた飛剣を角と角の間へ突き立てた。


「――ッ!」

 剣先が骨を砕き、深々と突き刺さる。灰角獣が絶叫し、巨体を振り回す。その暴風のような動きにレオンの体が宙へ放り出されたが、彼は空中で身をひねり、軽やかに地面へ着地した。


「な、何者……?」

 ミリアの冷静な声に驚きが滲む。

 ジョルンはその間も盾を叩き、仲間を鼓舞するように雄叫びを上げた。

 「今だ! 総攻撃!」


 セリナが再び詠唱を開始し、カイルが血を吐きながらも大斧を握りしめて立ち上がる。ミリアの矢が光を帯び、次々と獣の弱点を撃ち抜いていく。


 灰角獣の足元に裂け目のような影が広がった。その隙を見逃さず、レオンは剣を握り直し、無言でその喉元を目指して駆け出す。

 霊力が一瞬、刃に流れた。青白い光が走り――


 斬撃と共に、灰角獣の咆哮が荒野に木霊した。


 獣の巨体が崩れ落ち、地面に激突する。砂煙が舞い上がり、平原が静寂に包まれた。


 カイルは荒い息を吐き、背中を壁に預けた。

 「……はっ、やるじゃねぇか、レオン……お前、ただの新人じゃねぇな」

 ミリアは矢を収め、鋭い視線を彼に投げたが何も言わなかった。セリナは杖を握りしめ、呆然とその光景を見つめていた。

 ジョルンだけが静かに盾を下ろし、「……生きてるな」と呟いた。


 レオンは剣を鞘に収め、無言で灰角獣の亡骸を見下ろす。

 (この程度の敵で命を落とすわけにはいかない。……まだ始まったばかりだ)


 その瞳には、戦いを重ねていく者の決意が宿っていた。


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