紅蓮仙途 【第99話】【第100話】 月冴えて 五人の影を 結ぶ夜
【第99話】互角の刃
轟音が洞窟を切り裂いた。
炎の槍が空を貫き、黒い瘴気が波のように押し寄せる。その衝突の中心で、世界がねじれたかのような振動が走る。岩肌は容赦なく抉れ、天井の鍾乳石が次々と砕け散り、雨のように岩塊が降り注いだ。
「若造にしては……よくやるわ!」
老人の声は洞窟の反響で幾重にも響く。杖を振り上げると、虚空に描かれた複雑な符紋が漆黒に光を放った。
次の瞬間、空間を裂くように黒い鎖が現れ、まるで生き物のようにうねりながら蓮弥へと襲い掛かる。その鎖からは腐敗した瘴気が滲み出し、周囲の岩が触れただけで黒ずみ、崩れ落ちた。
「――雷纏!」
蓮弥は印を結ぶと同時に身を翻す。全身が稲妻に包まれ、一瞬で視界が閃光に満たされる。疾風のように駆け抜け、迫り来る鎖を斬り裂く。火花が散り、金属音に似た響きが洞窟を震わせた。
鎖は何本も襲い掛かるが、その度に蓮弥の稲妻が閃き、次々と斬り裂かれて消える。
「ほう……」
老人は目を細め、唇の端を吊り上げた。
その瘴気はますます濃くなり、洞窟の空気は呼吸すら重く感じるほどの圧力で満ちる。鍾乳石の先端から滴る水すら、空中で黒い靄に包まれて蒸発していく。
「この程度で怯むと思うな!」
蓮弥は掌を突き出し、炎を顕現させる。その炎はただの火ではない。霊力を帯びた仙炎が赤金色に燃え盛り、瘴気を焼き払う。洞窟の中で炎と瘴気がぶつかり合うたび、耳を裂く轟音と共に岩盤が削り取られていった。
互いの術が交錯する度、洞窟全体が悲鳴を上げるかのように震える。黒と赤金の光が交互に閃き、影が無数に踊る。
――この老人、只者ではない。
蓮弥の眉間に深い皺が刻まれた。老人の一撃一撃は重く、力の流れが深い。少なくとも数百年は修練を積み重ねてきた老修仙者の力。それに比べ、自分はまだ筑基期の身。だが――退く理由はどこにもない。
ルナを救うため。
そして自分の道を貫くため。
「喝ッ!」
蓮弥は全身の霊力を循環させ、一歩踏み込んだ。足元の岩が砕け散り、その勢いのままに炎と雷を組み合わせた術を発動させる。
雷鳴と共に光柱が立ち上り、洞窟を焼き尽くすかのような威圧感が広がる。
老人は眉をわずかに動かし、黒い瘴気を盾のように凝縮させて受け止めた。
炎雷と瘴気の激突が再び洞窟を揺らす。耳をつんざく轟音、そして押し寄せる爆風が二人を中心に何度も渦を巻く。
互いの術の応酬は果てしなく続いた。
洞窟の中は戦場そのものであり、足元の岩床は無数の焦げ跡とひび割れで覆われていく。
やがて一度大きな爆発が起き、双方が一歩ずつ後退した。
荒い息を吐きながらも、蓮弥の瞳には決意の炎が宿っている。
老人もまた、老獪な笑みを浮かべたまま、杖を軽く地面に突く。
「互角、か……まさかこの歳で、これほどの若造に出会えるとはな」
低い声に、わずかに愉悦が混じる。
足元に横たわっていたルナを覆っていた瘴気が、老人の一振りで霧散した。
「認めよう。お前には力がある。これ以上潰し合うのは、愚かだ」
蓮弥は杖を構えたまま、目を細める。
「……何を企んでいる」
老人は洞窟の奥を指差しながら、笑みを深めた。
「三年後、魔石山で『魔気が薄まる季節』が訪れる。二十年に一度だけだ。普段は瘴気に覆われ、近づくことすらできぬ山……だが、その時だけ内部に入れる。共に行かぬか?」
「魔石山……?」
その名を聞いた瞬間、蓮弥の胸がざわめいた。
「山の奥には古代の魔石が眠っている。正しく鍛えれば、最強の防御盾を作り出せる。お前ほどの力があれば必ず手にできるだろう」
老人の声は甘い誘惑のようだった。
蓮弥は無言で目を閉じる。
確かに、自身は攻撃の術を数多く会得しているが、守りにおいてはまだ未熟だ。これから先、自分が進む道を考えれば――この力は必要になるだろう。
やがて蓮弥はゆっくりと瞳を開き、静かに告げた。
「……いいだろう。ただし、条件がある」
老人の目がわずかに細められる。
「申してみよ」
「竜の情報を寄越せ。それが俺の目的の一つだ」
しばし沈黙。老人は蓮弥を見据えたまま、やがて低く笑った。
「欲深いな。だがよい。魔石が見つかった暁には、竜にまつわる情報を渡そう」
互いの視線が交錯する。
敵でありながら、ここに一つの協定が結ばれた。
ルナは解放され、蓮弥は次なる試練の約束を背負う。
――三年後、魔石山にて。
その約定は、新たな陰謀と戦いの幕開けを告げるものだった。
【第100話】仲間を募る
洞窟を後にした蓮弥――いや、冒険者としては「レオン」と名乗る彼は、街アルディナの石畳を歩いていた。
冷たい夜風が街路灯の明かりを揺らし、行き交う人々の喧騒が遠くから流れてくる。戦闘の疲れは残っているはずなのに、胸の奥には不思議な高揚感があった。
――老人との約束。三年後、魔石山へ。
その山は伝説に語られる死地であり、瘴気に包まれた禁域でもある。魔気が薄まるわずかな期間だけが、内部へと足を踏み入れられる唯一の機会だ。そこで得られるという魔石は、修仙者ですら欲する至宝。
蓮弥は拳を握り、心の奥で決意を固めた。
(三年後までに、俺はもっと強くならねばならない……)
冒険者ギルドは昼夜を問わず人々で賑わっていた。酒の匂いと獣脂の香りが混ざった空気の中、冒険者たちが依頼の報告や情報の交換に興じている。
掲示板には、羊皮紙に書かれた任務が所狭しと貼られており、その中でもひときわ目を引くものがあった。
――〈灰角獣の討伐〉。
灰色の毛並みを持ち、鋼のような二本の角で獲物を貫く巨大獣。突進力と防御力に優れ、冒険者の間でも危険度が高いことで知られる。
「最低五人の小隊編成」「報酬金額:金貨百五十枚」。
蓮弥は目を細め、紙を指先でなぞった。
「……これなら資金も経験も手に入る」
だが、この任務を受けるには仲間が必要だ。
ギルドの奥には、任務を前に相談し合う冒険者たちの姿が見えた。蓮弥はその中で灰角獣の依頼について話している者たちに近づき、声をかけた。
「灰角獣の任務を狙っているのか?」
大柄な男がこちらを振り返り、警戒心をにじませた視線を向ける。
「おうよ。だが五人揃わねえと受けられねぇんだ。お前もやる気か?」
蓮弥は迷わず頷いた。
「もしよければ、一緒に組まないか」
それを皮切りに数分後、彼の周りには四人の冒険者が集まった。
カイル(Kail)。
ごつごつとした腕には無数の古傷が走り、大斧を肩に担いでいる。背丈は二メートル近く、筋肉の塊のような体格だが、笑うと意外なほど豪快で気さくな性格だった。
「俺は突っ込むのが得意でな! 細けぇ作戦はお前らに任せるぜ!」
ミリア(Milia)。
長い栗色の髪を編み込み、落ち着いた瞳で周囲を観察している弓使い。声は低く静かだが、背中には鋭い光を放つ矢筒を背負い、弓を構える姿は精悍そのもの。
「狙撃は私に任せて。外したことはないわ」
ジョルン(Jorn)。
無口な盾役の男。厚い胸板の上に堅牢な盾を構え、その目は戦場での経験を物語るように鋭い。言葉少なに仲間を守ることを誓う。
「……俺は盾だ。前を任せろ」
セリナ(Selina)。
まだ若い魔術師の少女。金髪碧眼で、知識に貪欲ながら経験不足を隠せない。杖をぎゅっと握り締める指先がわずかに震えているが、その瞳には決意が宿っていた。
「わ、私……頑張ります! 必ず役に立ちます!」
蓮弥――レオンは四人を順に見渡し、胸の内で小さく息をついた。
「これで五人。条件は満たしたな」
カイルが豪快に笑い、彼の肩を叩く。
「いいチームになりそうだな! 俺が前を切り開いてやるよ!」
ジョルンが短く言葉を添える。
「……油断はするな。灰角獣は群れを成すこともある」
「そのときは私が仕留める」ミリアの指が弓弦を撫で、冷ややかな金属音が響く。
セリナは不安げに仲間を見渡しながらも、唇をきゅっと結んでいた。
「出発は明朝。依頼の詳細を確認して、各自準備を整えよう」
蓮弥の声は低く、だが芯のある響きを持っていた。
仲間たちはそれぞれに頷き、散っていった。
蓮弥はギルドを出ると、夜風の中でひとり空を仰ぐ。
月は細く、まるで何かを見透かすかのように冷たい光を注いでいる。
(……こうしてまた、一歩を踏み出せた)
修仙者としての道を歩む自分は、かつて孤独を選んだ。
だが今、異世界の大地で必要なのは仲間だ。三年後、魔石山で待つ未知の脅威に立ち向かうためには、この力だけでは足りない。
彼は胸の奥で静かに誓った。
――必ず強くなる。
――仲間と共に生き延び、この世界の真理に手を伸ばす。
こうして蓮弥を中心とする五人の小隊が結成された。
灰角獣討伐という試練が、彼らを待ち受けている。
それはただの依頼ではない。
金と経験を積むための戦いであり、三年後に訪れる運命への準備でもあった。




