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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途 【第83話】【第84話】 庭園や 炎と雷と 尾守る

【第83話】異邦の庭


 空は深く、紺碧の幕のように澄み渡り、陽光は金色の絨毯のごとく大地を照らしていた。遠くまで連なる丘陵は緑の波のように柔らかく起伏し、間を縫う銀糸の川は静かに光を反射して揺れている。川岸に垂れた柳の枝先には小鳥が羽を休め、水面に映る空はまるで別の世界を覗き込むようであった。


 丘の頂には堅牢な石造りの城壁と尖塔がそびえ立つ。赤褐色の瓦屋根が規則正しく並び、窓辺には色鮮やかな花々が風に揺れ、陽光を受けて輝いている。鐘楼の鐘は規則正しい音色で時間を告げ、町全体を静かに包み込むように響いた。


 城壁の内側、石畳の通りには白壁と木組みの家々が軒を連ね、店先には葡萄酒の樽や焼き立てのパンが並ぶ。通行人は色とりどりの衣装を纏い、男は深紅や群青のチュニックを腰帯で締め、女は刺繍の長衣にスカーフを被り、子どもたちは裸足で石畳を駆け回る。日常の光景が静かに、しかし確かに広がっていた。


 町の中心、大きな庭園では、今日ひときわ華やかな饗宴が開かれていた。円形の噴水から水が舞い上がり、幾何学模様に刈り込まれた生け垣と彩り豊かな花壇が目を楽しませる。


 黄金の杯を掲げる者、竪琴に合わせて歌う者、果実の盛られた皿を囲み談笑する者。絹の衣装や羽根飾りが庭に咲き誇り、子どもたちは花輪を投げ合い、歓声を上げている。豊穣と平穏を祝う、無邪気な喜びの時間だった。


 しかしその静寂は、唐突に引き裂かれた。


 澄み渡る空に亀裂が走る。黒々と口を開いた裂け目が軋むような音を響かせながら広がり、歓声は一瞬にして沈黙に変わる。杯は手から落ち、果物の盛られた皿はひっくり返り、宴の空気は緊張に染まった。


 闇の裂け目から、二つの影が吐き出されるように落ちてきた。一人は旅衣の青年――蓮弥。肩には赤茶と黒の毛並みを持つ狐、ルナを抱いている。足元に落ちる砂利の音が、裂け目の異質な力に混ざり、周囲の空気を振動させる。


 「な、何だ……! 魔の者か!」

 驚愕と恐怖の声が庭園に響き、人々は慌てて後ずさる。黄金の杯は地面に落ち、噴水の水が波紋を描く。花壇の花々が揺れ、庭園全体が一瞬で非日常に飲み込まれた。


 そのとき、庭園の中央にゆっくりと現れたのは、この館の主人であり町を守る魔法使いであった。濃紺の長衣が風に揺れ、胸の銀刺繍が光を反射する。長く白い髭を蓄えた顔には厳格さが宿り、手に握った黒檀の杖からは圧倒的な霊力が放たれている。


 「我が庭に闇をもたらす異形よ……この地を汚させはせぬ!」

 杖を振り下ろすと、足元の石畳に青い符文が浮かび上がった。符文は空気を震わせ、炎の矢が幾重にも生成され、赤く燃え盛る火柱となって蓮弥へと降り注ぐ。


 蓮弥は反射的に腕を構え、筑基期の霊力を練り上げて防御陣を展開する。霊気が肌を震わせ、周囲の空気が固まる。火の矢は彼の霊力の壁に弾かれ、跳ね返る炎の熱が周囲の花や果物を焦がしていく。庭園の空気は一瞬で焦げた匂いと煙に満たされ、饗宴は恐怖と混乱の戦場へと変貌した。


 ルナは怯えながらも蓮弥の胸に身を隠し、尾を小刻みに震わせる。疲れた彼には魔法使いを正面から制圧する力はない。だが、身を守るため、霊力を巡らせ、炎の矢を弾く薄い霊気の膜を張る。衝撃で足元の石畳が崩れ、砂利が舞う。


 「後ろ、ルナ!」

 蓮弥は背後に目を配り、宴の参加者を巻き込まぬよう最小限の霊圧で空間を制御する。火柱が轟音とともに跳ね上がり、噴水の水が蒸気となって立ち上る。庭園は戦場に変わり果てたが、蓮弥は冷静に、仲間の安全を最優先に立ち回る。


 魔法使いは杖を振り、さらに符文の陣を展開する。青い光が庭全体に波紋状に広がり、蓮弥の霊力の防御を突き破ろうと迫る。青年の眉間には汗が滲むが、筑基期の底力を振り絞り、霊力を一点に集中させて跳ね返す。ルナを抱え、彼は一歩も引かず立ち続ける。


 庭園の景色は変わり果て、黄金の杯や果物、花々は焦げ、歓声は悲鳴に変わった。空気は焦土と煙、霊力の奔流で満ち、人々は恐怖に凍りついた。蓮弥は仲間を守るため、身を挺して炎の矢と符文を受け止め続ける。


 ──この異邦の庭で、蓮弥が、初めて本格的な実戦に試される瞬間であった。


 闇の裂け目がもたらした非日常と、異国の魔法使いの力。宴は崩れ去り、庭園は戦場となった。しかし、蓮弥の眼差しには揺るがぬ決意があった。ルナを守り抜く――それが彼に課せられた運命であり、修仙者としての試練でもあった。




【第84話】怒りの一撃


 黒い裂け目を抜けた先。そこは世界と世界の狭間、歪んだ時空がぶつかり合う修羅の谷だった。視界には砕けた石塊が矢のように飛び交い、見えざる乱流が肉体を引き裂こうと渦巻く。上下の概念すら曖昧で、落ちれば肉体も魂も散らばる世界。ここから生還した者は、古の修士の記録にもほとんど残されていない。


 蓮弥とルナは、奇跡のように渦を抜けた。石の破片に擦れ、乱気流に翻弄されながらも、二人は何とか出口の緑の草地に転がり落ちる。荒い息を吐きながら、蓮弥は草の匂いを吸い込んだ。


 ――生きている。


 その安堵は刹那に過ぎなかった。


 眼前の庭園に、炎の矢が唸りを上げて迫る。庭園の主人である魔法使い――蓮弥と同じ筑基期――が、異邦の裂け目から現れた彼を敵と見做し、躊躇なく攻撃を仕掛けてきたのだ。


 「ふざけるな……!」

 蓮弥の胸に憤怒が爆ぜる。命を賭して空間の裂け目を抜けたばかりなのに、理不尽にも炎の矢が襲いかかる。


 ルナは小さな体を蓮弥の腕に押し付け、震えた。尾を小刻みに揺らしながらも、目には信頼と恐怖が混じる。


 「お前を危険には晒せぬ」

 蓮弥は低く呟き、すぐに霊獣袋を開いた。柔らかな光が揺れ、ルナの体は袋の奥に吸い込まれ、安全な空間に保護された。


 残るは蓮弥一人。


 炎の矢が目前に迫り、蓮弥は掌を掲げて真気を叩きつけた。蒼光が盾となり、爆ぜる炎を弾き飛ばす。石畳が焦げ、煙が舞い上がる。庭園は一瞬にして戦場へと変貌した。


 「見知らぬ地の者よ! 理由も聞かずに斬りかかるか!」

 怒号が庭に響く。蓮弥の霊気は怒りに乗り、全身を燃やす。


 魔法使いは杖を振るい、地面に魔法陣を展開する。符文が光を帯び、雷の奔流が天から降り注ぐ。空気を裂く轟音が続き、庭園の石畳は亀裂を走らせ、花々は散り、宴の残滓は跡形もなく吹き飛ぶ。


 蓮弥は身を翻し、青い光の刃を生み出して雷を切り裂く。火花が飛び、破壊の熱が肌を焦がす。しかし、彼の目に恐れはない。全身に漲る怒りが、真気の奔流となり、蒼光の刃となって魔法使いの攻撃と衝突した。


 「ならば力で語るしかないか!」

 蓮弥の叫びと共に、掌から放たれる蒼光は奔流となり、魔法使いの杖から放たれる青白い雷光と衝突する。光と光がぶつかり合うたびに轟音が鳴り響き、庭園の噴水は砕け、木々は根こそぎ倒れ、花壇は黒焦げとなる。


 互いの霊力は互角に近く、戦況は一瞬の油断も許されない。魔法使いは杖を巧みに操り、雷光と符術の奔流で蓮弥の防御を削りにかかる。蓮弥は一歩ごとに地面を蹴り、跳躍して符文の光線を避けつつ、蒼光の刃で相手の防御を打ち崩す。


 汗が額を伝い、呼吸は荒くなる。真気は全身に駆け巡り、骨の隅々まで力が満ちる。怒りが冷静な判断と交わり、蓮弥は一瞬の隙を見つけた。魔法使いが符文を展開する隙を狙い、蒼光を杖の方向に一閃させる。


 閃光が走り、魔法使いの防御が崩れ、杖から放たれた符術が逸れる。雷光は地面に叩きつけられ、煙と埃が舞い上がる。


 蓮弥は跳躍して距離を取り、庭園の残骸の中で杖を握り直す相手を見据えた。互角の戦いの中で、彼は怒りを力に変え、冷静さを失わずに次の一撃の準備を整える。


 ――生き延びるため、仲間を守るため、そして自らの意志を貫くため。怒りは決して無駄ではない。


 蓮弥の蒼光の刃が再び奔り、魔法使いの杖先を叩き、戦闘はさらに激しさを増していった。


 庭園はもはやかつての姿を留めず、光と炎、雷光と蒼光が交錯する戦場となる。蓮弥は息を切らせながらも、怒りを糧に立ち続ける。戦いはまだ終わらない。



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