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紅蓮仙途 【第7話】【第8話】

【第7話】南沼への旅と裏切り


五人は南へと続く湿った沼地を進んでいた。


空気は重く、汗が額を伝う。深い泥が足首に絡みつき、一歩踏み出すたびに身体の重さを感じる。

遠くからは不気味な虫の羽音や、聞き慣れない動物の鳴き声が響き、緊張感を漂わせていた。

「気をつけろよ」

宗次の声が低く響く。


弥太郎は一歩踏み出したところで、足元の泥が崩れた。

危うく沼の冷たい水に沈みかけた瞬間、宗次が咄嗟に手を伸ばし、弥太郎の腕を強く掴み引き上げた。

「ふう、危なかったな」

宗次の表情は険しくも、どこか頼もしさを感じさせた。


弥太郎は深く息をつきながらも、胸の奥に冷たいものが走った。

自分が頼りないことを痛感し、しかし仲間の存在に少しだけ安堵したのだった。


歩みを進めるうちに、弥太郎の目に不思議な光を放つ石が映った。

彼はそっと手に取り、静かに息を呑んだ。

その宝物はまるで沼の闇を切り裂くように輝いていた。

だが、宗次の目が鋭く光る。


「それは俺たちの宝だ。ここに置け」

弥太郎は抵抗せず、宝石を宗次の前に差し出した。

心の中で何かが裂ける音がした。


やがて、弥太郎が見つけた宝物は次々と宗次たちの手に奪われていった。

三人の仲間も同様に無言で受け取り、弥太郎の目をじっと見つめた。

その視線は冷たく、友情とはほど遠いものだった。


「何で…?」

弥太郎は心の中で叫んだ。

やがて言い争いが始まった。


「もう黙って従え。裏切れば許さないぞ」

宗次の声は低く、刃のように鋭かった。

弥太郎は怒りと悲しみで体が震えたが、孤立無援だった。


その夜、火を囲む一行の中で、宗次が冷ややかな笑みを浮かべた。

「お前が見つけた宝は俺たちのものだ。覚えておけ」

弥太郎の胸の中で、何かが切り裂かれた。


絶望の闇の中、彼は決断した。

「ここにはいられない」

翌朝、まだ薄暗い沼の淵で、弥太郎は静かに身支度を整えた。


背後からは仲間たちの怒号が追いかけてくる。

「待て!」「逃げるな!」

しかし弥太郎は振り返らず、沼の中の獣のように泥を蹴って走った。


自由と真実を求めて。

運命の歯車は、また一つ大きく回り始めたのだった。


【第8話】沈む斧


湿った風が吹き抜け、沼の奥は昼なお薄暗かった。水面には黒い水草が絡み合い、足を踏み入れれば、底なしの泥が静かに獲物を待っている。弥太郎はその中を必死に駆け抜けていた。足元の泥は重く、何度も転びそうになる。それでも生き延びるためには止まるわけにはいかない。


 背後では水飛沫と大きな足音が迫っていた。源十だ。大柄な体に似合わぬ速さで迫り、大斧を肩に構えて突進してくる。


「おい源十、さっさと仕留めろ!」

宗次は弥太郎が弱者と判断したのか。宗次の目には、弥太郎が必死に走る姿すら、滑稽に見えていたのだろう。仲間の中で一番の怪力を誇る源十一人で十分と踏み、追撃を命じたのだ。


 源十が大斧を振りかざし、泥を蹴り上げながら迫ってくる。大柄な体躯に似合わぬ速さ。だが、その重さが沼地では仇になることを、弥太郎は見逃さなかった。

 走りながら、弥太郎は地面に散らばる朽ち木の枝を拾い、素早く足首に巻きつける。こうして足裏の接地面を広げれば、体重を分散でき、深みに沈みにくくなる。


 それは幼いころ川辺で遊んだとき、年寄りから教わった知恵だった。

 (あそこだ……)

 弥太郎の目が水面の色の変化を捉える。濁りが濃く、揺らめく水草が密集している場所。そこは底が急に落ち込み、重い者なら一度踏み込めば抜け出せない。


 弥太郎はわざと速度を落とし、源十との距離を詰めさせた。振り下ろされる大斧を、紙一重でかわしながら深みへと誘う。

 「逃げられると思うなよ!」


 源十の罵声と共に、重い足が危険地帯に踏み込んだ。次の瞬間、ずぶり、と腰まで泥に沈む。

 「なんだ……これ……!」

 足を抜こうと力を入れるが、絡みつく水草と粘つく泥が、それを許さない。


 弥太郎は距離を取りつつ、息を整えた。

「源十、お前の体じゃ……そこからは戻れねぇ」


 源十は吠えるような声を上げ、最後の力で大斧を投げつけた。刃先が弥太郎の右腕を掠め、鋭い痛みと共に血が溢れる。

 「ぐっ……!」


 腕を押さえる間にも、源十の巨体はゆっくりと沈んでいく。泥水が顔まで覆い、泡と共にその姿は消えた。

 残ったのは、沼の水面に広がる波紋と、低く響く水草のざわめきだけだった。


 弥太郎は腕の痛みに顔をしかめつつ、心の中でつぶやいた。

(宗次……お前の見立ては間違ってた。俺は簡単には死なねぇ)


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