紅蓮仙途 【第5話】【第6話】
【第5話】南沼
南の地、昼なお闇が降りる湿地帯。
濁った水面には白骨が半ば沈み、半ば突き出ていた。
骨は人のものもあれば、獣のものもあり、時には見たこともない形の骸も混じっている。
この沼には、かねてより奇妙な噂があった。
底には古の宝が沈み、見つけた者は莫大な富を得るという。
実際、過去に沼の奥で金色の飾りや宝石を手にした者の話も伝わっていた。
そのため、多くの者が欲に駆られて足を踏み入れた。
しかし、そのほとんどが二度と戻らなかった。
白骨の多さは、その代償を物語っていた。
水は淀み、時折、底から泡がひとつふたつ浮かび上がる。
泡が破れるたび、腐った藻と血の匂いが湿った空気に溶け込む。
遠くで、鼓のような、あるいは心臓の鼓動のような音が響く。
どこから聞こえるのかは、誰も知らない。
霧が濃くなると、水面を漂う影が形を持ちはじめ、人の顔にも獣の顔にも見える輪郭を結ぶ。
それは笑っているのか、泣いているのか、それとも誘っているのか。
水の奥で何かがゆっくりと動くたび、濁りの向こうで、月明かりではない光が瞬いた。
それは宝の輝きか、あるいは獲物を待つ妖の瞳か――。
この沼には、確かに何かが眠っている。
それが富か災いかは、まだ誰も知らない。
【第6話】沼の市
南沼の入り口近くに広がる市は、活気と熱気に包まれていた。
露店には泥のこびりついた金杯や、奇妙な紋様の石板、人の手では到底作れぬ形の宝飾品が並び、買い手は品を手に取っては目を輝かせる。
それらはすべて沼の奥から持ち帰られたものだという。
命を落とした者も少なくないが、宝の魅力はその恐怖を上回っていた。
弥太郎は雑踏を抜け、宿を探した。
どの宿も旅人や冒険者であふれていたが、ようやく小さな宿を見つける。
木の床は泥で汚れ、草の匂いが漂っていたが、屋根と壁があるだけで十分だった。
鍵を受け取ろうとした時、背後から低い声がした。
「初めてかい? 南沼は」
振り返ると、浅黒い肌に短く刈った髪、片目に古びた眼帯をした男が立っていた。
腰には短剣、背には小ぶりの槍。眼差しは鋭くも、人好きのする笑みを浮かべている。
「俺は宗次。沼で物を探して食ってる。……沼に行くつもりなら、まずは話を聞け」
そう言うと、近くの食堂へ案内してくれた。
食堂の片隅には三人の仲間が待っていた。
大柄な男・源十は背中に大斧を背負い、弥太郎の手を力強く握って笑った。
細身の女・沙江は素早い指先で小さなコップを回しながら、「新人かい? 沼の泥には気をつけな」と冗談交じりに言う。
寡黙な弓使い・巳蔵は何も言わず、静かに頷いたが、その眼は温かかった。
宗次は酒を注ぎながら、沼の地形や危険な獣の話を語った。
「怖いところだが、手を組めば生きて帰れる。俺たちはそうしてきた」
弥太郎は頷き、杯を口に運ぶ。
その夜は笑い声と食器の音が絶えず、初対面のぎこちなさも次第に消えていった。
やがて宗次は言った。
「今度、沼に入る。お前も一緒にどうだ? 四人より五人の方が、きっと心強い」
弥太郎は短く答えた。
「……ああ、行こう」
温かな灯りの下、五人の影が卓を囲み、まるで長く連れ添った仲間のように見えた。