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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途【第49話】流れを掴む 【第50話】砕ける均衡

【第49話】流れを掴む


 三日目の朝、山間の川は昨日までの雨の名残で水量が少し増していた。川面は穏やかでありながら、底を覗けば石の間を縫うように小さな渦が巻き、絶え間ない水の流れを示していた。蓮弥は膝まで浸かり、冷たい水に足首を押されながらも、その感覚をじっと受け止めた。


 ――火と水。両者を同時に扱うことは、単なる基礎術の応用ではなく、霊力の根本を試す修行だった。火は勢いを持ち、激情を象徴する。水は持続を示し、柔軟に流れる。互いに反発しあう性質を同時に自分の体内で調和させることができるか。そこに蓮弥の課題があった。


 「……よし、今日はまず水から。」


 左手に集中する陰気の流れを意識する。川の流れと同期するように丹田の霊力を送り、足先から水を通わせる。水はゆっくりと、しかし確実に蓮弥の意識に応えた。冷たさが指先から全身に広がり、体内の霊力とわずかに同調する感覚。昨日までなら暴れた水も、今日は微かに静かに流れていた。


 「火は勢い、しかし水は持続……どちらも大事だ。両方を理解しなければ」


 右手に陽気を集め、小さな火の玉を掌に灯す。昨日までは火と水が出会うとすぐに弾け、互いに消え合った。しかし今日は違う。蓮弥は火を無理に押さえず、水の流れに溶け込ませるように力を抜いた。指先から火玉がふわりと揺れ、青白い水の膜の中に軽く包まれる。


 ――ジュッ。


 小さな音とともに白い湯気が上がった。完全な霧にはならなかったが、火と水が短い時間だけ均衡したことを示す、微かな合図だった。


 「……っ!」


 蓮弥は思わず息を詰め、肩越しに岸を見る。ルナが小さく跳ねて駆け寄ってくる。


 「今、出たよ、蓮弥っち! ちょっとだけど、ふわーって!」


 額の汗を拭いながら、蓮弥は小さく笑う。まだ偶然かもしれない。それでも、昨日までにない感覚――霊力が互いにぶつかり合わず、短くも調和した瞬間を自分の手で作れたのだ。


 「少しは近づいた……まだ、完全じゃないが」


 挑戦は続く。水の膜を広げ、火玉を包む。その一瞬の均衡を掴むために、蓮弥は何度も試みる。十回に九回は火が勝ちすぎて爆ぜるか、水が優勢で火が消える。霧のように柔らかく舞い上がる瞬間は、二、三度しか訪れなかった。


 日が傾き、夕陽が川面を赤く染める頃。蓮弥は膝まで水に浸かり、空を仰いだ。川の水面はゆらりと揺れ、夕光を受けて金色に輝いている。腕は重く、霊力も限界に近い。だが、胸の奥には昨日までにない確かな手応えが芽生えていた。


 「……いい。少しずつでいい。焦らなくても、道は続いている」


 川の流れが、彼の言葉に応えるかのように静かに寄り添う。水はただ流れ、火は揺れる。その中で、蓮弥は初めて「流れを掴む」感覚を理解し始めていた。


 左手の水の陰気が柔らかく掌に広がり、右手の火の陽気が揺らぎながらも一定のリズムを保つ。二つの霊気は互いにぶつかり合わず、手のひらの間で短くも均衡を保つ。その瞬間、指先から生まれる微かな湯気が、まるで世界の小さな秩序を映すかのように立ち上った。


 「……わかる。火と水、両方を押さえつけるのではなく、流れに身を任せるんだ」


 蓮弥の心は静かに落ち着き、体中の霊力が川の流れに沿って流れる。失敗を恐れず、力を抜き、ただ「同じ場」に置く。初めて、この感覚が自分のものになった瞬間だった。


 岸辺でルナが、くすくすと笑う。


 「蓮弥っち、焦らなくてもいいんだよ。昨日より確かに近づいたじゃん」


 蓮弥は小さく頷く。夕日が沈む川面に映る自分の姿を見つめ、濡れた髪を振り払った。長く険しい道のりの始まりだ。だが、今日という一歩が、確かな流れを掴むことへの礎となったことを、彼は心の底から実感していた。


 ――焦らず、慌てず、流れに身を任せる。


 その瞬間、蓮弥の胸に、修仙の道の奥義のひとつが静かに灯ったのだった。




【第50話】砕ける均衡


 翌日も、薄明の川辺に立つ蓮弥の影は、静かに伸びていた。朝靄の中、川面は昨日より穏やかで、微かに金色の光を帯びている。昨日の小さな成功――手のひらから立ち上った淡い湯気の感触――その記憶は頭から離れず、彼の胸を高鳴らせた。きっと今日は、昨日以上の手応えを掴める。そう信じながら、蓮弥は深く息を吸い込み、丹田に集中する。


 両手を広げ、霊力を呼び覚ます。右手には炎の陽気、左手には水の陰気を込める。単体なら既に制御は可能。しかし二つを同時に均衡させることは、想像以上に困難だった。火を強めれば水は弾け、弱めれば水に飲まれる。微細な力の差が、霊力全体を不安定にする。


 「焦るな……流れに任せるんだ……」


 小さく呟きながら、手の中の霊力を微調整する。火球は小さく揺らぎ、水は掌に沿って静かに流れる。昨日と同じように、蒸気がふわりと立ち上る。だが、次の瞬間――火が制御を失った。鋭い熱が指先を走る。


 「ぐっ……!」


 咄嗟に川に手を突っ込み、火傷を冷やす。赤く腫れた指先がじんじんと痛み、胸の中に焦燥と悔しさが渦巻いた。昨日の成功は何だったのか。再び手のひらに湯気を立ち上らせることが、まるで遠い夢のように思えた。


 再び霊力を集める。火を弱めれば水に飲まれ、強めれば水が乱れる。何度挑んでも、均衡はすぐに砕け、火と水は互いに反発した。川面は波立ち、掌の中での熱と冷気が交錯し、湿った土と水の匂いが鼻をつく。


 岸辺でルナが小さく鳴いた。跳ねるように近づき、念話で声を送る。


 「蓮弥っち、無理しないで!」


 だが蓮弥は首を振った。昨日の成功の感覚を捨てきれない。あの一瞬の均衡を、自分の手で必然に変えたい――その思いが痛みを超えて、再び霊力を燃え立たせる。


 両手の中で火と水がぶつかり、川面に飛び散る。火花が水しぶきに反射し、夕陽に淡く輝く。だがその瞬間、両方の霊力が暴走した。火球は散乱し、水流は乱れ、川面は大きく波立った。身体中に冷水が飛びかかり、火傷の痛みと疲労が同時に全身を包む。


 「……やっぱりダメか……」


 蓮弥は膝まで浸かったまま川面を見つめた。流れる水は昨日と変わらず絶え間なく続くのに、昨日の偶然の成功を今日の必然に変えることはできなかった。肩で荒い息をし、指先の痛みを確かめるたび、敗北感が胸を締め付ける。


 頭の中に浮かぶのは、師・シュウ廉の言葉だった。


 ――火と水は相反する。無理に合わせれば必ずどちらかが壊れる。一瞬の均衡を重ね、少しずつ安定させていくのだ。焦るな。


 蓮弥は顔を上げ、流れる水のリズムを見つめる。今日は失敗ばかりだった。だが、流れは絶えず続いている。その絶え間なき運行こそ、希望の証だ。昨日の偶然は、自分の中にある可能性のひと欠片に過ぎない。


 「……諦めない。昨日の偶然を、必ず必然にする」


 拳を握りしめる。指先の痛みも、胸の焦燥も、今日の失敗も、すべてが次への糧になる――そう自分に言い聞かせる。夕闇に染まる川辺で深く呼吸を整え、再び霊力を巡らせる蓮弥の姿は、静かでありながら凛としていた。


 火と水の対立は破壊ではなく、試練だった。砕ける均衡の中で、彼は己の未熟さを知り、同時に成長の余地を感じていた。失敗の痛みは、明日への道しるべ。川の流れに身を委ね、再び挑む蓮弥の背中には、修仙者としての確かな覚悟が刻まれていた。


 夕陽が川面に赤い帯を描き、霧が淡く漂う。その中で、蓮弥の両手は微かに震えながらも、再び火と水を手のひらに宿す。今日の均衡は砕けた。しかし、その砕けた跡こそ、明日の成功を生む礎である――彼はそう確信していた。


 川のせせらぎ、夕風の冷気、そして濡れた髪を揺らす風。すべてが、蓮弥の心に静かな決意を吹き込む。


 ――焦らず、急がず、流れに身を任せる。


 今日の敗北も、明日の均衡を掴むための一歩。蓮弥は深呼吸を繰り返し、川面に映る自分の影をじっと見つめた。砕けた均衡の先に、必ず新たな光が待っている――その確信とともに、再び手を広げた。


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